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インタビュー

優れたマーケターになるための「定石」とは――WACUL垣内勇威インタビュー

最終更新日:2023.02.16

CEO Interview #25

WACUL 代表取締役

垣内 勇威

WACUL代表取締役・垣内勇威さんの2冊目の著書『BtoBマーケティングの定石』は重版がかかる売れ行きを見せています。

1冊目の著書『デジタルマーケティングの定石』はすでに7刷で、今もコンスタントに売れ続けているとのこと。「売れない」と言われるマーケティング関連本としては異例の好調さと言えるでしょう。

垣内さんがヒットを連発できる秘密は何か。WACULに伺って、話を聞いてきました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:永山 昌克)

目次

どん底の危機から学んだマネジメントの重要性

――デジタルマーケティング関連のインタビューは多くても、垣内さん本人に迫った記事はそれほど見つけられなかったので、そのあたりを聞いていきたいと思います。まず、思い切りさかのぼってどんな少年時代だったのか教えてください。

友達があまりいなかったですね。高校の修学旅行のとき、1人でラーメンを食べたことを覚えています。いじめられていたわけではないですが、大勢の人と関わるのが得意ではないので、今もリアルな友達は2~3人です。ただし、ビジネスでのクライアント対応は得意で、コンサルタントとしてそれなりに自信があります。

――プライベートでは独りぼっちになりがちだけど、ビジネスのコミュニケーションは得意。何が違うのでしょうね。

仕事はゴールが明確だからです。飲み会もアジェンダがあれば参加しますが、アジェンダがないときは会話のネタがすぐなくなるので、「山手線ゲームをしよう」と言います。そうするとゴールとアジェンダが勝手に設定されるので、フリートークのネタを考えなくてもコミュニケーションが成立します。

――飲み会にもアジェンダ…。垣内さんのイメージ通りですね(笑)。新卒でビービットに入り、WACULに転職した経緯については、いろんな記事に出ていますが、成長や学びにつながった経験の中で、忘れられないエピソードはありますか。

WACULは以前、当時の社長とCTOのほか、従業員が何人か辞めたことがあります。そのときはどん底でした。私自身、頭でっかちなところがあり、ビジネスのドライバーは地頭の良さや能力、知識量だと思っていましたが、それだけでは多すぎるハードシングスに対応できず、結局ビジネスはメンタル勝負だと腹落ちしました。今では、何かを継続するために重要なのは、精神的に良い状態をどれだけ保てるかが大きいと考えています。

――なぜ当時、従業員の退職が続いたのですか。

マネジメントができていなかったからです。当たり前ですが、マネジメントとプレイングマネジャーは違います。私自身、それまでマネジメントをされた経験もあまりなかったし、メンバーへのコミュニケーションについても学ばすにやっていたのが良くなかったと思います。

――垣内さんはマネジメントが得意ではないのですか。

得意ではないです。マネジメントもスキルであり、知識なので身に付けられるはずですが、もともと自分のことを組織からはみ出してしまう社会不適合者だから起業していると思っていて、マネジメントも好きではありません。当時の社長らが辞めていった頃は、本当に社員の心が離れていたので、「マネジメントがイケてなくてすみません」と反省のプレゼンをしたことがあります。

それからはマネジメントを身に付けようとしたり、マネジメントの業務ができる人を採用するようにしました。

――そのときはマネジメントの何が良くなかったのですか。

良くなかったというより、マネジメントをしていなかったですね。声を荒らげてパワハラをするわけではなく、単純に目標の数値や目指すコンサルティングの世界に到達していない人に対して、「足りないですね」「それではダメですね」と理詰めで追い詰めるという、再現性の低いことをしていました。「プレイングマネジャー、最初ダメ説」とほぼ同じで、よくある失敗だと思います。

現在は会社として、かなり改善されました。

2冊の「定石」本が人気を呼ぶ背景

――わかりました。次に垣内さんのマーケティング業界における知名度について教えてください。どんなきっかけで名前を知られるようになったのですか。

最初はTwitterだと思います。前職の副社長に勧められて始めたら、意外とウケが良くて、すぐに3,000から5,000フォロワーくらいに達しました。理由は言葉選びがうまくいったことだと思います。私は何かに特別に詳しかったり知見がすごかったりするわけではなく、世の中にある事象を一般の人たちが共感する言葉に変換するのが得意だったようです。さらにその言葉選びが140文字の世界に合っていたことから、フォロワーが増えていったと考えています。

例えば、初期にバズったのは「A/Bテストは無駄」「アトリビューション分析するのは暇人」というツイートで、多くの人が感じていながら明言できなかったことを、自分でしっかり立証して確信があるからと言い切ったところ、共感してくれるフォロワーがたくさん現れました。

――わざと言い切っているのかと思ったら、確信があるのですね。

確信もありますし、私はそもそもゼロイチしか言いません。心理テストで「0から10の中から選んでください」と言われたら、0か10を選びます。コンサルティングのときもクライアントは私に言い切ることを求めているので、本当にどちらでもいいとき以外は、51対49の確率のときでも「51のほうです」とスタンスを取るようにしています。

――「違ったじゃないですか」と言われないですか。

「そうですか」「なぜ違ったのか考えましょうか」と言うだけです。

――垣内さんが再三主張しているにもかかわらず、A/Bテストは今も多くの会社で行われています。

大手企業が「AのほうがBより良い」ということの社内説得のためにやるのであれば、やってもいいとは思います。経営層を説得するのに必要であれば、利用すればいい。しかし、ベンチャー企業でそこまで社内の説得に労力を使わなくて済むならしなくていいし、まじめに科学検証しようと思っているのだとしたら時間の無駄です。

――わかりました。次に2冊の著書について伺います。2冊とも「定石」というのがすごいですよね。

ひたすら偉そうなことを言ってみるという(笑)

――それが垣内さんの芸風だと理解している人が多そうです。その証拠に1冊目の『デジタルマーケティングの定石』が7刷、2冊目の『BtoBマーケティングの定石』も重版がかかった、と。担当編集者は社長賞を受賞したとのこと、すごいですね。なぜ売れたのだと思いますか。

Twitterで何がウケるのか、ある程度わかっていたからだと思います。デジタルマーケティングやBtoBマーケティングの従事者が何を期待していて、どこに困っているかをわかっていたので、そこに刺さるように書きました。

今も継続的に買ってくださる方がいらっしゃるのは、新しくWebの部署に入ってきた人に「この本を読んでおいて」と教科書的に引き継がれているからではないかと想像しています。もしそうならうれしいですね。

デジタルマーケティングの将来性とマーケターがすべきこと

――デジタルマーケティングはこれからも発展していく未来のある領域ですか。

基礎スキルだと思います。エクセルと同じで、知っていて当然のような。私は新卒からデジタルマーケティングの業界でしたが、当時周りの人はほとんど知りませんでした。SEOといっても知らない人が大半でしたが、今では意外と多くの人が知っています。デジタルマーケティングの領域に大勢の人が参入し人口が増えた結果、皆が知っていて当然の基礎スキルになった気がします。

――そうすると、デジタルマーケティングだけで食べていけるわけではないけど、基礎スキルとして身に付けておくべきだ、と。

デジタルマーケティングだけで食べていくのは厳しくないですか。私の場合は昔からやっていて名前が知られているからクライアントも話を聞いてくれますが、内容が同じでも若手コンサルタントが言うと説得力を感じてもらいにくいところがあると思います。本質的ではないですが、そこが私の優位性になっていますし、若手が今から参入しても私のポジションになるのは難しいと感じます。

もちろん、個別の領域では専門家は必要になります。SEOの専門家が求められるのは、Googleのアルゴリズムが頻繁に変わり続けるからです。私の場合、SEOと広告、オフラインも含めてどこに投資すべきかという論点なら俯瞰して話せますが、SEOの専門家と話ができるほどSEOに詳しいわけではありません。だからSEOに限らず、SNSやメタバースなどスキルセットの1つとして専門家になれれば、5年、10年は食べていけるかもしれません。

ただ、変化のスピードの速い現代に、何か1つのスキルだけで生きられるとは思わないです。SEOの専門家といっても、知名度の高い人は10人くらいでしょう。あまりに狭き門なので、今からそこを目指すくらいなら、普通にマネジメントを身に付けたほうがいいのではないでしょうか。

――わかりました。それから、垣内さんは常に「無駄を省く」とおっしゃっていますが、無駄を省いて余った時間でマーケターは何をすべきですか。

顧客理解に基づくバリュー、提供価値を作ることだと思います。まずお客さまを見て、話を聞いた上で商品を作ったり、売り場を考えたりするべきですが、デジタルマーケティングの人はそこに時間が使えていないですね。マーケターを名乗る以上、顧客理解をして価値を考えることをもっとやってほしいと思います。

――垣内さんも顧客を見に行ったりするのですか。

今もしていますよ。コンサルティング案件で、週に4、5人、顧客調査でインタビューをしています。リアルでユーザーを見ないとわからないことが多いし、インタビュー内容の多くが知見として蓄積されます。

もちろん、定性インタビューだけでなく、定量アンケートも取りますし、アクセス解析もします。ただ、定性インタビューが一番お客さまの解像度が上がるので、そこから仮説を作ってアンケートをしたほうが効率はいいですね。

アンケートは設計に難しさがあって、しっかりと作らないと何もわからないまま終わってしまいます。「30代女性が買っています」「で?」みたいにならないようにするには、定性インタビューによる顧客理解から始めたほうが良いと思います。

営業やコンサルで泥臭く、実力と信頼の積み重ねを

――2冊目の著書『BtoBマーケティングの定石』についてお聞きします。1冊目を出したときに「デジタルマーケティングの定石を理解するだけではダメで、社内に浸透させることが重要だ。それはとても大変なことなので、これからの課題として取り組む」とおっしゃっていました。まさにその取り組みとして有言実行、お書きになった、と。

はい、より実践的に、社内調整をしっかりやってもらいたいと思って書いた本です。BtoBはECなどに比べると営業チームのような他部署との連携をはじめ、社内調整の占める要素が大きいので、デジタルに閉じずに書いたほうが伝わりやすいと考えました。

――読者の反応はいかがですか。デジタル本は明確な指摘が多かったのに対して、BtoB本は「社内の人間関係に詳しい」「社内調整力のある生え抜き人材」「人望」などの用語が目立ち、属人性が高くて仕組み化が難しい内容もあるので、読者の受け止め方が複雑ではないかと思ったのですが。

1冊目から続けて読んでくださっている方も多くて、大変ありがたく思っています。実際に社内調整の大変さを経験している人の反応は、「本当にそうなんだよ」と共感されることが多いのと、苦労して社内で孤軍奮闘している人からは「自分のやっていることが間違いではなくてよかった」という反応をたくさん頂きました。

次のフェーズはBtoB本を経営層や社内の幹部に読んでもらうことです。そこまでいくと、社内調整に奮闘している人たちが何を目的に、どんなことをしているのか、どこで苦戦しているのか、どうすればクリアできるのかについて社内で意識統一ができます。今は社内で拡散されることを期待して待っているところです。

――社内調整、組織調整はかなり大変だし、面倒ですよね。垣内さんもコンサルティングの際、そうした調整を行うことがあるのですか。

私もクライアントの社内調整にかなり泥臭く入り込んでいます。本当に大変で、熱量が必要であり、長期にわたって継続できる意志の強さが求められます。並大抵の努力ではありませんが、その際に「社内調整するにもコツがあります」と示したのが今回の『BtoBマーケティングの定石』です。

――本の中には「良いBtoBマーケターはマーケティングと営業両方に配慮したコミュニケーションができる人」とあり、ほかにも「人望があって社内調整力がある」「できれば生え抜きの人材」「社内の隅々まで詳しい」などと条件が挙げられています。そうするとリモートワーク時代の若手には厳しいところもありますね。

BtoBマーケターになりたいのであれば、デジタルに閉じることなく、まず営業やコンサルから始めたほうがいいと思います。同時に先輩とコミュニケーションを取りながら、嫌かもしれないけど飲み会にも行って、社内のネットワークを作ったり、会社や製品への理解を深めたりしながら実力と信頼を蓄えていくことをおすすめします。時代は変わるかもしれないですが、今はまだそういう時代だと思います。

マーケティングは基本的にモノやサービスを作って、顧客に売る仕事です。マーケティングはふわふわした言葉なので、フレームワークを使ったり、戦略を考えたり、リスティング広告を売ったりすることにとらわれがちですが、本来はピュアに1人の人に対してモノやサービスを作って売れれば、それが最小単位のマーケティングになります。その経験を質量ともにどれだけこなしたかがおそらくマーケティングの力に一番なると思います。だから良いマーケターになりたいのであれば、まず営業やコンサルで頑張って成果を上げることですね。デジタルマーケティングは簡単なので、後から覚えればいいでしょう。

CMOを目指す人は、社内調整力を身に付けるべし

――なるほど。ではマーケターは実力を身に付けた後、CMOを目指すべきですか。

マーケターとCMOはまた違う仕事だと思います。CMOはマーケティングを円滑に回すための組織調整をできる権力がある人です。必ずしもその人自身がマーケターである必要はなく、マネジメントも強くないといけないので、少し違う職能ですね。

マーケターは顧客に向き合って、良いプロダクトをつくり、良いチャネルで売れればいいので、極端な話、孤高の天才でも通用します。良いマーケターだからCMOができるわけではないし、CMOだからキレキレのプロダクトで売り上げを作れるかというと、そうでもない気がします。

――マーケターでありつつ社内の組織調整力を身に付けたら、良いCMOになれる、と。

そうですね。ただ、繰り返し言うように、組織調整は簡単ではありません。いろんな部署とコミュニケーションを取って、あるべき姿を目指すのは泥臭いことが多くて大変ですが、そこはもうデジタルではなく、人間の仕事です。CMOを目指すのであれば、面倒に思ってもあきらめずに、人間同士の密なコミュニケーションを基に組織調整に正面から取り組むしかないと思います。エネルギーとパワーが必要です。

――ちなみに、垣内さんの本や寄稿、Twitterには、少しドキッとする言葉がありますよね。「小学生でもわかるくらい簡単」「自己満三兄弟」「真にソリューション営業ができるような人材はほとんどいない」など。反発は来ないですか。

全然。むしろみんなエンタメだと思って、喜んで読んでくれています。私も普通に書いていると飽きますし、同じ内容でも面白いワーディングであれば記憶に残りやすいだろうと考えてやっています。みんな迷いがあって、決めきれないので、私にズバッと言われたいのだと思います。

――わかりました。次に、仕事以外でマーケティングについて学ぶのに良い方法があれば教えてください。

モノを売る体験ですね。私の例ですが、25歳頃、同人誌を描いていました。可愛い女の子の絵を描いて即売会に売りに行くのですが、売れないんです。私は表紙だけ本気で描いていたので、同人誌を平積みしていると人が来て、手に取ってくれるのですが、中身を見ると買わずに置いていくのです。50冊くらい刷ったのに、2冊しか売れない。絵は結構うまいのに、なぜ売れないのだろうと思って、今度は自分が消費者の気持ちで他の同人誌を手に取り、自分がやられたのと同じことを繰り返しながら考えてみました。

そのときに1冊買ったのが4ページくらいのフルカラーで100円の本でした。コスパがいいと感じたんですね。当時、同人誌は白黒で500円から1000円くらいしたのですが、その本はフルカラーですごく作り込まれているのに、100円。いっぱい絵を描いてストーリーを重視するのではなく、割安感を出せばいいんだと思って、次の本を出すときに実際にフルカラーの数ページで100円という本を出したら完売したんです。これが商いだなと思いました。そういう体験って、意外と経験している人は少ないんです。自分で商品を作るか、仕入れて売ってみて、売れなかったらなぜダメかを分析して、もう1回作って売ってみる。こういうのがおそらくマーケティングの最小単位だろうと思います。仕事で直接モノを売る機会のない人は、自分でやってみると勉強になります。

あとは、私もやっていましたが、Webマーケティングなら、自分でアフィリエイトをやるのも学びが得られます。

――最後の質問です。これからのキャリアの目標があれば教えてください。

難しいですね。そもそもキャリアについて考えたことがなくて、飽きないようにいろんな領域に手を広げつつ自分を追い込んでいたら、今代表取締役になっているというだけで、いつも辞めたいんです。でも辞めたら、毎日昼からお酒を飲んでしまいそうで、そうならないように仕事をしつつ、飽きないように常に自分を厳しい環境に追い込んで、苦しいなと思いながら生きている感じです。別に仕事を辞めてやりたいこともないですし。

――お酒を飲むと変わるんですか。

酒癖は全然悪くないですよ。そもそもあまり酔わないですし。今は在宅勤務なので、酔っても寝るだけです。

――飲み会で大騒ぎしたりとかは?

全然ないですね。以前は友達と山手線ゲームをするために飲んでいました。山手線ゲームは2人でするんです。2人じゃないとテンポが遅くて面白くないので。

――垣内さんが言うと、知的な感じですね(笑)。本日はありがとうございました。

Profile
垣内 勇威(かきうち・ゆうい)
株式会社WACUL代表取締役。
東京大学卒。株式会社ビービットから、2013年株式会社WACUL入社。改善施策の提案から施策効果の検証までデジタルマーケティングのPDCAをサポートする自動分析・改善提案ツール「AIアナリスト」を立ち上げ。2019年産学連携型の研究所「WACUL Technology & Marketing Lab.」を創設し、所長に就任。現在、 研究所所長および代表取締役として、事業のコアであるナレッジ創出を牽引。新規事業や新機能の企画・開発および大企業とのPoCなど長期目線での事業推進の責任者を務める。2022年5月代表取締役に就任。

Twitter:@yuikakiuchi

WACUL:https://wacul.co.jp/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
Twitter:@hayakawaMN
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