インタビュー
2020.03.16

𠮷野家常務・伊東正明が語る「ヒット商品の舞台裏で起きた2つの『失敗』と大逆転劇から学んだこと」(後編)

The Marketing Native #19

株式会社𠮷野家 常務取締役

伊東 正明

前編に続いて、𠮷野家常務取締役・伊東正明さんのインタビューをお届けします。

後編では、ヒット商品の舞台裏で伊東さんが経験した2つの「失敗」と、そこからの逆転劇、さらにはマーケティング・スキルを鍛える方法、伊東さんが描くキャリアの方向性についてお話を伺いました。

まさに「伊東塾Marketing Native特別編」になっています。ぜひお読みください。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)

目次

P&Gのヴァイスプレジデントまで昇格できた理由

――個人的なキャリアのお話を伺います。伊東さんは1996年にP&Gに新卒で入社され、ヴァイスプレジデントまで務められたとのこと。他のマーケターと比べて、自分はどこが優れていたとご自身で分析していますか。

2つあると思います。1つは、マーケティングで外れが少なかったことです。マーケターとして頭角を現せたきっかけは液体洗剤「アリエール」の成功ですが、これについてはもっとすごい実績を残している先輩方がたくさんいます。

もう1つは、社内調整力です。私はマーケターとしてではなく、ある意味、サラリーマンとして一番優秀だったことが社内で昇格できた理由だと思います。

――どういう意味でしょうか。

組織を動かす力に加えて、会社のアジェンダを満たしながら結果に最短でつなげる力に、私は優れていたんだと思います。マーケティングで新しいブレイクスルーのきっかけを作ることは、私より優れた方々がいます。しかし、あらゆる部署の人と一定程度、良好な関係性を築くことは、ほかの方より得意だった気がします。大きな組織の中で、相手が外国人でも、一度もお会いしたことがなくてビデオ会議でしか話したことがない人でも、みんなから信頼を勝ち取って、やるべきことを伝え、きちんとやってもらう。そんな社内調整力は私が一番得意だったと思います。

――それはマネジメントということですか。

そうです。はっきり言うと「社内政治」ですが、すごく得意です(笑)。だから組織人として出世できたと捉えています。

――マネジメント的なところで意識して実行していたことはございますか。

相手のアジェンダをきちんと理解してあげることです。その人が何をミッションにしているかを理解した上で、やってほしいことを気持ちよくやってもらう。この「気持ちよく」がとても大事です。やらせるのではダメです。

あとは、できる限りフェアでいること。公明正大さに欠けて、裏表があると思われると、信用されることはありません。また、信用されたいがあまり、好かれようとしていろんな人に媚びてしまうのも、裏表があるように受け取られやすく、角が立って逆に信用を傷つけてしまうものです。そういう行動を取らないように気をつけていました。

「特撰すきやき重」の“失敗”から学んだこと

――キャリアの中で失敗したこともあるんでしょうか。

たくさんありますよ。失敗したことがないマーケターはいないでしょう。

直近の例で言うと、𠮷野家で昨夏販売した「特撰すきやき重」です。もともと販売期間は1カ月くらいを予定していたのですが、現実的には10日以内に売り切れました。初日にパニック状態になり、本当に大変なことになりました。外部からは「美味しかった」「大成功でしたね」と声をかけていただくことが多いのですが、良い数字が出たからいいものの、社内的には失敗の施策だったんです。

――どういう意味でしょうか。

話は少しさかのぼるのですが、我々は以前、日本の一年間の流通量の半分ほどにあたる北米産サーロインを購入しました。流通量の限られた食材だったので、全国販売できるよう時間をかけて調達を進めました。通常ならスーパーや外食が扱う分のサーロインが𠮷野家の倉庫に入っているわけです。日本の流通量の半分ですから、失敗は許されない。買い付けた分は絶対に売らなければなりませんでした。

もちろん、我々も売れると信じていました。実は最初に作ったのは「特撰すきやき重」とは別の商品でしたが、商品会議でも役員全員が「これは売れますね」と口を揃えていたんです。

ところが、いざトライアルをしてみると、さまざまな問題が浮上しました。大きくは2つ。1つは、トライアルが取れなかったことです。リピート率も良くなかった。

もう1つは、商品開発の担当者がマニュアル通りに作った商品と違い、店舗で提供する商品が別物のように美味しくなかったんです。これがまさに(前編で紹介した)FMCGとの違いの大きなところで、つまりオペレーションでの再現可能性を私が理解していなかったことから生じた問題です。そんなことになるとは全く想像していませんでした。過去最高値で売っている商品なのに美味しくないわけですから、お客さまから「どうなっているんだ」と思われてしまいます。でも、倉庫に肉はたっぷり残っている。「さあ、どうしよう」となって、慌てて作り上げたのが「特撰すきやき重」だったわけです。

――なんと…そうだったんですか。

そうです、同じサーロインを使って当初想定していたのとは違う商品を違う調理方法で作ったんです。トライアルでサーロインが売れなかったので、「肉が余ったらまずい」という危機感が社内で強かったのですが、広報施策が成功しまして、メディアがたくさん集まり、大きく取り上げていただきました。

この「特撰すきやき重」は、調理方法を変えた結果、手間と時間がすごくかかり、お店の人の負荷が大きな商品になりました。広報施策の成功もあって、大勢のお客さまが来店され現場が混乱したため、1食提供するのに40分も待っていただくことがありました。しかも、午前11時に販売を開始して、正午前にはお店に納品していた肉が全部なくなるという事態も起きたんです。お店の人はお客さまにずっと謝り続けなければならないわ、手間がかかる商品だから他のことに手が回らないわで、大混乱に陥ってしまいました。

――すごい話ですね…。

そんな状況を作ったことも申し訳なかったのですが、その後私はもう1回、ミスを犯しています。「特撰すきやき重」の報告を見ていると明らかにまずい事態が起きているので、より多くのお客さまにサーロインを召し上がっていただくため、トライアルのときのような負担の少ない調理方法に戻そうと経営企画の部員に言ったんです。トライアルの商品はオペレーション上、「特撰すきやき重」のような手間と時間をかけずに簡単に調理できます。これだけこの商品が売れるのであれば、𠮷野家としての品位が落ちることもないだろうと考えました。

ところが、そう言った瞬間に経営企画や現場を統括している事業推進の部員から「伊東さん、それはダメです。美味しくないことがわかっている商品を𠮷野家の店で出すことはできません。こういうときは、現場に負担をかけてしまうのはやむを得ないことなんです」と怒られてしまったんです。そう言われて「自分は全然わかっていなかった」「良い商品を作りたい気持ちはあっても、再現性が高くないと、ハッピーになる人はひとりもいないんだ」と身に染みて理解できました。

――その大逆転の広報のコツを教えてください!

そこは秘密です(笑)。𠮷野家だからこそできた部分も大きいと思います。

マーケティング・スキル向上に役立つ仮説検証の訓練

――わかりました(笑)。次に、マーケターがマーケティングの思考やスキルを身に付けていく上で、日頃から意識して取り組むべきことを教えてください。

マーケティングのセオリーをきちんと学ぶ機会があり、覚えたフレームワークを実際に検証する場があるのであれば、一定程度は身に付けられると思います。

一方、そういう機会に恵まれていない場合、最も簡単なのは、仮説検証を毎日繰り返すことです。それを行っているうちにマーケティングの思考やスキルが自然に身に付いてくると思います。

例えば、𠮷野家の場合なら、「この商品は何食くらい売れるだろう」という仮説を他の商品と比較しながら立てます。検証の結果、上振れしていたら、私が商品のポテンシャルを理解できていなかったことになり、どこで計算を間違えたのかを考えるわけです。逆に売れなかったら、なぜ売れなかったのか、どこで間違えたのかと思考を深めていきます。

仮説検証の結果が上振れしても下振れしても、両方で考え続けることで少しずつ精度が上がっていきます。これを毎日の暮らしの中でできる限り実践することが大事です。例えば、コンビニで新商品が出たら、手に取っていろいろと眺めながら「これは1カ月後に棚から消えているな」「このカテゴリーは伸びそうだな」と思いを巡らせたり、テレビCMを見て「この新商品は売れそうだな」「このCMはむしろターゲットに逆効果ではないか」などと考えたりするわけです。

さらに、仮説を立てたら覚えておいて、一定期間を経た後に、本当に棚からなくなっているか、逆にスペースが広くなっているかを確認するようにします。この作業はそれなりに正確な検証方法です。よく売れている商品はメディアで取り上げられることもありますから、そのような形でも検証できるでしょう。これは自社のビジネスに関係なく、自分の意思でできることです。

その結果、「この刺激に対して人はこう動くに違いない」「なぜならこうだから」という仮説が当たるようになると、さまざまなケースで仮説の精度が向上していきます。

その訓練のチャンスは、仕事中でも日常生活においても、おそらく一日に数十回あると思います。それを一日に数十回やるか、1回もしないか、1回だけやるかで成長スピードが変わってきます。その訓練を積み重ねることでマーケターとして成長していけると思います。

私が「社内政治が得意です」とお話ししたのも基本的には同じことです。例えば「生産統括部の人はこういう目的のために一生懸命働いていて、ここにプライドを持っている」「自分はそれと反対のことをお願いしに行くわけだから、こういうふうに話さないと、やりたいとは言ってくれないだろう」などと仮説検証を繰り返していった結果、社内における調整力が身に付き、信頼を得られるようになったのだと思います。

𠮷野家の発展と従業員の幸せのために

――伊東さんの今後の目標や方向性を教えてください。

今、𠮷野家の仕事が本当に面白いんです。おそらくキャリアの中で最も面白い瞬間にいると感じています。自分のスキルが上がって、できることが増えている点も面白さを感じる要因のひとつでしょう。

私は河村社長が語る「飲食業の再定義」という考え方に共感をしていますので、その実現のために全力を尽くしたいと考えています。簡単に言うと、飲食業の地位向上です。

これからAIが進化してきたら、オフィスワーカーの仕事はどんどん消えていくと思います。その人たちの職業の受け皿としても、飲食業をもっと拡大・発展させていきたい。我々はそう考えています。

同時に、ロボット活用の研究も進めていて、人がやらなくていい作業は機械に任せることで、お店の人がお客さまと接する時間を最大化しながら、美味しい商品を提供することを追求していきたいと考えています。

もっと高い給与を支払いたいという思いも強く持っています。𠮷野家は過去、飲食業の労働生産性の7~8倍を出したことがあるそうです。それくらいの労働生産性を出せれば、もっと高い給与を支払うことができます。そう考えると、私がこれからしたいこと、すべきことは、𠮷野家という事業、あるいはホールディングスが大きな利益を上げられるように貢献することです。

そのため、営業利益をいくら出すということを私の個人的なコミットメントにしています。普通のマーケターであれば、「愛されるブランドに育てる」なども役割に入りますが、𠮷野家は私が入る前から愛されていますし、商品も良い。だから私がすべき任務は、大きな利益を生み出し、できる限り社員に還元して、ロボットなどのシステムへの投資金額を確保することです。それが実現できれば、河村社長が言う「飲食業の再定義」もおそらく可能になるでしょう。それは私にとって、挑戦しがいのあるミッションだと捉えています。

――素晴らしいですね。

もう1つ実現したいのは、飲食業として海外の地にナショナルフラッグを立てることです。これはまだ当てがあるわけではありませんが、日本の外食産業の中で𠮷野家は海外の店舗数で1、2位を争っていて、もうすぐ1000店舗に達します。海外で1000店舗を展開することは並大抵ではなく、𠮷野家が世界で愛されるブランドであることを示しています。私もさらなる海外展開をお手伝いする仕事ができたら、これからもっと面白くなるだろうと思っています。

――本日はありがとうございました。

Profile
伊東 正明(いとう・まさあき)
株式会社𠮷野家 常務取締役/OFFICE MASA代表。
慶應義塾大学卒業後、1996年P&Gに新卒入社。ブランドマネージャーとしてアリエール・ジョイを再建。米国および欧州本社にてファブリーズ・グローバルチームのマーケティング責任者に就任、全世界向けの新製品開発やグローバルブランド戦略を行う。その後シンガポールでペット事業責任者、アジアパシフィック・Eビジネス事業責任者、ホームケア・オーラルケアヴァイスプレジデントを歴任。2017年11月退職・独立し、現在に至る。

[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして30年のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN

 

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