完全栄養食のパンやクッキー、パスタで知られるBASE FOODが、2021年の売上高で前年比430%増を記録し、月間定期購入者数が10万人を突破するなど、著しい事業成長を達成して注目を集めています。今年(2022年)2月には、フードテック企業としてさらなる成長を見据え、総額20億円の資金調達を実施したことを発表しました。
みる兄さんが話題のプロダクトを考察する連載・第7回は、BASE FOODを取り上げ、急成長の理由を考察いただきました。
目次
今回のテーマは、BASE FOODの取り組みを『リーン・スタートアップ』と『コトラーのマーケティング4.0』を参考図書に、その事業戦略とマーケティングをひもといていきたいと思います。
BASE FOODの名前は以前から知っていましたが、「D2Cブランドのひとつ」くらいの認識しかありませんでした。そんな折、2022年2月に月間定期購入者数が10万人を突破したというニュースを目にして強い関心を持ちました。
「ベースフード月間定期購入者数10万人突破!前々年同月比では約10倍」
今年に入って、コンビニエンスストアやドラッグストアなどでBASE FOODの商品を目にする機会も増えています。また、6月16日からは期間限定で東京・恵比寿にカフェをオープンし、BASE BREADの新商品を使用したサンドウィッチやトーストなどのメニューを提供したり、商品を販売したりしています。そこで、創業から6年で成長を遂げているBASE FOODの成り立ちと商品開発の苦労、そしてマーケティング戦略を調べてみたところ、革新的で魅力的なブランドだとわかりました。
BASE FOODの歴史
BASE FOODは創業後、1年以上の構想期間を経て2017年に生まれた完全栄養食ブランドです。代表の橋本舜氏が前職のDeNA時代に感じていた、「仕事と栄養バランスのとれた食事の両立が難しい」という日々の課題感から試作品を作ったのがきっかけです。橋本氏は栄養や食品加工に関する書籍を読みながら100種類以上にわたって試作を繰り返し、1食に必要な33種の栄養素をバランスよくとれる麺「BASE PASTA」を完成させたと言います。
参考:BASE FOOD「開発ストーリー」
※BASE FOODのプレスリリースを参考に、筆者作成。
創業から6年で成し遂げたBASE FOODの事業成長は、「シンプルでユニークな商品コンセプト」×「リーン思考な製品開発」×「全方位の顧客起点マーケティング」がポイントと感じました。以下、僕の分析です。
「シンプルでユニークな商品コンセプト」について
BASE FOODの商品コンセプトは「かんたん・おいしい・からだにいい」です。非常にシンプルながら、そこに橋本氏自身の経験から生まれたリアルさがあります。
橋本氏のインタビューによると、起業当初からいわゆるマーケティング戦略を組む際のセグメント/ペルソナ/市場性などのマーケット分析はそこまで重視していなかったようです。それよりも、自身の体験である「仕事で忙しいと、どうしても栄養バランスのとれた食生活の難易度が高い」との原体験をもとに起業を決断したと言います。
「忙しいとどうしても外食に頼らざるを得ませんし、食事の選択肢も限られてしまいます。栄養をバランス良く得ようと思ったら相応の努力がいる。私自身も前職では、忙しさを理由に毎日居酒屋など、遅くまで開いている飲食店でご飯を食べていましたし、栄養のことを考えている暇なんてなかった。そこで、誰でも簡単に健康的な食生活を実現できないかと考えたわけです」
出典:type『BASE FOOD』開発秘話「働きながら健康的な食生活って無理じゃない?」
商品やサービスのコンセプトを立てる際は、シンプルかつユニークに「誰の何を解決してくれるのか?」が明確であるべきです。BASE FOODのコンセプト「かんたん・おいしい・からだにいい」はシンプルかつ、それを主食でかなえようとしている点で他にはないユニークさがあります。
また、「完全栄養食(完全食)」というキーワードを立てたことも、BASE FOODのコンセプトを引き立てました。「完全栄養食(完全食)」とは、栄養学の創始者である佐伯矩(さいき・ただす)が1日に必要な栄養素が含まれた食事のことを完全食と呼んだのが起源といわれています。現在、一般的には厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」を基に1食に必要な栄養素がすべて含まれたものを「完全栄養食(完全食)」と指しています。
本記事を執筆するにあたり、さまざまな情報を調べるまでは、「完全栄養食(完全食)」という言葉は聞きなれなかったのですが、Googleトレンドで検索数(人気度の動向)を見てみると興味深いことがわかりました。
上記は2015年から2022年1月までの「完全栄養食」に関するデータですが、2019年あたりより検索数(人気度)が上がっています。これは2019年にBASE BREADを発売し、一気にユーザーが増え、認知も上がったことが起因していると予想されます。なお、過去1年間の検索数(人気度)を見てみると3月に一気に上がっています。
これは大手食品会社が大々的に「完全栄養食(完全食)」の新商品に関するCMを打ったのが影響しているようです。しかし、先行して「完全栄養食(完全食)=BASE FOOD」との市場認知をとっているため、BASE FOODとしては「完全栄養食(完全食)」自体の市場認知が高まることは追い風になっていると筆者は感じています。
リーン思考な開発プロセス
ベースフードのCMO齋藤竜太氏は自身のnoteで商品の開発プロセスについて次のように書いています。
2017年2月にベースパスタを発売開始してから、4年と1カ月、2019年3月にベースブレッドを発売してから丸2年。今日に至るまでたくさんの商品改善をしてきました。どれくらい改善してきたかというと、ベースパスタは発売から4年で18回、ベースブレッドは発売から1年10カ月で13回。
出典:ryutasaito/BASEFOOD「ベースフードはなぜ商品改善を続けるのか?」
筆者も事業会社でプロダクト開発の企画責任者を務めた経験が数年あり、1つのプロダクトを形にして、生産ラインに乗せて発売し、その商品を短期間で改善することの難しさを実際に体感しています。例えば、商品の配合成分を1つ変えるだけでパッケージの裏面表記を変えなければなりません。また改善した商品が販売されたら、旧Verの在庫を処分しなければなりません。デジタルサービスやアプリのように、修正点が見つかったらソフトウエアをアップデートすればよいのではなく、物理的な商品を短期間で改善していくには数多くの難問があります。「食品」でこれだけ数多くの改善を短期間で行っているブランドはあまり見たことがありません。
BASE FOODは「短期間での改善」を可能にする開発チーム体制、生産工場との関係、D2C型の販売方法などさまざまなリソースを持っています。その中でも一番重要なのは、世の中に出した商品を「改善する意思」です。これは、橋本氏が前職のDeNAで数々の新規事業を担ってきた経験値が非常に大きく影響していると思います。食品だけに限らず、物理的なプロダクトでは、IT業界のような市場に出してから短期間で高速に改善する発想はあまりありません。
BASE FOODが短期間での商品改善を行うことを知り、ある記憶がよみがえってきました。筆者が、2014年に社会人大学院にて出会った友人のソウルドアウト代表取締役会長CGO荻原猛さんから初めて「リーン・スタートアップ」、「アジャイル開発」の話を聞いた時の衝撃です。通常、市場に流通させる商品は数カ月から数年かけて開発を行い、年間の生産量を決め、ロット数で算出される原価を定め、価格を決める――という開発プロセスをとるのですが、IT業界では、ユーザーのレビューやリアクションを分析して高速でフィードバックをもとに改善しながらプロダクトを進化させていく「リーン・スタートアップ」という新規事業の考え方があります。
構築―計測―学習。アイデアを製品にする、顧客の反応を計測する、そして方向転換するか辛抱するかを判断する――これがスタートアップの基本である。だから、スタートアップを成功させるためには、このフィードバックループを順調に回すように社内の仕組みを調整しなければならない。
出典:『リーン・スタートアップ ムダのない起業プロセスでイノベーションを生み出す』(日経BP、エリック・リース著、井口耕二翻訳、伊藤穰一解説)
『リーン・スタートアップ』の著者のエリック・リースは、自らが経験したり見たりした起業の失敗から、時間や労力をかけて誰も欲しがらない商品やサービスを作るような無駄をなくすための方法論として「リーン・スタートアップ」を提唱しました。
BASE FOODはまさに、IT業界で一般的になっていた思想を工場で生産する物理的な商品にて実現していたのです。BASE FOODはシステム開発でよく用いられるPoC(Proof of Concept/概念実証)を、初期は橋本氏のシェアハウスの友人や知人と、そのあとはユーザーとコミュニケーションをとることで実現しています。2017年当時から、初期ユーザーにアンケートをとるなど顧客との対話を重要視し、その流れを持続しながら本気で生産工程に組み込んでいます。さらに、自社在庫だけでなくチャネルを拡大(コンビニエンスストアやドラッグストアなどにも配荷)した中でも続けており、BASE FOODは食品業界にてイノベーションを起こしています。
余談にはなりますが、「リーン・スタートアップ」については、「もう時代遅れである」との論説もいくつか目にします。その多くがMVP(Minimum Viable Product)の“実用最小限”を「クオリティの低いプロトタイプを市場に出す」また、「大きなビジョンよりもプロトタイプのスピードを重視する」のは危険と捉えての考察でした。しかし、筆者が思う事業戦略やマーケティングにおける「リーン・スタートアップ」な思考とは、BASE FOODのように、社会的な価値を捉えたビジョン、ミッションを定め、提供するサービスやプロダクトを素早く顧客や市場と対話して改善していくことです。
BASE FOODのマーケティング
BASE FOODは前述のように、魅力的なコンセプトの商品を短期間で改善してきた革新的なブランドです。しかし、これだけ情報やサービス、商品があふれていると良い商品でも「飽き」が生まれてしまうおそれがあります。今の時代は「良いもの」なだけでは持続的に顧客を増やしていくのは難しい。BASE FOODは商品の種類がまだ多くない中でも、商品の価値を持続的に拡張していくために、「お客様の声を中心にしたマーケティング」を実行しています。
実際に展開しているマーケティング施策を認知→購入→ファン化の流れであげると、以下の通りです。
・訴求ポイントがわかりやすく、ブランドイメージを高めるクリエイティブで作られたLP
・定期購入会員向けのユーザーコミュニティBASE FOOD Labo
・ロイヤルティが高い会員向けのイベントBASE FOOD SUMMIT
・並走型でユーザーの食生活改善を支援するBASE FOOD CAMP
・豆知識やスタッフ紹介によって親近感をつくるBASE FOOD MAGAZINE
・定期便に同梱される冊子
僕が考える限り、BASE FOODはほぼ全方位の顧客接点にてマーケティングを展開しています。そして、それぞれの施策のクオリティが非常に高いのも特徴です。また、2022年5月末時点で社員数が51名と少数であることからも、そのすごさを感じます。
その中でもマーケティングの軸となるのが、ユーザーコミュニティのBASE FOOD Laboです。
BASE FOOD Laboは 2018年11月に開設された定期購買会員向けのコミュニティで、ユーザーが参考になるレシピ集や伴走型でダイエットをするBASE FOOD CAMP、そして、BASE FOOD側からのユーザーヒアリングにつながる「研究課題」、Laboの会員同士が会話できるトークスレッドなどのコンテンツがあります。このコミュニティではBASE FOODの社員からユーザーへ、そしてユーザーから社員へ、さらにユーザーからユーザーへのコミュニケーションが行われています。
こうしたBASE FOODのマーケティング施策は、『コトラーのマーケティング4.0』の考え方を捉えていると感じます。
コトラーの提唱するマーケティングは時代ごとにVerを更新しており、「製品中心のマーケティング1.0」「顧客中心のマーケティング2.0」「人間中心のマーケティング3.0」となり、マーケティング4.0へと発展してきています。
マーケティング4.0は企業と顧客のオンライン交流とオフライン交流を統合し、ブランド構築におけるスタイルと内容を融合させ、最終的にマシン・ツー・マシンの接続性を人間と人間のふれあいで補完することで、顧客エンゲージメントを強化するマーケティングアプローチである。
出典:『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』(フィリップ・コトラー著、ヘルマワン・カルタジャヤ著、イワン・セティアワン著、恩藏直人監修、藤井清美訳)
コトラーは著書『コトラーのマーケティング4.0』の中で、「伝統的マーケティングからデジタル・マーケティングへの移行」と題して、いくつかの変化をあげています。
「セグメンテーションとターゲティングから、顧客コミュニティの承認へ」
伝統的マーケティングでは、企業は市場をセグメンテーションし、顧客をターゲティングしていました。コトラーはこれを「ブランドと顧客の縦の関係」としています。しかし、デジタルが当たり前になった今では、顧客同士が横のネットワークでつながり、新しいセグメントになっています。この「顧客コミュニティ」と企業が関わるには、従来の縦の関係性ではなく、まるで友人のように振る舞い、許可を求める必要があると言います。
顧客コミュニティと効果的に関わるためには、ブランドはパーミション(許可)を求めなければならない。セス・ゴーディンが提唱したパーミション・マーケティングは、マーケティング・メッセージを送る前に顧客の同意を求めるという考えを中心に据えている。
出典:『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』(フィリップ・コトラー著、ヘルマワン・カルタジャヤ著、イワン・セティアワン著、恩藏直人監修、藤井清美訳)
「ブランド・ポジショニングと差別化から、ブランドの個性や規範の明確化へ」
伝統的マーケティングでのブランドは競合他社と自社を区別するためのポジショニングを築き、差別化する必要がありました。しかし、デジタル経済圏におけるマーケティングでは、ポジショニングではなく、個性と規範こそがブランドの源泉になると言います。
技術トレンドのめまぐるしい変化のせいで、ブランドがより柔軟に適応することは必要不可欠だが、その一方で、ブランドの本物の個性がかつてないほど重要になっている。
ブランドのアイデンティティとポジショニングを繰り返し伝えつづけることは、伝統的マーケティングでは重要な成功要因だったが、今日では十分ではないかもしれない。
出典:『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』(フィリップ・コトラー著、ヘルマワン・カルタジャヤ著、イワン・セティアワン著、恩藏直人監修、藤井清美訳)
「顧客サービス・プロセスから、協働による顧客ケアへ」
製品やサービス購入後の「顧客ケア」というアプローチについて、デジタル経済圏におけるマーケティングでは「協働」が成功の鍵になると言います。
接続された世界では、協働が顧客ケアを成功させるカギになる。協働が発生するのは、企業が顧客にセルフサービス機能を使ってケア・プロセスに参加するよう呼びかけるときである。
出典:『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』(フィリップ・コトラー著、ヘルマワン・カルタジャヤ著、イワン・セティアワン著、恩藏直人監修、藤井清美訳)
これらの伝統的マーケティングからマーケティング4.0で変わってきたキーワードとBASE FOODのマーケティングを照らし合わせると、まさに書籍で書かれていることをBASE FOODは実践し、顧客エンゲージメントを高める仕組みを作っていることがわかります。
まず、市場をセグメントしてターゲット顧客を定める施策より、BASE FOOD Laboという顧客コミュニティを作ることで顧客の熱量を広げています。また、競合他社と差別化したポジショニングを伝え続けるよりも、「完全栄養食」というキーワードでブランド自身の個性や規範を明確にし、魅力的なブランドを構築しています。そして、BASE FOOD Laboでユーザー同士が情報交換を行えるようにすることにより、自社だけでなく、コミュニティ内の協働による顧客ケアを行っています。
終わりに
BASE FOODの歩みとそのマーケティングについて、自分でも思い入れのある『リーン・スタートアップ』と『コトラーのマーケティング4.0』を用いて考察してみました。
橋本氏のインタビューを読むと、『コトラーのマーケティング4.0』にも書かれている、従来のセグメント/ターゲットではなく、自身が感じている課題を解決するプロダクトを開発したところからBASE FOODは始まっています。SNSやセミナーなどで目にするマーケティングに関する話は、「プロダクトがどう生まれたか?そしてどう改善してきたか?」に焦点を当てるより、「どのように買ってもらうか?」という仕組みの話に着眼しているケースが多いように感じています。しかし、今回の記事を執筆していて改めて痛感したのは、良いコンセプトの商品があってこその仕組みづくりだということです。競合と微差の商品をBASE FOODが実施しているマーケティングで売ろうと思っても、同じような成長はおそらく成し遂げられないでしょう。秀逸なコンセプトの商品とそれを持続的に広げていくマーケティングの両輪があってこそ、指数的な成長が成し遂げられるのだと思います。
最後に、筆者自身の食習慣がBASE FOODによって変わったことも報告しておきます。過去を振り返ると、平日の朝食はほぼ固定されたレパートリーになっており、ブロック系とゼリー系の栄養食品を食べていました。僕にとって朝食は、足りない栄養を摂取するためのルーティンでした。しかし、この記事を書くためにBASE FOODを調べ、橋本氏のインタビュー記事を読み、何度もブランドサイトに訪問するうちに「BASE FOODのユーザー像って、僕がドンピシャなのではないか?」と感じ、定期購入に申し込んでしまいました。
今では毎朝、BASE BREADを食べ、15時にBASE Cookiesを食べる生活が続いています。食生活の習慣を変えたことで、「栄養素を流し込んで補給している」のではなく「充実した朝食を食べている」気持ちになり、快適なライフスタイルを送っています。ちなみに、僕の推しBASE FOODは「シナモン味のBASE BREAD」です。
良い機会なので、僕もいちユーザーとしてBASE FOODの「リーン・スタートアップ」思考な製品開発に生きるようなフィードバックをします。BASE FOODはBtoBとしてオフィスでの常設プランなども展開しています。そこで、次なるチャネルとして、オフィス街で乳製品を売り歩いている、あのブランドのチャネル開拓を検討いただきたいです。マーケティングで変化を起こすうえで、チャネル戦略のインパクトは大きいと思います。もしオフィスに来てくれる乳製品レディさんがBASE FOODを取り扱ってくれていたら、朝食の栄養バランスに悩んでいる日本中のビジネスパーソンたちが救われるのではないでしょうか。ぜひ、「主食をイノベーションし、健康をあたりまえに」を今後もかなえてほしいです。