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全客室にレコード・プレイヤー|下北沢のホテルが目指す、音楽との共生をテーマにした新しい町おこしとは

最終更新日:2022.01.06

サブカルチャーの発信地として知られる東京・下北沢で、アナログ・レコード・プレイヤーを全客室に完備したユニークなホテルが話題を呼んでいます。ホテルといえば、コロナ禍の移動制限などで大きな損害を被ったところも少なくありませんが、そのホテルには若者からシニアまで情報感度が高く音楽好きな人たちが集まり、好評を博しているそうです。

スマホで手軽に音楽配信が楽しめるこの時代に、なぜ客室にアナログ・レコード・プレイヤーの付いたホテルが人気になっているのでしょうか。下北沢まで行って話を聞いてきました。

(取材・文:ライター・大崎 量平)

目次

音楽の街として世界から注目されるシモキタ

近年、下北沢エリアでは、沿線の小田急線「東北沢駅」から「世田谷代田駅」の地下化(複々線化)の工事に伴い、地上にあった線路跡地を有効活用する「下北線路街」と呼ばれる都市開発プロジェクトが発足し、街の再開発が急ピッチで進められています。そんな注目スポット「下北線路街」に、全客室にアナログ・レコード・プレイヤーを完備したユニークなホテルが誕生しました。「宿泊する場としてだけでなく、街を楽しむ場所」、人と人、人と街、そして人と文化の関係構築をコンセプトにした「MUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWA」(マスタードホテル 下北沢)です。

実は、いま20代、30代の若い世代を中心にアナログ・レコードが再評価されています。日本レコード協会の調査によると、2020年の国内のレコード生産額は21億1700万円にも上り、CDが廃れ、サブスクリプションによるインターネット配信が主流の中、レコード生産額は、この10年で約12倍に増えているといいます。レコード人気再燃の兆しが見られる中、2021年9月、60室の全客室にレコード・プレイヤーを完備した「MUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWA」は開業しました。

「街との共生」をテーマに同ホテルのほか、レストランやカフェ、エンターテインメントスペースなどを展開する株式会社GREENING企画開発事業部の宮田應大さんに、プロジェクト発足の経緯から、今後の展開について聞きました。

「MUSTARD HOTELという名称のMUSTARDには〈隠し味、調味料〉という意味があります。また、弊社では、事業を通して、街の文化に寄与したり、新しい文化の創成を目指したりすることを企業理念のひとつとして掲げています。こうした観点から、街の隠し味、街のカルチャーの隠し味となっていくためのハブ(拠点)でありたいという思いを込めて、MUSTARD HOTELと命名しました。世界各国でガイドブックを刊行するTime Out社が2019年に行った調査によると、下北沢は『世界で最もクールな街』2位にも選出されています。演劇や音楽、古着、飲食といった、下北沢には渋谷や新宿などの繁華街とは異なる独特なカルチャーがあります。そこで、私たちは、MUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWAの立ち上げに際して、下北沢という街に根付く〈音楽文化〉に着目し、事業開発を進め、音楽をテーマにしたホテルを開業しました」

地上2階建てのMUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWAにある「マスタードデラックス」と呼ばれる客室には、表参道ヒルズやBlue Note Tokyo、国立劇場などにも導入されている、世界的な音響メーカー「Taguchi」のスピーカーが設置されています。ホテル・フロント前には、下北沢の人気レコードショップJazzy Sportセレクトによるソウル、ファンク、ジャズ、ヒップホップなど約300枚を取り揃えたレコード棚があり、ホテル利用者には無料でレンタル(枚数制限あり)提供しています。有名レコードチェーンdisk UNIONなど、下北沢駅周辺にはさまざまなレコードショップがあるので、そこで見つけた掘り出し物をホテルの客室でじっくり鑑賞することもできます。

実際に利用した宿泊者からは、「デジタル音源とは異なる、温かみのあるアナログの音色を聴いて、リフレッシュできた」という声も上がっていて、好評だそうです。

「コロナ禍の影響もありますが、オープン以来、情報感度の高い20代から、音楽好きのシニアまで、さまざまな世代の方々にご利用いただいています。また、コロナ禍で旅行や都道府県をまたぐ移動が制限される中、少しでも旅行気分、非日常感を味わいたいと宿泊される方もいます。下北沢エリアは駅から少し離れると、閑静な住宅街が広がっており、そこには古くから暮らしている地域住民の方々がたくさんいらっしゃいます。年末年始など、そのような地域住民のご家族が帰省する際に、実家はちょっと手狭だからと利用されるケースも増えています」(ホテルグループ アシスタントマネージャー吉田昌平さん)

MUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWAは、ただ宿泊するだけでなく、街の人と生活をつなぐ、新たなサービスや付加価値の提供を目指しています。中でも地域に暮らす人たちによく利用されているサービスが客室時間貸し「MUSTARD HOTEL DAYTIME PLAN」です。利用者は30分500円〜で客室を利用できます。コロナ禍でレンタルスペースの利用者が増える中、同ホテルの客室時間貸しも好評を得ているといいます。

「コロナでリモートワークをする方も増えていますが、小さなお子さんがいるご家庭では、仕事に集中できないという悩みを抱える方もいらっしゃいます。今日は集中してプレゼン資料を完成させたいというときなど、客室時間貸しを利用されるビジネスパーソンの方もいます。また、女子会やママ会の場所として利用される方もいます」(前出・宮田さん)

アーティスト支援を行い新しい文化を創生する

最近はコロナの影響もあって、二拠点生活(デュアルライフ)に注目が集まっています。そうした人たちに向けて、同ホテルでは長期滞在プランも用意されています(料金の目安は1カ月の長期滞在の場合、1日4000円〜)。

「カフェやバーでたまたま隣り合った地方からの宿泊者と地域住民の方が音楽好きという共通点から意気投合し、交流が始まることもあるようです。我々としては下北沢という街と積極的につながることも大事だと思っています。実は、いま下北沢にはライブハウスだけでなく、DJバーが増えているんですね。そこで、我々は下北沢のDJバーと提携して、たとえばホテルに宿泊された方は、DJバーの入場料が無料になるとか、DJバーに行って終電を逃した方がホテルを利用すると、宿泊料の割引が受けられるなど、そうしたサービスも実施予定です。弊社が運営を行っている、ホテルに隣接するエンターテインメントスペースにおいて、朝ヨガや音楽イベントなども定期的に開催していく予定です。今後も地方からの宿泊者、地域住民の方々の交流のハブ、拠点になるような仕掛けを考えていきたいと思っています」(宮田さん)

同ホテルでは音楽、レコード以外に、下北沢という街の文化に寄与すべく新しい文化の創成もテーマとして掲げています。そのひとつの試みが「CREATORS IN MUSTARD」と呼ばれる施策です。

「いわゆるアーティスト・イン・レジデンスです。アーティストやクリエイターに無償で客室を提供し、その方々が下北沢の街に滞在している間に、作品を生み出してもらい、カルチャーを落としてもらうんです」(宮田さん)

アーティスト・イン・レジデンスは、欧米諸国では広く浸透しているが、日本でも近年、地方創生、過疎化解消、町おこしのため、実施する地方自治体が増えつつあります。中でも徳島県の山間部にある神山町の事例が有名で、コロナ前は世界各国からアーティスト、クリエイターたちが、人口6300人の町に集っていました。

「これはコロナの影響で実現しませんでしたが、たとえば大きな音楽フェスで来日するアーティストを無償で泊める代わりに、隣のエンターテインメントスペースでシークレットライブ的な少人数規模のライブを開催するということを協議していました。こうしたアーティスト、クリエイター支援を行うことで、新しいカルチャー発信の拠点として多くの人たちが集まるようになり、人と人との好循環が生まれると考えています」(宮田さん)

ただ宿泊するだけではない、新しい発見やインスピレーションが生まれる仕掛けがたくさん用意されている、新感覚のMUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWA。同ホテルを情報発信の拠点として、今後、下北沢という街からどんな新しいカルチャーが生まれるのか注目です。

記事執筆者

大崎量平

編集プロダクション、出版社などを経て、現在は週刊誌記者。ロスジェネ世代。
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