インタビュー
2021.07.20

ピップにファンを!フジモトHD CMO久保田達之助インタビュー「老舗企業にデジタルマーケティングを導入して、定番商品をさらに愛されるロングセラーへ」

The Marketing Native #34

フジモトHD 執行役員CMO/ピップ 取締役 商品開発事業本部長

久保田 達之助

明治41年(1908年)創業という老舗企業ピップ。「ピップエレキバン」や「SLIM WALK」(以下「スリムウォーク」)などの商品で有名です。

ピップの親会社であるフジモトHDにCMOとして2018年6月に就任したのが、JTBやドクターシーラボでマーケティング部門の責任者を務めた久保田達之助さんです。久保田さんは早稲田大学と明治大学でマーケティングの授業を担当する講師でもあります。

フジモトHDとピップの社長の後押しを受け、112年続く老舗企業にドクターシーラボで培ったデジタルマーケティングの知見を導入しようと奮闘する久保田さん。就任からの3年間でどんな実績を上げ、さらにこれから同社をどのように変えていこうとしているのでしょうか。

今回はフジモトHD執行役員CMOでピップ取締役 商品開発事業本部長の久保田達之助さんに話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)

目次

CMO就任時に感じた課題と3年間の実績

――フジモトHDのCMOに就任したのが2018年6月なので、3年経過しました。就任時、ピップにはどんな課題があり、久保田さんはどのように貢献できると考えたのですか。

最初に感じたのはPRの弱さです。それまでのピップの情報発信はテレビCMなどの広告が中心となっており、一方通行な発信になっていました。私がマーケティング責任者を務めていた前職のドクターシーラボは、少しでもメディアへの露出を増やすべく攻めのPRをしていましたので、ピップのPRの低調さにまず違和感を覚えました。

そこで、テレビ局に勤めていた行動力のある人を1人採用し、現在は計4人でチームを組んで積極的なPRに努めています。

――ほかにはどんなことを変えましたか。

自社ECの全面リニューアルです。ピップはメーカーと卸売りの両方の機能を併せ持つ会社で、実は9割以上を卸売りが占めています。

ピップにもECサイトはありましたが、ただ商品を売るだけのサイトで、使い勝手も良くなくマーケティングにも活かしにくかったため、システムから全面的に入れ替えました。これからECに力を入れ、顧客データの分析を徹底的に行う方針です。

――久保田さんは2つの大学で教えているそうですが、3年間の自分に点数をつけるとしたら何点ですか。

道半ばの50点ですね。改革できたところもあれば、課題も山積しています。私としては2025年を1つの目標に置いていて、そのときまでにメーカー事業の売り上げを少しでも拡大したいと考えています。現在はコロナの影響でマスクや消毒剤など衛生用品の需要が高まったこともあり、卸事業が好調です。今はメーカー事業を立て直すため、あるべき姿を作り、現状とのギャップを埋めて改革に取り組んでいます。改革を進めるにはトップとのコミュニケーションが重要ですので、両社長と月2回雑談会を設定して相談しています。

山積する課題の解決に向けてこれから全社的に注力していくのはデジタルマーケティングです。リニューアルしたECはもちろん、ドラッグストアの協力を頂きながらアプリなども活用してデジタルマーケティングでしっかりと成果を出していきます。

――いきなりデジタルマーケティングといっても、社内で対応できる人材は揃っているのでしょうか。

人材についてはデジタルの開発と運用に強い3名を中途採用した上で、同時にプロパー社員の育成にも力を入れています。両社長とも今の世の中においてのデジタルマーケティングの重要性を十分理解していますので、関心も強く、とても取り組みやすい環境にしていただいています。これまでデジタルマーケティングにあまり手がついていなかったのは、知見やノウハウが蓄積されておらず、どのようにヒト・モノ・カネを投資して軌道に乗せれば良いのかわからなかっただけです。

全面リニューアルしたピップのECサイト。
https://shop.pipjapan.co.jp/shop/c/c1010/

休眠顧客の掘り起こしも狙う50周年記念プロモーションの展望

――定番商品、既存品のマーケティングについてお聞きします。ピップエレキバンやスリムウォークなど、すでに多くの人が知っている商品の売り上げをさらに伸ばすために、どのような施策を打っていますか。

まずはタッチポイントの強化です。ピップはタッチポイントに対する捉え方に課題があります。例えばスリムウォークのCMを流したら、ドラッグストアの店頭にCMと連動したスリムウォークの商品がポップ付きできちんと並んでいることが大前提です。そうした基本的なことがまだ十分ではありません。

消費者からすると、リピート顧客でない限り、CMで認知しても存在をすぐ忘れてしまいます。その後、店頭に並べてあるのを見て「CMで見た商品だ。気になるから買ってみようかな」と思い出すわけです。それなのに目立つところに商品が置かれていなかったり、どこにあるのかさえわからなかったりするのでは、大きな機会損失になってしまいます。ECでも同じです。2021年4月から俳優の伊藤沙莉さんにピップエレキバンのCMキャラクターをお願いしておりますが、ECサイトでも伊藤さんがすぐ目に飛び込んでくるようにしています。そんなふうにタッチポイントを意識するだけで、売り上げは変わってくるものです。

――基本的なことが大事なのですね。

泥臭い努力の積み重ねが大切です。資金も規模感も違う有名な外資系企業や日系大手企業のカッコいいマーケティングを真似する必要はありません。それよりも急成長しているベンチャー企業のマーケティングを参考にしたほうがいい。現場を歩いて、顧客を見て、肌で感じたことを実践してトライアル&エラーを繰り返す。そういう積み重ねの大切さを社内で訴えています。

――私も昔ピップエレキバンを使っていたのですが、そういえば最近使っていないなと取材前に感じました。そういう「そういえばもう何年も使っていない」という休眠顧客は大勢いると思います。そんな人たちを振り向かせるために、どんな施策を考えていますか。

ピップエレキバンは来年50周年を迎えます。それに合わせてプロモーションを打つ予定です。ピップエレキバンの顧客で一番多いのはやはり40代から60代です。その世代の方々は昭和の時代のCMを覚えていたり、自分の祖父母や親が使っていた記憶が残っていたりする人もいて、親和性があると思います。それなのに最近は40~60代への訴求が不十分でした。今後はその世代にもプロモーションをかけていきます。

――ピップエレキバンはずっと中高年層をターゲットにしていると思っていました。

実は最近、新規顧客の開拓を目指して若い世代をターゲットにしていました。私がCMOに就任する前からの戦略で、若い世代に使ってもらい、習慣で年を取ったときにも継続して愛用してもらいたいという発想に基づくものです。外食産業の「子供の舌に味を定着できれば、大人になってからもずっと自社ブランドを食べ続けてくれるはず」という考え方と同じです。それはもちろん理解できます。今回、新CMに伊藤さんを起用したのも若い世代への訴求力を期待してのことでした。

――肩凝りの悩みを抱える若者がそんなにいるのですか。

データを取ると、想像以上に大勢います。最近ではコロナ禍において、通勤せずに自宅でPCやスマホを見ながら同じ姿勢で作業をしている人の中に肩凝りの症状を訴えるケースが目立つようです。我々はその症状を「在宅コリ」と名づけて若い世代に訴求しました。

ほかにはスリムウォークによる「ながらケア」。オンラインでつなぐ在宅勤務では上半身しか映りません。だから下半身はスリムウォークを履いて「ながらケア」をしましょうという訴求で、いずれも一定の成果を獲得できました。

――新規顧客の開拓はある程度うまくいっているわけですね。

そうですね。ただ、ピップエレキバンについては、購買層の中心が中高年であることは変わりません。昔は使っていたけど、今は肩が凝ったときの第一選択は他社の湿布薬になっているという休眠顧客に「そうか、ピップエレキバンという手があったか」と思い出していただきたい。50周年はちょうど良いタイミングなので、これを機にピップエレキバンの使用を再開してくれる中高年世代を増やしていきたいですね。

――「50年続いた」というだけで良い商品なのだなと感じます。50周年のプロモーションはどんな内容になりそうですか。 

具体的なことはこれからです。今はアイデア会議を行っています。社員の皆さんには「小さく構えないでほしい」と伝えています。もちろん、かけられるコストに限度はありますが、それでもまずは「このプロモーションを打ち出したら、世間が驚くはず」という発想から入ってほしい。できる・できないはその後で考え、「どうすればできるのか?」を追求していく姿勢が大切です。

PR強化のために指示した3つの方法

――その話に関連してですが、先ほど久保田さん自身の実績として挙げていたPRの強化についてお聞きします。日々プレスリリースを出していて、他社とのコラボも積極的に行っています。PRについてどんな指示を出していますか。

基本的なことが中心です。1つは「年間行事」。例えば1月ならお正月から始まって七草がゆ、成人式…といろいろな行事があります。そうした行事を12月31日まで全部書き出してリスト化し、それぞれにピップエレキバン、スリムウォーク、ピップマグネループなどを掛け合わせてPRできることを考えていくわけです。最初の年は大変ですが、2年目以降はリストを見ながら早めに手が打てます。

コラボについては、1社より数社でPRしたほうが注目されやすいからで、他社と一緒にPRすることでより大きなムーブメントを作れることがないか常に探すように伝えています。

あとは「No.1戦略」。日本の山もNo.1の富士山の次はどの山かあまり知られていないように、人の視線はNo.1に集中するものです。そこでピップエレキバンやスリムウォークなどの商品でNo.1を取れることを探して、プレスリリースを出したり、「○○でNo.1」というポスターを作って社内に貼り出したりしています。

※No.1を打ち出したピップエレキバンのプレスリリースの例
「LOCARIベストコスメ2020上半期にてピップエレキバン®130が≪トータルケア部門 第1位≫を受賞!」https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000091.000034803.html

競合とのシェア奪い合いよりも市場の拡大に注力

――競合商品についてお聞きします。スリムウォークには競合がいくつかありますが、ピップエレキバンは比較的独自性の強い商品かと思います。湿布薬やマッサージ、ヨガなども競合の範囲に入るのでしょうか。

そうですね、ピップエレキバンは血行改善というカテゴリーとして湿布薬やマッサージなども広く競合に捉えてはいます。ただ、競合にシェアを奪われないように意識はしますが、あまり競合を見たくはありません。

――「競合を見たくない」とは、どういう意味ですか。

消費者を中心に見ているからです。競合を意識して10のうち6対4だったシェアを7対3にしたところで、結局「10」のパイは増えていません。それなら例えばスリムウォークであれば「着圧」の素晴らしさを伝え続けて市場自体を広げることで、「競合の売り上げも伸びたけどスリムウォークももっと売れるようになった」としたほうが良いと思います。ドラッグストアにしても、既存のパイを競合同士で取り合ったところで売り上げは変わりませんから、パイ自体が増えたほうがうれしいでしょう。そんなふうに消費者にもドラッグストアにもメリットがあるようにするのが私の務めです。

――ブランディングという点はどうでしょうか。ピップエレキバンもスリムウォークもすでに日常生活の中に定着している顧客も多いと思いますので、あまり意識はしていないかもしれませんが…。

いやいや、ブランディングを非常に重視しています。社内では、「ピップエレキバンやスリムウォークはみんな知っているもの」という前提で話されていますが、社外の人は案外そうではありません。さらに、商品名は聞いたことがあっても使ったことがなかったり、どんな形をしているのか、どんな効果があるのか知らなかったりする人は世の中にたくさんいると思います。そこを誤解してはいけません。

以前ドクターシーラボで、とある商品が非常に売れたときに、担当者が「もう十分売れているので、別の戦略を取りたい」と言ったことがあります。それを聞いたドクターシーラボの創業者が「では今から恵比寿の駅前に行って女性100人に“この商品を知っていますか?”と聞いてみてほしい。もし100人とも知っていたら謝ります」と言ったことが印象に残っています。もちろん、ピップの商品とは歴史も知名度も違うので単純な比較はできないかもしれませんが、基本的な考え方は同じだと思います。

――ピップエレキバンやスリムウォークならほとんどの人が知っていると思っていましたが、意外とそうではないのですね。

先日も学生とアイスクリームの話をしていたとき、私が昔よく食べたアイスクリームの名前を出したら学生が誰も知らなくて驚きました。そんなふうに「ついこの前まで有名なブランドだったのに、いつの間にか廃れていた」という話はたくさんあります。今は時代の流れが速いですから、さらにその傾向は強いでしょう。

スリムウォークも、消費者の中には競合商品と区別がついていない方がたくさんいらっしゃいます。それはブランディングが不十分であることを意味しています。

極端な話、私は「明日スリムウォークの売り上げがゼロになるかもしれない」くらいの強い危機感を毎日抱きながらマーケティングに取り組んでいますし、そのドキドキ感、ワクワク感がマーケターという仕事の醍醐味の1つだと考えています。昨日より今日、今日よりも明日、一歩でも半歩でも前に進むためにブランディングの強化を怠るわけにはいきません。

ファン化を促し、100年続く商品へ

――テレビCMの話を教えてください。ピップは昔からユニークなテレビCMで知名度を上げてきた会社だと思いますが、久保田さんはCMに対してどのような指示を出していますか。

どの年齢層をターゲットにするかで少し事情は変わりますが、力を入れているのはYouTubeのバンパー広告やInstagramなどのデジタルです。スリムウォークは20~30代の女性をターゲットにしているのに、私がCMOに就任したときInstagramがほとんど活用されていなくて驚きました。今はInstagram、Twitter、YouTubeのほか、学生と話しているとTikTokとの親和性が非常に高いので、これからはTikTokにも手を広げていきたいと考えています。

その上で、ではテレビやデジタル広告に出演する公式キャラクターのタレントをどう選ぶべきかという話です。実は伊藤沙莉さんを起用した理由の1つはSNSの強さです。

――SNSの強さとはどういう意味ですか。

積極的に情報発信されているという意味です。伊藤さんのフォロワー数はInstagramが41万人以上、Twitterも30万人に上ります(2021年7月現在)。Instagramではストーリーズを含めて毎日のように自分の言葉で発信されていて、ありがたいことにピップエレキバンを取り上げてくださることもあります。今はテレビとSNSのどちらにより長い時間を費やしている人が多いかを考えると、SNSを重視するのは時代の流れです。とはいえ、テレビのリーチ力も依然、魅力的です。そう考えて、テレビとSNSの両方に強い伊藤さんを起用しました。

――わかりました。最後に久保田さんがピップで目指すゴールをどこに置いているか教えてください。

一番力を入れていきたいのは「ファン化」です。ピップにはファンがいなかったのです。いや、正確に言うと、これまではデータの分析が不十分で固定ファンの存在を把握できていませんでした。

――ファンマーケティングですか。

そういうカッコいい言葉では捉えていなくて、私がイメージしているのは芸能界のファンクラブです。JTBにいたときに芸能界を担当していて、ファンクラブツアーをよく催行していました。その頃からファンクラブという組織のエンゲージメントの高さに注目していたのです。一般の窓口では入手しづらいコンサートの特別席を確保したり、最新情報や会員限定の写真、メッセージなどを欲しがったりする熱心なファンは、ファンクラブに入ります。

私は、今回リニューアルした自社ECをある種のファンクラブのように捉えています。「チケットぴあ」や「イープラス」に当たるのがAmazonや楽天、LOHACO、そしてリアル店舗のドラッグストアです。そういう位置づけなら関係各所とも共存できるはず。

これからOne to Oneマーケティングを実行して顧客解像度を上げ、さらに顧客の期待を超越する商品開発やサービスの提供をできれば、ピップエレキバンやスリムウォークが大好きで、なくては困るというファンをどんどん増やしていけると思います。たとえドラッグストアの見えにくいところに置かれていても、ファンならわざわざ探して買ってくれることでしょう。

顧客のファン化を進めることが最終的には売り上げの拡大へと結びつき、ファンの声を大切にして活かすことが50周年の先にある100年続く商品への進化へとつながるのだと思います。だから今はファンの獲得と育成が一番の関心事です。

――本日はありがとうございました。

Profile
久保田 達之助(くぼた・たつのすけ)
フジモトHD株式会社 執行役員CMO。ピップ株式会社 取締役 商品開発事業本部長。
明治大学政治経済学部経済学科卒業。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了。JTB、ドクターシーラボで取締役やマーケティング部門の責任者を歴任。2018年6月から現職。現在、早稲田大学と明治大学でマーケティングの授業を担当。

早川巧

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
Twitter:@hayakawaMN
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