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2021.07.15

【松本健太郎の書評連載・第6回】マーケターが鍛えるべきは論理的思考+「アート思考」と気づいた『東京藝大美術学部 究極の思考』

しばしば見聞きする「アート思考」という言葉。抽象的で捉えにくく、今ひとつ腑に落ちないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。JX通信社マーケティングマネージャー・松本健太郎さんの書評連載第6回は、『東京藝大美術学部 究極の思考』を基にアート思考を考えます。

論理的思考だけでは成長のレベルも想定内。そこにアート思考が加わらないと非連続なイノベーションが起きにくいと言われたら、その重要性とともに「どうすればアート思考を鍛えられるのか」と興味が湧いてくるかもしれません。松本さんの解説をお読みください。

目次

★今月の一冊
『東京藝大美術学部 究極の思考』
著:増村 岳史

この本を選んだ理由

私が『人は悪魔に熱狂する』を執筆した際、もっとも痛感したのは「人は見たいものしか見ない」ということです。偏見、先入観、思い込み、思考や判断の偏り、こうしたバイアスが無数に観測されていて、事実を”ありのまま”に見ることは難しいのだと思い知りました。

何度も見ているのに、その光景を思い出してくださいと言われても、多くの人はありのままを表現できないのです。いかに”見る”のが難しいか思い知らされます。

例えば、人気アイドルグループ「Snow Man」は何人組でしょうか? 大阪・道頓堀のグリコサイン(6代目)は、左右どちらの足があがっているでしょうか? また、手はグーでしょうか、パーでしょうか? 菅首相は、髪を右から左に流しているでしょうか、左から右に流しているでしょうか?

正解は「Snow Man」は9人組で、左足があがっていて、手はパーで、菅首相は髪を左から右に流しています。さて、全問正解した人は何人ぐらいいるでしょうか。ぜひ、SNSで正誤についてコメントいただければ幸いです。

「Snow Man」やグリコサインや菅首相を1度も見たことが無いなら仕方がありません。しかしシルエットや姿形は思い浮かぶのに、細部が思い出せなかったなら、それは記憶力の問題というより観察力の欠如だと言えるでしょう。興味が無いほど、情報の粒度は荒くなり、適当に受け流しているのです。

私が思うに、優れたマーケターは優れた観察力を持っています。どうにかして盗めないものかと考えているのですが、なかなか上手くいきません。直接本人に聞くケースもありますが、なるほどと頷くような言語化された場面に出会った機会も少ないです。

最近、初等中等教育にScience(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、Mathematics(数学)、 さらにArts(リベラル・アーツ)を織り交ぜた「STEAM教育」の推進が検討されているようです。具体的には、論理的思考力に加えて観察力、思考力、表現力を意味する芸術的思考力を組み合わせた学びが取り組まれるようです。羨ましいと思いますし、また学び直したいものです。

ちなみに、最近は「思考法としての芸術」も注目を集めるようになっています。今回紹介する『東京藝大美術学部 究極の思考』も、そうした文脈で手に取った1冊です。

著者によると、2004年に文筆家のダニエル・ピンクがハーバード・ビジネス・レビューで「複雑化した現代社会において、アートの力を身に付けることは、経営学を学ぶことに匹敵する」と評したことから、アート(芸術)が注目され始めたようです。日本においては、そのキッカケとなったのは『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』でしょうか。

そこで今回は、芸術的観点の思考とは何か、それがマーケティングにどのような影響を与えるかについて考えます。

自己表現と再現模倣、すなわち個性と観察こそが表現

本書では、芸術的観点の思考の一例として、東京藝大美術学部の入試問題が掲載されています。その”ぶっ飛びぶり”に私自身も思わず笑ってしまうほどです。

例えば、2021年度絵画科油画専攻の入試問題を見てみましょう。コチラ(※1)です。太宰治『人間失格』の一部シーンを抜粋し「自身で解釈しそれを描く」という問題です。出題意図として「文章をどのように解釈し、それをどのような表現に置き換えられるか」「昨今の美術は作品の美しさや技法だけではなく、独自の哲学と表現が求められている」「風景の具体的な描写というより、『自分と世界との関係』や『人間が生きること』に関して考え、自身がどのように真摯に取り組んだかを見る」と解説されています。思わず、うーんと唸っちゃいます。

他にも、2020年度絵画科日本画専攻の入試問題を見てみましょう。コチラ(※2)です。2匹のハツカネズミを、実際のテーブル上にいるよう想定し描く(事前に6枚のハツカネズミの写真を配布している)という問題です。出題意図として「二次元の写真のネズミを三次元的に表すことにより、空間認識と想像性を見る」と解説されています。こちらも、なるほどと唸りました。

※1
https://admissions.geidai.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2021/06/33e63437d1e1dae1550620c753d18d87-2.pdf
※2
https://admissions.geidai.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/df3243ef78f797297622c55c190aab4f.pdf

要は、絵が上手いか下手かではなく、どう描くかを問うている問題なのです。世界をどのように解釈し、理解し、どのように表現するかが問われているとも言えます。

皆さんも1度やってみて欲しいのですが、手元に紙とペンがあるなら、スマートフォンを見ずにスマートフォンを描いてみて下さい。描くこと自体は簡単なのですが、その絵を実物と比べてみたときに、いかに情報を削ぎ落として「スマートフォンっぽい何か」を描いたかが分かります。誰もがスマートフォンだと分かる絵を描くのはとても難しいし、実態として3次元のスマートフォンを2次元の紙に落とし込むのもとても難しい。

ちなみに、絵が上手い人は「ものの見方シフト」があると本書では述べられています。以下、引用します。

このシフトとは、自分の主観や感情を一切排除して、カメラのレンズのように、目の前にある事実だけを切り取るようにして観ることができるようになることだそうです。一切ノイズのないインプットができるようになるとも話していました。

そして、レヴィ=ストロース『悲しき熱帯Ⅰ』から「理解するということは、実在の一つの形を別の一つの形に還元することだ」という一文を引用して、以下のように続きます。

仕上がりが同じ絵であっても、「紙の上に対象を写したのか、それとも紙の上に作っていったのか」によって大きな違いがある。つまり、絵を描く技術よりも、絵を描くときのアプローチ(考え方)のほうが重要だと感じたのです。結論として、「どのような考え方を持って描くか」が重要であることを軸に、読書の合間に絵を描くことにしました。

ジミー大西さんの特異な抽象画はかなり有名ですが、それを見たダウンタウンの松本人志さんが「ジミーちゃんには我々がこんな風に見えてるんだ」と評した一言は、言い得て妙です。見え方や思考が、絵に現れるのです。実在の一つの形を別の一つの形に還元する際、ジミー大西さんにしかない何かがあるとも言えます。

つまり、非言語的な感覚を、二次元なり三次元なりに落とし込み表現することを芸術と言うのかもしれません。一方で、非言語的な感覚を言語で表現しなければならないもどかしさはあるのかな、と思います。

観察力とは何か?

少し話は逸れますが、私自身、副業で文筆業を行っています。読み易い、面白いとそれなりに評価を頂けていると自負しています。

読み易い理由は、文章を書く技術が上手いのではなく、書くためのアプローチや下準備に時間を割いているからです。全体の構成として、読み易いように書いている、が正解です。

面白い理由は、面白いと感じて貰えるような言葉を探しているからです。他人様の言葉であっても、自分なりに解釈して臆面もなく同じように発言できるからでしょう。インスパイアを受けているとも言えますし、いろんな大御所のマーケターの発言を吸収しているとも言えます。

私が目標とするところは、勝海舟、横井小楠、由利公正、武市瑞山らの影響を受けて坂本龍馬が書いた船中八策(実際にはフィクションという説が濃厚)です。いろんな意見を理解し、書き写し、とはいえ1つの思考にまとめ上げた凄さを感じます。これも1つの表現です。

本文に登場する佐藤一郎東京藝術大学名誉教授は、表現を次のように言います。以下、引用します。

表現とは「エクスプレッション」と「リプレゼンテーション」の2つで構成されています。
「エクスプレッション(expression)」とは、自分自身を圧縮して「ex(外へ)」「pression(絞り出す)」ような行為。つまり自己表現です。
では「リプレゼンテーション」とは何でしょう。この言葉を分解すると、「re(再び)」と「presentation(プレゼンテーション、提示)」に分かれます。自分の目を通して3次元の世界を2次元に置き換えて、再び提示する(再現模倣する)こと。

自己表現と再現模倣、すなわち個性と観察こそが表現なのです。

その意味において、私はマーケティングネイティブがもっともっとマーケターに対して取材を行なって頂きたいと思うのです。その数だけ観察対象が増え、自分の目を通して置き換わる再現模倣の数が増えるからです。

ちなみに、勝手なルールかもしれませんが「すごいマーケターは観察力が凄い」と私は思います。消費者に対する洞察力、デプスインタビューで見せる推理力は、観察力の賜物です。

ここ数年、観察力とは何かをずっと考えているのですが、冒頭で述べたように事実を”ありのまま”に見る技術ではないかと考えるようになりました。本書から特徴的な一文を引用します。

たとえば、灰皿を描かせると、皆さんは「言語野」、つまり脳の言語を司る部分ばかりを働かせるので、想像上の灰皿を描いてしまいます。具体的には灰皿はタバコの灰を受けるもの、タバコの熱に耐えうるもの、タバコの太さを受けるくぼみがついているもの、等々です。そして、数分で飽きてしまい、目の前の灰皿とは似ても似つかないモノが描き上がるわけです。

そのまま観る、というのは実は難しいと思うのです。勝手な思い込みで目を曇らせ、無いものをあると言い、あるものを無いと言うのが人間です。ガリレオ・ガリレイは「見えないと始まらない。見ようとしないと始まらない」と言ったそうですが、まさに「目の前にあるのに、気付かない限りは見えない」ものばかりです。例えば、高齢者特有の匂いは「加齢臭」と名前が付いてようやく「あるもの」とされました。

時に言葉は思考をしばります。言葉に無いからといって、実態も無いとは限りません。

思考を飛ばす

「マーケティングの勉強をしたいのですが、何をすれば良いですか?」と聞かれると、決まって「将棋のルールを覚えたから、藤井聡太さんに勝てるとは限らない。けど、ルールを覚えないと戦うことすらできない」と答えるようにしています。

ルールが重要だと言っているのではなく、勉強をしたところで勝負事においてはマイナスがゼロになるに過ぎないと言いたいのです。

じゃあ、何を学べばいいのか、実践に立てば良いのか、長年のキャリアが重要なのか、これといった決まった答えがあるように思えないのですが、真に理解すべき学問の1つは「アート思考」かもしれない、と本書を読み終えて感じています。本書に以下のような一文がありました。

ロジックの積み上げも大切ですが、それだけだと過去の延長線になるだけです。アートの発想の良いところは「思考を飛ばす」ことにあります。始まりは個々の直感ですが、ベースはさまざまな経験や思考に基づいていますので、ロジカルにバックキャスト(逆算)できるんです。

藤井聡太さんがすごいのは、思考の飛び具合ではないでしょうか。演繹法、帰納法とも違うアブダクションに近い発想だと思うのですが、ほぼ直感に近い「ひらめき」があって、そこから実現に向けた手法を考えておられるのではないかと考えます。

ただし、昨今の職場は「直感」や「感覚」を許すでしょうか? もちろん、オピニオンよりファクトが重要ですし、ファクトに基づいて決めるのにオピニオンを語られても困るのですが、自分はどう思うのかを語るのに「直感」や「感覚」なくしては広がりに欠けると思うのです。

宣伝になってしまうので詳細は語れませんが、毎月やっているウェビナーでは登壇者の方に「思うがまま語って下さい」「理路整然で無くていい」と案内しています。「100%理解されるようなウェビナーなら不要」だと思うからです。どう受け止めるかは相手次第、かつ理解できないのであれば調べてもらう、そうした「直感や感覚の会話」があっても良いように感じています。

直感や感覚を鍛えた先に、思考をより飛ばせるようになり、仕事に活かせるだけでなく、人生を楽しめるようになる、そういう世界が待っていると私は考えます。

松本健太郎

記事執筆者

松本健太郎

株式会社JX通信社マーケティングマネージャー。
多摩大学大学院経営情報学研究科修了。株式会社ロックオン(現イルグルム)、株式会社デコムを経て、2020年JX通信社入社。最新刊『データから真実を読み解くスキル』(日経BP)が発売中。
著書はほかに『人は悪魔に熱狂する』『データサイエンス「超」入門』(以上、毎日新聞出版)、『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)、『なぜ「つい買ってしまう」のか?』(光文社新書)、『アイデア量産の思考法』(大和書房)など。
Twitter:@matsuken0716
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