多くの日本人を興奮させた「FIFA ワールドカップ カタール 2022」。年が明けても熱気は冷めることがなく、三笘薫選手ら欧州リーグ所属選手の活躍をはじめ、30周年を迎えたJリーグの盛り上がりもあり、余韻が続いています。
FIFA ワールドカップの熱狂に大きく貢献した1つが「ABEMA」でしょう。全64試合を無料で生中継し、「ABEMA FIFA ワールドカップ 2022 プロジェクト」のゼネラルマネージャー(GM)を務めた本田圭佑さんによる解説も大きな反響を呼びました。
ABEMAとしては、ワールドカップで新たに獲得した視聴者をつなぎ止め、そのまま事業成長へと結びつけたいはず。そのためにどんな戦略を考えているのでしょうか。
今回はサイバーエージェント執行役員、宣伝本部 本部長でABEMA「FIFA ワールドカップ カタール 2022」統括責任者を務めた野村智寿さんに話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:永山 昌克)
目次
ワールドカップについて今だから感じること
――昨年のことになりますが、あらためて「FIFA ワールドカップ カタール 2022」全64試合無料生中継の成功、おめでとうございます。今振り返って良かったこと、課題などありましたら教えてください。
ありがとうございます。成功かどうかは皆さまにご評価いただくことだと思いますが、ABEMAとしてはテレビ朝日の皆さまとの強力なタッグのもと、無事に全64試合の無料生中継を終えることができ、ワールドカップが持っているコンテンツの素晴らしさを多くの方々にお届けする一助となれたことを良かったと考えています。
――課題を挙げるとしたら何でしょうか。
「課題」という表現よりは、今回の生中継を経ての「気づき」のほうが近いかもしれませんが、12月5日(月)に行われた日本VSクロアチア戦で、連日多くの皆さまにお楽しみいただいていたこともあり、快適な視聴環境を維持するために必要だと判断した場合にはABEMAへの入場制限を行う旨を事前に告知し、実際に入場制限を行いました。ABEMAで見たいと思ってくださる全ての視聴者の方に、安定した視聴環境にてコンテンツをお楽しみいただくには、現状の日本のインターネット回線では難しいと感じました。配信サービスの現時点での限界が少し見えたように感じたのが正直なところです。視聴環境の限界については、これからの進化でさらにいろいろなことができるようになってくると思いますが、今後そうした進化を経て、より多くの視聴者の方が今見たいと思っているコンテンツを全ての方に提供できるようなインフラ的な存在になっていきたいな、ということはあらためて感じました。
――GMを務めた本田圭佑さんの解説への反響が大きかったですね。「ABEMAの成功は本田さんの解説によるところが大きい」という声もありました。野村さんは、本田さんの解説をどう評価しますか。
「評価する」ということは恐れ多いので感想となりますが、本田さんにしかできない素晴らしい解説をしていただいたことで、ワールドカップもABEMAも、さらには日本全体も盛り上がったと言っても過言ではないと思っております。
本田さんは過去のワールドカップで3大会連続のゴールを決められるなどさまざまなご経験があるのに加えて、ご本人の発する言葉にとても力がある方だと思っており、「ABEMA FIFA ワールドカップ 2022 プロジェクト」のGMへのご就任と解説のオファーを、以前からの友人であった藤田(晋さん。株式会社AbemaTV代表/ABEMA総合プロデューサー)よりさせていただきました。試合中には非常に的確な解説で盛り上げていただき、大変感謝しています。
新たな視聴者に継続視聴を促す「残存プロジェクト」
――スポーツ報知に、藤田さんが、ワールドカップで新たにABEMAの楽しみ方を体験したユーザーに継続視聴してもらうため、「残存プロジェクト」に注力しているという趣旨の記事が出ていました。「残存プロジェクト」とはどんなことですか。
「残存プロジェクト」といっても、何か特別なことをするわけではありません。ワールドカップをきっかけにABEMAをご利用いただいた視聴者の方が継続して利用したくなるようなコンテンツ編成や機能面などにおける充実度を向上させる取り組みを、これまで以上にしっかりと行うことを、社内で「残存プロジェクト」と呼んでいます。
ABEMAは国内唯一の24時間365日放送しているニュース専門チャンネルをはじめ、アニメ、バラエティ、オリジナルの恋愛番組やドラマなど多種多様なジャンルの番組を提供しています。一方でABEMA自体がどういうサービスかまだ十分に伝わっていなかったり、ABEMAを視聴した経験があるものの、一度離れてしまったりした方もいらっしゃると思います。ですので、ワールドカップを通じてまずABEMAを知ってもらい、理解していただくことが重要だと考えていました。そうすれば多種多様な番組の面白さや魅力、ABEMA自体の利便性などを体験しながらご理解いただき、結果として継続して視聴いただける方が増えるのではと考えたからです。
もちろん、ワールドカップ後の今がユーザー数増加に最適なタイミングの1つであることは確かです。例えば、世界最高峰プロサッカー1部リーグである「イングランド プレミアリーグ」2022-23年シーズンの生中継は、ワールドカップ開幕前からスタートしていましたが、ワールドカップを通じて「ABEMAなら、プレミアリーグやスポーツ観戦をこんな風に楽しめるんだ」と知っていただければ、そのまま視聴される方もいらっしゃると思います。そのようにコンテンツの内容や切り口、利便性など、いろいろな側面でABEMAのことを知っていただいて、継続利用につなげられたらと考えています。
――ABEMAの利便性は、具体的にどんな点でしょうか。
ABEMAは「テレビのイノベーション」という考え方からスタートしていて、「場所からの解放」である〝テレビ・スマホ・PCなど好きな場所で視聴可能なマルチデバイス対応”や、「時間からの解放」である〝好きな時に楽しめる見逃し配信、オンデマンド視聴”を提供している点が特徴として挙げられます。その2つの「解放」に伴う機能が常に無料であることは一番大きな利便性だと思います。そのため、そもそもABEMAのコンセプト自体である利便性を、多くの皆さまに知っていただくことが重要だと考えています。
――ネットを見ているとニュースサイトの「ABEMA TIMES」の記事がよく目につきますし、ほかにもYouTubeやTwitter上でABEMAのコンテンツの宣伝を目にします。そういう形でタッチポイントをいくつか設定して、皆さんに知っていただくということでしょうか。
そうですね。世の中のメディア利用状況を見ると、メディアやデバイスもいろいろある中で、コンテンツに対する接し方が変容してきていると感じます。そういう状況を踏まえ、視聴者の日常における導線上でのタッチポイントを複数作り、ABEMAの価値を伝えるマーケティング活動を日々しっかりと行うように心がけています。大切なのは、ユーザー起点の考え方であり、視聴者が接触する機会の多いメディア、デバイス、時間帯などを考慮しながら、最適なコミュニケーションの在り方を考えて、その導線上にABEMAのコンテンツをしっかりと届けることだと考えています。
(C)AbemaTV, Inc.
競技のポテンシャルを引き出し、競技と一緒に事業成長へ
――わかりました。ワールドカップを終えて、あらためてABEMAに対して感じた可能性や将来性はありますか。
日本で初めて全64試合を無料かつ、インターネット配信の生中継で届けるという挑戦の中で、試合の中継やオリジナル番組をはじめとするコンテンツ作りにおいてABEMAらしい盛り上げ方ができたと思っています。
我々は日頃、サッカーだけではなく、大相撲や格闘技などのスポーツをはじめ、将棋や麻雀ほかさまざまな競技を生中継しています。競技自体の魅力を届けるだけではなく、そこで活躍されているアスリートの方にフォーカスするような、今までは興味がなかった新しい視聴者の方にアスリートの方の人柄などをきっかけとして、競技自体に興味を持っていただくようなコンテンツ作りも行ってまいりました。
ABEMAは今後もアスリートの方自身の魅力や人となりも含めて、それぞれの競技の面白さ、ポテンシャルを引き出し、素晴らしいコンテンツとして視聴者の方々にお届けしていきたいと思っています。その結果、大勢の視聴者が集まることで話題を呼んで大きな盛り上がりとなれば、競技発展につながったり、新たなビジネスチャンスが誕生したりするかもしれません。競技やスポーツ中継自体の発展に微力ながらも貢献させていただくとともに、ABEMAも事業成長していければと思っています。
ワールドカップをきっかけにABEMAの良さを知っていただいたことで、ご利用いただく視聴者の方々が増えている兆しはしっかりと出ています(※)。これからも皆さまのご期待に応えられるサービス運営を行い、たくさんの方々にご利用いただくことで、サイバーエージェントのパーパスの一文にある「新しい未来のテレビABEMAを、いつでもどこでも繋がる社会インフラに」という状態を作っていきたいと思います。「新しい未来のテレビ」として、継続的に満足して楽しんでいただける役目を果たせるように努めてまいります。
※アプリのダウンロード数はワールドカップ期間中に700万ダウンロード増で、開局6年8カ月で9200万ダウンロードを突破。
※ワールドカップ期間中、過去最高の3409万WAU(1週間あたりの利用者数)を記録し、直前週の1243万WAUから2000万以上の増加。ワールドカップ終了後も前年比1.4倍のWAU。
(いずれもサイバーエージェント決算資料より)
https://pdf.cyberagent.co.jp/C4751/fhjD/qdYS/uPih.pdf?_ga=2.204251990.732140883.1676260292-1367662232.1670389930
――私は将棋や格闘技のファンなので、中継でマイナー競技をメジャー化してくれるABEMAにはとても感謝しています。中継を見た若い世代の中には、自分が競技者を目指す人も出てきそうです。
ありがとうございます。編成枠に縛られずに自由に放送尺やチャンネル編成を行うことができるABEMAだからこそ実施できるコンテンツもあるかと思うので、競技団体の方々と連携させていただきながら可能性を求めて引き続きチャレンジしていきたいですね。今は手応えの有無よりも、どんどん挑戦し続け、やり続けていかなければならないという気持ちを強く持っています。
手段にとらわれず、全ては顧客理解と顧客起点から
――ありがとうございます。それではここからは一般論として、新規ユーザーと既存ユーザーの獲得施策についてお聞きします。YouTube、Twitter、メディアでの記事露出などいろいろあると思いますが、どのように使い分けていますか。
なぜその手段でそのメディアに、そういう情報を流通させているのか。そのタッチポイントの裏に、ユーザーがどんなふうにメディアと接触し、情報収集し、コンテンツを消費しているかを考えるのが大前提だと考えています。手段の前にまず顧客理解が重要で、そこから浮かび上がったタッチポイントに必要なコンテンツを提供して、日々反応を見ながら視聴者の皆さまとのコミュニケーションを繰り返し、マーケティングをブラッシュアップする努力を日々行っています。
――顧客理解のために、どんなことをしていますか。
定量的な調査もすれば、実際に視聴者の方々にお会いしてお話を伺うこともあります。どんなコンテンツを提供すると、どのような反応があるか、ソーシャルリスニングでチェックする機会が多いですね。当然のことですが、反応を見ながらコミュニケーションの内容や提供の仕方を調整したり、あるいはタッチポイントを少し変えて反応を見たりと、日々いろいろな工夫をしています。
――確かに将棋ファンとして、ABEMA TIMESの記事をきっかけにABEMAの視聴を始めたので、良いコンテンツマーケティングだなと思っていました。
我々はTwitterやYouTubeのチャンネルも含めて、自分たちで顧客理解からプランニング、実行までを全て内製で行っています。自分たちで運用できる体制を整え、ブラッシュアップを重ねてきた結果、ABEMAとしての考え方が確立され、プランニング、ノウハウも貯まってきています。そうした蓄積を大切にしつつ、一方でユーザーもメディアも変化していくので、その変化を日々ウォッチしながら我々も絶えず変化していくことが大切です。ユーザーも環境も変化することを前提に、自分たちも変化しながらマーケティングの手法を考え、自分たちの手で満足いくコンテンツを作っていくことが、ABEMAの成長につながっていくと思います。
――わかりました。次に競合について伺います。一部有名動画配信サービス撤退のニュースもありましたが、可処分時間の奪い合いという点でNetflixやAmazonプライム・ビデオなどの競合をどれくらい意識していますか。また、差別化のためにABEMAならではのコンテンツの独自性をどのように打ち出そうと考えていますか。
サービスのコンセプトなど違いはたくさんありますが、いわゆる動画配信サービスの裾野拡大という点では、いろいろなプレイヤーがさまざまな提供の仕方をしていて、成功と失敗を繰り返しながらブラッシュアップされ、市場が作られていくのは個人的に良いことだと考えています。
ただし、可処分時間という意味で競合を考えると、動画配信サービスだけではありません。我々はニュースやスポーツ中継も提供していますが、バラエティやドラマ、恋愛番組などのオリジナルのエンタメコンテンツもたくさん提供しています。また、オンラインの動画やライブだけではなく、オフラインのイベントを行うこともあります。そのため可処分時間という点で競合を考えると、切りがありません。何を価値として提供するかを考える思考の起点は競合がどうかではなく、ユーザーだと考えています。
もちろん事業である以上、コンテンツをめぐって「Aの動画サービスでは提供されているが、Bでは提供されていない」のような競合構造が発生することもあります。ただ、他社の方針を見ながらABEMAの戦略を決めてしまうと、サービスのコンセプトも成立しなくなってしまいます。そうではなく、顧客起点で視聴者の皆さまにどんな価値を提供するかを考えることが重要だと思っています。
地上波とABEMAの新しい関係
――最後に地上波との関係性について教えてください。将来的にどういう立ち位置を思い描いていますか。
「地上波か、ABEMAか、どちらを取るか」という話ではないと思っています。ワールドカップでも、地上波を見られない環境にいる方はABEMAを見てくださっていたと思いますし、地上波を見ながらABEMAを見て、マルチアングル機能やコメント機能を楽しまれている方もいらっしゃいました。ですので、場合によっては補完し合っているかもしれないし、共存し合っているかもしれません。つまり、ABEMAがあることで地上波がどうなるかではなく、あくまで視聴者の皆さま自身で、使い方、環境、ニーズに合わせて使い分けながら楽しんでいただくのが良いのではないでしょうか。
――あくまでもユーザーが決めることだ、と。
ワールドカップも、テレビ朝日の皆さまと一緒にやりきったからこそ無事終えることができました。そういう意味で、新しい形が生まれてきていると思っています。実際にテレビ朝日が中継したコスタリカ戦は多くの方が視聴されており、高い視聴率を記録しました(関東地区の平均世帯視聴率42.9%)。同時に我々としても、多くの方々に新しい形でワールドカップをご視聴いただきました。前例はありませんが、今までの尺度でどちらがいいという話ではなく、デバイス環境、通信環境、メディアの使い方などの点で顧客側が変容しているので、それに合わせて地上波とABEMAをハイブリッドな使い分けをしている方がいるかもしれないし、両方見られる選択肢はあっても、どちらかしか見ない方もいるでしょう。片方が成立したら片方が成立しなくなる、あるいは片方が主で片方が補完である、もしくは対等で共存する――こういったメディア視点の考え方ではなく、ユーザー視点の考え方をしていきたいです。視聴者の皆さまにとって価値があり、利便性があり、見たいコンテンツが提供されているサービスを、その時々のニーズやシチュエーションなどに合った形でご活用いただければと考えています。
――なるほど、これからは新しい形、関係性で成長していきそうですね。
視聴者の皆様は地上波、ABEMAという分け方ではなく、両方に価値があれば両方を使うと思います。そのためには、価値を提供し続けることが大前提です。価値を感じていただけないと、利用されずに終わってしまいます。
我々は「新しい未来のテレビ」として、便利な機能、利便性、充実したコンテンツを提供することにこれからも集中します。ABEMAが今後どう進化していくか、全ての意思決定の基準は視聴者の皆さまにあると思っています。
――本日はありがとうございました。
Profile
野村 智寿(のむら・ともひさ)
株式会社サイバーエージェント 執行役員、宣伝本部 本部長。
慶応義塾大学卒。2004年新卒でサイバーエージェント入社。インターネット広告事業本部でさまざまな業界のナショナルクライアントを担当。2011年10月に新規事業開発のため、プロデューサーに転身。2012年12月Amebaプロモーション室室長に就任。2014年10月宣伝本部立ち上げ、現在に至る。