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【松本健太郎の書評連載・第2回】「Why?」「Really?」と深掘りする仮説検証思考の重要性を学んだ『鈴木敏文の統計心理学』

最終更新日:2021.12.21

おかげさまで多くの方にご愛読いただいておりますJX通信社マーケティングマネージャー・松本健太郎さんの書評連載。第2回は「小売の神様」と呼ばれた元セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO鈴木敏文さんの発言録をジャーナリストの勝見明さんがまとめた『鈴木敏文の統計心理学』です。

松本さんは、本のサブタイトルにある鈴木さんの「データサイエンティストを超える仕事術」をどうすれば身に付けられるかを考え、「Why?」「Really?」と遡り、疑う思考法に気付いたとしています。

今回も学び多き内容です。ぜひご一読ください。

目次

    ★今月の一冊
    『鈴木敏文の統計心理学 データサイエンティストを超える仕事術』
    著:勝見 明

    この本を選んだ理由

    世の中を変えるイノベーションを起こし功成り名遂げた人物から、マーケティング観点で学ぶことは多いです。ドラッカーは『イノベーションと企業家精神』で「イノベーションはマーケティングの初歩のことである」と表現しましたが、まさにイノベーション事例は私たちマーケターにとって学びの宝庫なのです。

    そこで今回紹介する書籍は、コンビニエンスストアというイノベーションを起こした鈴木敏文さんの取材録をまとめ、分かりやすく解説した『鈴木敏文の統計心理学』を選びました。ちなみに統計心理学という学問は無く、著者の勝見さんの造語だと認識しています。

    多くの方がご存知だと思いますので詳細な説明は避けますが、セブン-イレブンという日本国内最大級の小売を通じて、消費者と向き合った鈴木さんの経験は本当に学びの宝庫です。鈴木さんは2016年に引退されましたが、書籍に取り上げられる言葉の数々は決して古く感じません。本質は不変と言いますから、何年前かどうかなんて関係無いのでしょう。

    「だったら鈴木さん自身が書かれた書籍を選ぶべきでは?」という真っ当な指摘が聞こえます。この本は副題に「データサイエンティストを超える仕事術」「9兆円企業セブン&アイHLDGS.を作った仮説・検証力を公開」とあるように、テーマとして「データと仮説・検証力」を掲げ、それに紐付く鈴木さんの発言録がまとまっています。

    第1回でも触れたように、データ無くしてデータ分析ができず、データ分析無くして戦略も戦術も作戦も立案できません。本書のテーマは、私自身がマーケターとして成長するために欠けている「分析力」を伸ばす上でうってつけなのです。

    それでは、書籍を通じて鈴木さんの頭の中を覗いてみましょう。

    人間の本質は矛盾である

    お客様とはわがままな存在である。

    人間の欲望は無限です。人より新しくてよいものを求める自己差別化心理や、人が持っている新しくてよいものを自分も持とうとする同調心理は常にあります。

    欲望の無い人なんていません。解脱した僧ぐらいではないでしょうか。人は欲望から離れられず、むしろ欲望と向き合わなければ、足をすくわれて溺れるだけです。

    安い商品を求めるけど服が誰かと被るのは嫌だったり、新鮮な採れたて野菜が好きだけど既に切れたパック野菜も便利。相反する矛盾を抱えながらも、どちらも満たしたいのが人間(お客様)です。だから、鈴木さんの言うように「わがまま」なのです。

    すなわち、顧客にとっての真実は1つとは限りません。自分にとって都合の良い主観的な真実は、お客様の数だけ存在します。こんなこと名探偵コナンに言ったら叱られますね。

    一方で、ついつい客観的な真実に目を向け、たった1つの真実を求めようと論理的思考力を磨き上げるのが長らく続いたトレンドです。その結果、誰もが同じようなことを考え、似たような結論にたどり着くことになりました。「似た駅前」「郊外の店舗の面構えが同じ」なのは、優秀さの帰結です。

    山口周さん著『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』では、そうした現状を「論理的・理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつある」と表現されました。いわゆる「正解のコモディティ化」です。

    鈴木さんの指摘するように、お客様がわがままで欲望が無限ならば「A = B」であり、同時に必ず「A not B」なのです。陰と陽、そのバランス感覚こそマーケターには欠かせないと思っていて、正解は同時に不正解という状態に不安を抱き「早く正解に絞り込まないと」と考えてしまう人はマーケティングに向いていないのではないかと最近は考えます。

    人間の本質は矛盾である、と感じたのは『人は悪魔に熱狂する』を上梓してからです。立川談志師匠は「業の肯定」と表現されましたが、分かっちゃいるけどやめられない人間の強さと弱さを理解できないといけません。じゃないと永遠に「正解」を求めて彷徨うことになります。

    矛盾を受け入れ、売上に変える方法

    もちろん、人間の矛盾を受け入れるだけでイノベーションは起きません。鈴木さんが凄いのは、売上を伸ばすためのデータを読む力にそれを落とし込んだ点にあります。鈴木さん本人に確認しなければ分かりませんが、矛盾した人間の行動ログとしてPOSデータがあるなら、その全てを信用できないと思われたのではないでしょうか。

    鈴木さんの思考は一貫していて、データは「あくまでも仮説を検証するために使う」と言い切っています。データは答えでは無いのです。

    売り上げの数字は、事前に仮説を立てることによって、初めて意味を持つのです。(略)
    アルバイトやパートのスタッフに至るまで、仮説・検証を徹底させ、一人ひとりがデータを読む力を持っていることが、大きな原動力になっているのです。
    同じ「水温四度」というデータでも、夏と冬では、意味が違うように、数字は見方次第でいくつにも読み方ができます。このとき、仮説を立てておくと、数値データの意味が明確になり、次の仕事につながる。

    こうした分析スタイルを、私は「仮説検証型」と呼んでいます。様々なデータをつなぎ合わせて仮説の真偽を検証するスタイルです。

    鈴木さんの「仮説検証型」の最大の強みは、原因と結果の因果関係において無数にある原因=仮説を考えられること、そして結果を(お客様の行動なら)100%正しいと振り切っている点です。

    例えば、新入学用のランドセルや机が以前は3月ぐらいに売れていたのに、最近は前年に売れます。理由は購入主が親から祖父母に変わったからです(したがって購入時期は実家に帰省するお盆か年末年始となる)。鈴木さんは、こうした結果を前に「なぜなのか。今の消費者は何を求め、マーケットはどう動いているのかを考えるべき」と説きます。私のような凡人なら「今まで3月だったのに、なんでだろうね。ゴミデータ?」と結果を疑うでしょう。

    今までに無い新たな結果が生まれたら、間違いなく新たな原因が生まれているはず。その理由として「仮説」を考え、データで裏付けをする。簡単に聞こえますが「コロンブスの卵」で、なかなかできない。なぜなら、私たちは経験で考えるからです。特に成功体験を持つ人は、過去の経験と照らしがちです。

    成功した結果は、必ず様々な施策(原因)と共に「成功体験」として記憶されます。再び成功を目指す場合、因果関係を逆にして前回と同じような様々な施策が実施されます。ただし、今までに無い新たな結果が出てくると、成功と原因が紐付いているので「何か違う特殊要因があったはず」と考えてしまうのです。施策を信じて疑わないから、新たな原因を見逃してしまうのです。

    どうすれば鈴木さんのように100%原因に目を向けられるのか。私は「Why?」「Really?」の法則に気付きました。つまり、結果に対して「なぜ?」「どうして?」と遡って考える癖、提示された原因に対して「本当に?」と疑ってかかる癖です。特に都合の良いストーリーを作りがちな脳に対して「Really?」は有効です。だからこそ裏付けとしてデータが使われるのです。

    ちなみに、著者の勝見さんは鈴木さんの「仮設検証型」スタイルを貫くにあたっての視点や思考法を、以下5つでまとめておられます。

    ① 時間軸で変化の流れを大きく捉える視点
    ② 時間軸を輪切りにし断面を見る視点
    ③ 時間軸で未来から見て今を位置付ける視点
    ④ 脱経験的思考
    ⑤ 陰陽両面的思考

    ①②③はスタイルに時間軸を取り入れて、世間一般的な見方に左右されず、現在を見据えようとする視点。④は過去の経験から考えず、①〜③に基づいて考える方法。⑤は表層ではなく裏面を読み本質を見極める方法です。

    脱経験の難しさ

    仮説を立てる際に、何よりも必要なのが情報です。情報には”経験情報”と”先行情報”の二種類があって、先行情報とは、これから先のお客様、つまり、”明日の顧客”の心理やニーズを察知するための情報です。コンビニの場合、明日の天気予報、曜日、地域の行事や催事、年中行事、食べ物の季節変化…などが先行情報になります。(略)
    この先行情報をもとに顧客の心理やニーズを察知し、売れ筋の仮説を立て、結果をPOSで検証する。この仮説・検証を繰り返す中で得られるのが経験情報です。

    鈴木さんの実体験としての経験を忌み嫌う姿勢は一貫していて、競合店の視察すら無駄なのだそうです。

    「仮説・検証の繰り返し」こそが経験なのであれば、もはや実体験をメタ的に認知するメタ体験こそが正しいとなるので、そこまで振り切ってしまうと部下の人たちは大変だろうなぁ、と思うのです。なぜなら、成功に酔えないから。俺って凄いと自惚れられないから。どうやって自尊心を満たせるかが少しばかり不安になります。

    一方、成功に縛られてしまうと「経験的に見て難しいのでは」「概念的におかしいのでは」と考えてしまいがちなので、アンラーニングとリカレント(学び直し)が欠かせないのは間違いありません。不易流行、変わり続け適応することこそ生き永らえる最大の条件です。

    2000年代半ば、コンビニ業界で既存店売上高が低迷し、市場飽和が叫ばれた時、鈴木さんは一貫して「市場の変化に対応していけば飽和はあり得ない」「逆でコンビニこそこれからの時代に求められるようになる」と持論を説き続けたそうです。

    なるほど、確かに「人口減少」「少子化高齢化」で主要客層だった若い年齢層は見込めません。しかし鈴木さんは「高齢夫婦二人暮らし」「単身世帯」「共働き世帯」は逆に増えると考えて、2009年には「今の時代に求められる『近くて便利』」という新しいコンセプトを掲げ、品揃えの大幅な見直しに着手。惣菜類の販売見直しに注力して復活を遂げます。「仮説・検証の繰り返し」という経験主義と、「今までこうだった」が無い脱経験主義が織りなす技だとも言えます。

    経験主義から抜け出すのは難しいですが、せめて過去の経験と現在の向き合っている課題が必ずしも一致するとは限らないと考えるべきでしょう。

    まとめ

    洞察力やひらめきの重要性を理解してもらうために「将棋のルールを覚えても藤井聡太さんに勝てない」と表現するのですが、同じように「思考法が分かっても鈴木敏文さんに勝てない」かもしれません。(何をもって勝ち負けとするかは脇に置きます)

    ただ、鈴木敏文さんという巨人の肩に乗って、彼が見た世界を擬似体験することはできるはずです。今回も多くの学びを得ることができました。ご馳走様でした。

    最後に、本書を読んでもっとも気に入った一文を掲載します。

    POSシステムは基本的に、仮説が正しかったかどうかを検証するためのものであって、POSが出した売り上げランキングのデータをもとに発注するのではないのです。

     

    松本健太郎

    記事執筆者

    松本健太郎

    株式会社JX通信社マーケティングマネージャー。
    多摩大学大学院経営情報学研究科修了。株式会社ロックオン(現イルグルム)、株式会社デコムを経て、2020年JX通信社入社。最新刊『データから真実を読み解くスキル』(日経BP)が発売中。
    著書はほかに『人は悪魔に熱狂する』『データサイエンス「超」入門』(以上、毎日新聞出版)、『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)、『なぜ「つい買ってしまう」のか?』(光文社新書)、『アイデア量産の思考法』(大和書房)など。
    Twitter:@matsuken0716
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