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【松本健太郎の書評連載スタート!】データ分析の要諦が全て詰まった『大本営参謀の情報戦記』

最終更新日:2022.01.10

JX通信社マーケティングマネージャーの松本健太郎さんが毎月、ご自身にとって学びの多かった本をマーケターの皆さまに紹介する新連載が始まりました。

第1回は、大本営の情報参謀だった堀栄三の『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』(文藝春秋)です。松本さんはこの本を、データを基に優れた意思決定を行うべき全てのビジネスパーソンにおすすめであるとして、「目から鱗が落ちる」一冊だと評しています。

ぜひご一読ください。

目次

★今月の一冊
『情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記』
著:堀 栄三

この本を選んだ理由

マーケティングにデータは欠かせません。
ここで言う「データ」とは、Google AnalyticsやSearch Console、広告の効果測定などデジタルマーケティングの定量的な情報だけに限りません。マーケティングリサーチを通じて収集した消費者のインサイト、店舗での商品群の陳列場所、製品の市場シェア、消費者の口コミ、競合や世の中の動向、あらゆるものがデータです。

工業規格を作成する国際的な非政府組織「国際標準化機構」(通称ISO)は、データを次のように定義しています。

情報の表現であって、伝達、解釈または処理に適するように形式化され、再度情報として解釈できるもの

万国共通で、誰もが認識の齟齬なく、伝達・解釈・処理が行える表現として最適なものの代表例が「数字」です。「数字」で表現しきれないなら「言葉」も考えられます。もっとも、別に歌でもダンスでもジェスチャーでも良いのですが、人それぞれ受け止め方が異なる可能性があるので、これらは「表現」としては適していないと言えるでしょう。

では、どんな「数字」「言葉」もデータとみなして良いでしょうか。この疑問については、文中に登場した「情報」が正解に導いてくれます。同じくISOによる「情報」の定義を引用します。

事実、事象、事物、過程、着想などの対象物に関して知り得たことであって、概念を含み、一定の文脈中で特定の意味をもつもの

つまり何らかの意味を持たなければ「数字」も「言葉」もデータとは言えないのです。このように表現すれば、マーケティングにデータは欠かせないと断言する理由も伝わるでしょうか。何の意味も無い「数字」や「言葉」でマーケティングは遂行できません。裏付けされた確かなファクトが積み重なってこそ、マーケティングは遂行されます。

もっともマーケティングに限らず、あらゆるビジネスはデータに基づく作戦、戦術、戦略に落とし込まれます。データが無ければ単なる個人のオピニオンに過ぎません。”たられば”で予算は投下できません。目隠しで戦争をするようなものです。

さて、記念すべき第1回の連載で私が本書を推薦するのは、マーケター含め全てのビジネスパーソンが「データ」に対して理解が深く、「データ分析」ができて当然だと考えるからです。別に数量である必要はありません。優れた意思決定のために「データ」が引用できて当然ではないか、と言いたいのです。

そして、本書には「データ分析」の要諦が全て詰まっています。実際に目隠しで戦争をした日本軍は何を間違えたのか、どうするべきだったのかが記された本書から学ぶべきものは非常に多い。

本書を読めば間違いなく、データに対する偏見が無くなり、目から鱗が落ちるでしょう。

データ分析とは何か?

「データ分析」とは統計学や機械学習ではありません。データ分析とは、優れた意思決定を下すためのプロセスです。それ自体、誰もが日常的に行っている見慣れた光景であり、何も特段珍しいことではありません。

ちなみに統計学や機械学習は、プロセスの一部分であり、手法の1つです。こうした誤解が生まれるのはプロセスとしての「データ分析」と、プロセスの1つに「分析」があるからです。私の考える「データ分析」を、拙著『人は悪魔に熱狂する』から引用します。

引用:『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)

「目的を定義する」から「意思決定する」まで、一連のプロセスは全てが繋がっています。目的の定義を間違えれば優れた意思決定はできませんし、データがゴミなら発表の内容もゴミになります。「分析」というプロセスの一部に執着しても、前工程にゴミが混ざった時点で、優れた意思決定には辿りつきません。

以前、ブログ「データ分析とインテリジェンス」管理人のしんゆうさんに取材させて頂いた際(参照『「分析やってます」の大半は処理なんです 本質なきデータ分析がはびこるワケ)に「分析じゃなくて処理と言った方が良い」とおっしゃられていて、私は強く共感しました。その方が誤解を生まずに済みます。

そもそもデータ分析には、「処理」以外にもデータの集計、結果の解釈や洞察、結果の表現方法など、様々なスキルが求められます。統計学や機械学習を「分析」と表現するのは、少し矮小化しているようにも思えます。

もちろん「処理」も重要なのですが、洞察の重要性、プロセスを一気通貫に捉えてアウトプットによってインプットを変えるなど、求められる能力は「数学」だけではありません。知的なスキルの組み合わせなのです。その意味において「データ分析はアートだ」と私は考えます。

もっとも、データ分析から「完全な正解」が求まる可能性は限りなく少ないと私は考えます。様々な検証を重ね、裏を取り、出てきた「それっぽい結論」に洞察を重ねて、なるべく優れた意思決定に繋げるだけです。例えば「GoToキャンペーンは感染者数拡大に影響を与えたのか」という題目で、100%の正解が求まらないことからも、それは明らかです。

もしデータ分析から「完全な正解」が求まるならCVRは100%になります。100%の満足度を誇る商品が生まれます。「データ分析」とは正解を求めるプロセスだと考えている人は、受け入れられない結論でしょうか。それは「データ分析」で何ができて何ができないかを誤解しているのだと私は考えます。

データ分析のワナ①:収集は完全ではない

『大本営参謀の情報戦記』の文中から引用します。

実際の戦場では知りたい情報の半分にも満たない情報で、敵の意中もわからないままに、暗中模索の中で戦いを進めていることがざらである。従って、百パーセントに満たない空白の部分を、どのようにして解明し、処理していくか、これが情報の任に携る者の最重要な仕事である。

データ分析の現場で起こる「あるある」として、手元にあるデータで分析を済ませてしまう問題があります。別名「冷蔵庫の残り物で済ませちゃう」問題です。晩ご飯ならそれでも良いのですが、データ分析においては常に「今あるデータで足りるのか?」は自問自答すべきです。かつ、それでも「無いデータ」は無いままの可能性があります。

つまり、「無いこと」を自覚して空白を補うか、「無いこと」を自覚せず今あるデータが全てだとデータ分析に取り掛かるか、その差は圧倒的に違います。

デジタルマーケティングの場合、なぜCVに至ったのか、なぜCVに至らなかったのかは直接聞かなければ分かりません。広告経由だった、というのは答えにはなりません。つまりデータが効果測定に限られるなら、WHYが分からないまま、CVに至る確率を高めるような外形的な手段に戦術が絞られるのです。

データ分析のワナ②:データは偽物かもしれない

苦労して手に入れた情報だったとしても、それが正解とは限りません。長文ですが、とても重要なので『大本営参謀の情報戦記』の文中から引用します。

情報は既述のように、実に種々雑多なルートから入手し、これを統計的に処理していく仕事であった。(略)
実際情報の処理とは、篩の中に土砂を入れて、それを揮い落とすようなもので、その中からほんの一つの珍しい石ころでも出たら有難い。時にはダイヤが出ることだってある。ところが、それで喜んではいけない。そのダイヤが本物か、偽物かという問題にぶつかるからだ。場合によっては、二つ三つのダイヤが篩に残ることもある。さてどれが本物で、どれが偽物か、あるいは全部偽物かと選択を迫られることもある。

現場から報告される数字を鵜呑みにしていたら、実際には全然違ったなんて経験は山のようにあります。数字は疑ってかかるものです。

『大本営参謀の情報戦記』の中では、誇張された数字で会議が踊る風景がよく描かれています。「とにかく日本軍の第一線の戦闘部隊の報告は大袈裟なことが多い。よほど注意しないと本当の姿を見失ってしまう」と文中にありますが、それを良しとする上司がいて、それに甘える部下がいると、数字だけが暴走します。最近だと「東芝不正会計事件」も同じような匂いがしますね。

1つのデータを手に入れたとして、複数の角度から「確からしさ」を確認しなければ真偽は判断できません。SNSから、口コミから、店頭から、友人から、市場から、様々な裏付けが必要です。堀氏は「情報は二線、三線と異なった複数の視点の線の交叉点を求めないと危険」と表現しています。

いつだったか、安定的に新規商談を受注しているのに、売上が伸びないから調べて欲しい…という密命を受けて数週間ほど調査した機会があります。セールスフォースを調べても変な数字は無いのに何故だと思って様々な数字に触れた結果、経理の数字と付き合わせて新規商談自体がまるっきり嘘だと分かった…というオチでした。その時はさすがに膝が震えました。

著者の堀氏は、こうした違和感の抱き方を「この戦果は怪しいという職人的勘」と表現しています。私の場合もまさに「勘」で、なぜそう辿り着いたのかは言語化できないのですが、あらゆる数字を見て「この数字自体が全て嘘なのでは」と仮説を立てたので、経理の数字を見たのです。『大本営参謀の情報戦記』の文中から引用します。

勘というのも重要な洞察であって、出鱈目の出まかせではない。研究に研究した基礎資料を積み重ねて、その中の要と不要を分析して出てきたものが情報の勘である。目前の現実を見据えた線と、過去に蓄積した知識の線との交叉点が職人的勘であって、勘は非近代的な響きだというなら、積み上げた職人の知識が、能力になった結果の判断とでもいったらよい。

「データ分析」は何ができて、何ができないか

100%ではない情報で、ましてや不確かな内容も多い中でも、時間をかければ精度は担保できるかもしれません。しかしビジネスの現場には「納期」があります。限られた時間と限られたデータで、何とか「答えらしきもの」に辿り着こうとするのがデータ分析です。

この広告の成果は良かったのか悪かったのかは、相対比較で算出できるかもしれません。ですが、新たなTVCMはどのようなインサイトを見つけ、どのようなクリエイティブにするべきか。ハウスリードを獲得するにあたって、どのようなホワイトペーパーにするべきか。ウェビナーに呼ぶべきゲストは誰にするべきか。こうした答え無き問いに「100%の答え」を見つけてくれるのがデータ分析ではありません。せいぜい「意思決定に耐えうる(データに基づく)結論その1、その2、その3」です。その中から選ぶのは意思決定者の仕事です。

そうした結論になったとしても意思決定を下さなければならないのがマーケティングの世界でありビジネスの世界であり、戦場なのです。だからこそデータだけは、作戦立案者から独立していなければいけません。再び『大本営参謀の情報戦記』の文中から引用します。

作戦当事者が誤るのは、知識は優れているが、判断に感情や期待が入るからであった。それゆえに作戦と情報は、百年も前から別人でやるように制度が出来ていたのであった。

マーケティングの責任者が、自ら遂行に関する情報の収集をしてはいけない、と読み替えても良いかもしれません。事実は残酷だったとしても、作戦を立てる人が情報も集めたら、情が入って当然です。その結果、データがぶれ、「データ分析」の結果がぶれ、誤った意思決定に導かれます。

筋の良いデータ分析者とは?

では、以上を踏まえて「筋の良いデータ分析者」とは、どのような人物なのかをまとめます。

1つは、堀氏の言葉を借りれば「百パーセントに満たない空白の部分」を埋めるような良い洞察ができる人です。マーケティングにおいて言えば「人間が分かっている」「欲望を捉えている」ような人を指すでしょう。

もう1つは、金を金だと見抜ける人です。篩の中にある金を「このデータは私たちには関係無いや」と捨ててしまう人は筋が無いでしょう。

さて問題は、そうした「筋の良いデータ分析者」を組織が育成できるのかどうか、です。データサイエンス界隈は、この問題に頭を抱えていると言っても過言ではありません。直接的な回答にはなりませんが、筆者が強く印象に残っているエピソードを紹介します。

あるメーカーでは、ブランドマネージャーが「ブランドのコンセプトを全て言語化できるようにする」という目標を掲げていました。そのブランドが「至高のアフタヌーンティー」だったとして、至高とは何か、アフタヌーンティーとは何かをブランドマネージャーが答えられなければならない、としたのです。

「至高」の言葉を理解するだけでは足りません。どのようなシーンで、どのようなキッカケで至高の領域に到達するのか、徹底的な調査が行われました。まるで「百パーセントに満たない空白の部分」を少しでも減らし、かつ「至高」に関する自身の引き出しを増やして金を金だと見抜けるような訓練だったと今にして思います。

ただ、組織で育成するとはそういう手間暇かけた取り組みなのではないでしょうか。

データ自体も、データ分析も、それら自体が金にはなりません。あくまで優れた意思決定のために必要なのです。別にデータなんて無くても意思決定ができるなら不要で、金をかける必要なんてありません。

しかし、なぜ戦時中に各国が情報を求め、情報に金をかけていたかと考えれば、それが作戦、戦術、しいては戦略の行方を左右したからだと私は認識しています。データの無い戦略は単なる個人の勘であり、そんなものに何十万人もの命は預けられません。

マーケティングも同様です。データ無くしてデータ分析ができず、データ分析無くして戦略も戦術も作戦も立案できません。だからこそ、マーケティングにデータは欠かせないのです。

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記事執筆者

松本健太郎

株式会社JX通信社マーケティングマネージャー。
多摩大学大学院経営情報学研究科修了。株式会社ロックオン(現イルグルム)、株式会社デコムを経て、2020年JX通信社入社。最新刊『データから真実を読み解くスキル』(日経BP)が発売中。
著書はほかに『人は悪魔に熱狂する』『データサイエンス「超」入門』(以上、毎日新聞出版)、『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)、『なぜ「つい買ってしまう」のか?』(光文社新書)、『アイデア量産の思考法』(大和書房)など。
X:@matsuken0716
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