マーケティングの基礎を体系的に解説する「マーケティング基礎講座」第2回のテーマは、セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング(STP)です。STPはマーケティング戦略の重要項目であり、第1回の「マーケティングで大切な4つの基本」でも意味や方法についてはお伝えしましたが、今回はより実践的な考え方のポイントをご紹介します。
監修は『ドリルを売るには穴を売れ』の著者で、ストラテジー&タクティクス株式会社 代表取締役社長の佐藤義典さんです。「STPをやってみたものの、うまくできているか自信がない」「どう考えれば良いのか難しい」という方はぜひ参考にしてみてください。
目次
セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングの重要性
STPはマーケティング戦略の土台となる部分です。まずは第1回のおさらいも含めて、基本プロセスにおける位置づけと重要性、役割を解説します。
マーケティング戦略の基本プロセス
マーケティング戦略を立案し、施策を実行する際の流れは、まず環境分析で外部環境と内部環境を分析し、市場を見極めながらSTPを行います。STPによって戦略を固めたら、4P・4Cなどのマーケティングミックスで売り物・売り方・売り場・売り値を具体化し、施策の実行、評価と進めていくのが一般的です。
環境分析⇒STP⇒マーケティングミックス(4P・4C)⇒施策の実行⇒評価
STPとは、「顧客」と「強み(とその伝え方)」のことです。マーケティング戦略における最重要要素ですので、しっかりと押さえておきましょう。
STPの重要性と役割
マーケティング戦略においてSTPが欠かせないのは、市場の発達とともに消費者のニーズが多様化して「単一の巨大セグメント」のようなものがなくなり、マス・マーケティングが難しくなってきたためです。
例えば、できたばかりの市場では、消費者が同質のニーズを持つ「単一の巨大セグメント」のようなものが存在するため、全体を対象に製品やサービスを大量に生産し、販売するマス・マーケティングが可能です。しかし、市場が発達すると消費者のニーズは同質でなくなり、多様化するため、どのようなセグメントがあるかを把握し、ターゲットを決めたうえで価値を提供する必要が出てくるのです。
STPはそれぞれ次のような役割を持っています。
- セグメンテーション:さまざまな軸を用いて、顧客または市場を細分化する
- ターゲティング:細分化した顧客または市場の中から、自社の製品やサービスを売る対象となるセグメントを選ぶ
- ポジショニング:競合との違いを明確化し、どのような「強み」や特徴を持つ企業・商品・サービスとしてお客様のアタマの中に位置づけるかを決める
【STEP1】セグメンテーションの考え方
セグメンテーションとは、市場や顧客を分けることです。分けるのは、市場や顧客の求める価値がそれぞれ異なるからです。分けられたグループを「セグメント」と言います。
セグメンテーションの主要な変数
市場や顧客をいくつかのセグメントに分けるには、何かしらの基準が必要です。一般的には、次のような変数を用いて分類を行います。
・人口動態変数(デモグラフィック変数)
変数の例:年齢、性別、世帯規模、家族構成、世帯所得、職業、居住地域、所有物(例えば車の有無) など
人口統計的変数とも言われる変数で、漏れや重複なく論理的に分類しやすいのが特徴です。例えば化粧品であれば、性別や年齢に応じて消費者のニーズが変化しやすいことから、「20代女性」「30代男性」などと顧客を分類することもあります。金融商品であれば、顧客の職業や年齢、所得、家族構成などがニーズに影響しやすく、そうした項目が分類時の変数となります。
・地理的変数(ジオグラフィック変数)
変数の例:国や地域、気候、人口密度、都市の発展度、文化、宗教など
地理的な要素を意味する変数です。人口動態変数と同様に、客観的なデータを集めやすい変数でもあります。例えば衣類や不動産は、温暖な地域と寒冷な地域で提供する製品が違ってきますし、食品は地域ごとの味付けの違い(文化)が影響するでしょう。また、近年注目されたイスラム教の「ハラルフード」などのように、宗教も影響することがあります。
・心理的変数(サイコグラフィック変数)
変数の例:価値観、趣味・嗜好、ライフスタイル など
人口動態変数や地理的変数においては同じセグメントであっても、異なる嗜好やニーズを持つ場合があり、そうしたときに併用されるのが心理的変数です。例えば同じ「30代独身男性」でも、住まいや仕事、本人の価値観などで、消費の傾向は異なります。また、どんな広告媒体に接しているかも重要です。当然、その顧客が接する媒体(読む雑誌、見るWebサイト、好きなYouTuberのチャンネルなど)に広告を出すことになります。
・行動変数(ビヘイビアル)
変数の例:購買状況、求めるベネフィット、利用経験、利用頻度、ロイヤルティの状態 など
行動変数では、消費者の行動に着目して分類を行います。製品やサービスの利用頻度(ヘビーユーザーかライトユーザーか)で分類する場合もあります。また、その商品の「使い方」も大事です。例えば、同じ「バナナ」でも、「時短朝食としてヨーグルトに入れて食べる」のか、「休日に子どもと一緒にチョコバナナを作って楽しむ」のか、ではニーズが違うことがわかります。この違いを利用して、スーパーのバナナ売り場にチョコバナナのキットが置いてあることもあります。
セグメンテーションを効果的に行うためのチェックポイント
セグメンテーションは不必要に分けすぎている場合もあるため、適切に分類できているか否かを確認することが大切です。その際に評価を行う観点としては「Rank(優先順位)」「Realistic(規模の有効性)」「Reach(到達可能性)」「Response(測定可能性)」からなる4Rが一般的によく知られていますが、以下のポイントをチェックすると良いでしょう。
1:セグメントごとのニーズの違いをきちんと反映しているか
人によって求める価値が異なるからセグメンテーションを行うので、分類したセグメントが、ニーズの違いをうまく反映して分けられているかどうかをチェックしましょう。特に重視すべきチェックポイントです。
例えば、A・B・Cという3つのセグメントを次のように分類したとします。
- A:使いやすさを重視するセグメント
- B:価格を重視するセグメント
- C:品質を重視するセグメント
各セグメントのニーズを考慮すると、例えば以下のようにそれぞれ打ち手が考えられます。
- セグメントA:使いやすさを訴求する、使いやすい製品を開発する
- セグメントB:価格が安くなるクーポンを発行する、性能は高くないものの低価格な製品を開発する
- セグメントC:品質を訴求する、品質重視の製品を開発する
上記の中で優先順位を設けたうえで、どのセグメントにアプローチするか決めるのがターゲティングです。その際、「利用場面」や「使い方」が重要になるため、顧客×使い方の組み合わせで分類すると、うまくセグメンテーションできる場合が多くあります。例えば、同じアイスクリームでも「小学生の子ども(顧客)が夏の昼に食べて、体を冷やす(使い方)」のと、「20代女性(顧客)が冬の夜に食後のデザートとして食べて、癒やされる(使い方)」では、ニーズが異なるのがよくわかるのではないでしょうか。
2:セグメントを明確に識別できるか
分類したセグメントに重複する要素がないか、確認しましょう。打ち手が同じになるなど、区別する必要がないセグメントができないようにします。ロジカルシンキングなどで言うところのMECE(ミッシーまたはミーシー、モレなくダブりなく)で分けられていることが大事です。
3:セグメントの規模や購買力、特性などを測定できるか
分類したセグメントの規模や購買力、特性などをそれぞれ測定できるかどうかも重視されます。測定不能な場合、そのセグメントをターゲットとすべきかどうか、などの判断が難しいためです。
【STEP2】ターゲティングの考え方
セグメントを適切に分類できていることを確認したら、ターゲティングに進みます。ターゲティングとは、分類したセグメントの中から、自社の製品やサービスを販売するターゲットを絞り込むことです。
ターゲティングで考慮すべきポイント
ターゲティングの際は、「どのセグメントにアプローチすべきか」「そもそもアプローチ可能か」を検討していくと良いでしょう。
・どのセグメントにアプローチすべきか
1:十分な市場規模と収益性があるか
製品やサービスを提供するうえで、対象のセグメントが十分な利益を確保できる規模かどうかを確認します。簡単に言うと、儲かるかどうかです。利益は「客数×客単価×利益率」で決まります。市場の大きさ(客数)や客単価は十分か、利益は得られそうかを考慮してターゲットを決めます。
2:自社のベネフィットがニーズを満たせるか
ターゲットを選ぶときは、製品やサービスを通して提供する自社のベネフィットが、ターゲットのニーズを満たせるかどうかも重要です。ニーズを満たせない場合は、ターゲットとして適切ではありません。
3:自社が勝てるかどうか
ターゲティングでは、セグメントの競合性も考慮すべきポイントの1つです。ほとんどの場合、狙いたいセグメントには競合がいます。競合と差別化し、自社の製品やサービスを選んでもらえるか(=勝てるか)否かが重要で、この点については次のステップのポジショニングと合わせて考える必要があります。
特に「儲かるか」「勝てるか」の2点は、ターゲティングで重視したい観点なので、覚えておきましょう。
・そもそも対象のセグメントにアプローチできるのか
1:そのセグメントに到達可能なチャネルを持っているか
対象とするセグメントに到達可能なチャネルがなければ、ターゲットにアプローチすることができません。製品やサービス、情報を届けるのに有効な手段があるかチェックしましょう。例えば「今まで売っていなかったが、新たに子どもに売りたい」と思っても、自社の営業チャネルに「子ども」に到達するチャネル(店舗など)がなければ子どもにアプローチできません。
2:セグメントにアプローチ可能な経営資源があるか
対象のセグメントにアプローチ可能な経営資源が自社にあるかどうかも確認しておきたいポイントです。どれほど魅力的なセグメントであっても、企業側の経営資源が十分でなければ、効果的なマーケティング戦略を実行することができません。例えば、人的リソースや予算、技術力、生産能力などの不足です。
なお、セグメンテーションの4Rと同じように、ターゲティングを考える際の観点としては6Rも知られています。
経営資源の配分によるターゲティングの違い
ターゲティングで「セグメントにアプローチ可能な経営資源があるか」が考慮すべきポイントになっているように、ターゲットの選定には企業の経営資源が関係します。そして、経営資源の配分の仕方によって、セグメントの選び方(ターゲティング)にもパターンがあります。
・集中型
1つまたは少数のセグメントに自社の経営資源を集中させる方法です。経営資源が限られている企業に適しています。対象とするセグメントが限定されている分、その市場が衰退した場合に企業もリスクを負う可能性があります。そのため、1つに絞り込まず、複数のセグメントで事業を展開するケースがほとんどです。例えば、高級レストランが「富裕層」や「企業の接待需要」に絞り込む、逆に「若いビジネスパーソンに絞って低価格の居酒屋を展開する」などです。
・分化型
複数のセグメントを対象に、それぞれ異なる製品やサービスを提供するのが分化型です。経営資源を複数に分け、配分します。例えば、レストランが「ファミリー向け」「若者向け」などに向けてそれぞれ違う店舗を展開するような場合です。
・フルカバレッジ型
フルカバレッジ型は経営資源の豊富な企業に可能な手法で、「無差別型」「差別化型」の2つに分けられます。無差別型は、市場全体に同一の製品やサービスを展開し、最大多数の消費者のニーズを満たす方法です。対して差別化型では、複数のセグメントにそれぞれ異なる製品やサービスを提供します。
例えばマクドナルドなどが「無差別型」の代表例と言えます。ただ、それでも「テイクアウト」「ドライブスルー」「店内飲食」とニーズで分けた「分化型」の要素もありますし、「子ども向け」のハッピーセットと「大人向け」のコーヒーなど、複数セグメントに異なる商品展開をしている、という側面も持っています。「みんなに完全に全く同じものを売る」という「完全な無差別型」は、ニーズが多様化した現代では難しいかもしれません。セオリーとしては、マクドナルドのようにセグメントを分けた上で、多くのセグメントに対応していくことになると思われます。
【STEP3】ポジショニングの考え方
ポジショニングとは、ターゲットにどう思われたいか、ターゲットのアタマの中に自社や自社商品・サービスをどのように「位置付けるか」(ポジション=位置付けするか)を設定することです。「強み」とその「伝え方」とも言えます。顧客に自社を選んでもらえるようにするのがポジショニングの目的であり、実現するには「強み」(ProductとPrice)と「伝え方」(PromotionとPlace)の掛け算が必要です。
一般的にポジショニングというと、後者の「伝え方」のイメージが強いかもしれませんが、プロダクトの開発レベルから「強み」を考えることが大切です。
ポジショニングの切り口で考慮すべきポイント
・ポジショニングの主な切り口
切り口は大きく「機能面における強み」「情緒面における強み」「価格面における強み」などが考えられます。機能面における強みとは、デザイン性の高さや使いやすさ、おいしさ、サービス提供の早さなど、物理的な強みです。情緒面における強みは、店内の居心地の良さ、所有することで得られるステータス、製品のデザイン性などです。例えばApple社の商品はいずれもデザインが良く、所有欲をかきたてますし、スターバックスの気持ちの良い接客は、「また行きたい」と思わせてくれます。
また、ポジショニングとは『お客様のアタマの中に自社の「強み」を位置付ける』ということですから、以下のような軸で差別化戦略を考えるのも、ある意味ポジショニングと言えます。
- 手軽軸:競合よりも安く、早く、便利だから買いたい
- 商品軸:競合よりも品質や技術が高いから買いたい
- 密着軸:競合よりも「自分向けになっている」から買いたい
3つの軸全てを実行するのは難しいため、どれか1つに絞り、競合との差別化を図るのが良いでしょう。「ターゲットのアタマの中」に、「安い、早い、便利」と位置付けられたいのか(手軽軸)、「ほかにはない品質・技術がある」と位置付けられたいのか(商品軸)、「どこよりも自分向けになっている」と位置付けられたいのか(密着)。「強み」を検討する上で最初のステップとして考えてみると、進めやすいです。
・考慮すべきポイント
ポジショニングの切り口を考える際のポイントは主に3つあります。1つめが、顧客ターゲットが価値を感じる切り口かどうかです。顧客ターゲットが重要性を感じる軸でなければ、その軸で強みを打ち出しても意味がありません。
2つめが、ほかのブランドですでに使用されている切り口ではないかです。すでに使用されている切り口は差別化が難しいため、新たな切り口を検討したほうが良いでしょう。
3つめは、自社を競合から際立たせることができるかです。例えば、自社の製品が「機能は一般的だが、アフターサービスは優れている」場合、「アフターサービスの良さがうまく際立つような切り口になっているか」と考えます。しかし、この項目は顧客ターゲットが価値を感じているからこそ成立するものであって、顧客ターゲットにとってアフターサービスが重要でなければ、企業が際立たせたとしても顧客に選んでもらうのは難しいでしょう。
競合との違いを強引に打ち出したものの、その違いがお客様にとって重要ではなく、うまくいっていないケースはよく見られますので、注意が必要です。
ポジショニングマップの作り方
ポジショニングを検討する際に活用されるのが、ポジショニングマップです。基本的には以下のような流れで作成します。
1. 自社製品・サービスのKBFを抽出し、ターゲットが重視する項目に絞り込む
KBFとは、Key Buying Factorの略で、購買決定要因のことです。顧客が製品やサービスを購入する際に重視する要素を指します。KBFは人によって異なるため、書き出した中から顧客ターゲットが重視する項目に絞りこみましょう。
2. KBFについて競合他社と比較し、自社が優位になれる軸を2つ選ぶ
「1」で絞りこんだ中から、今度はさらに自社が優位になれる項目を2つ選びます。選んだ2つの項目を縦軸と横軸に設定し、ポジショニングマップを作りましょう。
3. 競合他社と自社のポジションを検討する
作成したポジショニングマップに、競合他社を配置します。その後、競合他社のポジションを確認しながら、自社が優位性を発揮できる位置を検討します。
▲カフェを利用時間と価格帯で分けたときのポジショニングマップのイメージ。
▲アイスクリームを利用場面で分けたときのポジショニングマップのイメージ。
ポジショニングマップの難しさ
ターゲットのKBFを抽出し、自社が優位になれる2軸に絞りこむことがポジショニングマップ作成の鍵となるわけですが、2つの軸を設定するのが難しく、うまくいかないことが多々あります。
例えば、よく見られる軸の中でも注意した方が良いのは「品質と価格」です。品質と価格は基本的に比例するため、「高品質・高価格」「中品質・中価格」「低品質・低価格」と一直線に並び、2軸ではなく1軸になってしまいがちです。
▲「高品質×低価格」や、品質を機能に置き換えた場合の「高機能×低価格」は実現するのが難しいのが一般的です。ところが中には例外もあり、ワークマンの「WORKMAN Plus」はリスクを取って大量発注を行うことにより、「高機能×低価格」を可能にしています。
ポジショニングマップがうまくできない場合は、無理に作る必要はありません。「とにかく速い」「とにかく便利」など、1つの強みを徹底的に押し出すことで、良いポジショニングを築けるケースもあります。例えば、バルミューダの「BALMUDA The Toaster」は「とにかくおいしいパンが焼ける」、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」の「高額だけれど贅沢な旅」、QBハウスの「10分1,000円」などです。ポジショニングマップを作らずとも、自社の製品やサービスに強みがあるならば、それを顧客に伝えれば良いのです。
セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングはマーケティング戦略の鍵
STPとは、「顧客」と「強み」とその「伝え方」です。マーケティングミックスで施策を具体化するにあたり、土台となる戦略を固める役割を持っています。STPで決めた要素が後々の施策にも響いてきますので、今回ご紹介した進め方やチェックポイントを参考にトライしてみてください。
【監修者Profile】
佐藤 義典(さとう・よしのり)
ストラテジー&タクティクス株式会社 代表取締役社長
早稲田大学政治経済学部卒業後、NTTに入社。営業やマーケティングを経験した後、米ペンシルベニア大ウォートンスクールでMBAを取得。外資系メーカーにて、食品のブランド責任者としてマーケティング・営業・開発・製造などを統括した後、外資系マーケティングエージェンシーにてコンサルティングチームのヘッドとして活躍。2006年にストラテジー&タクティクス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。グロービス・マネジメント・スクールにてマーケティング講座の講師も務める。
主な著書に『ドリルを売るには穴を売れ』(青春出版社)、『図解 実戦マーケティング戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2万人超の読者に支持されるマーケティングメルマガ「売れたま!」の発行人としても知られる。
http://www.sandt.co.jp/
https://www.uretama.com