2019年1月、コクヨ株式会社のTwitter公式アカウントが、ある商品のキャンペーンをつぶやきました。商品自体はルーズリーフバインダーとルーズリーフケースでしたが、Twitterの「DM bot」機能を使った新キャンペーンが反響を呼び、初日で公式アカウントのDM機能が一時的にシステムダウンを起こすほどの人気を呼びました。
対象となった商品は使ってみると便利ですが、どちらかといえばニッチな商品です。反響を呼んだのはなぜなのでしょうか。コクヨのプロモーション担当者の方に話を聞きました。
(取材・文・撮影:Marketing Native編集部・岩崎多)
目次
キャンペーンに使用された「Twitter DM bot」とは?
TwitterのDM botとは、ダイレクトメール欄において一定の言葉を入力するとチャットボットのように予め設定した返答を自動的に行う仕組みです。ユーザーが企業アカウントのDM欄で知りたい問い合わせ項目を選んでいくと、自動的に簡単な受け答えが行われるようなカスタマーサポートに多く利用されています。
今回の「#青春は整理できないキャンペーン」は、10代を中心に人気のイラストレーター「いつか」さんの描き下ろし漫画「青春はいつだって整理できない」を掲載し、DMでの選択肢の選び方によってストーリーが変わるというゲーム性を持たせたものでした。
▲上記動画が実際に「Twitter DM bot」で漫画を読んでいるところ。選択肢や「次へ進む」のボタンを押すと、次の漫画のコマが送られてきます。
1月16日にキャンペーンは始まりましたが、初日はTwitterの広告も出しておらず、公式アカウント(@kokuyo_st)でのツイートとプレスリリースのみ。この日でTwitterのシステム上限を超えたため、一時的にゲームが配信できない状態になりましたが、すぐに復旧しました。
このキャンペーンは2月14日時点で158万以上のリーチを獲得しています。ゲームを最後まで楽しんだ方の約半数がキャンペーンに応募し、その応募総数はコクヨの過去のキャンペーンの中でも上位の数値だったそうです。
「Twitter DM bot」は女子高生に狙いを絞った結果
――今回のキャンペーンのターゲットを教えてください。
多田さん「コクヨの商品は、幅広い層の方に使って頂ける可能性がある半面、ある程度ターゲットを絞って狙い撃ちしないと広告効果が薄くなってしまいます。今回のルーズリーフのバインダーとケースも、学生向けの商品ではありますが、中学生と高校生と大学生では興味が違うため、まず高校生に絞ることからはじめました」
葛西さん「中学生まではノートをよく使い、高校生になるとルーズリーフを使いはじめ、大学生になると書く頻度が低くなるという傾向があります。商品購買につながりやすい高校生をさらに掘り下げて、SNSで拡散力の高い女子高生にターゲットを絞りました」
高原さん「イラストレーターの『いつか』さんもこの層に刺さる方ということでお願いしました。TwitterもInstagramも10万人以上のフォロワーさんがいます」
――今回「Twitter DM bot」を使うのはどのような経緯で決まったのでしょうか。
葛西さん「高校生くらいになると、ほぼ全員がスマートフォンを持ち始めて自分で情報を取りに行くので、雑誌などの特定のメディアを絞ることが難しくなります。そうした中で、アプローチしやすく拡散にも繋がるSNSとして、Twitterを選びました」
多田さん「最初はTwitter DM botありきでもなかったんです。Twitterで何かやっていこうとなった時に、商品を全面に押し出すのではなく、コンテンツをしっかりさせて読んでもらったほうが認知につながると思いました。拡散したい、注目を集めたいとなると、普通にフォロー&リツイートのキャンペーンを行うよりも、何かターゲットが面白がってくれるようなことを、と模索する中でTwitter DM botに至りました」
葛西さん「Twitter DM botの特性として、ユーザーに選択肢を選んでもらうことができるので、それによって漫画のストーリーを変化させることができます。漫画自体も女子高生のトレンドとしてあるので、うまくマッチしたという感じです。あと、DMだとタイムラインで流れてくるよりも、自分に対してのメッセージという感覚も生まれます。その分、コンテンツに深く入り込んでくれるかなと考えてトライしてみました」
漫画ゲームに変えるだけでユーザーの見え方が違う
――通常、Twitter DM botは一問一答形式や、アンケート、カスタマーサポートなどに使われることが多いので、使い方が斬新だったと思います。
多田さん「過去にも他社様のキャンペーンで使用実績があったそうですが、効果としては当キャンペーンの10分の1ほどだったと聞いています。今回の手法は、漫画のコマ数や選択肢を数えていくと、1回のゲームで40~50回のやりとりがあるので、2~3回のやりとりで完結するコンテンツと比較すると、見え方や手ごたえはぜんぜん違うと思います」
――開始初日でTwitterのシステム上限を超えて、DM機能がダウンしたそうですが、想定以上の反応があったということですか?
多田さん「おおよそ想定の10倍でした。『全部のエンドを試してみたい』と、一人で何回もゲームを遊んでくれる方が思ったより多かったです。そういったこともあって、想定よりもDMメッセージの送信数がふくらみ、1日で使用が可能な上限を超えてしまいました」
葛西さん「解決策を生み出すまでに結構バタバタしました。ノウハウがなかったので」
多田さん「言い切れるかどうかはわからないですけど、DMをこのように使う手法は珍しく、想定外のケースだったと思います。パートナーである代理店様と共に対応にあたりましたが、スタート直後の1週間ぐらいは大変でした」
葛西さん「今日は上限を超えないか?と、毎日チェックしてヒヤヒヤしました。最初、ダウンした時はまだ広告も投下しておらず、プレスリリースと公式アカウントからのツイートだけだったので、こんなに反響があるとは思わず驚きました」
最初に楽しい体験を提供することで、広告が受け入れられた
――今回のキャペーンがうまくいった要因は何だと思いますか?
多田さん「まずユーザーの方々に、『シェアしたくなるような体験』をしてもらうことが重要だなと思いました。リアルなイベントじゃなくても、Webの中で体験できることがある、その中の一つがゲームだったかなと。そのコンテンツが面白いって思ってもらえれば、商品の印象もポジティブになる。顧客視点でちゃんとユーザーが欲しいことを初めに提供できれば、気持ちも商品に向いてくれるので、結果的に商品を押し出していなくても、広告をポジティブに受け取ってくれると感じました。実際に一般のユーザーさんだけでなく、ぺんてるさんやリヒトラブさんなど、懐の深い競合他社さんの公式アカウントの方々も、初日に遊んでツイートしてくれて、嬉しかったです。普通に商品を紹介する広告だったら、他社の広告に言及してくださるなんてありえなかったと思います」
――満足してもらえたから、ゲームを遊んだ半数以上の方はキャンペーンに応募してくれたんですね。
高原さん「面白いことにコクヨ公式Instagramの反応もすごくよかったです。キャンペーンのビジュアルは使わず、バインダーの写真だけを載せたのですが、これまでで一番『いいね!』が多く、最終的には商品の認知度向上にもつながったと思います」
商品企画担当者とのせめぎあい
葛西さん「今回、もうひとつうまくいった理由としては、商品企画のチームも若手である、入社2~3年目の子が中心になっていたことがあります。プロモーションチームと商品企画のチームが一緒になって販売戦略を考えるのですが、この商品の企画チームはターゲット層に近い感覚のメンバーが多かったです。商品担当者は商品自体の機能やディテールをアプローチ、PRしたいという気持ちが強いので、『この2つの穴はプリントを挟むのにいいんだよ。そこを推してほしい』と言います。でも、その良さを伝えるためにも、まず商品を認知してもらうため、人を惹きつけるようなキャンペーンにしよう!ということから始めました。通常、今回のようなプロモーションを提案したら『商品の機能を言ってないじゃない』と思われてしまうこともありますが、今回はTwitterにも慣れ親しんだ世代で、漫画コンテンツについても共感してくれるメンバーだったので話が進みやすかったです」
多田さん「今回のバインダーは“2穴”になっていることがポイントの商品ですが、2穴ファイルもバインダーもルーズリーフも、もともと市場に多くあるものです。その中でもニッチなこの機能を、文具に詳しい方だけではなく一般的な高校生に向けて伝えなければいけない。そう考えたら、ターゲットにあわせて楽しんでもらうところからすくっていかないと難しいと思いました。女子高生に『この2つの穴がね……』みたいに言っても読み飛ばされてしまう。それだったらまず入り口のハードルを低くし、漫画を読んでもらった後に、商品説明も見てくれるといいなと。そのためには、伝えたいことを聞いてくれる状態にまずもっていかないといけないと感じました」
葛西さん「商品の機能にもちろん思い入れはありますが、最終目的は商品を認知してもらうことであり、そのためにはお客様を理解する必要があると思います」
多田さん「会社の中でもいろんな年齢の人やTwitterをしていない人もいるのですが、ターゲット層に近い若手社員からは、面白いねと声をかけてもらえました。Twitter上の反応も初日から好評で、すごく嬉しかったですね。商品を前面に押し出さない手法もあるという前例をひとつ、社内に作ることできました。同じような悩みを抱えている他社のマーケターの方達にも、参考になればと思います」
今後も新たな手法が求められていく
今回のような、商品を前面に押し出さないキャンペーンはコクヨでは珍しいそうです。「Twitter DM bot」の機能に対する前例のないアプローチは、ユーザーに対して今までにない体験を与え、その約半数が商品キャンペーンに応募するという結果をもたらしました。いまや高校生にとってメインのメディアとなっているSNSを取り巻く状況は日々変化を続けています。新たな手法を試行錯誤し続けていくことが今後も求められるでしょう。