[最終更新日]

2020/02/18

 

NEC CMO榎本亮が語る「マーケターは攻守の要・ボランチとなってピッチを走り回るべし」

榎本亮さんは、NECが誇る約120年の歴史の中で初めてとなる外部採用のマーケティング担当役員です。現在はCMOとして全社マーケティングを統括しています。約11万人もの従業員(連結)を擁するNECが、なぜ榎本さんを迎え入れる必要があったのでしょうか。

そんな疑問を抱きながら、やや緊張して東京・芝にそびえ立つNECの本社ビルを訪問すると、現れたのは実にフランクで飾らない、親しみやすさ全開の敏腕マーケターでした。世界的な大企業の役員にあって、初対面でこれだけ胸襟を開き、気さくにお話をしていただけたことに驚きました。

今回はNECの執行役員兼CMO、榎本亮さんをインタビュー、企業で活躍中のマーケターだけでなく、マーケティング志望の学生にも役立つ話をいろいろと聞いてきました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:豊田 哲也)

    

目次

大変革の渦中で行うチェンジマネジメントの魅力

――榎本さんは1899年(明治32年)から続くNECの歴史の中で、初めてとなる外部採用のマーケティング担当役員と聞きました。従業員約11万人のNECが、なぜ榎本さんを必要としたとご自身ではお考えですか。そして、榎本さんはなぜNECへの参画を決断したのでしょうか。

マーケティング担当役員として初めての外部採用という話は入社してから聞いたんです。私自身が「なぜ?」と驚きました。

入社前の2014年にNECの役員の方々と6、7回お話をする機会があったのですが、NECはその年、「社会価値創造企業への変革を目指す」と宣言していて、社会のライフラインを支えるBtoB企業への大変革を実行している真っただ中でした。

実に興味深い局面でしたので、転職のことを知人に相談したところ、「榎本がビジネスコンサルとして取り組んできたことは、組織の変革/チェンジマネジメントだろう。であれば向いているのでは」とアドバイスをもらいました。ましてや自分が専門としてきた領域は事業戦略からマーケティング/営業といったCRM領域だったこともあり、全社変革の真っただ中でマーケティングの舵取り役を求めるNECで、「スケールの大きなチェンジマネジメントの仕事に携わりたい」という気持ちが高まり、NECへの入社につながった形です。

――NECも変革を求めていたとはいえ、巨大組織に外資からいきなり執行役員が来たことで、ギクシャクするところはなかったのでしょうか。

当然覚悟の上だったのですが、ほとんどと言っていいほどありませんでした。身内褒めになりますが、入社以降周りの人たちに恵まれました。利害関係の両側で対立するよりも、一緒にマーケティングの変革を進めようと同じチームになれたように思います。

「共創」をテーマにしたショールーム「NEC Future Creation Hub」は榎本さんの主導で設置された。

CMOの役割と、1社だけでできることの限界

――NECにおけるCMOの仕事とはどういうものでしょうか。

一般論として、マーケティングのミッションは市場を作ったり、デマンドを起こしたりすることで、それはBtoB企業のNECであっても本質的には変わりません。ただ、コンシューマのデマンドは起こせる部分があっても、SDGs(持続可能な開発目標)のように社会全体を巻き込むスケールになると、NEC1社のマーケティングで新たなデマンドを生み出すというわけにはなかなかいきません。

一方、旧来のNECの事業範囲を超えたところに存在する市場を指摘して、会社の戦略や従業員の意識をそこに向けることは、新たな市場を作ったりデマンドを起こしたりすることに匹敵すると考えています。それはNECのマーケティングとしてできることですし、私自身、CMOとして取り組んでいるところです。

――これまでターゲットにしていなかった既存の市場にNECが目を向けるきっかけを作るということですね。では、榎本さんがNECに来て、やり遂げたことは何でしょうか。

1つは、NECの中で初めてマーケティングの部門を作ったことです。以前は宣伝広告、ブランディングなど6部門に機能分割されていて、私もその中の1つであるコーポレートマーケティング本部の本部長を務めていたのですが、効果的な連携がされているとは思えない状態でしたので、その弊害と連携強化のメリットを訴え、1つのマーケティング機能グループに集約しました。その結果、人数も10倍に増え、大きな組織となりました。

もう1つは、NECのブランドバリューが1.5倍くらいに向上したことです。これはインターブランドさんが毎年発表しているブランドランキングに基づくものです。もちろん私だけの功績ではありませんが、この数年の取り組みの結果としてNECのブランドバリューが上がったことは成果かと思います。

「NEC Future Creation Hub」室内の様子。

――プロダクトアウトからマーケットインへの発想の転換が見られたという話も聞きます。

そうですね。ブランドバリュー向上の1つの根拠として、NECが発するメッセージの向きをパーパスドリブンやバリュードリブンに変えたことがあります。帰納的か演繹的かの違いだけかもしれませんが、「世界一の生体認証技術を持っていますから、○○を実現します」という言い方と、「○○を実現した暁には、世の中がこんなふうに良くなります。それをサポートするのが世界一の生体認証技術です」と伝えるのでは、メッセージの届き方に大きな差が生じます。

確かに「技術的な裏付けがない」「その技術的な裏付けも公的な裏付けがないと外部に言ってはならない」という慎重な姿勢も大切ですが、そこに縛られすぎているのは非常にもったいない。「NECの技術は1番です」という打ち出し方を改め、「その1番の技術を活用することで、世の中がどう変わるのか」とバックキャストで伝える方法は、少しずつですが、確実に社内に浸透していて、今では普段の営業トークから社長講演に至るまで望ましい方向に変わりました。

――これだけの巨大組織で、そのようにカルチャーを変えるのは並大抵のことではないと思いますが、変化という点でご苦労されたことは何でしょうか。

苦労?私、苦労とやりがいは同じだと思っていますので、何事も苦労だと感じたことがあまりないんです。そのような精神論はさておき、良くも悪くも長い歴史を持つNECの組織では上下方向のコミュニケーションに一定のお作法のようなものがあり、ボトムアップのやり方では経営層に提案が上がるまでに説得が必要な人が多くて、膨大な時間がかかってしまいます。結局、時間をかけているうちに段々しぼんでいくわけです。

そこで、まずは社長講演のシナリオから実際の講演資料作成までを担当させてもらい、一気にトップのメッセージの出し方を変えるところから着手しました。

NECは「はやぶさ2」への取り組みを通して宇宙開発に貢献している(「NEC Future Creation Hub」)。

戦略的アライアンスの重要性と挑戦

――逆にいまだやり遂げられていないのは何でしょうか。

アライアンスですね。SDGsのような地球規模のテーマになると、NEC1社のマーケティングでは市場を作り切れないというお話をしましたが、これからますます1社だけでできることは少なくなっていきます。自社だけでできないことを成し遂げるために、高い相乗効果を見込める戦略的なパートナーシップが必要不可欠になります。NECとしても、さまざまな可能性を視野に入れながら、どのようにアライアンスを進めるべきかを模索しているところです。

――他社とのアライアンスに注目する企業が増えているとニュースを見ていて感じます。外部パートナーとの契約や戦略策定の際に意識すべきことは何でしょうか。

先ほどのSDGsのようにかなり高い目標に向かって、両社で山頂を目指そうとしっかり合意することですね。そこに到達できたら、自社も相手も事業上の成果を得られる。カニバリもゼロとはいかなくても、少ない状態に落ち着かせる。そういう具体的なイメージを共有し、アクションプランまで合意してスタートすることが重要だと考えています。

世界一の技術を誇るNECの顔認証システム。撮影場所への入室も榎本さんの顔で認証。

東京五輪というチャンスをどう活かすか

――わかりました。次に、榎本さんが今、最も注力していることを教えてください。

直近で言うと、このオリンピック・パラリンピックイヤーというチャンスをどう逃さず、最大限活用するかに知恵を絞っています。

――2019年のラグビーW杯も、NECブランドの浸透や従業員のエンゲージメント向上に大きく貢献したと聞きました。NECは東京五輪とどのような関係なのでしょうか。

我々はゴールドパートナーです。オリンピック・パラリンピックは突風の追い風ですから、パブリックセーフティ先進製品とネットワーク製品などを通じて大会のサポートをしていることを国内外へきちんと訴求する必要があります。

単純に「オリンピックの選手や大会関係者30万人の顔認証をNECが担います」だけでは、技術力や実績は訴求できますけど、不十分です。

そうではなく、オリンピックをスポンサードすることの意義を社内外にきちんとコミュニケーションして、波及効果、相乗効果まで含めてしっかりと手に入れることが大切です。それは例えば、社会に対するNECのスタンス向上であったり、会社に対する従業員のエンゲージメント強化であったりします。それが今の私の最大のチャレンジですね。

――エンゲージメント強化への思いが強いんですね。

NECグループの社員は皆さん真面目ですが、自社をやや謙遜しがちなところがあると感じます。従業員に「NECはオリンピック・パラリンピックを通じて、社会に大きな貢献をしているんだ」「NECは本質的に変わろうとしているんだ」と深く認識してもらうためには、マーケティングの観点が必要です。社外だけでなく、従業員とその家族、学生に対してもブランドエンゲージメントを強化して、「お父さんお母さんが働いている会社は社会にこんなに役立っているんだ」「地球規模のスケールで活躍できるNECに就職したい」と思ってもらえるようにしたいですね。

若い人の言うことを否定しない

――次に、CMOの方皆さんにお聞きしているのですが、榎本さんのキャリアを踏まえた上で、マーケターへのアドバイスがあればお願いします。

自分はITコンサルやビジネスコンサル、事業会社、セールスフォース・ドットコムなどでさまざまな経験を積んでからCMOになりましたので、マーケティングのみのキャリアを一直線に進んできたわけではありません。一貫しているのは好奇心を持ち続けて、新しい領域の勉強をし続けてきたことです。

マーケティングの進化のスピードは速いですから、見たことのないキーワードが次々と出てきて驚くことがあります。「どんな意味なんだろう」「誰が言っているのだろう」と思って調べてみると、実は数十年前から言われている内容がデジタルというフィルターをかけてアレンジされただけだったりします。だからコトラーやドラッカーらの古典の勉強も最新の手法の勉強も、両方怠るわけにはいきません。

一方で、我々が相対している法人に働く人たちも普段は一人のコンシューマです。コンシューマの消費行動パターンはデジタルとともに大きく変化しているのに、BtoB企業のマーケティングが「ずっとこの方法でうまくやってきたのだから間違いない」と成功体験に固執した瞬間、成長は止まります。だからこそ好奇心を持って、新しいことを学び続ける努力を怠ってはならないのです。

――好奇心を持ち続ける重要性は理解しつつも、年齢を重ねるにつれて難しくなってくることもあると思います。その点で榎本さんが心掛けていることは何でしょうか。

若い人が言うことを否定しないようにしています。

――なるほど…。

年齢を重ねると、耳も遠くなるだろうし、老眼で本を読むのもつらくなったりして、若い頃より新しい知識を吸収できる幅が狭くなりがちです。でも、周りにたくさんいる若い人たちがいろんなことに好奇心を持って学んできて、私と議論してくれれば、私は第2、第3の目や耳を手に入れるのと一緒だと思うんです。

――柔軟ですね。

「キミ、それは違うよ」「考え方がまだ若いな」なんて言っていたら、若い人が私に何も言ってこなくなります。そうなると困るのは私のほうです。相手の性別や年齢、国籍を問わず、いろいろな人とオープンにコミュニケーションを重ねることで、自分の老化していく部分を補って余りあるものにしていると感じます。

守備範囲を決めたら負け

――逆に「こういうことをしてはいけない」ということはありますか。

守備範囲を決めたら負けですね。

――どういう意味でしょうか。

「自分はきちんと成果を出しました」と言う人は多いですが、私はマーケティングの仕事に成果の範囲を決めるべきではないと考えています。もちろん、「セールスリードを何件獲得しました」「デジタルチャネルでコンバージョンを何%上げました」ということ自体は良いのですが、そこにこだわりすぎた瞬間、周囲とのコラボレーションに手が回らなくなるおそれがあります。

サッカーに例えると、マーケターは攻守の要であるボランチです。攻めと守り、両方の役割で走り回る人。必要に応じて相手ゴールを狙ったり、ゴールキーパーの代わりにゴールを守ったりすることもマーケターに求められる大事な能力です。だからマーケターが従業員の中で1番の走行距離でなければダメだと思います。

――そこは難しいですよね。各チーム、各人がKPIをしっかりと定めている中で、役割を決めて分業させる部分とチーム全体で売り上げを出さなければならないところがありますから、そのバランスが悩みどころというか…。

わかります。そういう意味では、巨大組織を動かすためのメインギアがNECの場合は技術者であり、営業マンです。しかし、そのギアは完全に組み付けてしまうと回らないわけです。だから油を差す必要があるのですが、その潤滑油の役割に近いのがマーケティングだと思います。そういう役回りを求められているのに、マーケター自身が歯車の1つになって「私はこの領域でこんな成果を上げました」「自分の担当はここ。あなたはそこ」とやっていたら、歯車がうまく回らなくてエンジンが動かなくなってしまいます。会社という巨大な仕組みをスムーズに動かす役割がマーケティングだということです。

どこに入社したいかではなく、何がしたいか

――最後に、採用に関する質問です。学生の採用面接をしていると、外資のコンサルティング会社に行きたがる人が結構いるんです。でも「外資のコンサルに入って何をするの?」と聞くと、うまく答えられる人は意外に少ない。榎本さんは現在NECでCMOを務めているわけですが、ご自身のキャリアステップとして1社目に外資のコンサルに入社したことが影響していると感じますか。

いや、1社目がどこかが重要ではなく、いろいろな会社で場数を踏んできたことが大きいと思います。大事なのは外資コンサルに入ることではなく、自分が本当にやりたい仕事を見つけることです。そういうところに行ければ自分の力を存分に発揮できますし、実力と実績が自然と身に付いてきます。

ところが、格好良さだけに惹かれて、向いていない仕事に就いてしまうと、力を発揮する方向性と業務のベクトルの向きがずれて、エネルギーを必要以上にロスしてしまいます。こういうケースは結構あります。そういう人がモチベーションを失い、コンサル業界から姿を消す例も見てきました。自分のやりたいこと/成し遂げたいことのベクトルとコンサル業界が合わなさそうなら、最初から別の道を選んだほうがいいですし、現状がそうなら転職も1つの道でしょう。「入社したら何とかなるはず。まずは知名度の高い会社に行きたい」という考え方は甘いと思います。繰り返しになりますが、どこの業界、どんな仕事かを検討する前に自分自身のことをしっかりと見つめるべきです。

――「石の上にも3年」で、入社してとにかく頑張ってみるという選択肢はないんでしょうか。

それもありますよ。物事を解決する1つの手段として「時間」がありますから、昨日今日できないからといって、こんな会社はダメだ、こんな仕事は嫌だと決めつけてしまうのは短絡的です。

「石の上にも3年」で言うと、私もNECに入社してCMOに就任したのは3年目でした。社長をはじめ経営幹部と当社にとってのマーケティングとはかくあるべしとコミュニケーションを取り続けた結果、3年目にしてようやく望む環境が実現したわけで、いきなりCMOとしてNECに来たわけではありません。その3年間、行きつ戻りつありましたが、決して無駄ではなかったと思います。

ただしそれは、冒頭申し上げたように、NECの大変革というタイミングで、自分が本当にやりたいと感じる仕事に集中させてもらえたからです。だから実績も少しずつ上げることができましたし、周りも私の意見に耳を傾けてくれるようになったのだと思います。

――なるほど。まずは自分の力を十分に発揮できる環境を格好つけずに見つけることが大事だというわけですね。わかりました。本日はありがとうございました。

Profile
榎本 亮(えのもと・まこと)
日本電気株式会社執行役員 兼 CMO。
1963年生まれ。秋田県出身。岩手大学卒。外資系コンサルティング会社から日本IBMのパートナー/理事を経て、セールスフォース・ドットコムで執行役員を務める。2015年からNECの執行役員コーポレートマーケティング本部長。17年からNECの全社マーケティングを統括するCMOに就任。

[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして30年のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN

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