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2021.04.13

【松本健太郎の書評連載・第3回】「生産性」を追求する真の意味に気づかせてくれる『ザ・ゴール コミック版』

JX通信社マーケティングマネージャー・松本健太郎さんの書評連載第3回は『ザ・ゴール コミック版』です。

「生産性向上」を会社から求められ、自身も日々意識して働くマーケターの中には、「自分の部署の工数が先月より〇%削減された」「タスク処理のスピードが〇%上がった」という点をもって、生産性が上がっていると考える人もいるでしょう。

そうした人は、松本さんがこの書評を通して投げかける「生産性とは何か」「生産性を上げる目的とは何か」の問いが、ある種、盲点になっている可能性があります。これからの働き方、考え方が変わるきっかけになるかもしれません。ぜひご一読ください。

目次

★今月の一冊
『ザ・ゴール コミック版』
原作:エリヤフ・ゴールドラット/ジェフ・コックス 監修:岸良裕司 漫画:蒼田 山

この本を選んだ理由

「日本で翻訳出版されると、貿易の不均衡がますます加速し、世界経済が破滅する」というエリヤフ・ゴールドラット博士の意向により、2001年まで翻訳出版が禁じられていた、いわくつきの一冊『THE GOAL』。本書は邦訳版『ザ・ゴール』の舞台設定を架空の日本企業に置き換え、TOC(制約理論)のエッセンスをコンパクトにマンガ化した1冊です。

『ザ・ゴール』は知る人ぞ知る名著である一方、サプライチェーンの話であり製造業の話でもあるため、マーケティング専門媒体に不向きではないか、と思われる方もおられるでしょう。しかし実際には、複数の部署が入り混じり、何か1つのものを作る企業全般に適用可能だと考えています。それこそ、THE MODEL的なB2Bビジネスにも当てはまります。

漫画版の物語は、長引く採算悪化を理由に3ヶ月で工場を立て直さなければ閉鎖すると告げられた主人公が、学生時代の恩師であるジョナと再会したシーンから動き始めます。

主人公が「最新のロボットを導入して、ある部署では36%も生産性がアップした」と報告すると、ジョナは「ロボットを導入しただけで工場からの収益が36%も上がったのか」と問います。慌てて否定する主人公に対して、ジョナは「在庫はかなり増えて、全てが遅れている」「君の工場の危機」と”見てもいない”のに事実を指摘する−。こんな始まりなのです。

非常に耳の痛い話ではないでしょうか。マーケティングの専門媒体で「CVが数十倍になった」「CVRが数ポイントも改善した」といった話は聞きますが、「売上が数十倍になった」という話は殆ど聞きません。ジョナの指摘通りのように思えます。

ジョナは問います。「では生産性とはいったい何なのかね」。連載第3回は、この問いについて考えたいと思います。

統計的変動と依存的事象

ビジネスの現場における不変の法則は「常に変化し続けていること」です。トレンドの変化、消費者の趣味・嗜好の変化だけではありません。ちょっとした気まぐれと偶然でCVが発生したりしなかったり、インサイドセールスの電話が相手に繋がったり繋がらなかったりします。需要予測をすれども、完全に正確な数字を弾き出すのは難しいと言えます。ただし半月程度の期間で平均値を求めると「こんなもんかな」という数値になります。

一方で、インサイドセールス部門の稼働は、前工程のマーケティング部門の獲得したホットリードに依存します。フィールドセールス部門の稼働は、インサイドセールス部門が獲得したアポ件数に依存します。多くのホワイトカラーも工場の生産現場のように、前後の工程に縛られており生産量の制約を受けるのです。

本書では、前者を「統計的変動」、後者を「依存的事象」と名付け、この2つの組み合わせでは「生産能力は市場の需要に100%合わない」と説明します。その具体例として、ボーイスカウトのハイキングが紹介されます。

「追い抜けない」というルールの下で、細い一本道を隊員が直列で歩きます。仮に全体の速度を平均時速3kmで歩くと決めても、ぬかるみを避けたり急な斜面をゆっくり登ったりすれば速度は落ちますし、下り坂や平坦で歩きやすい道であれば速度は上がります。ましてや個人差がありますから、全員が平均時速3kmで歩けるとは限りません。結果的に、列は少しずつ長くなり、一定を超えると誰かが努力して速度を上げて追いつかなければなりません。

加えて、全体のスピードを決めているのは先頭を歩く人ですが、2番目や3番目が靴紐を結ぶために立ち止まると後ろに並ぶ人たちは歩みを止め、列全体の速度が落ちます。つまり、先頭以外は自分の前を歩く人のスピードに「依存」しているわけです。平均時速3.5kmで歩ける人であっても、前に平均時速2.5kmで歩く人がいたら、その人を追い抜けないのです。

そうすると、各個人がどれだけ努力しようと、全員がゴールできるかどうかは「列で一番遅い人」が決めることになります。列を歩く人たちはチェーン(鎖)で繋がっていると想定すればイメージが湧きやすいかもしれません。

すなわち「平均時速3kmだから12kmの行程を4時間かけて進む」のは数学の世界だけで、現実的には絶対に間に合わないのです。「生産能力は市場の需要に100%合わない」というのは、12kmの工程を4時間以内に歩かないといけないから平均時速3kmで歩こうと言ってもダメだ…と諭していると言ってもいいでしょう。

ボトルネックを探そう

ジョナは説きます。「生産工程の中で一人の従業員が作るものがなくて何もしていないで立っていた。これは会社にとっていいことか、悪いことか」と。これまでの流れでお分かりいただけたかと思いますが、ジョナの言葉を借りれば「従業員が手を休めることなく常に作業している工場は非常に非効率」なのです。 

マーケティング部門が大量にリードを獲得できたとしても、後工程のインサイドセールス部門の処理能力が低ければさばき切れません。一方で、インサイドセールス部門の処理能力をどれほど強化しても、マーケティング部門の供給量以上は処理できないので、余剰となります。

もし、マーケティング部門が手持ち無沙汰で暇だったとしても、「手を動かせ」と説いたところで後工程が詰まっているなら、休んだ方が良い場合だってあるのです。結果的に冷めてしまうホットリードを作るだけなのですから。

ムダを無くそう。個人ならともかく、組織には関係ありません。鎖で繋がった各部署が統計的変動を受ける限り、余分なリソースがあって当然なのです。局所的なムダに目を向けるのでは無く、鎖で繋がった各部署全体を見回してムダを生んでいる(=低い処理能力のあまりに他部署を巻き込んで稼働率を下げている)ボトルネックに目を向ける必要があります。

多くの場合、ムダを無くそうと非ボトルネックがさらに稼働してしまい、結果的にボトルネック前に仕事が滞留してしまうのです。いくら働いても売上が増えないのは、こうした側面があるからでしょう。

これこそが「全体最適」です。最初の入口から最後の出口まで、フローで見ず直ぐに「最適化しましょう」と言う人は虫唾が走るほど嫌いです。加えて言うなら、必要なのは「全体最大化」です。常に気をつけるべきは「もっとも少ない最大出力はどこか?」です。

仮にインサイドセールスの処理能力が20架電/日だとします。展示会に出展して1200リードを獲得しました。半月(10営業日)以内に電話でファーストタッチをしたい場合、社内に3人しかいないなら、約600件のかけ漏れが発生します。

「優先度を付けて重要な企業に架電しよう」と思うでしょうが、仮にファーストタッチ後のアポ設定率が10%、その後の成約率が5%だった場合、3件の受注漏れが発生する可能性があります。3件×LTVで考えれば、多くの企業では数千万のロスになるはずです。現在の処理能力を基準に考えることが、いかに売上へ影響を与えるかが伝わるでしょうか。

話が少し逸れますが、個人的な感覚としてインサイドセールス部門はもっとも柔軟な生産能力が求められ、かつ高度な業務知識が求められるため、稼働状況に応じてマーケティング部門かフィールドセールス部門に応援要請を出しても良いと感じています。トヨタで言うところの多能工です。「マーケティング部門はマーケティングをやるべき」と考えている人は、マーケティングの専門家かもしれませんが、ビジネスパーソンでは無いでしょう。

話を戻します。THE MODEL的なマーケティング部門、インサイドセールス部門、フィールドセールス部門、カスタマーサクセス部門が1つのバケツだと考えれば良いのです。そのバケツにどれほど水を注いだとしても、もっとも処理能力の低い部門が売上の限界を作ると考えます。

ただし、デマンドウォーターフォールは本当に良くできたモデルで、マーケティング部門、インサイドセールス部門、フィールドセールス部門が鎖で繋がっていながらも、インサイドセールス部門単体、フィールドセールス部門単体でリードが作れるようになっています。すなわち前工程の影響を受けず、自部門の稼働のみで売上を作れるのがミソだとも言えます。

※SiriusDecisionsが提唱する「デマンドウォーターフォール」(作成:編集部)

一方で、パイプライン管理を行う際、前工程から後工程にかけて生み出された数字と、その部門単体で生み出された数字は分けて見なければなりません。でないと、本当はマーケティング部門から十分なホットリードが供給できていないのに「インサイドセールスが初回訪問アポをいっぱい獲得できているから」という理由で、供給が十分と錯覚する可能性があります。

KPIは1本の鎖で考える

以前、ある事業の複数に分かれた部署全てがKPIを達成しているのに、部署全体のKGI(売上)を達成していない…という意味不明な事態に遭遇した経験があります。何をすれば売上は達成するのか、簡単なようで実は難しいという原体験です。

THE MODELを頭に入れてB2Bビジネスを実践しているのですが、もっとも助かっているのは川上から川下まで「明確な因果関係で説明できる点」にあります。こうすればこうなる、と言える因果関係を紐付けた1本の鎖があり、その強度こそ売上だと言えます。鎖は均一ではなく、バラツキがあるからです。文中では「鎖の中で最も弱い鎖が、鎖の強度を決めている。それがボトルネックだ」と指摘しています。

すなわち、部署それぞれが部署の中の論理だけでKPIを決めてはならないのです。売上を達成する強度を決める、すなわち全ての部署が「売上を達成する基準」を上回っていなければなりません。部署によっては大幅に処理能力を高めなければならない場合もあるでしょう。採用が必要な場合だってあります。冒頭の例は、まさに各部署がそれぞれの論理で求めたKPIだったとも言えます。

ただし、ボトルネックは、ボトルネックを解消することで他に移動します。したがってマンガでは最終的に「制約」だと表現しています。ボトルネックは弱点ではなく、単なる現実だからです。

まとめ

ジョナは問います。「では生産性とはいったい何なのかね」。

ジョナは「目標(ザ・ゴール)を成し遂げること」「目標に向かって会社を近付ける行為そのもの」「目標から遠ざける行為は全て非生産的」だと説きます。つまり、各個人のさばける仕事量が増やせたとか、効率が上がったとか、それだけでは「生産性が高い」とは言えないのです。

そして企業にとっての目標は「お金を稼ぐこと」だと主人公は気付きます。少しでも多くのお金を儲けるために効率よく製品を作り、より多く売るために品質を向上させるのです。

私たちマーケターは生産性向上に貢献するために、何を、どのように、どれくらい支援すれば良いのか。1人1人が考えていかなければなりませんね。

最後に、本書を読んでもっとも気に入った一文を掲載します。

これまでリソースの能力を1つひとつ切り離して別々に測ってきたがそれでは意味がないんだ。工程はつながっている…経費を削減しようとしてこれまで需要に合わせて生産能力を抑えてきたがそれは大きな間違いだ。他のリソースより余分な能力を持っているリソースがあってもいいんだ。そこまで理解したうえでシステムの全体最適を目指さなければいけないんだ!

 

松本健太郎

記事執筆者

松本健太郎

株式会社JX通信社マーケティングマネージャー。
多摩大学大学院経営情報学研究科修了。株式会社ロックオン(現イルグルム)、株式会社デコムを経て、2020年JX通信社入社。最新刊『データから真実を読み解くスキル』(日経BP)が発売中。
著書はほかに『人は悪魔に熱狂する』『データサイエンス「超」入門』(以上、毎日新聞出版)、『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)、『なぜ「つい買ってしまう」のか?』(光文社新書)、『アイデア量産の思考法』(大和書房)など。
Twitter:@matsuken0716
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