[最終更新日]

2020/03/16

 

𠮷野家常務・伊東正明が放つ次の一手|「V字回復」の先に見据える戦略と戦術とは?(前編)

𠮷野家「V字回復の仕掛け人」として脚光を浴びる伊東正明さん。ヒット商品を次々と打ち出して、𠮷野家から足が遠のいていた顧客を呼び戻すだけでなく、新規顧客の大幅獲得にも成功しました。

伊東さんは顧客インサイトをどのように探り出し、さらなるアンメットニーズ(まだ満たされていない顧客の潜在的な欲求)を満たすべく、これからどんなことに取り組もうとしているのでしょうか。

そして、あの人気商品誕生の舞台裏で繰り広げられた大逆転劇とは?

今回は元P&G伝説のマーケターで、現在、𠮷野家常務取締役を務める伊東正明さんのインタビューを前後編2回に分けてお届けします。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)

    

目次

「牛肉を食べたい」消費者の第一想起に

――𠮷野家をV字回復させた敏腕マーケターとして非常に注目されています。伊東さんが参画される以前、𠮷野家にはどのような問題があり、伊東さんが何を変えた結果、現在の好業績に転じたのでしょうか。

まず、私はとても良いタイミングで𠮷野家に入りましたので、その点が大きいと考えています。

数年前から駅前に全国チェーンのさまざまな飲食店が相次ぎ出店し、供給過多のような状態になっていました。その中で𠮷野家は牛丼メインのスタイルをずっと貫いていたわけです。

しかし、毎日同じものを食べる方は多くありません。競合の牛丼チェーンは毎日でも足を運んでいただけるようにさまざまなメニューを開発して、お客さまを飽きさせない工夫をしていました。

私が𠮷野家に招かれた2018年1月当時は、そうした状況に𠮷野家が危機感を覚え、「お客さまの来店頻度を上げるために、メニューバラエティをきちんと揃えよう」という意識改革への熱意がピークを迎え、十分戦えるだけのメニューバラエティがようやく揃った時期でした。

一方で、問題も浮上しました。それは、メニューバラエティをどこまで広げ続ければよいかわからないこと、さらに他の飲食チェーンと比較したときに𠮷野家の個性が埋没してしまうことです。

そこで、𠮷野家らしさをあらためて押し出そうと考えました。𠮷野家らしさとは、牛丼屋であるということです。牛丼に限らず、牛肉を食べることを目的としたとき、消費者の第一想起はおそらく𠮷野家が1位です。ステーキや焼き肉もありますが、それはハレの食事であり、日常食で「牛肉が食べたい」「肉が食べたい」となったときに𠮷野家が最初に来るというリンクを作ることを重視しました。

つまり、それまでは「𠮷野家に行こう」と指名買いする方がお客さまの中心だったのを、「肉を食べたい」という人にも選んでいただけるようになったのが業績回復のひとつの要因だと考えています。

その象徴的な存在が、メディアでよく取り上げていただいた「超特盛」です。これによって「牛肉をたくさん食べたい人はどうぞ𠮷野家にお越しください」という強いメッセージを打ち出し、お客さまに振り向いていただくきっかけを作ることができました。

来店頻度を上げるための引き出し理論

――そうしたアイデアはどのように考えるのでしょうか。

私がいつも使う例えがあります。それは、脳みその中には引き出しがあり、人は何か欲しくなったときに、欲しい物の引き出しを開けるという引き出し理論です。その引き出しの中にある物を選ぶのが、物を買う行為です。例えば、トイレットペーパーがなくなったという引き出しを開けて、一番手前の商品を買うわけです。

飲食の場合、通常は一日3回どこかの引き出しが開きます。朝ご飯を食べたいという引き出しが開いたときは、前日の作り置きを食べる人もいれば、何も食べない人、立ち食いそばを食べる人など、いろいろな可能性があります。その中で獲得できそうな人の引き出し、つまり「朝は時間がないし、家で作るのは面倒だけど、温かい朝ご飯をしっかりと食べたい」と思っている人の引き出しで、𠮷野家がどうすれば一番に来ることができるかをメニューや伝え方を含めてトータルで考えていくわけです。

ライザップ牛サラダ(画像提供:株式会社𠮷野家)

飲食の引き出しは、利用する人、目的などに応じてたくさんあります。「部活帰りで小腹が空いた高校生」「ランチタイムに手早く、でもしっかりとご飯を食べたいビジネスパーソン」「残業に備えて、Uber Eatsを頼みたい人」など人が日常食を食べる可能性は無数に考えられますので、その中でパイが大きく、かつ𠮷野家が一番手前に来られそうな引き出しから徹底的に攻略していくわけです。

例えば、近年、高タンパク質・低糖質の食事を取る人の割合が一定程度増えています。それはコンビニで以前存在しなかったサラダチキンの棚が、今ではしっかりとスペースを確保していることでわかります。ところが、日常食の外食でそういう方々を満足させられるメニューはほとんど存在しませんでした。少しはあったかもしれませんが、お客さまを十分に惹き付けられていなかった気がします。

高タンパク質・低糖質のメニューを作ろうとすると、ご飯が使えないので、最初から肉と野菜の肉サラダにしようと考えていました。ただ、ネーミングが「𠮷野家の肉サラダ」ではボディメイクに興味がある人に響かないと思い、そういう方々の第一想起にするために第一人者のライザップさんのお力を借りたわけです。

ただ、商品を美味しく仕上げるのは大変で、何度も試作品を作りながら食べたときの満足感を追求しました。あとは価格です。コンビニでサラダチキンと惣菜、飲み物を買っている人に合わせるために、500円という価格に強くこだわりました。味と価格を追求し続けたため、商品をリリースするまでに結構な時間がかかりました。

結果的にメディアにたくさん取り上げてもらったことで、想定以上の成果を得られました。とはいえ、高タンパク質・低糖質の食事を取りたい人の引き出しはそれほど大きくありませんので、主軸の戦略は別に考えていました。

――確かにライザップ牛サラダの引き出しはそんなに大きくないかもしれませんが、超特盛も含めて、肉へのこだわりは打ち出せましたよね。

そうですね。ただ、私がやりたかったのは、実は小盛のほうです。でも「小盛を出しました」ではニュースになりにくいので、超特盛との合わせ技で出したのが正直なところです。今のところ一日あたりの販売数、累計販売数、ともに超特盛より小盛のほうが圧倒的に売れています。

これは簡単な話です。𠮷野家をご利用されている方のヒストグラムをTポイントの会員データを使ったID-POS分析で見ると、40代から50代が一番多くなっています。その世代のお客さまの中には「並盛でも量が多い」「多いから丼物を食べるのはたまにでいい」と感じていた人が少なくなく、自然と足が遠のいていたということです。

そのため、そういう方々の来店頻度を上げるために、「食べきれない」「食べすぎ」と思われないような「小盛」を出すことにしました。フタを開けてみると、メニューバラエティを充実させた効果と合わせて、来店頻度が上がっただけでなく、サイドオーダーの売り上げも上がりました。牛丼の並盛の場合、それだけを食べてお帰りになるお客さまが多いのに対して、小盛では少々物足りないだろうと最初から思っていらっしゃるようで、お味噌汁やサラダを一緒にご注文いただくことが多いんです。その結果、客単価と客の粗利は並盛より小盛のほうが良いという結果となりました。

このように、来店頻度を上げたり、どの引き出しで1位を取れる商品を作るかという組み合わせをいろいろと考えながら施策を実行しているところです。

消費者調査はせず、実際に売って反応を見る

――伊東さんといえば、P&G時代に徹底したユーザーインタビュー、消費者調査を行ったことで知られています。𠮷野家においても施策立案のために同様の消費者調査を行ったのでしょうか。

消費者調査をどれくらいやったかというと、1回もやっていません。唯一やっているのは、先ほど申し上げたTポイントのID-POS分析で、こちらは緻密に行っています。

P&G時代との最大の違いは、メーカーが工場で大量生産して小売店で商品を売るのではなく、お店で作った料理をそのままお客さまに提供できることです。したがって、調査をする時間があったら、お店で売ったほうが速いんです。10店舗でも20店舗でもいいから実際に売って確かめたほうが、お客さまが本当に美味しいと感じてリピートしてくれるかどうか、ずっとスピーディかつ正確にわかります。

もう1つ、調査をしないと消費者がわからないという考え方は、ある意味その通りではありますが、「いや、ちょっと待てよ」という気持ちもあります。それは、「人として普通に考えたことが大体合っているのではないか」と考えているからです。「この感覚を皆さん結構忘れていませんか?」とも思います。

例えば、𠮷野家に以前よく行っていたけど、最近ご無沙汰というお客さまに、「新しく超特盛を出したので、食べに来てください」とアピールすれば、「よし、一度行ってみるか」と考える人が一定程度いそうなことくらいは比較的容易にわかるでしょう。これに調査はいらないと思うんです。それを提案したときに、周囲の多くが「それいいですね!」という反応を示したら、我々のような業態は売ったほうが速いと思います。もちろん、今後より本質的な消費者インサイトの理解の必要を感じたら当然やるつもりです。

定番商品の牛丼(画像提供:株式会社𠮷野家)

これから獲得に乗り出す新たなターゲット

――これからどういうターゲットを探そうとしていて、アンメットニーズやインサイトとして何を想定していらっしゃいますか。

新しい客層としてどのような人を想定しているかというと、女性と若年層は確定しています。「コア&モア戦略」と呼んでいて、常連客(コア)の来店頻度を上げつつ、女性や若年層(モア)を増やそうという施策です。

では、女性のお客さまにもっと来ていただくにはどうすればいいか。現状をお話しすると、イートインは男女比が8対2です。ところが、テイクアウトは男女比が5対5で、トータルで7対3くらいになっています。テイクアウトで5対5ということは、牛丼を食べたい気持ちに男女差はないことを示しています。つまり、𠮷野家の店舗に入るのを躊躇している女性がたくさんいるだけなんです。

――女性には少し入りづらいんでしょうか。

データからその傾向がはっきりと出ていますので、この「入りにくさ」を改善する必要があります。そのための施策として、「クッキング&コンフォート」という新しいサービスモデルの実証実験が3年ほど前から始まっています。これは、ゆっくり食べていただけるレストランのようなスタイルの店舗を増やそうという施策で、東京なら恵比寿や大井町西口のお店が該当します。ゆっくりしていただけるように電源やWi-Fiを使えるようにして、ドリンクバーも設置しています。実際にこの施策で女性客が2桁以上増えました。

これは河村(泰貴・代表取締役社長)さん肝入りのプロジェクトで、1店舗あたり数千万円をかけ、実験期間に25店舗くらいで成功と失敗を繰り返しました。現在は年間100店舗規模で行いながらイートインの男女比8対2の問題解決に取り組んでいるところです。

女性客向上のもうひとつの方法は、テイクアウトを増やすことです。その一環として、スマートフォンで注文すれば、店で並ばずに商品を受け取れる「スマホオーダー」を導入しました。テイクアウトが順調に増えていけば、トータルの男女比も7対3から次第に6対4になっていくと思います。

画像出典:𠮷野家公式Webサイト

――若年層という点ではいかがでしょうか。

家族利用を増やそうと考えています。小さなお子さんに、できるだけ𠮷野家の料理を食べていただきたいというのが我々の願いです。国民食のひとつである牛丼が、50年後になくなることはないと信じていますし、𠮷野家は味に自信がありますから、子供の頃から味に親しんでいただければ、牛丼業界で1位を守り続けることは可能だと思います。

𠮷野家にテーブル席があるというイメージは薄いかもしれませんが、実は1200店舗中900店舗くらいでテーブルを置いています。もし「家族でテーブルに座って、ゆっくり食べられないから𠮷野家には行かない」と思われているのであれば、そのマイナスイメージを打ち消す必要があります。「クッキング&コンフォート」は、その施策のひとつでもあります。また、「家族で週末のお昼を外で食べる」という引き出しに対しては、テイクアウトの整備、充実化を進めています。

さらに、来店への動機づけの一環として、圧倒的な商品力を持つポケットモンスターとコラボした「ポケ盛」を販売したところ、大成功を収めました。今後もこうした取り組みを進めていきます。

そもそも家族4人でご飯を食べる場合、家族会計という点で𠮷野家はレストランなどと比較すると、財布にやさしいはずです。これも大きなアピールポイントになると思います。

家族利用を増やす方法は、ほかにもたくさん考えているところです。

――すごいですね。

外食産業に携わっている人なら皆さん、これくらいは考えていると思います。

私が恵まれているのは、𠮷野家に入ったタイミングもそうですが、商品が圧倒的に良いことです。牛丼が美味しいんですよ。しかも𠮷野家のブランドは、私が背負わせていただくには重すぎるくらいにすごい。マーケターとして雇われていて、商品もブランドもこれだけすごいのに売れなかったら、失格です。腕を振るいやすい環境が整っていることに、非常に感謝しています。

外食とFMCGの共通点と相違点

――次にマーケターのキャリアに関連する質問です。FMCG(日用消費財)から外食に移って活躍するマーケターが結構いらっしゃるのですが、違いや共通点、外食というマーケティングで重要な要素があれば教えてください。

基本的に大差はないという考えですが、全く違いがないかというと、そうではありません。

まず共通点ですが、𠮷野家のような日常食を扱う業態と日常生活で必要な商品を購入するFMCGを比較すると、一般的な顧客理解や、人がものを購入するプロセスについての引き出し理論などは大体通用すると思います。

では、何が違うかというと、ビジネスモデルが異なります。メーカーの場合、工場を出荷する段階で、商品の振れ幅はほとんど生じません。

一方、外食は店舗が売り場であると同時に「工場」「商品製造現場」でもあります。基本的には機械ではなく、人が調理しますから、商品の振れ幅がどうしても出てしまいます。機械であれば「1分間に100個作る」などと計算が立ちますが、人の場合は、その日の客数、シフト数の違いによって、物理的、時間的、さらには精神的余裕などの影響で毎回計算通りにいくわけではありません。

例えば、定食を作るのは牛丼より何かと手間がかかります。さまざまな条件で振れ幅が生じるのに、機械のように「この調理法なら、1時間にこれくらいの量はできるはず」と計算しても、絵に描いた餅で終わってしまいます。ですから、施策を考えたり、商品を作ったりするときに、オペレーションとして現実的かどうかを工場で生産するときよりも気を使います。そして、こういった現場への負担が最も重要な「接客」に影響を与えてしまいます。

――ほかに違いはございますか。

飲食であるがゆえに、自分の好みが出てしまいがちなのですが、お客さまと自分の好みが必ずしも一致しないのが難しいところです。洗剤の好き嫌いは香りくらいですが、飲食はほぼ100%、好みの問題です。

しかし、誰かが起点で作って、「これが美味しいに違いない」と思わない限り、新商品は生まれません。自分の好き嫌いで判断しないためにも、できる限り早く実験的に販売して、お客さまに喜んでいただけるかどうかを数字でもって見極めることが大切です。ですから、自分の好き嫌いの感覚を冷静に消しながら、商品の良し悪しの判断に取り組む必要があります。

※後編「ヒット商品の舞台裏で起きた2つの『失敗』と大逆転劇から学んだこと」はこちら

Profile
伊東 正明(いとう・まさあき)
株式会社𠮷野家 常務取締役/OFFICE MASA代表。
慶應義塾大学卒業後、1996年P&Gに新卒入社。ブランドマネージャーとしてアリエール・ジョイを再建。米国および欧州本社にてファブリーズ・グローバルチームのマーケティング責任者に就任、全世界向けの新製品開発やグローバルブランド戦略をリード。その後シンガポールでペット事業責任者、アジアパシフィック・Eビジネス事業責任者、ホームケア・オーラルケアヴァイスプレジデントを歴任。2017年11月退職・独立し、現在に至る。

[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして30年のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN

 

 

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