インタビュー
2020.10.27

「入社初日からプロフェッショナルであれ」―元P&G坂本和樹(国連WFPコンサルタント)が語る「P&Gで学んだ5つのこと」―Marketing Native Career

Marketer’s Career #02

国連WFPコンサルタント

坂本 和樹

キャリアアップしたいマーケターと、優秀なマーケティング担当者を探している企業を結ぶMarketing Nativeの人材紹介業「Marketing Native Career」。おかげさまで、すでにたくさんのマーケターと企業の方々からご登録をいただいております。

今回インタビューした元P&Gのブランドマネージャーで、現在WFP国連世界食糧計画日本事務所の政府連携コンサルタントを務める坂本和樹さんもMarketing Native Careerに登録している一人です。

坂本さんはP&Gでマーケターとしてどのような経験を積み、これからのキャリアをどのように考えてMarketing Native Careerに登録したのでしょうか。

P&G時代の強烈な思い出を中心に、坂本さんにお話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:矢島 宏樹)

目次

発展途上国の社会課題解決への興味からP&Gへ

――坂本さんはMarketing Nativeの愛読者で、「Marketing Native Career」にもご登録いただいているとのこと、ありがとうございます。まず、これまでのキャリアを教えてください。

新卒でP&Gのマーケティング部門に就職し、日本とシンガポールで7年間勤務しました。その後、国際協力NGOを経て、2019年9月から英国サセックス大学院開発学研究所に留学、開発学修士号の取得を目指していたのですが、新型コロナウイルスの影響で帰国しました。今年7月からはWFP国連世界食糧計画(※)日本事務所で働きつつ、修士号取得へ向けた論文を執筆中です。

※United Nations World Food Programmeの略称。2020年ノーベル平和賞を受賞。

――「Marketing Native Career」に登録したのはいつですか。

留学中の昨年12月です。海外から遠隔で従事できるマーケティングの仕事があればいいなと思い、登録しました。

――就職先にP&Gを選んだのはマーケティングの仕事に興味があったからですか。

いえ、実はP&Gがマーケティングで有名な会社だと知ったのは就職してからです。学部時代の授業でフィリピンの貧困問題について学ぶ機会があり、それをきっかけに発展途上国の社会課題に関わりたいと考えるようになりました。その授業でP&Gが当時、アフリカで水の浄化キットを無料配布していることを知りまして、日々の生活に欠かせない消費財を販売している社会性の高さに惹かれ、就職先に決めました。

もっとも、水の浄化キットの無料配布は社会事業としての側面もありつつ、おそらくはアフリカのマーケットで認知を作るというマーケティング施策の一環だったと思います。

――P&Gでのキャリアステップについて教えてください。

入社3年目にシンガポールに赴任し、5年目でP/L責任を持つブランドマネージャーに昇進しました。柔軟剤「レノア」を日本市場でNo.1シェアのブランドにできた点などを評価されたと思います。

――昇進スピードはほかの人と比較してどうでしたか。

真ん中より少し早いくらいですね。ほかには、洗濯洗剤カテゴリー(アリエール・ボールド・さらさ)においてもジェルボール型洗剤の発売などによって大幅に売り上げと利益を伸ばせた点が昇進に影響したと思います。

――P&Gの中でそのような昇進ができたのは、何が良かったからだと思いますか。

P&Gには私よりマーケティングが得意で優れたアイデアを出せる人がたくさんいます。私の場合は、製品の容量や価格、サイズのラインナップの調整、サプライチェーンの改善など経営全体の観点から、どこを伸ばせば一番良い打ち手としてビジネスを効果的に成長させられるかを総合的に判断するところが長けていたのだと思います。

私の見る限り、いわゆるマーケティングの右脳的な発想と、数字を基にした左脳的な経営判断の両方を得意とする人はブランドマネージャーレベルではそれほど多くありません。両方できる人がブランドディレクターや執行役へと昇進していきます。

P&Gで学んだ5つのこと

――P&Gで学んだことは何ですか。

たくさんありますが、中でも印象に残っているのが次の5つです。

Consumer is boss : 常に消費者のニーズを基にデザインと意思決定を行う
External focus : 無駄な社内政治などに時間を割かない
Leadership:すべての言動に気をつけてリーダーとして振る舞う
Fail to learn : 失敗から学ぶ
What it takes to hit Goal : ゴールを先に決めて、そこから何が必要かを逆算して考える

――「Consumer is boss」はそうだろうと思いますが、「External focus」はどういう意味ですか。そんなに社内政治があるんですか。

「External focus」は私の上司だった人の言葉で、「社内の情報共有や情報アップデートに時間をかけるな」「文句を言われない程度にまとめればいい」という意味です。「そんなことに時間を割いても売り上げ・利益にはつながらない。消費者にとって良い商品を作ることに時間を使え」と言われて、気分が楽になりました。外資系企業といえども、ブランドマネージャーになると社内の調整業務が増えるのですが、そこにフォーカスすべきではないとはっきり言われて、仕事の仕方を良い方向に変えられたと思います。

――その上司は社内で一匹狼だったんですか。

それが全く違うんです。必要最小限でも人の懐に入るコミュニケーションでスムーズに意思疎通を図り、かつ敵も作らない、その上で消費者により良いものを届けようと邁進する上司の姿勢は見習うところが大きく、実際にいろいろなことを学ばせてもらいました。

――「Leadership」についてはどうですか。

ブランドマネージャーになって1年目の査定の際に、同じ上司に指摘された言葉です。そのときは売り上げも利益もかなり伸びていましたので、良い査定が来るかなと期待していたのですが、思ったほどではありませんでした。そのときに言われたのが、まだ甘えているところがあるということです。

私は28歳でブランドマネージャーになったのですが、意思決定をする立場にありつつも、チームの中では非常に若いほうでした。そうすると、チームの年上の人から厳しく批判されることが出てきます。最初はそうしたことを必要以上に恐れて、私の言動にリーダーらしくないところが多かったのだと思います。そんな私に上司が言ったのは、結果を出すことはもちろん大事だが、普段の言動や服装もリーダーにふさわしくあるべきだということです。全体的なイメージとしてのリーダーシップを身に付けることも大切で、売り上げや利益を上げるだけではリーダーとして不十分だと気づかされました。

――リーダーらしい言動や服装とはどんなものですか。

私もその点を質問したのですが、明確な答えは返ってきませんでした。そのため、推測になるのですが、私は昔のP&Gの社員と比較するとガツガツしておらず、柔らかすぎるところがあったようです。それが人によってはやる気がなさそうに見えたり、情熱に欠けていると感じられたりしていました。経験を積むにつれて少しずつ改善し、退職前には自分なりのリーダーシップの在り方をある程度身に付けていたと思います。ただ、最初は闘志を前面に押し出すことの少ない自分のキャラクターと反する行動を取ることにジレンマもありました。

――「Fail to learn」はどういう意味ですか。

常に意図を持ってプロジェクトに取り組めということです。例えば、新しく制作したテレビCMを打つと決まったら、売上目標などの数値的な部分はもちろん、消費者の反応などさまざまな要素を想定し、結果的にどれだけのズレが生じたかを分析して施策の改善に活かすのが重要です。「Fail」と言っても失敗を推奨しているわけではなく、「意図を持ってプランニングをすれば成功しても失敗しても学びがある」という解釈ですね。施策の意図とのギャップは何かしらの形で必ず発生しますので、発生原因を深掘りすることで学びが最大化されて次に活かせるという意味です。

――5つめの「What it takes to hit Goal」はどんな意味ですか。

読者の中には当たり前だと思われる方も多いと思いますが、入社当時の私にはとても新鮮な考え方でした。例えば、売り上げの伸びが毎年10億円のときに、「来年は50億円伸ばしてくれ」と言われたら、「無理です」と答える人が多いと思います。無理な理由はたくさん挙げられるでしょう。

そうではなく、50億円伸ばすゴールをまず設定して、達成するために何が必要なのかを列挙するところから始めるんです。もしかすると、ゴール達成のために100億円の投資が必要になって、それならやめましょうとなるかもしれません。しかし、一見無理そうでも最初にゴールを設定し、そこから何が必要かを逆算して考えるのがポイントで、「できる・できない」は後で考えればいいというわけです。

この考え方に、私はとても鍛えられました。ボトムアップで下から積み上げる方法の場合、私のように頭の堅い人間は5~10%程度の伸びにとどまってしまいがちです。一方、トップダウンでゴールから逆算して考えることで、その壁を破ることも可能なのだと学びました。

この考え方は仕事だけでなく、キャリアパスにおいても有効で、将来なりたい像を設定してから今、何をすべきかを逆算して戦略を立てることが重要だと思います。

「キミはどう思うの?」を大事にする文化

――P&G時代に悩んだり、つまずいたりした経験はありますか。

これもたくさんあるのですが、入社直後はまず、業務量の多さに圧倒されました。量だけでなく予算規模などの裁量権についても、1年目からこれだけの仕事を任せられるのかと驚いたのをよく覚えています。

「P&Gは入社1日目からプロフェッショナルだ」と言われてはいましたが、1年目は上司の手伝いくらいから始めるのが普通だと思いますよね?私もそう思っていたら、本当に1日目か2日目に、「ボールド(洗剤)のマーケティング予算の管理をしてね」と言われて、指示された内容を見たら予算額が100億円くらいあるんです。「これまで〇億円使っていて、残りの〇億円はまだ使用用途が決まっていないから、何をすればいいか考えて」と言われて、完全にパニックになりました。

「どうすればいいんだ」と頭を抱えて上司の元へ行くと、必ず「キミはどう思うの?」と聞かれるんです。いや、どう思うも何も…(笑)

――しびれますね(笑)

もちろん、中には「競合のメディアはこれくらい使っている」「今このデジタルメディアが注目されている」などと教えてくれる人もいましたが、基本的には「キミはどうしたいの?」を圧倒的に大事にする会社なので、答えを聞きに行ってもまず教えてくれません。しかも書類は全部英語です。

――会話は日本語なんですか。

最初の上司は日本人でしたから日本語でコミュニケーションを取っていましたが、2年目からはフィリピン人の上司になったので、会話も英語に変わりました。その頃はまだ英語がうまく話せなかったので、大変でした。

――それは「新入りはまずガツンと叩く」のようなカルチャーとは違うんですか。

そうではなくて、期待値です。最初はアシスタントブランドマネージャーから階級が始まるのですが、公平性を担保するために1年目も5年目も同じように評価されます。当然、1年目の人のほうが5年目の人より評価が上になることもありますので、公平性の観点から1年目の人の仕事量を大きく減らすということは基本的にありません。

――英語が話せなかったとのことですが、そこから英国の大学院へ行くレベルの英語力をどのように身に付けたのですか。

書類やメールなども全部英語ですから、業務の中で自然と身に付いた感じです。3年目からシンガポールに赴任した経験も大きかったと思います。

納得で終わらず、「共感」してもらうことの重要性

――ほかに悩んだりつまずいたりした経験はありますか。

リーダーシップの話に関連してですが、28歳でブランドマネージャーになりましたので、チーム内に年上の方が多く、意思決定やチームのガイドをすることに苦戦しました。ファクトを並べるだけでは動いてくれないことが多くて、人間性を含めた総合力を求められると学びました。

――具体的にはどういうことですか。

経験を基にした個人的な考えですが、人に動いてもらうときに「納得」と「共感」では大きな違いがあって、ロジカルにファクトを並べて説明しても人は納得しただけで終わりがちです。その場合、その人が持っている力の80%しか引き出せないものです。一方、きちんと共感までしてもらえると120%の力を発揮してくれるようになると思います。私は年上の人と話すときに自分の立場の弱さや反対されることを恐れて、最初はできるだけ綺麗に数字やファクトを並べて納得してもらおうとしていました。しかし、それでは不十分で、共感を得ないと人は最大限の力を発揮してくれないのだと感じました。

――どのように共感を得たのですか。

明確な答えはないのですが、情熱を見せることです。「私はこの洗剤をこういうブランドにしたいから、こういう施策がしたいんです」と相手の感情に訴えることが大切だと思います。

――「仕事なんだから、やってくださいよ」ではダメですか。

それでは80%の力しか引き出せないですね。コモディティ化された洗剤・柔軟剤業界で競合に勝つためには、チームの人のパフォーマンスを最大限に引き出すことがリーダーの役割で、「坂本君がそこまで言うんだったらやってみよう」と心から感じてもらえないと、アウトプットで負けてしまいます。チームの人それぞれと異なる形でコミュニケーションを取り、パフォーマンスを最大化することはとても苦労しましたが、若くしてブランドマネージャーになれたからこそできた貴重な経験だったと思います。

「マーケティング=メディア運用」への懸念

――次に、現在の仕事について教えてください。

WFP国連世界食糧計画日本事務所で政府連携コンサルタントとして働いています。利益を追求するビジネスとは異なる公的機関の仕事ですが、P&Gマーケティングでの学びはとても活きています。

――どういう意味ですか。

日本の政府からWFPへの拠出金を最大化する仕事をしていますので、どこに政府のニーズがあり、どのようにWFPのストーリーを伝えれば良いかを日々の交渉を通じて模索しています。

その際に大事なことは、政府の意向を理解することです。その意向は必ずしも文面に載っているわけではなく、いわゆる忖度が必要です。それはP&Gで主婦のご家庭にお邪魔をして消費者リサーチをした経験と似ていて、言語化はできていないけど、ちょっとワクワクしていることや、逆にうんざりしていることを会話や表情から探り当てるのが大切です。

政府に対しても同様で、言葉によるコミュニケーションには限界がありますから、担当者の表情などから顕在化していない意向をしっかりと汲み取り、理解するスキルはP&Gマーケティングで鍛えられたことが役に立っています。

――忖度スキルが大事なんですね。

P&Gでは「インサイト」と言いますけどね(笑)。政府のインサイトが何かを把握し、WFPが提供できるものが何かを深掘っていくときに、P&Gの「Who」「What」「How」の考え方は有効だと感じます。

――P&Gを離れてみて、あらためてマーケティングの仕事について感じることはありますか。

InstagramやYouTube、音声メディアなどメディアの多様化によって、「マーケティング=メディア運用」という認識がさらに加速するのではないかと危惧しています。私がP&Gで育ったからそう感じるのだと思いますが、売り上げや利益を上げる手段として、コンセプトや製品開発からメディア作成、流通まで首尾一貫して担当できるブランドマネージャー制度をより多くの企業が導入し、メディア運用はあくまでその中の一つであるというふうになるべきだと考えています。

一方、現状はメディアがいろいろと増えてきた結果、運用リソースもたくさん必要になってしまい、「マーケティング=経営」から「マーケティング=広告運用」の流れに向かっている気がします。実際、留学中に転職サイトをいくつかチェックしてみたのですが、「マーケティングの仕事」と書いてあっても、レスポンシビリティ(責務)を見ると、広告の制作と運用が多かったですね。

もともと日本の企業にはローテーション制度に基づくジェネラリストが多く、専門性の弱さに課題があると考えていて、それはマーケティングに関しても同じことが言えると思います。もっと経営全体を見られるマーケティングのスペシャリストを育成しないと、このままでは広告代理店に丸投げする流れが進んでいくのではないかと心配です。

マーケティングの力で社会を良くしたい

――後輩に当たる20代のマーケターにアドバイスをするとしたらどんなことですか。

私もよく言われたのですが、マーケティングの打率を上げるためには、「打席に多く立つ」ことと「その結果を学びとして昇華すること」の2点が重要だと思います。今の仕事で打席数が少なくても、何か新製品が出たら使ってみたり、電車広告を眺めたりしてさまざまな手段で打率を上げる方法はありますから、挑戦してほしいです。

――「Fail to learn」ですね。電車広告をチェックする話はよく聞きます。

これは私が2年目の話ですが、上司と一緒に電車に乗っているときに携帯電話を見ていたら、いきなり怒られたんです。「広告があるところは常に見ろ」と。「その広告はどのような意図があってメーカーが代理店に発注し、その意図を汲んだ代理店は、どんなふうにクリエイティブの工夫をしたのか」「可能なら、それが売れているか売れていないかを予想して、IRや経済紙などの情報を見て確認しろ」と言われました。そのアドバイスがすごく参考になりまして、それから打席数を増やすことができました。

――今も続けていますか。

はい、もう癖になりましたね。今も電車に乗ったら広告を全部見るようにしますし、YouTubeなどを見るときも広告をしっかり視聴します。バナーが出てきても「ターゲットがずれているなあ」「フリークエンシーが多すぎでは?キャップをかけてないのかな?」などとずっと考えていますね。

――最後にご自身のキャリアプランをお願いします。

国際開発業界で数年働いたら、その後はスタートアップなどで社会性の高いビジネスに従事することを考えています。P&Gで身に付けたマーケティングの力を活用して、発展途上国を含めた、社会の不便や不平等を少しでも是正し、社会を良くしたいというのが私のプランです。

具体的なことは見えていませんが、社会を便利にできる良いプロダクトなのにあまり知られていなかったり、少し改善すれば良くなるのに気づいていなかったりするモノやサービスは世界中にたくさんあると思います。それをマーケティングの力を使ってどんどん広めていく仕事を将来してみたいですね。できれば日本だけでなく、発展途上国を含めた海外のさまざまな国で挑戦したいと考えています。

――夢が広がりますね。本日はありがとうございました。

Profile
坂本 和樹(さかもと・かずき)
東京大学教養学部卒業。2012年P&Gマーケティング部門に新卒で入社。日本・シンガポールで計7年間勤務。担当ブランドが『日経トレンディ』ヒット商品ランキングを3度受賞。2019年3月退社。国際協力NGOでの勤務を経て、2019年9月より英国サセックス大学院開発学研究所(Institute of Development Studies)に進学し、開発学修士号を取得中。2020年7月よりWFP国連世界食糧計画日本事務所で政府連携コンサルタントとして勤務、現在に至る。

Twitterアカウント
@kazuk18

早川巧

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
Twitter:@hayakawaMN
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