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垣内勇威(WACUL)×松本健太郎(JX通信社)特別対談「マーケターに求められる役割と、キャリア形成のために20代でやっておくべきこと」

最終更新日:2023.11.28

Marketing Native読者様からのリクエストで、素敵な対談企画が実現しました。株式会社WACUL取締役CIO・垣内勇威さんと株式会社JX通信社マーケティングマネージャー・松本健太郎さんのスペシャルコラボ「Marketing Native LIVE vol.1」です。

2人は2020年、それぞれ著書を出版し、話題を呼びました。また、イベントやセミナーに登壇する機会も多いとのことですが、意外にもこれが初顔合わせです。

率直な表現で知られる両者だけに、一筋縄ではいかないだろうとハラハラしながら視聴したところ、お互いを尊重しつつも主張すべきところはしっかりと持論を展開する見応えのある展開となりました。

今回はMarketing Native LIVE vol.1「マーケティング分析対談」の模様を前後編2回に分けてお届けします。

(モデレーター:株式会社CINC執行役員 ソリューション事業本部 推進部部長・間藤 大地、構成:Marketing Native編集部・早川 巧)

※肩書、内容などは記事公開時点のものです。

目次

デジタルマーケティングの強みと弱み

――垣内さんは『デジタルマーケティングの定石』、松本さんは『人は悪魔に熱狂する』と、おふたりは2020年に本を出版し、話題になりました。あらためて、著書の中で最も伝えたかったことは何か、反響なども併せて教えてください。

垣内 端的に言うと、無駄な仕事をやめて、もっと顧客を見ようということです。ある方に「この本には怒りが満ちているね」と言われたのですが、確かに私自身、デジタルマーケティングの領域に15年ほどいまして、怒りを感じることがあります。理由はデジタルマーケティングには無駄な仕事が多くて、携わっている人たちが前向きに取り組めていなかったり、数字が伸びない悩みを不毛な形で抱えていたりする人を少なからず見てきたからです。その怒りを思いきり本にぶつけました。

ズバズバ書きすぎたせいで、ご批判を頂くこともありますが、ポジティブに捉えながら、デジタルマーケティングの領域を少しでも良くしていきたいと考えています。

松本 前職時代、インサイトに関する考察を深める過程で「人間の感情は基本的に揺れ動くものであり、善と悪の微妙なバランスの中で決断している」と思い至り、言語化したいと考えていたところで、編集者の方にお声がけしていただきました。

おかげさまで3刷までいきましたので、幅広い層の方に自分の思いを伝えられたのではないかと思います。本の帯は最初「人間の50%はクズである!」でしたが、いろいろな背景があり、第3刷から元ZOZOTOWN執行役員・田端信太郎さんの推薦文に変わりました。大変ありがたく感じています。

――早速1つ目の質問です。マーケティング全体の中で、デジタルマーケティングはどのような存在ですか。

垣内 簡潔に言うと、デジタルはマーケティングにおける手段の1つに過ぎないと思っています。強みと弱みがありまして、弱みは人が行う営業より説得力が弱く、テレビCMより爆発力がないという中途半端なところ。一方の強みは、中長期の観点におけるコストパフォーマンスの良さです。

松本 全く同じです。さまざまな見方があって、垣内さんが本を出されたときにいろいろな方とハレーションを起こしたという話がありましたが(笑)、私もマーケティングという円の中に1つの手段としてデジタルマーケティングがあると思っています。

――垣内さんは著書で「顧客重視ではなく顧客主導が重要であり、デジタルを活用すれば必然的に顧客主導になる」との趣旨を述べられています。大切なところだと思いますので、あらためて解説をお願いします。

垣内 多くの会社が「顧客重視」を掲げていますので、顧客を大切ではないと考えている人はおそらくいないと思います。ただ、その場合でも顧客が主導、顧客がNo.1と捉えられているかというと、そこまでストイックに顧客を見ている会社も多くないのではないでしょうか。

なぜデジタルは、より顧客を見なければいけないかというと、「セルフサービスチャネル」だからです。ユーザーは勝手に利用して勝手にいなくなってしまいます。ウェビナーのときによくお話しするのですが、極端な話、今この対談もお酒を飲みながら見ている方が半分くらいいらっしゃるのではないでしょうか(笑)。私が少しでもつまらないことを言えば、視聴者は問答無用にZoomから退出していきます。つまり、お客さまを最優先に考える顧客主導でないと、すぐ離脱されてしまうところにデジタルの特徴の1つがあると考えています。

データ活用の考え方と、分析へのアプローチ方法

――松本さんに質問です。データサイエンティストでありながら、著書では「データは事実だが真実とは限らない」「データは非常に胡散臭い存在だ」との趣旨でデータに対する懐疑を示されています。データドリブン・マーケティングの認識が浸透しつつある中で、企業はどのようにデータを活用するのがいいとお考えですか。

松本 これは難しい質問なのです。個人的な体験談からお話しすると、ある企業で人工知能とデータサイエンスに関する講演をする機会がありました。そのときのことをざっくり説明すると、質疑応答の際に副社長の方から「松本さんの言っていることは結局、人間の勘とデータによる予測であれば、勘のほうが正しいということですか?」と聞かれて、「正しいかどうかはともかく、勘のほうが精度は高いのでは?」と答えました。両方とも過去に蓄積されたデータを参照していますが、豊富な経験値に基づいているのであれば勘の精度のほうが高いと考えたからです。

その観点で言うと、「データをどのように活用するのがいいか?」の問いの前に「本当にデータが必要なのか?」と一度立ち止まって考えるべきだと思います。データがなくても意思決定できるのであれば、それに越したことはありません。そう考えると、データは意思決定の精度を高める手段ではあるものの、それ以上の存在ではなく、さらには数字でなくてテキストでもいいのではないかと考えています。

垣内 松本さんに共感しかないですね。データは胡散臭い存在です。よほど大きな企業のビッグデータでもない限り、データだけ見ていても何も出てきません。WACULのようにいろんな会社のデータを持っていれば横断的にさまざまな展開が可能ですが、単一の企業のデータ程度なら極論、社内説明のこじつけに使えばいいと思います。よくある例ですが、ページビューが多いといっても、ユーザーが喜んで見ているのか、迷っているのか、どちらなのかはわかりません。データを基に都合の良い解釈で社内の説得に活用すればいいと思いますね。

さらに、社内の説得にデータを使うなら、「数字ではなくテキストでもいいのでは」という話もおっしゃる通りだと思います。例えば、大前研一さんが「これがいい」と言えばデータなんていらないという話ですよね。

松本 そうです。もう1つ言いたいのは、「データをどういうふうに活用すればいいですか?」とよく聞かれるのですが、それはデータサイエンティスト側が決めることではないんです。意思決定の方法は現場によって違いますから、意思決定する人がどんなふうに活用するかを決めるべきで、勘で意思決定できるのならそれで問題ないのではないかと思います。

垣内 問いが間違っていますよね。「データを活用しなきゃ」という問いが間違っています。

意思決定の精度を高めるためにデータを活用するという話もおっしゃる通りで、どちらがいいか判断が難しいときにデータを見るのは当然すべきです。しかし、かしこまって使うものではありませんし、自明なものを自明であるがごとく見ようという話だと思います。

――おっしゃる通りですね、失礼しました。次に、データ分析のアプローチ方法に対する考え方をお聞きします。松本さんは簡単に言うと、「目的の定義」→「データ収集」→「データチェック」→「分析」→「目的に適合しているかどうかのフィードバック」。垣内さんは「ユーザー行動仮説」を立てて、「データ収集」→「データ解析」→「仮説の証明」と、おふたりの考え方は非常に近いと感じました。それぞれのデータ分析に対するアプローチについてあらためて教えてください

※図解引用:『人は悪魔に熱狂する』(毎日新聞出版)

垣内 松本さんの考え方と同じだと思います。膨大な量のデータが存在するのであれば、宝物の発見があるかもしれませんが、それはあまり現実的ではありませんから、まず問いを立てることが基本です。問いが立っていない状態でデータ分析しても何も出てきません。

問いとは例えば、ビジネスの目的やユーザーの行動仮説で、それが本当に合っているかどうかを確認するために活用するのがデータの使い方だと思います。ですから問いを立てずにデータを見るという考え方は間違っている気がします。

――「問いを立てずにデータを見る」とは具体的にどんなことですか。

垣内 何も考えずに「とりあえずGA(Googleアナリティクス)にログインする」なんて、時間がもったいないのでやめたほうがいいですね。BIツールで「顧客データをとりあえず分析します」と言って出してきた結果で役に立ったと感じたことはほとんどありません。結局、見たいもの、社内を説得したいテーマがあるからデータを見るわけで、無思考にデータをいじり始める行為は愚かだなと思います。

松本 もともとこのプロセスは、データサイエンスの本で提示しました。データサイエンティストが行う分析プロセスの8割から8.5割の時間は目的の定義とデータの収集に費やされています。つまり、分析自体はそれほど時間が必要なわけではなく、正しくデータ収集をすることが大変なのです。データの定義をするのはデータサイエンティストではなく、収集した人、もしくは収集を指示した人なのですが、そこが忘れられがちなので、あえて「データの収集」を入れました。

ただし、いきなり分析から入るパターンも実はあります。例えば、勘を働かせたいけど、何の蓄積もないので働かせようがない場合は、データの海に飛び込まなければならないでしょう。ですから、目的を見つけようにもどうすればいいのかわからないケースであれば、溺死覚悟でデータの海に一度飛び込んでみるのもありかな、と個人的な体験談から感じます。

――溺死することもあるんですか。

松本 大体、溺死していますよ。でも、実際の現場で「目的もなしに分析してはダメだ」という強迫観念が生じてしまうと、担当者が困って「夜中の12時まで泣きながら分析レポートをパワーポイント200枚分作りました」となりがちです。目的の定義も大事ですが、定義がなければデータの海に飛び込むのも時には必要で、このバランス感覚が実は一番難しい気がします。

垣内 おっしゃる通りだと思います。ただ、私はデータの海に飛び込むのは時間がもったいないと感じるタイプです。お客さま3人くらいにインタビューすると大体仮説ができますから、データの海に飛び込むくらいなら、まず定性調査から始めたほうが時間を無駄にせず、楽に分析できるかなと感じます。

2人のキャリアを形づくった20代での経験と挑戦

――次に、マーケターに求められる役割や能力をどのように考えているか教えてください。

垣内 2つあります。売り上げを作れることと、組織を調整できることです。以前、ある方が「今、江戸時代にタイムスリップして八百屋を開業し、売り上げを立てられるかどうかがマーケターの素養だ」と話していて納得したのですが、何か商品を仕入れて、制作から販売まで全部1人でできる自信のある人はマーケターとしての前提に立っていると思います。

ただ、現代の多くの企業において一人でそこまで対応するのは難しく、いろんな組織の調整が必要です。ECなら商品を仕入れる人もいれば、サイトを制作する人もいますし、コンテンツを作ったり売り上げを管理したり、商品の発送をしたりする人もいます。その辺をうまく調整しないとビジネスが成立しないので、相手の言葉やKPIに合わせてコミュニケーションを取れるのが2つ目の素養だと思います。売り上げを立てられて組織調整ができる。デジタルの知識は勉強すればすぐ身に付きますから、この2つが私の考えるマーケターの素養ですね。

松本 「どういうスキルを身に付ければいいですか」「どんな能力が必要ですか」という質問を結構頂くのです。基本的には垣内さんのおっしゃられたことに賛成ですが、なぜみんなそんなにスキルを気にするのだろうかと逆に気になります。私はJX通信社でマーケティングマネージャーをしていますが、マーケティングの仕事をちゃんと始めたのは今年(2020年)3月からで、以前はデータサイエンティストとイノベーション的な仕事、あとはエンジニアリングの経験しかなくて、視聴者の方よりマーケティングの経験値は低いと思います。それでも頑張って「コロナ禍で一番ダウンロードされたアプリ」と評されるくらいに成果を上げることができました。

個人的にはスキルを気にしても仕方がないと思っています。それよりは野球で例えるなら、打席に立つ回数や投球回数を増やしたり、先発投手なら15勝くらい挙げて監督から信頼される選手になるほうが本筋のはずなのに、なぜみんなスキルを気にするのか疑問ですね。

――では、おふたりがキャリアの中で「これはやっておいてよかった」「この経験が今の仕事につながっている」と感じることは何ですか。

垣内 これも2つかなと思っていて、1つは営業です。モノを売ることができない人にマーケティングは無理ですから、私もモノを売った体験がマーケターとして今に活きていると思います。

もう1つはユーザー行動観察調査です。マーケティングはやはり顧客を見ることが重要になります。ユーザー行動観察調査は、お客さまの行動をひたすら見て「なぜこの人はその商品を買うのか」を営業よりもっと手前のフェーズから考察する行為ですが、前職のときに何度も行った経験が自分の中に染み付いていて、それがキャリア的に活きていると感じます。

松本 生存者バイアスの可能性があると念頭に置いて聞いてほしいのですが、私の場合、全部の経験が今に活きています。例えば、おそらく私、ランキングにすると東日本で5位くらいに原稿を書くのが速いんです。1位は赤川次郎さんだと思いますけど(笑)

これは20代前半に毎週1万字くらい書く特訓をしていて、それを4年ほど続けたおかげだと思います。結果的に「物事を整理する能力」「アウトプットする能力」「読みやすい文章にする能力」を身に付けることができました。その能力がまさか今、こんなふうに役に立つなんて、当時は全く思ってもいなかったわけです。そう考えると、将来どうなるかはわからないけど、ひたすら地面を掘り続けるような地道な努力を続けることが意外と大事ではないかと思うのです。「これって何の役に立つんですか?」とよく聞かれるのですが、何の役に立つかは、これからの自分の生き方が決めるのであって、とりあえずやってみたらどうかと思いますね。

※後編はこちら

Profile
垣内 勇威(かきうち・ゆうい)
株式会社WACUL取締役CIO。
東京大学経済学部卒業後、株式会社ビービットに入社。2013年にWACULに入社し、改善提案から効果検証に至るまで、マーケティングのPDCAをサポートするSaaSツール「AIアナリスト」を立ち上げる。現在はWACULテクノロジー&マーケティングラボ所長および取締役CIOとして、ノウハウの構築や新規プロダクトの創出などを担う。著書は『デジタルマーケティングの定石 なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』(日本実業出版社)。
@yuikakiuchi

松本 健太郎(まつもと・けんたろう)
株式会社JX通信社マーケティングマネージャー。
多摩大学大学院経営情報学研究科修了。株式会社ロックオン(現イルグルム)、株式会社デコムを経て、2020年JX通信社入社。主な著書に『人は悪魔に熱狂する』『データサイエンス「超」入門』(以上、毎日新聞出版)、『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)、『なぜ「つい買ってしまう」のか?』(光文社新書)、『アイデア量産の思考法』(大和書房)など。
@matsuken0716

 

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
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