将来起こるかもしれないリスクを商品化した保険。本能的に「入らなくて済むならば入りたくない」と感じつつも、生きていれば誰もが必要とする社会インフラでもあります。
保険会社はその“矛盾”をどう乗り越えて、顧客の心を動かすマーケティングを実践しているのでしょうか。
今回は、電通からボルボ・カー・ジャパン(以下ボルボ)を経て、現在損害保険ジャパン(以下損保ジャパン)で執行役員待遇 マーケティング部 部長を務める関口憲義さんに損保ジャパンのマーケティングについて話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)
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ボルボでカー・オブ・ザ・イヤーを2年連続受賞の実績
――電通に26年半、ボルボに6年強、損保ジャパンに現在まで約4年在籍し、キャリアは36年以上とのこと。簡単に実績を教えてください。
電通時代に計100社以上のクライアントを担当しましたので、今は業種や課題を問わず、あらゆる業界のマーケティングに対応できると思います。ボルボ時代はおかげさまで業績も良く、日本カー・オブ・ザ・イヤーを2年連続で受賞しました。
日本カー・オブ・ザ・イヤーは45年ほどの歴史(2025年2月現在)があり、国内で販売される乗用車の中から年間を通して「その年を代表する車」が選ばれます。我が国は国産の自動車メイクが多いので、ほとんどの年で日本のメーカーの車が受賞します。その歴史の中で、輸入車が取ったのは3回。1回目がフォルクスワーゲン・ゴルフVII(2013年)。残る2回がボルボのXC60とXC40で、2017年、18年の2年連続受賞となりました。
――輝かしい実績ですね。
商品や同僚、スタッフに恵まれた結果です。また、この賞は新人賞のようなものなので、強いライバルがその年にどれくらい現れるかという運の要素もあります。
――現在は損保ジャパンでマーケティング部長を務めているとのことですが、キャリアを通して転機になったことは何ですか。
2つありまして、1つは留学です。2001年から2003年にかけて、いわゆる米国のトップ校の1つでMBAを取得した経験が私を支えています。ネットワークが広がったのに加えて、マーケティングに限られた知見から、視座が上がり、企業経営や事業運営のゼネラルマネジメントの視点を学ぶことができました。
もう1つはボルボに転職して事業会社側の視点に関する理解が深まったことです。同じマーケティングなのに、広告代理店と事業会社ではこれほど認識の差が生じるものかと感じました。
――例えばどんなことですか。
例えばスピード感です。電通にいたときは、電通には優秀な社員が多いし、広告主・クライアントさんは価値を創造するビジネスパートナーなのだから、もっと我々を信用してたくさんデータを頂けたら、より精緻な戦略を練ることができるのにと思っていたのですが、事業会社側にしてみると、毎日一緒にいるわけでない外部のサービス会社にデータを渡している時間がないのです。情報はその瞬間に渡さないと翌週には古くなり、結局渡せないままになります。だからクライアント側がデータを渡さないのではなく、スピード感的にホットな情報を渡せる距離に代理店側の自分たちがいなかったのだと理解できました。当時、電通には3,000社から4,000社くらいのクライアントがいて、マーケティング担当は400~500人くらいだったと記憶しています。だからそれぞれのクライアントに毎日出向くわけにいかず、さらにコンサルと違って出向や常駐するわけにもいかないので、当時はスピード感の違いに気づきませんでした。
――わかりました。では、豊富な知見を基に、あらためて「マーケティングとは何ですか」と聞かれたら、どのようにお答えになりますか。
何を説明するかで答えが変わります。経営やビジネスの観点なら「売る仕組み」ですし、マーケティングの実務面であれば「顧客理解」だと思います。実際にマーケティングをする場合、お客さまを理解しないと空振りに終わります。一方、それがCレベルの経営者層になると、お客さまを理解することよりも会社として何をするかという話になります。したがって私は売る仕組みだと思います。ただ、マクロで考えるかミクロで見るかの違いであって、マーケターとして日々行うことは顧客理解だと考えます。
Occasionが先に来る保険会社の「ORACAS」というモデル
――関口さんのマーケティングの特徴や得意はありますか。
特徴はありませんが、ブランディングとデジタルマーケティングは得意にしています。デジタルマーケティングの中でもCRMやOne to Oneなどの顧客組織化です。
ブランディングは電通時代の最後に、いわゆる日本発のグローバルブランドについて、ミッション・ビジョン・バリューから始まるブランドのスキーム構築を2社、お手伝いしました。1社はパナソニックさん、もう1社はヤマハ発動機さん。特にヤマハ発動機さんは今も社名のロゴ下にくるグローバルタグラインについて、私がお手伝いしたものをご使用いただいています。
そういう意味では、ボルボ時代も含めて“ブランド屋”と言えるかもしれません。
――保険の話をお聞きします。保険というと、お客さんが本能的に「入らなくて済むなら入りたくない」「難しそうでわかりにくい」というイメージを抱きがちだと思うのですが、保険商品のマーケティングも難しいのですか。
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