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2021.06.17

【松本健太郎の書評連載・第5回】習慣を生み出す「欲求」の力の重要性を再認識した『習慣の力』

JX通信社マーケティングマネージャー・松本健太郎さんの書評連載第5回は、『習慣の力』を取り上げます。

消費者が何度も繰り返し買いたくなるような「習慣」の定着や促進は、マーケティングにとって重要な視点の1つです。しかし、消費者がハマる仕掛けづくりは容易ではなく、日々知恵を絞っているマーケターの方々も多いことでしょう。

習慣化を促すにはどうすれば良いのか。この本が1つのヒントになるかもしれません。松本さんの解説をぜひお読みください。

目次

★今月の一冊
『習慣の力』
著:チャールズ デュヒッグ 翻訳:渡会 圭子

この本を選んだ理由

人間は思っている以上に何も考えていないし、思っている通りに行動すらしていない。

そのように筆者が考えるのは、行動経済学を学んだから…ではなく、私のワイフに説教されたからです。トイレのドアがちょっとだけ開いている。コーヒーが少しだけ残っているコップが置きっぱなし。テレビのリモコンを定位置に置かない。「これぐらいやってよ!」と叱られます。

「いやいや、やってますよ」と口答えでもしようものなら、ドアが閉まっていないトイレ、少しだけコーヒーの残ったコップ、リビングのソファに転がるリモコンを一緒に見る儀式が始まります。「あなたは思っている以上に何もできていない」と説教されると、本当にシュン…とします。

なぜ、言われた通りに行動できないのか。意識しているときは「ドアを閉めないと」「飲みきって流し台に持っていかないと」「リモコンを戻さないと」と思っています。でも、全く何も考えずにテレビをつけ、何を飲むか迷うこと無くコーヒーを飲み、急にお腹が痛くなると「トイレに行くか否か」を考えるまでもなくトイレに駆け込む。

そうした一連の無意識の行動で、意識が目覚めることなんて本当にごく稀です。なんて言ったら、また怒られるかもしれません。でも、人は「無意識に行動できる生き物」なのです。

なぜ今日の昼ごはんは𠮷野家なのか、なぜ今日の服はユニクロなのか、厳密に答えられる人はどれくらいいるでしょうか? だいたいのことは一瞬で感覚的に決めています。

なぜリボンで縛られた箱の開け方が分かるのか、なぜお風呂で身体を洗うのはいつも決まって右手からなのか、理由を答えられるでしょうか?ちょっとした難しい操作でも、無意識のうちに手や足が動いているのです。

筆者は、WEB媒体に月4本の連載を持ち、書籍を1冊書き下ろし中です。大変ですねと声をかけて貰うのですが、机の前に座る習慣があるので自然と時間が確保できており、大変と感じたことはありません。一方で、スキンケアは怠りっ放しで、ワイフから「加齢臭の元になる」としょっちゅう怒られています。

なぜ出来るのか?なぜ出来ないのか?それを読み解く鍵が「習慣」であり、今回紹介する『習慣の力』が徹底的に解説しています。

習慣が生まれるきっかけ

なぜ習慣は生まれるのか。その理由を、本書では以下のように解説します。

第1段階は「きっかけ」で、これは脳に無意識で行うモードに切り替え、どの習慣を使うかを伝える「引き金」である。次が「ルーチン」(きっかけに反応して起こる慣例的な行動や思考)で、これは身体的なものだったり、脳や感情に関わるものだったりする。そして最後が「報酬」で、これはある具体的なループを、将来のために記憶に残すかどうか、脳が判断する役に立つ。

きっかけ→ルーチン→報酬という一連のループは、時間が経過すると共にどんどん無意識的に行われるようになると著者は主張します。すなわち、きっかけさえあれば、無意識のうちに報酬を求めて行動してしまうのです。それを習慣と言うのです。

リボンで縛られた箱の開け方が分かるのは、箱を開けて良い経験があったから、開けるルーチンを記憶しているからですし、お風呂で身体を洗うのはいつも決まって右手からなのも、身体が綺麗に洗えてサッパリした経験があったから、洗い方を記憶しているからです。

その他にも、ダイエット。正のループが回っているとき、ジムに行ったり、ジョギングしたり、タンパク質メインの食事制限をしたり、そういう「苦行」をルーチンに取り組めるのは、1日の最後に体重計に乗って「痩せた」と実感できて、明日からも頑張ろうと思うからです。成功するダイエットは、身体を動かそうと意識するのではなく、無意識のうちに行動してこそでしょう。

しかし、こうした習慣はちょっとしたことで壊れてしまう、と著者は主張します。つまり、習慣は変化の無い日常にあってこそ、なのでしょう。

ちなみに、私は短期間で芸能人がどんどん痩せてCMで効果を発表するアレに参加して最高20kg痩せましたが、時間をかけて25kg太りました。よくよく考えると、きっかけが「寄り添ってくれるトレーナーの存在」だったからだと気付きます。退会するときっかけを失い、今まで無意識に実践できた苦行が、意識的に行わなければならない苦行に変わったのです。

習慣を生み出す力

『広告でいちばん大切なこと』で知られるクロード・ホプキンスは、消費者に新しい習慣を生み出す方法を考案したとして知られています。『習慣の力』ではホプキンスが練り歯磨き「ペプソデント」の宣伝を通じて、世界中に歯磨きという生活習慣を根付かせた事例が紹介されます。

ホプキンスは「歯を舌で触ってみてください。膜を感じるでしょう。あなたの歯を”曇らせ”、弱らせているのは、その膜なのです。今では数百万もの人が歯の新しい洗浄法を始めています。女性が歯にくすんだ膜を張りつけていていいはずがありません。ペプソデントがその膜をはがします!」と書いたポスターを街じゅうに貼ったそうです。

このコピーには、ホプキンスが”人間の心”を理解して行動したくなる基本原則の習慣が折り込まれています。著者は以下の2つだと説明します。

1)シンプルでわかりやすいきっかけを見つけること
2)具体的な報酬を設定すること

すなわち、きっかけは「歯の膜」であり、報酬は「綺麗な歯」です。実際には歯の膜を洗うには歯磨きで良く、練り歯磨きは何の役にも立たないという研究者の言葉が文中に紹介されていますが、ともかくとして膜を洗ったつもりになれる習慣を作ったホプキンスは偉大です。

ただし、著者は「ホプキンスですら気付いていなかった第3の力がある」と主張します。それは「欲求」です。

例えば、𠮷野家のロゴを見るだけで牛丼が欲しくなるように私の脳味噌が改造されたわけでは無いのですが、汁だくで肉肉しい牛丼を食べた記憶が刷り込まれると、脳がそれを期待し、求め始めてしまうのです。マクドナルドでもスターバックスのロゴでも同様です。求めること(欲求する)が、きっかけ→ルーチン→報酬というループを回すのです。

ペプソデントも(著者曰くまったくの偶然だったようですが)爽やかな味にするためにミント油などの薬品が含まれていて、それが舌や歯肉がひりひりする「刺激」を生みました。1度使った消費者は、練り歯磨きを忘れると「口の中がひんやりしない」と感じるようになりました。すなわち消費者は刺激を期待し、求め始めたのです。

ひりひりしないと、歯がきれいになった気がしないのだ。

著者はこのようにまとめます。つまり、ペプソデントはひりひりするようなひんやりした感覚を味わえたからこそ、結果的に報酬が手に入ったのです。

洗った気にならない、という意味では、シャンプーも同様です。頭皮の細かい汚れを洗うために泡立つ必要があるとは言われていますが、オーガニックシャンプーは泡立たずとも汚れを落としてくれます。「泡立たないと汚れが落ちた気がしない」から泡立つのではないでしょうか。ちなみに我が家にオーガニックシャンプーが届いた際、私は泡立たないのが「なんか違う」と感じてしまったタイプです。

ついついコンビニに行ってしまうのも、リフレッシュしたい、気分を切り替えたいという欲求があり、店舗に行けば美味しいスイーツがあって欲望が叶うからです。本当に無意識に足が自然と向いてしまうのです。

そこで、ドリップコーヒーを会社に持って行き、リフレッシュしたい時にコーヒーを煎れてみることにしました。コーヒーの良い匂いがリフレッシュに最適で、なにより少しずつ湯を注ぐ行為が気分の切り替えに向いています。新たな欲望の習慣を見つけたことでコンビニに行く回数は激減しました。思わず「そういうことか!」と頷きました。

『習慣の力』では、P&Gの「ファブリーズ」がなぜ成功したのか等、マーケティングにも活かせる「習慣に関する事例と知識」が豊富に掲載されています。

行動経済学を通じてスロー思考(何も考えていない脳オフモード)は理解していましたが、それでも無意識・無自覚に行動ができていたのかは腹落ちしていませんでした。本書を通じて、作られた習慣が脳オフモードの主役になると気付けました。それだけでなく「きっかけ→ルーチン→報酬」と、ループさせるに足る欲望さえあれば、習慣は勝手に作られるのです。

マーケティングに活かすには?

Customerに向けて、私たちは物を売っているのでしょうか、それとも習慣が生まれるきっかけとなる欲求を売っているのでしょうか。どちらも正解ではあるのですが、欲求を作るという行為は「本当は不要なのにわざわざ騙している」ような表現を若干感じます。

欲求を作るとは、何かをゼロから生み出すのではなく、潜在的に抱えている欲求を自覚させる行為であると私は考えます。口の中がサッパリした方が良いからペプソデントが受け入れられたし、洗っていることを実感したいから泡立つ。木彫りの像は0から作られるのではなく、すでに木の中で眠っているのです。

冒頭に、私自身がなぜ「机の前に座る」というきっかけを作れているのか、自分に深く問いかけてみました。鹿毛康司さんの言葉を借りれば心のパンツを脱いで考えてみると、自分の知らなかったことを知れる知識欲が満たされるだけでなく、それを発表することで「すごい」「面白い」とチヤホヤされ、あげくテレビにも出られるようになるという注目されたい欲が満たされると気付きました。

「なるほど、だから煮込みすぎた白菜のようにクタクタでも、原稿書くんだな」と実感し、欲求が作る習慣に改めて驚きを感じる次第です。なので今回の連載は皆さんSNS上で存分に褒めていただければ幸いです。

松本健太郎

記事執筆者

松本健太郎

株式会社JX通信社マーケティングマネージャー。
多摩大学大学院経営情報学研究科修了。株式会社ロックオン(現イルグルム)、株式会社デコムを経て、2020年JX通信社入社。最新刊『データから真実を読み解くスキル』(日経BP)が発売中。
著書はほかに『人は悪魔に熱狂する』『データサイエンス「超」入門』(以上、毎日新聞出版)、『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)、『なぜ「つい買ってしまう」のか?』(光文社新書)、『アイデア量産の思考法』(大和書房)など。
Twitter:@matsuken0716
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