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アップサイクルの可能性 衣類の裁断くずを活用する「アップサイクルリノ」が目指すサステナブルなアパレルの形

最終更新日:2021.12.22

「アップサイクル」という言葉を知っているでしょうか。ゴミとして捨てられる素材を再利用する「リサイクル」とは一味違います。素材の特性などを生かすことで、より価値のある商品を生み出す取り組みを指す言葉で、近年、食品やアパレルなどさまざまな業界で広がってきました。アパレルブランド「nest Robe(ネストローブ)」や「CONFECT(コンフェクト)」を展開する株式会社ネキストは2021年2月から、環境配慮型の製品「UpcycleLino(アップサイクルリノ)」シリーズの販売を開始しています。チーフディレクターの北之坊敏之さんに、プロジェクトにかける思いや手応えについて聞きました。

(取材・文:ライター 加藤藍子)

目次

「リサイクル」に感じた疑問

「独特の風合いが面白いでしょう」。取材中、北之坊さんが取り出してみせてくれたのが、「アップサイクルリノ」シリーズのデニムパンツです。「新品なのですが、生地に自然なムラ感が出て、ヴィンテージデニムのような味わいが生まれます。着心地も柔らかく、肌によく馴染む。品質には絶対の自信を持っています」。

「アップサイクルリノ」とは、衣服を作る過程で出る「裁断くず」を原料として、新しい衣服を作り出すプロジェクトです。同社がこれに取り組み始めたのは2016年ごろ。2015年9月の国連サミットで、「SDGs(持続可能な開発目標)」が定められてから間もなくのことでした。

SDGsは、環境や健康、人権などに関する社会課題を解決する17の目標と169のターゲットから成ります。企業がそれらの解決につながる製品やサービスを提供することで、年間最大12兆ドル(約1350兆円)の経済価値を持つ市場が生まれると見込まれています。

「それを聞いたとき、アパレル業を営む私たちにも何かできることがあるはずだと思いました。新しいビジネスチャンスを見つけられるのではないかという期待感もありました」(北之坊さん)

北之坊さんは、同業他社の先行事例を視察。大量に残った衣類の在庫を粉砕して、ショッパー(買い物袋)の素材の一部として再利用する取り組みなどを目にしました。しかし、それには逆に疑問を抱いたそうです。

「大量の在庫が余る前提は変わらないまま、そのうちのわずかな分量をショッパーに変える。これは『サステナブルなアパレル産業』の実現に本当につながっているのだろうか、と思いました。切り刻んでしまったら、せっかく洋服になっていたものが跡形もなくなってしまうわけでしょう。もったいないですよね」(北之坊さん)

今振り返れば、北之坊さんが当時目にした取り組みは「リサイクル」に分類されるものでしょう。ゴミを減らすことにはつながっているのかもしれませんが、「捨てられるはずだった衣類」を原料にしているからこその価値が生まれているとはいえません。

裁断くず

コロナ禍で変わる消費者の意識

そこで同社が注目したのは、「衣服になる前の段階で廃棄されてしまう生地」でした。北之坊さんによれば、最先端の機械や熟練の職人技で、最大限に無駄をなくすよう配慮しても、型を取る際に生地の30%ほどは断ち落とされて、ゴミとして処分するしかなかったそう。廃棄したり焼却したりするためのコストもかかっていました。

同社は、取引工場と協業で約4年かけて検討と開発を重ね、この「30%」を活用する方法を編み出しました。まず、裁断くずを一度細かく崩して、もとの綿や毛の状態に戻します。それを、つなぎになる繊維と一緒につむいで「アップサイクル糸」として生まれ変わらせます。この糸で織った生地を使って作った商品が「アップサイクルリノ」シリーズです。糸にするのが難しいタイプの繊維は、加工してハンガーにして、販売しています。元が天然素材なので、使用後も環境に負荷をかけません。

2021年2月から販売を始め、サステナビリティを大切にする価値観を共有するアーティストなどとコラボレーションした商品も発表しています。従来の「リサイクル」と一線を画すのは、アップサイクルではない普通の商品と比較しても、品質やファッション性の面で全く見劣りしないことです。だから、「BASIC 半袖Tシャツ」は8690円、「BASIC 裏毛ビッグパーカー」は16500円……といったように、価格も普通の商品と同水準に設定されています。

店頭では、顧客とのコミュニケーションの中で環境に配慮した商品であることも伝えていますが、「まずデザインが気に入った」「生地の風合いが個性的なので背景を聞いたら、初めてアップサイクルの商品だということを知った」という反応が目立つそうです。

環境への意識が高く、それを買い物の際の指針にしているような顧客は、現時点でそれほど多いとは感じないといいます。ただ、コロナ禍の巣ごもり生活で自分が出すごみの量が気になったり、度重なる異常気象にさらされたりする中で、環境問題への向き合い方が変わってきたという人も少なくないはず。

「当社は2018年11月、米ニューヨークにショールームを出しました(現在はコロナ禍の影響で閉鎖)。そのときに感じたのは、現地の消費者の意識の高さです。仮に、3万円の普通のワンピースと、4万円の環境負荷の少ない素材を使ったワンピースがあったとしたら、後者を選ぶ人がたくさんいました。私たち作り手の側が根気強く価値を伝え続けていけば、きっと日本の消費者の意識も変わっていくと信じています」(北之坊さん)

ネキスト社のブランド「nest Robe」(ネストローブ)

生産者も潤すアップサイクル

大量に作られ、買われる。そして大量に捨てられる――。こうしたアパレル産業の構造は、地球環境に大きな負荷をかけることから、とりわけ近年、厳しい批判の目にさらされています。そもそも同社は、自社ブランド「ネストローブ」「コンフェクト」を立ち上げた当初から、この悪い流れを断ち切ろうと「商品を余らせない仕組み」の実現にこだわってきた経緯もありました。

「2006年にネストローブを始める以前、当社は独自のブランドを持たず、大手セレクトショップなどから注文を受けて商品をつくる縫製業を中心としていました。だから、全国各地の紡績業者、織物業者とのネットワークがあった。流行の安い服を大量生産・大量消費する『ファストファッション』が勢いを増した2000年前後から、全国の作り手たちの疲弊が深刻化するのをこの目で見てきたのです」(北之坊さん)

品質のよいものを適正な価格で提供しようとすれば、「もっと価格を落とさなければ、ファストファッションに慣れた消費者には響かない」といわれる。大口の注文はゴールデンウィーク前などの「売りどき」に集中する一方、売れ行きが思わしくなかったり、閑散期に入ったりすれば、ぱったりと仕事がなくなってしまう――。そうした業界構造に振り回され、廃業に追い込まれる生産者が後を絶たない状況でした。

同社が自社ブランドを立ち上げたのは、製造から販売までを一気通貫させることで「振り回されない」仕組みを作るため。店頭での売れ行きをこまやかに見極めながら、できる限り必要な分だけを生産するようにしたところ、在庫の最終消化率は平均約98%を実現できるようになりました。これはアパレル業界では異例の数字だといいます。

「アップサイクル糸は、普通の糸に比べると繊細な扱いを必要とします。紡績業者、織布業者の作業負担は、実は普通の服を作るよりも大きいのです。でも、衣服を製造していれば常に、30%の裁断くずが出続けるわけですよね。つまり、その30%を循環させ続けていけば、1年を通じて一定の仕事を、取引業者の皆さんに供給することができる。実はアップサイクルリノには、生産地を潤す効果もあるのです。自社の商品の裁断くずを原料として商品を作り、自社で売る――この完全なサーキュラーエコノミー(循環型経済)を根付かせるために、これからも努力を重ねていきたいと思います」(北之坊さん)

記事執筆者

加藤藍子

かとう・あいこ
フリーランスの編集者・ライター。全国紙の記者、バレエ専門誌編集者、ビジネス関連書籍・ムックの編集者を経て独立。ビジネス系を中心に多数の雑誌やウェブ媒体などで執筆・編集。主な取材・関心分野は働き方・キャリア、ジェンダー、エンタメ、アート。
X:@aikowork521
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