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インタビュー

印刷から物流、広告へ。ラクスルCMO田部正樹が語る「5年間で売り上げ20倍成長を達成した秘訣」

最終更新日:2023.06.15

The Marketing Native #10

ラクスル株式会社 取締役CMO兼 アドプラ事業本部長

田部 正樹

ネット印刷事業から始まったラクスル株式会社は、印刷以外にも物流サービスの「ハコベル」や、テレビCMの制作・放映を行う広告事業にまで進出しています。いずれも古くから存在する伝統的な業種で、デジタル化があまり進んでいなかった分野でしたが、ラクスルはシェアリングエコノミーの手法により効率化を実現し、直近5年間で売り上げは約20倍に成長したそうです。

この急成長の裏には興味深い数字があります。ラクスルは2018年の東証マザーズ上場前までに、事業拡張のため累計79億円を資金調達しましたが、その約6割にあたる50億円をマーケティングに投資していたのです。なぜここまで巨額の投資に踏み切ることができたのでしょうか。そして、なぜ印刷、物流、広告という巨大市場の新規参入に成功できたのでしょうか。

今回は、ラクスル取締役CMO/アドプラ事業本部長の田部正樹さんに、会社の急成長を支えたマーケティング戦略と、今求められているマーケター像について伺いました。

(取材・文:Marketing Native編集部・岩崎 多、撮影:花井智子)

※肩書、内容などは記事公開時点のものです。

目次

テレビCMでもABテストを行って細かく効果検証

――成長を続けているラクスルの躍進の理由をお伺いしたく思います。そもそも田部さんがラクスルに入社した頃はどのような会社だったのですか?

私がラクスルに入社した2014年当時は、Webマーケティングで行うべき施策はすでにひと通り済んでいる状態でした。さらに資金を投下してもこのままでは大きな成長が見えないという状況を改善するのが最初の課題でした。

成長が見えない要因の1つに、当時、「ネット印刷」という業態そのものの認知が決して高くなかったことが挙げられます。月間検索数も2万~3万件ほどで、「ネット印刷」というカテゴリー名の検索数よりも、業界最大手の会社の社名の検索数のほうが多かったのです。ラクスルという社名での指名検索はほとんどされておらず、サービス自体の知名度、認知度、検索数を上げていかなければならない状況でした。この状況を打破するには「ネット印刷=ラクスル」というイメージを作る必要があります。そのため、Webマーケティングの前段階であり、認知度を高める施策の1つであるテレビCMを検討することにしました。

しかし当時はまだ、BtoBにおいてテレビCMという手法は一般的ではなく、ほぼ事例もない状態でした。それに、ネット印刷という業界自体、日常的に需要が発生するものではないこともネックだったと思います。例えるなら、飲料水のCMを見て思わず「飲みたい!」と欲望が喚起されて、すぐコンビニに行って買う人もいるでしょうが、ネット印刷のCMを見てもすぐに「チラシを刷りたい!」とはなりにくいということです。そのため、まずはチラシを刷るときに思い出して買ってもらう存在を目指そうと思いました。

テレビCMが当たれば検索数が向上するはずなので、弊社の事業は大きく成長するだろうとは思いましたが、CMが当たるかどうか、当然ですが事前にはわかりません。そのため、どのようなクリエイティブのCMを制作すると反応が良いかをあらかじめ細かく実験・検証していきました。

――具体的にどのような検証をされたのですか?

15秒のCMで伝えられることは1個か2個に絞られます。ラクスルというサービス名を覚えてもらって知名度を上げることと、その会社は「ひと言で言うと何か」の2つです。ひと言で伝えられるメッセージが他社と比べて独自性があり、差別化されていれば消費者に選ばれます。選ばれるキャッチコピーを見つけるため、まずはローカルエリアから小さくABテストの検証を行いました。最初は本当に少額で、1000万円以下から始めています。

Webサイトで評判の良かったキャッチコピーが「1枚1.1円のチラシ印刷」と「顧客満足度98%のネット印刷」の2つで、両方ともCMを作成してみました。結果としては「1枚1.1円のチラシ印刷」のほうが売り上げアップにとても効果があったため、こちらのCMに差し替えていきました。その後も予算を5000万円ほどに増やし、CMも数パターン作成した上でABテストを実施し、良いパターンを見つけていくという作業を繰り返しました。

この頃は主に福岡や北海道等のエリアでCMを試していたのですが、次のステップは関東や関西での放映です。もちろん大都市なのでCMが当たると効果は大きいのですが、投資額も大きくなります。しかし、これまでの効果測定の経験から、CMを当てるまでの道筋に確信が持てていたので自信を持って数億円の投資判断ができました。

このように最初はCMのクリエイティブに掛ける費用を安く抑えてABテストを重ねて勝つ確率を上げ、テストして良かったものに資源を集中してブラッシュアップしていったということです。リスクを最低限に抑えながら規模を大きくしていき、最終的にはタレントにキャッチコピーを言ってもらうCMとなりました。最初から50億円投資すると決めていたわけではなくて、施策の改善を突き詰めて、効果の最大化を目指していった結果、50億円の投資になっていたということです。

――ラクスルのマーケティング戦略の成功の要因は何だったと思いますか?

会社が業績を上げるために重要なマーケティングのポイントは2つに絞られるのではないかと考えていて、その2つが上手く噛み合ったからではないかと思います。1つ目は「勝ち筋が明確に見えている」こと。つまり、商品が誰をターゲットにしていて、どう対策したら買ってもらえるのかを明確化し、再現できる状態にしているという意味です。そして2つ目が、勝ち筋が見えた段階で「いつどれだけの投資を行うか」。この2つに尽きると思います。

私たちがテレビCMを初めた頃、すでにネット印刷の大手の会社がテレビCMを放映していたので、そことは異なるラクスルならではのメリットを伝えることが重要でした。そのため、ラクスルが選ばれる理由や独自性が何かを追求していきました。また、投資できる金額も限られていましたので、ターゲットを個人ではなく法人に絞りました。すでにその頃にも個人でも買える格安の名刺印刷を行っていましたが、「1枚1.1円のチラシ印刷」のキャッチコピーが刺さりやすかったことから、「格安でチラシ印刷できる法人向けサービス」のメッセージに絞ったのです。結果的にこれが独自性や差別化のポイントとなり、ラクスルの名前で指名検索される率が高まりました。

99.7%の中小企業向けに市場を開拓する

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・定性面からコンセプトを作り、定量面で再現性を確認
・共感力と売り上げを生み出す力の両立が大事
・ひと言で言える差別化ポイントを見つけ出す

記事執筆者

岩崎多

いわさき・まさる
出版社2社でビジネス誌やモノ・グッズ誌の編集、週刊誌の編集記者を経験し、2019年1月CINCにジョイン。編集長として文房具ムックシリーズを立ち上げ、累計30万部以上を記録。
X:@iwasaki_mn
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