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きっかけは新卒採用面談だった!?土屋鞄製造所がリユース事業に本格参入する背景

最終更新日:2022.01.05

革製のバッグや小物の製造販売で知られる土屋鞄製造所が、3月からリユース事業に本格参入します。昨年(2021年)10月にバッグの引き取りを先行して受け付けたところ、目標100点の5倍以上となる580点が集まり、その後に行われた試験販売の盛況さと併せて、話題を呼びました。

実は土屋鞄製造所がリユース事業に参入するひとつのきっかけとなったのが、新卒採用面談で聞いた就活生の言葉だったそうです。それはどんな言葉だったのでしょうか。土屋鞄製造所の執行役員でHRの責任者も務める三木芳夫さんに聞きました。

(取材・文:ライター・箱田 高樹)

目次

就活生の言葉から感じたリユース事業への高い関心

2021年11月19日からの1カ月間、東京・中目黒にある土屋鞄製造所のショップ内に異彩を放つポップアップストアがオープンし、人気になりました。

人気の理由は職人が丁寧に作りあげる土屋鞄ブランドの革製トートバッグやボストンバッグが定価の5~7割ほどの低価格で販売されていたからで、しかもすべての製品が通常より味わいのある革を使った商品だったからです。

「ポップアップストアで販売した商品は実はすべてリユース品。お客様のご自宅に眠っていた土屋鞄の商品を無料で引き取り、弊社の職人たちがすべてリペアしたものなんです」(執行役員・三木芳夫さん)

集まった土屋鞄のリユース商品。すべて同社の職人が丁寧にリペアしたもの。

1965年創業で、ランドセルでも知られる老舗の革製品メーカーが始めたリユース事業。ユーズド商品の引き取りは国内に17ある実店舗と配送で1カ月間受け付けました。その際、ユーズド商品の提供者に店舗内の商品を20%オフで購入できるクーポン券の配布などを伝えたこともあり、予定の5倍以上となる580点もの商品が集まりました。

集まったユーズド商品を同社でメンテナンスを専門に手掛けている職人が手作業で修理。ほつれたステッチの縫製、いたんだ革の修復と補色まで行い、新たな息吹を吹き込んで次のオーナーに引き継ぎました。

「革は使い込むほどに味が出るエイジングを楽しめます。それだけに創業時から『商品は手入れをしながら長く使っていただく』ことを提唱し、多くのお客様から支持されてきました。ただ年齢を重ねることで“かつて買ったデザインのものを持ちにくくなる“など、タンスに眠ったままになったバッグを持たれている方も少なくありません。これをリペアし、新たなお客様にバトンタッチできればさらに長く使っていただけます。その結果、SDGsの12番目のゴールにあたる『つくる責任、つかう責任』を果たせると考えました」(三木さん)

リユース事業を始めたきっかけは、実は土屋鞄が実施した新卒採用面談にありました。多くの就活生から頻繁に聞こえた“ある声”が着想につながったそうです。

「面談で就活生に“何か質問は?”と尋ねると『御社は環境に対する配慮をどのようにされていますか?』などと聞いてくる人が多くなってきました。また学生に“普段、洋服などを買うときはどういうところで選びますか?”と聞くと、『作り手の顔やものづくりのストーリーが見える商品を選んでいます』『大量生産・大量消費ではなく長く着られるものを選んでいます』という声が多く聞かれたのです」(三木さん)

就活生からそのような意見が多く上がるのを耳にし、三木さんは、学生たちがSDGsやフェアな事業活動に真摯に取り組んでいるブランドにこそ価値を見いだしているのだと気づかされたそうです。

「裏を返せば、これからの若い世代にリーチして『良いブランド』と認知してもらうには、環境やフェアネスに配慮したものづくりをするブランドであることを明確に伝える必要があると強く感じました。結果的にサステナビリティに対する就活生の関心の高さがリユース事業のトリガーになった形です」(三木さん)

土屋鞄製造所の三木芳夫執行役員。HRの責任者であり、親会社ハリズリーの執行役員でもある。

就活生から得た着想をスピーディーに事業化できた理由

新卒面談で得たリユース事業の着想をスピーディーに事業化できた理由は、大きく3つあるといいます。

1つは「リユース事業につながる下地がすでに揃っていたこと」。

「手入れをしながら長くものを使っていただく」ことを伝え続けてきた同社は、「ランドセルの6年間無料修理保証」や「ランドセルをミニチュアにするリメイクサービス」などを以前から実施していました。修理専門の職人がいるなど、お客様から集めたユーズド商品をリペアするノウハウと体制がすでに整っていたわけです。

加えて2020年からは各店舗で、ブラッシングやオイルケアなど土屋鞄の大人用革製品のメンテナンスを請け負う無料サービスを始めています。アフターサービスを通して店舗でのお客様とのコミュニケーションを増やすことが目的のひとつでしたが、それがリユース事業にも良い影響となりました。

「店舗でのメンテナンスサービスをきっかけに、スタッフと良好な関係を築いていただいたお客様もたくさんいらっしゃいました。その結果、より多くのお客様から大切なユーズド商品をゆだねていただけたと自負しています」(三木さん)

2つめは、リユース事業の検討を始めたのと同じタイミングで「土屋鞄製造所のミッション・ビジョン・バリューを言語化する施策が動いていたこと」です。

商品はすべて土屋鞄の職人が手作業で修理。クリーニングまで行っている。

土屋鞄製造所は2021年から『時を超えて愛される価値をつくる』というミッションを設定しました。今後、力を入れていくグローバル展開も視野に入れてのリブランディングのためです。

「良い商品を手入れしながら長く使っていただくリユース事業は、我々のミッションにも合致しています。またグローバルではサステナビリティやSDGsの概念がより重視されると思います。実際にリユース事業に取り組むことで、我々がこれからグローバル市場に本格的に進出する際の足がかりにしたいと考えています」(三木さん)

3つめは「顧客ニーズを具体的にすくい上げられていたこと」。

もともとSNSやメルマガなどを通して顧客と高いエンゲージメントを構築していた同社。リユース事業を企画する際も、「リユースサービスがあれば利用したいか」「どれくらいのクーポンがあれば商品を預けたいか」などメルマガ会員向けにアンケートを取ってリサーチしました。

「アンケートには4000人を超えるお客様から回答をいただけました。リユース事業への賛同と“ぜひ売りたい”“買いたい”という声もたくさんありました。そうしたお客様の声が事業化へのアクセルを踏み込むひと押しになりました」(三木さん)

3月から事業化し、売り上げ5億円を目指す

1カ月にわたるリユース品の販売期間で、売れたバッグは約130点。目標の販売点数を上回りました。リユースやアップサイクルへの意識の高さに加えて、土屋鞄ブランドと取り組みとの親和性の高さが感じられます。今回は1カ月間限定でしたが、3月にも事業化する予定で、2026年までには年間5億円の売り上げを目指すそうです。

また、三木さんは「副産物も多かった」と言います。

「リユース用にと提供していただいた商品には『ずっと大切にしてきたバッグです。また次の人にも大切に使ってもらいたくて提供しました』『しっかりと土屋の職人さんが直してくれるなら、と手放すことにしました』などのお手紙が添えられていることがありました。現場のモチベーションが高まったし、身が引き締まる思いもしました」(三木さん)

さらに「子供の頃に土屋鞄のランドセルを使っていて、いつかは大人用バッグも…と考えていましたが、これまでは少し高額で手が出ませんでした。でも、リユース品なら買えます」とリユース品を通して再び土屋鞄の顧客になる若い世代もいたそうです。

新卒採用を起点にした新規事業創出の目利き力。企業のミッションと照らし合わせた企画の磨き上げ。ブランドのファンから丁寧にニーズを汲み取った事業設計――。

土屋鞄のリユース事業は、サステナビリティやSGDsに対する世界的な機運の高まりとともにさらに注目を集め、多くのヒントを与えてくれそうです。

記事執筆者

箱田高樹

ビジネスパーソン向けの媒体を中心にライティング・編集を手掛ける。著書に『カジュアル起業 ~”好き”を究めて自分らしく稼ぐ~』、共著に『図解&事例で学ぶイノベーションの教科書』など。雑誌『Lightning』にて「こうしてボクらはオーナーになった。」連載中。株式会社カデナクリエイト代表。
http://www.cadena-c.com/
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