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【松本健太郎の書評連載・第4回】刀代表・森岡毅さんの『USJ』本2冊を再読して気づいた「マーケター」と「マーケター評論家」の違い

最終更新日:2024.02.02

JX通信社マーケティングマネージャー・松本健太郎さんの書評連載第4回は、多くのマーケターに支持される株式会社刀 代表取締役CEO森岡毅さんの有名な「USJ本」2冊を取り上げます。

今回も松本さん独特の視点や表現が印象的です。森岡さんと自分を比較したとき、ただの憧れや目標に留めることなく、何が自分に足りないのか、どうすれば森岡さんと肩を並べる存在になれるかをキャリアを重ねる中で考え抜いた結果、松本さんらしいストイックさが現れた、ある結論に至ります。

背筋を正したくなるような読み逃せない内容です。ぜひご一読ください。

※肩書、内容などは記事公開時点のものです。

目次

★今月の一冊
『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』
『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』
著:森岡 毅

この本を選んだ理由

「松本の書評なんてニーズが無さそうですが、まずは3回やってみましょう」とのお約束で始まった本連載も、当初の予定を超えて4回目を迎えます。書評は、何を読むかより、誰が何を語るかが大事だと考えます。筆者のひねくれた目線がマーケターの皆様のお役に立つのであれば、幸いでございます。

一方で、過去に取り上げた書籍は『大本営参謀の情報戦記』『鈴木敏文の統計心理学』『ザ・ゴール コミック版』と、いずれもマーケティング関連本では無かったために、多くのマーケターから「自分には関係無いか」と思われてしまったようで、あまり書評が読まれなかった感覚もしています。悔しい。

そこで、マーケターなら1度は手に取って読んだ経験がある本をあえて取り上げ、何を語るべきか考えました。だから今回紹介するのは、2010年代後半、マーケティング界隈をマフィアが席巻するキッカケの1つとも言える『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』の2冊としました。

「マーケター」とは何者なのか?

『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』が刊行された2014年2月、当時は大阪で暮らしていた私は、USJの変化と躍進を、関西圏でジャンジャン放映されていたTVCMで感じるだけでなく、年パスを購入していた妹家族からよく聞いていました。

オープン当初は混雑しているからという理由で行かず、大学生だった2005年ぐらいに1度だけ行った記憶があります。しかし、それは「ドン底期」であったためか、悪い印象しか残らなかったのです。TVCMを見ても「またまたぁ」と思っていました。そうした背景もあって、妹家族から「毎週行っている」という話を聞いて「物好きやなあ」ぐらいしか感じませんでした。

書籍を知ったキッカケも、当時勤めていたロックオン(現イルグルム)の副社長だった福田さんから「松ケンは読んだ方が良い」と勧められたからです。エンジニア兼製品企画担当だったのでヒントになるのでは、と思われたのではないかと推察します。

確かに目から鱗が落ちるほど面白かったのですが、当時の読了メモを改めて読み返すと「アイデア開発のための本」だと書き残していました。実際、それから2年後に刊行された『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』を読んで「アイデア開発の本だと思ったらマーケティングの本だった」と書き残していました。

実際、マーケターという言葉の登場頻度を調べると『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』は9回、『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』は171回でした。2018年にロックオンからインサイト開発支援のデコムに転職して、改めて読み直すと「そういうことか!」と腹落ちすることが多く、読み違えた筆者も悪いですが、1冊目は何らかの事情で「アイデア開発」が前面に押し出されていたのではないかと考えます。

前置きはさておき、この本が面白いなんて誰もが知っているでしょうから、この書評を書くために何度目かの読み返しをして、恐らくは多くの方が触れていないだろうなという点に触れたいと思います。それは「マーケターとは何者なのか」です。

マーケターとしての森岡さんは、書籍で「睡眠時間が4時間もあれば十分な体質」という明石家さんまさんぶりを暴露し、睡眠時間を削ってモンハンをやり込み数ヶ月で400時間を超えた、当時60巻あったワンピースを全巻大人買いして一気に読んだ等、様々な熱中エピソードを語られています。

何事においても、徹底して突き詰める方なんだと思いました。自分の体内に熱心なファンを憑依させるが如く自らを追い込むアプローチを見て、先輩に対して失礼ですが、cleverでありcrazyだと感じました。

筆者は今年37歳になりますが、森岡さんがUSJへの入社を決意した年齢と同じです。自分が森岡さんの立場になったとして、どれだけのストックがあるだろうかと考えると、世界線が違い過ぎて自分ごとにすら考えられない面もあります。これが「才能」なのだろうなと思うのです。

では「才能」とは何なのか?

ご縁が重なって、筆者はこれまで12冊の書籍を刊行してきました。ただ、精神状態がまだまだ子供だった頃、こんなに書籍を刊行しているのに全くヒットしないので、あれやこれやと著名人と自分を比較して僻んだ経験があります。

自分には才能が無いのかもしれない、と悩んだ時、では才能とは何なのだろうかと真剣に考えました。オリンピックに行ける才能がある人、ランウェイを歩く才能がある人、舞台で誰かを演じる才能がある人。どのようにして才能は芽生えるのか…。

そんなある日、「インプット&アウトプットの継続に必要な努力の仕方と時間の使い方」でも触れた松谷先生から「視点が良い」とお褒めの言葉を頂いた瞬間、ふと気付いたのです。人はそれぞれ積み重ねてきた経験、感じ方が違うのだから、見えている世界が違って当然ではないか。そして、その人なりの世界の見え方を「才能」と言うのではないか。つまり、誰しもが才能を持っていて、努力を続けたらいつの間にか今みたいになったのではないか。

少し話が飛びますが、筆者は、刹那という言葉が好きです。仏教における時間の概念の1つで、最も短い時間の単位を表しています。一説では指を弾くだけでも65刹那あるそうで、何やら中二病の匂いすら感じる表現ですが、ともかくそれぐらい瞬間ということです。

では、刹那の積み重ねが1日、1週間、1ヶ月だったとして、私はその度に努力しているだろうか、とこの時に考えたのです。努力をしているフリをして、刹那の度に人と比較しては不安になり、怒り、恐れているだけではないか。その間にも、人と比べず自分と向き合い、才能を開花している人がいるのではないか。結局は自分を信じて、自分と向き合い、自分の才能を刹那の度に伸ばしている人が、周囲からしたら「才能がある」ように見えるのではないか。

もちろん、実際には運の要素が多分にあるのですが、少なくとも「ここまでやって運が無いんだから仕方がない」と言えるまで自分と向き合っていない以上、自分なりの世界の見え方を自分の言葉で表現する努力を続けようと決意したのです。

余談ですが、刹那の意味を知る際に読み耽った『阿毘達磨倶舎論』(あびだつまくしゃろん)が、後に『人は悪魔に熱狂する』へと繋がるのですから、不思議なものです。

話を大きく戻すと、森岡さんは森岡さんの見てきた世界の分だけ「才能」を持たれていますし、一方で筆者にもそれなりの「才能」があります。私は森岡さんのようにはなれないし、森岡さんも私のようにはなれないでしょうから、この先も「森岡さん凄いな、やべぇな」と思いつつ、自分の才能をより開かせるために刹那毎に努力し続けるしかありません。

一方で『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』『「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』の2冊を読み、森岡さんは凄い、森岡さんのようにはなれないと心折れてしまった人も中にはいるでしょう。それは違うと思うのです。人と比べても仕方がない。師の跡を求めず、師の求めたるところを求めよ。先人たちのマーケターが追い求めたマーケター像を自らも追い求めるべきではないでしょうか。

「マーケター」が情報商材化している

森岡さんは、ご自身のUSJ改革に対して外野の抵抗勢力が蕩々と反対論をぶつのに閉口したと書き残しています。一部を引用します。

要するに「映画だけにこだわらないとディズニーブランドと差別化できなくなるから絶対に集客できなくなる」のだそうです。大変失礼ですが「ああ、実戦経験の足らない自称マーケターは多いな」と私は思いました。

私は、マーケティングは実戦でのみ鍛えられる実践学だと考えています。本からの理論だけが先行するマーケターは、差別化という美しい戦術に憧れて溺れることがあります。

(いずれも『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』より)

実務の足りないマーケターが書籍で得た知識を経験と勘違いして、意見を振りかざす様に怒り心頭だったようです。ちょっと耳が痛い点もあります。自分の振る舞いを振り返った際、そのアウトプットが座学ばかりの頭でっかちだった点も否めないからです。

一方で、森岡さんの理論が「実践学」として座学で何度も取り上げられ、SNS上ではマーケティングやマーケターという単語と共に情報商材として扱われるようになるとは、さすがに森岡さんご自身も思いもしなかったはずです。Twitter上で「マーケター必須スキル一覧」としてデジタルマーケティングもSEOもevoked setも横一列に並ぶと、さすがの筆者も「それは違うのではないか」と違和感を抱かずにいられませんでした。

「デジタルマーケティングって、マーケティングのごく一部なのに、そこだけを磨いてもマーケターとは言えない」といった批判を解消したい人にとって、森岡さんの本に書かれた理論を元にした情報商材はコンプレックス商材化しているのかもしれません。

人は人、他人は他人です。SEOだけ、ネット広告運用だけ、SNSマーケだけであっても、金を稼いでいる人は偉いです。デジタルな手法だけに言及しているからといって、小馬鹿にする人たちもまた、コンプレックスがあるんでしょうね。

冒頭に「マーケター」とは何者なのか?と問いを投げかけましたが、刹那に努力できる人がマーケターであって、他人と自分を比べたり、あるいは他人の振る舞いを見て「あーだこーだ」と言っているうちはマーケター評論家なのだと思います。もちろん、それはそれで立派なお仕事だとは思いますけども。

森岡さんの書かれた『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』の2冊は、日本でマーケティングという概念を大きくアップデートすることに貢献しただけでなく、無視できなくなり人々の神経を逆立てさせ、自らと比較させて感情を荒ぶらせるなど、多大なインパクトを残したと考えます。森岡さん自身の心境としては「師の跡を求めず、師の求めたるところを求めよ」だと思うのですが、いつかご本人にお伺いしたいと願うばかりです。

 

記事執筆者

松本健太郎

株式会社JX通信社マーケティングマネージャー。
多摩大学大学院経営情報学研究科修了。株式会社ロックオン(現イルグルム)、株式会社デコムを経て、2020年JX通信社入社。最新刊『データから真実を読み解くスキル』(日経BP)が発売中。
著書はほかに『人は悪魔に熱狂する』『データサイエンス「超」入門』(以上、毎日新聞出版)、『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)、『なぜ「つい買ってしまう」のか?』(光文社新書)、『アイデア量産の思考法』(大和書房)など。
X:@matsuken0716
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