インタビュー
2021.06.08

紆余曲折から学んだ、成長する会社と人に共通する考え方の基本――アスクル取締役・木村美代子インタビュー

The Marketing Native #33

アスクル 取締役

木村 美代子

日本中の仕事場で利用されているアスクル。木村美代子さんは創業メンバーとしてアスクルの立ち上げから中心人物の1人として活躍し、現在は取締役としてBtoBのASKUL(アスクル)、BtoCのLOHACO(ロハコ)の両事業に取り組んでいます。

コロナ禍におけるEコマースの拡大やメディカル領域を中心とした生活用品の売上増で業績好調が伝えられますが、ここに至るまでには紆余曲折があり、挫折や困難に直面しては1つずつ乗り越えながら事業を成長させてきたといいます。

今回はキャリアがそのまま社史とも言うべき、アスクル取締役の木村美代子さんに話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)

目次

価値創造に欠かせない「大アスクル」のリレーション

――木村さんは最近までアスクルでCMOを務められていたとのこと。アスクルのCMOとは、どんな仕事ですか。

お客様の声を聞いてメーカーさんと共に価値創造をするのがアスクルCMOの役割です。私は販売促進ではなく主に商品開発に携わっていまして、消費財メーカーと一緒にお客様の課題解決と暮らしを豊かにすることを最優先に考えながらアスクルとして進化することを目指しています。

商品開発においてはデザインも大切ですから、国内メーカーのデザイナーだけでなく、スウェーデンやデンマークのデザイナーとも15年ほど前からネットワークを作り、一緒に新しい価値の創造に取り組んでいます。そのように企業の枠を超えて役割を分担するパートナー企業を「大アスクル」と呼んで、アスクルだけの「小アスクル」と区別しています。

アスクルの社員だけでは、できることは限られます。外部のメーカー、デザイナー、大学の先生や学生、その他さまざまな組織と協働して「大アスクル」を形成し、お客様のために価値創造を目指すまとめ役が私の主な仕事です。

――木村さんが考える価値創造とは具体的にどのような意味ですか。

お客様の課題解決だけでなく、「そう、これが欲しかったの!」と感じていただけるインサイトを捉えた商品をご提案して、彩りや豊かさ、便利さなどさまざまな観点から生活を進化させること全般を広く意味しています。

インサイトの発見は容易ではありませんが、「お客様をよく見て、意見に真摯に耳を傾けること」「内なる自分を1人の顧客として、本当に欲しいかどうか何度も自分に問うこと」「世の中の流れやトレンド、世界情勢の変化に敏感になること」の3つを日頃から心がけ、ひらめきのヒントを探すようにしています。コロナのように変化は急に訪れることが多いので、常にアンテナを張って情報収集を行っています。

――「顧客を見る」といっても、大手企業でCMOの立場では、見方も俯瞰というか、粗くなる可能性もあると思いますが、何か工夫していることはありますか。

はい、やはり俯瞰だけでは不十分なので、お客様サービスデスクから毎日共有されるお客様の声にしっかりと目を通すようにしています。そこにはTwitterのツイートも含まれていまして、お叱りの声、お褒めの声などを真摯に受け止め、参考にしています。

もちろんお客様と直接お話ししたり行動観察したりすることも大切ですから、LOHACOならZoomでグループインタビューを行ったり、ASKULの場合はご利用いただいているお客様にインタビューしたり、プライベートでも飲食店や美容院、医院などに出かけたときに商品の活用のされ方をじっくり観察したりしています。

グループインタビューでは私が役員であることを伝えずに話を聞いているのですが、先日は「LOHACO沼にハマった」とおっしゃるお客様がいたり、4年前にご迷惑をおかけした物流センター火災の話題に触れて「あのときは自分の中でLOHACO応援キャンペーンをやっちゃった」と言ってくださる方がいたりして感激しました。そういう方々に継続してご利用いただける商品開発や、アスクルが進化するための仕組み作りについてあらためて思考するきっかけになっています。

異例だった翌日配達の徹底と競合商品の取り扱いでサービスが拡大

――アスクルは同じ文具業界に存在しなかったBtoBサービスとして新たなマーケットを開拓し、成長してきました。最初の認知を獲得するまでは大変だったのではないですか。

シンプルな話で、まず信頼を獲得することから始めました。それがアスクルの社名で、「明日来る」から命名したものです。今でこそ都心部にお住まいの場合は、商品を発注したら翌日に届くのが当然のようにお考えの方も少なくないと思います。しかし、総合事務用品メーカー「プラス」の一事業としてアスクルを立ち上げた1993年頃は、翌日配達の納期を守るのはなかなか大変でした。そのような状況下、「アスクル」の名前を付けることで退路を断ち、絶対に届ける、品切れの商品は買ってでも届けることを厳しく守り抜いた結果、信頼を少しずつ獲得することができました。

認知拡大のもう1つのきっかけは、競合他社の商品を取り扱い始めたことです。アスクルはプラスの文房具の拡販策としてプロダクトアウト的な発想で作ったサービスだったのですが、受発注用のファクス下にあるメモ欄を見ると、お客様の「A社のファイルが欲しい」「B社のホチキスを入れてほしい」などのリクエストが書かれているのです。文房具だけでなく、インスタントコーヒーやトイレットペーパー、ティッシュペーパーを希望する意見もありました。

そうしたご要望を集計して何度かプラスの役員会に諮ったのですが、最初は当然「なぜ競合の商品を取り扱わなければならないのか」と反対されました。そこから少しずつ説得して壁を乗り越え、最後は業界トップメーカーのカタログ掲載まで認められました。プラス文具の拡販を目的に始めたサービスで競合他社の商品や文房具以外の生活用品まで取り扱うのは自分たちの発想だけでは実現できなかったと思います。これもお客様の声が業績拡大に結びついた事例で、実際、現在では生活用品がアスクルの基軸の1つになっています。

――日本全国に存在する多くの企業にアスクルのサービスを浸透させた方法は何ですか。

そこはアスクルのユニークな特徴で、全国に多数存在する文具店さんが地場で築いた信頼を活かしてエージェント(担当販売店)となり、お客様の開拓と債権管理を担当していただきました。もともとプラスは文具店さんが顧客ですから、役割を明確にした上で文具店さんと一緒に新しいビジネスを作ろうとしたわけです。お客様の開拓についてはエージェントさんが一生懸命尽力してくださいました。まさに「大アスクル」です。

※豊かな自然と生命力が感じられる開放的なオフィスの様子(提供:アスクル株式会社)

キャリアの転換点になった「アスマル」での悔しい思い出

――今でこそアスクルの名前は浸透していますが、ここに至るまで山あり谷ありだったのではないかと思います。企業として、あるいは木村さんご自身として記憶に鮮明な出来事はありましたか。

あります。企業としての「谷」ではないですが、リーマンショックの2008年頃は各企業に経費削減の動きが増え、「水平」くらいになったときがありました。そのため、BtoBのASKUL以外の道を探るべく、個人向けのBtoCサービスや海外展開を模索して第二の柱を作ろうとしたことがあります。確かにその時期は大変でしたね。

――そのBtoCサービスがLOHACOですか。

LOHACOの前に「アスマル」というサービスを立ち上げて、私が社長を務めていました。ただ、ASKULのようなBtoBのカタログビジネスとは異なる、個人向けEコマースの難しさに直面し、結局2年ほどの期間をもってLOHACO に吸収する形で解散しました。その経験が私のキャリアで転換点になりました。

――どういう意味でしょうか。

アスクルの成功体験に引きずられていたのか、個人向けEコマースの集客に難しさを感じ、なかなか軌道に乗せることができませんでした。さらに、試行錯誤していた2011年に東日本大震災が発生し、物流センター被災の影響もあり、アスマルの物流運営は外部に委託することになりました。そうした事態を受けて、集客と決済に圧倒的な強みを持つヤフーさんと組み、個人向けECの新サービスとしてLOHACOを立ち上げようとなったわけです。

――集客面の課題と震災の影響でアスマルは立ち行かなくなった、と。

もう1つ要因を挙げると、チームワークの作り方です。アスマルではアスクルのメンバーに加えてベンチャー企業とジョイントベンチャーを組み、一体感を作ることはできていたと思います。ただ、やはりどこか焦っていたのでしょうね。もっともっとメンバーの意見やアイデアを聞いたり成長を促したりしながら、一緒に事業を作っていくべきでした。企業経営である以上、当然、アスクルからは早く利益を上げることを求められますし、私自身が「社長である自分が頑張らなければ」と空回りしていたのかもしれません。その後、アスクルに戻ってからはより一層、人の話を聞くようにして、私自身、進化しようと意識しています。

オフィスにはアスクル創業当時からのカタログが展示されている。

ブランディングされつつあるLOHACOの魅力

――ありがとうございます。そのアスマルが進化する形でLOHACOが誕生したのが2012年。現在、業績テコ入れ中だと思いますが、先ほどの「LOHACO沼」の話のように利用者、リピート顧客は確実に広がっているようです。個人向けサービスの中でもLOHACOのように主に女性をターゲットにしたサービスに特化しようと考えたのはなぜですか。

当時、企業でASKULの商品を発注している人の多くは、やはり女性でした。その方々から「ASKULを個人でも使いたい」という声を数多く頂いていたのです。ASKULの中にはオリジナルで業務用に特化したプロフェッショナルな商品がたくさんあります。その強みを活かして、働く女性のプライベートな部分にもお役に立ちたいと考えたことがLOHACO誕生のきっかけです。すでにその頃には生活用品系のメーカーさんとさまざまなつながりがありましたので、そのリレーションをLOHACOに活かすことができました。

――「それでAmazonや楽天に勝てるのか?」と何度も聞かれたと思いますが、差別化はどのようにお考えですか。

差別化はとても重視していて、オリジナリティのある商品作りに反映しています。その1つは業務用の生活用品です。業務用スーパーに人気があるように、ASKULのプライベートブランドや業務用の生活用品に魅力を感じてくださる方がたくさんいらっしゃいます。

もう1つはメーカーと一緒に開発した顧客起点のコンシューマーブランド(CB)です。もともとメーカーのナショナルブランド(NB)だった商品のパッケージを変えたり、中身から一緒に共同開発したりしながら、店頭で目立つ必要がなくECだからこそできる、使う人を第一に考えた「暮らしになじむ」デザインの限定商品を作っています。そこが差別化になっていると思います。

以前、あるメーカーの方が「他の流通業の方から“LOHACOのCB商品のようなものを作ってほしい”“LOHACOっぽいデザインでお願い”と言われることがある」と話していました。その言葉が例えば「無印良品っぽく」と同様のニュアンスで使われているのだとしたら、少しずつブランディングができているのかなと感じます。

――木村さんはBtoBとBtoCの両方携わってきたことに1つの特徴があると思うのですが、両者を比較したときの共通点や相違点をどのようにお考えですか。

私が関係する業務について申し上げると、BとCの境界線の一部が薄れつつあると考えています。例えばASKULやLOHACOのデータを見ていると、ホテル・レストラン用のタオルや大容量の洗剤など業務用の商品を個人として通販で購入したい、あるいはお店で売られているものとは違うプロ仕様の商品を使ってみたいという声が増えていると感じるからです。その動きはリモートワークで家庭にいる時間が増えたことにより加速しているようにも思います。

一方、企業の担当者自身も1人の生活者ですから、LOHACOで扱っているデザインが素敵な商品をオフィスや店舗に置きたいと考える人もいます。例えば、飲食店やカーディーラーなど個人のお客様が多いサービス業や、お子さまが治療に訪れる歯科医院などには、味気ない業務用よりちょっと和む商品が置いてあると心が落ち着いて気持ちも和らぐのではないでしょうか。

BとCの境界線がなくなりつつあるとしたら、融合することで新たに何が生まれてくるのか。私はそこに興味を持っています。

ASKULのカタログをリサイクルして作った、環境に優しい紙製手提げバッグ「Come bag」(カムバッグ)。

成長する社員の特徴は、仲間と一緒に高め合えること

――木村さんはアスクルでCMOをはじめ長年重責を担われています。そうしたキャリアを可能にしているご自身の強みや得意分野は何ですか。

好奇心を持って素直にお客様やメーカーの提案に耳を傾けること。その上で両者を巻き込んで、良好なリレーションを築き、「大アスクル」を作って上手に運用することだと思います。「協力していただく」ではなく、「一緒に生活が豊かになるような楽しいことをしませんか」と呼び掛け、「応援していただく」ことを意識しています。私はもともと強く言うタイプではないですが、皆さまから応援していただけているのではないかと感じます。

ほかにはビジネススクールで2年間学ぶ機会があり、慶應義塾大学の池尾恭一教授(受講当時)から「マーケティングはターゲティング」だと教わり、ASKULのデータ分析を基にプライベートブランド(PB)商品の研究を行ったことも自分の資産になっています。それがLOHACOのCB商品開発につながりました。

――応援してもらうといっても簡単な話ではないと思いますが、心がけていることはありますか。

お客様、メーカー、アスクルが「Win-Win-Win」の関係を結ぶことを大切にしてきました。ビジネスですから私だけ応援を求めるわけにはいきません。「Win-Win-Win」の関係を結べるから応援する気になっていただけるのだと思います。

また、日本IBMの元社長・北城恪太郎さんにいろいろと教えていただいた中に「あ・た・ま」という言葉がありまして、これもずっと大切にしています。「あ・た・ま」とは「明るく・楽しく・前向きに」の意味で、新入社員へのメッセージでも話をしています。

――成長する社員の特徴は何かありますか。

「Win-Win-Win」の話につながりますが、自分の利益だけを優先させず、良い意味で利他主義な人が成長していると感じます。例えば、社内で自主的な勉強会が開かれているのですが、若手だけでなく年齢が上の社員も参加して、共に教え合ったり学び合ったりしています。そんなふうに自分だけでなく同僚も大切にしながら自主的に勉強会を開催しているような人たちは伸びていますし、これからもきっと成長していくだろうと思います。

――わかりました。ここでも自分1人で利害を追い求めず、共に高め合えるように一緒に考え、行動することが大事だということですね。最後に木村さんの今後の目標や方向性について教えてください。

ASKULやLOHACOを通して社会課題の解決に貢献していきたいと考えています。具体的には2つありまして、1つはLOHACOを活用して家事分担などの面で男性にもどんどん参加してもらって、働く女性を応援していくこと。もう1つはASKULで、オフィス向けだけでなく、医療・介護従事者、建設現場や工場などで働くエッセンシャルワーカーの方々の応援をしていきたいと考え、取り組んでいるところです。

――新型コロナウイルス感染症以外で注目している動きはありますか。

これも2つありまして、1つは先ほど申し上げた男女の共同家事、もう1つはサステナビリティとSDGsです。社会的な観点だけでなく、ビジネス面でも両者ともにこれから成長が見込まれる領域だと思います。

――サステナビリティやSDGsはまだそこまで一般的ではない気がするのですが、これからどれくらい広がるとお考えですか。

1年前のグループインタビューでSDGsを知っている方は少なかったのですが、最近はほとんどの方がご存じです。グループインタビューだから意識の高さが見られるのかもしれませんが、これからさらに身近なテーマへと大きく変わる気配を感じます。

ただし、企業としては事業とサステナビリティへの取り組みを分けて考えるのではなく、事業の中核に位置づけることが大切です。そこに乗り遅れた企業は、サステナビリティに対する意識が高くなった消費者に応援してもらえなくなる可能性があります。もちろん、応援してもらうために行うわけではないですが、例えばゴミ問題をはじめとする環境への取り組みなどの面でお客様に不安や罪悪感を覚えさせないことが親しまれる企業の在り方として求められるようになると考えています。

ただ、サステナビリティに視点が向きすぎてお客様の負担が多くなるのも問題なので、例えばLOHACOでは「ECOでも、あきらめないこと。」として次の3つを約束しています。

・暮らしになじむデザインであること
・機能性と使い勝手が良いこと
・買いやすい価格であること

これからも事業成長とサステナビリティを両立させる視点を大切にしながら、ASKULとLOHACOを通して社会課題の解決に貢献していきたいと思います。

――本日はありがとうございました。

Profile
木村 美代子(きむら・みよこ)
アスクル株式会社 取締役。
1988年プラス入社。93年創業メンバーとしてアスクル事業推進室へ。99年アスクルの分社独立に合わせて入社。2009年個人向けEコマースのアスマル設立、代表取締役社長に就任。12年にアスクルに復帰、LOHACO事業に取り組む。16年CMO就任。2017年より現職である取締役。

早川巧

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
Twitter:@hayakawaMN
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