凸版印刷のメタバース事業が注目されています。創業以来、120年以上にわたって、印刷テクノロジーをベースにさまざまな事業を展開してきた同社が、今最もホットともいえる領域に挑戦しています。
メタバースとは、インターネット上に構築される仮想の三次元空間のこと。空間内で利用者はアバターと呼ばれる自分の分身を操作しながら、他の参加者と交流することが可能です。
メタバース市場の一層の拡大を見据え、凸版印刷はメタバースショッピングモールアプリ「メタパ」を開発し、昨年12月から提供しています。
「メタパ」は私たちの買い物体験をどう変えていくのでしょうか。凸版印刷 情報コミュニケーション事業本部 事業創発本部 事業推進部 部長 名塚一郎さんと稲地隆志さんに話を聞きました。
(取材・文:ライター・和泉 ゆかり)
目次
顧客体験の物足りなさを補う「メタパ」
新型コロナウイルス感染拡大による移動制限の影響で、買い物の手段として定着したのが、ECサイトの活用です。それまで実店舗しか持たなかった多くの企業がECサイトを開設したことで、私たちはさまざまな商品を購入できるようになりました。一方で、友人や家族と一緒に商品を選んだり、ショップスタッフにおすすめを聞いたりするなどのコミュニケーションが減ったことから、満足のいく買い物ができなくなったという声も挙がっています。凸版印刷情報コミュニケーション事業本部の名塚一郎さんと稲地隆志さんもこう語ります。
「企業様からも『実店舗の運営と比較すると、ECサイトだけでは顧客体験や顧客とのコミュニケーションという点が質量ともに不足している』との声が多く寄せられていました。このような声に応える形で当社が開発したのがメタパです」(名塚さん)
画像はイメージ
ECサイトと比較したメタパのメリットは、買い物をする際にショップスタッフや家族らとコミュニケーションを取れる点にあります。メタパという名前は、メタバースとパーティー(集まり、仲間)の掛け合わせで、メタバース上でコミュニケーションを取りながら買い物ができるようになっています。メタパを利用してコミュニケーションを取ることで、利用者は無機質に陥りがちなECサイトのやり取りから、リアルな買い物体験に近い、エモーショナルな体験価値を感じることができるでしょう。
「家族や友人、ショップスタッフとの間で『こんな商品もある』『こちらの方が似合うのでは?』といった会話が生まれやすいので、通常のECサイトの買い物体験ではお目にかかりにくかった商品を見つけられることもあると思います。また、ショッピングモール感覚で複数の店舗を見て回れるので、ふらっと立ち寄った店舗で思いもよらない商品と出合うこともあるでしょう」(名塚さん)
市場が盛り上がるにつれて、さまざまな企業がメタバース事業に参入し始めています。そのようななかでメタパは、「VR(仮想現実)技術」「マーケティング」「セキュリティ」の3つに強みを持っています。
「当社は文化財保護を目的としてVR技術の開発に取り組んできたため、社内に知見が蓄積されています。また、マーケティングに関しては、実店舗のプロモーション支援やスペースデザインのノウハウの蓄積がメタバースの世界で活かせるのではと考えています。そして、アバターの個人情報などのセキュリティ問題も、決済サービスなどを取り扱う当社なら安心してお任せいただけると思います」(名塚さん)
メタパのイメージ(提供:凸版印刷)
メタパが提供する新しい買い物体験の仕組み
メタパは、仮想空間上に構築した複数のバーチャル店舗をショッピングモールのように一つに集約したスマートフォンアプリです。UIUXはゲームのようになっており、アバターで店舗間を自由に移動することが可能です。家族や友人と同時に接続すれば、同じ空間内で一緒に買い物を楽しむことができます。主な想定利用者は、アプリをスムーズに使いこなせる方々と考え、ソーシャルゲームやSNSに慣れた20~30代に置いています。
バーチャル店舗には、3DCG化された商品が並べられています。AR(拡張現実)機能により、さまざまな角度から実際のサイズ感や部屋に置いたときのイメージも把握可能です。さらに、場所や時間に縛られることなく買い物できる点もバーチャル店舗の良いところ。遠く離れた家族や友人と一緒に商品を選べるほか、実店舗なら閉まっているような時間帯でも自分の都合の良いときに買い物できます。
気になる商品を見つけたら、同じバーチャル空間内にいるショップスタッフに音声会話やテキストチャットで質問可能です。実店舗の営業時間中はスタッフが回答するので、気心の知れたスタッフに相談もできます。購入ボタンを押せば、商品を取り扱うECサイトに遷移します。
メタパのイメージ(提供:凸版印刷)
とはいえ、現状では実態や効果が見えづらいため、参加するにはまだハードルを感じるという企業も多いのではないでしょうか。
メタパは、そのような企業が参加しやすい工夫をしています。例えば、店舗レイアウトをシンプルにしてCG構築コストを抑えているので、企業は安価かつスピーディーな出店が可能です。また、出店方法も2種類あり、企業は自社に合ったプランを選べます。
「出店方法は、商品単位の出展とオリジナル(個別)店舗での出店の2種類があります。商品単位での出展は、メタパの第一号店舗で、幅広い商品を取り扱うVirtual b8taに商品の3DCGを並べる商品棚貸しです。もう一つのオリジナル(個別)店舗では、自社のブランドや商品に合った店舗づくりで利用者様に訴求できるようになります」(稲地さん)
また、バーチャル店舗上のアクセス人数や商品閲覧数、ECサイト遷移数などのデータを分析することで効果検証が可能になっており、商品開発やマーケティングに活用できます。加えて、企業だけでなく、個人ユーザーの利用を促す工夫も行っています。
「メタパは構造がシンプルなので、スムーズな操作性を感じられるでしょう。また、スマホを普段通り使えるよう縦型のインターフェースにしたり、ヘッドセットをはじめとする専用機器も不要にしたりするなど、使いやすさも追求しています。実際、利用者様や出店企業様からUIUXに関する高評価をいただいています」(名塚さん)
メタパのイメージ(提供:凸版印刷)
飽きさせない仕組みをどう作っていくか
メタパは、まず今年度内に月間1万人以上のアクセス数を達成することを目標として掲げています。認知を広めるため、現在は、リアルな場での紹介とWeb広告を掛け合わせる形でプロモーションを展開しています。
「リアルな場では、Virtual b8taの実店舗であるb8ta Tokyoにメタパを体験できるコーナーを設置しています。実際にメタパに触れ、手で動かし体験することで、楽しさを実感し、ダウンロードするお客様も大勢いらっしゃいます。Web広告に関しては、リスティング広告などを活用してアプリダウンロードを促進中で、一定の効果は確認できています」(名塚さん)
実際にメタパをダウンロードしてもらった後も、課題はあります。利用者を飽きさせない仕組みを作り、メタパのリピート顧客になってもらえるような新機能の開発が進んでいます。
「今後は、共有した人しかバーチャル店舗に入ることができないプライベートルーム機能を実装する予定です。この機能を使えば、店舗を貸し切りにする形で買い物を楽しめます。実店舗ではなかなかできることではないでしょう。このように実店舗以上に楽しめる仕掛けを作っていくことで、またメタパに来たいと思っていただけるようにします」(稲地さん)
メタバースという新しい領域の事業ということもあり、入念なリサーチや利用者からのフィードバックをもとに、試行錯誤しながら、メタパの開発を進めているといいます。ではこの先、コロナ禍が落ち着いたとき、メタパの存在価値はどう変化するのでしょうか。
「メタパが提供するようなリアルとバーチャルが融合したコミュニケーションは必要とされ続けると考えます。この先、コロナ前の生活に完全に戻ることはないと感じている人も多いと思います。リアルとバーチャルの買い物体験は共存しながら、双方のメリット・デメリットを補完し合う形で発展していくでしょう。特にバーチャルのほうは時間、空間に制限がない分、企業様にとってはより広範なビジネスの機会創出、利用者様にはより快適な買い物体験の場として活用いただけると思います」(稲地さん)
今後は、買い物だけでなく、ショールームやオフィス、スポーツ、観光などでも活用できるメタバースを構築することで、より多くの方々に楽しむ体験を提供することを目指すとしています。今後、メタパがどのように進化をし、私たちの日常を変えていくのか目が離せません。