会社員でありながら、複数の媒体に連載を持つだけでなく、書籍を10冊以上刊行し、さらにはnoteまで手掛けるなど、あふれ出る情熱で筆が止まらないJX通信社マーケティングマネージャーの松本健太郎さん。
出版不況が叫ばれる昨今にあって、これだけ次々と書籍の執筆依頼が続くのは、読者に内容が支持されている証拠でもあります。
忙しい仕事の合間を縫って、一体いつ、どのように勉強し、執筆活動を続けているのでしょうか。
松本健太郎さんにその秘密を公開していただきました。
(人物写真:海保 竜平)
目次
【寄稿】
この世でもっとも言語化が難しいのは、特に苦役と感じないのに、周囲から「どうやったらそんなに成果を出せるの?」と秘訣を聞かれる瞬間です。なんか分からんけど苦痛を感じずやれてしまうので、なぜできるのかを言語化できないのです。
誰でもやれると思っていたけど、実は凄かったスキルなんて誰しも1つや2つは持っているでしょう。私の場合、言いたいことをまとめ、文章として整理することは苦役と感じません。文章も早く書けてしまいます。結果的に、インプット&アウトプットは人より多いと思います。
ちなみに2020年1月〜9月までの9カ月の間に寄稿した記事は約70本になります。量を競う大会にエントリーしているわけではないのですが、人によって「そんなに?」「どうやって?」と思われるようです。
今回、Marketing Native編集部から「松本さんの勉強の仕方に興味があるので、ぜひまとめてみませんか?」とお声がけを頂きました。恐らくは大量のインプット&アウトプットに何かしらの”秘訣”があると思っていただけたようです。ものすごく言語化に苦しみました。参考になるかどうか分かりませんが、1つのアプローチとして知っていただければ嬉しいです。
大事なのは「学び続ける情熱を持つ」こと
なぜ、そんなにインプット&アウトプットができるのか。精神論のウケが悪いのは承知していますが、根本にあるのは「なんでだろう?」「どうしてだろう?」という疑問や、「あの人に会ってみたい!」という野次馬根性です。
何事においても疑問を持つのは大切です。例えば「なぜ棒グラフは”棒”なのか?」という疑問から『グラフをつくる前に読む本』が生まれました。国内の論文で参照したのはわずかで、大半は外国の論文にばかり目を通して1年以上かけて仕上げた1冊です。
野次馬根性に関して言えば、AIの取材を通して東京大学の松尾豊先生や田原総一朗さん、謎の覆面マンことマスクド・アナライズさん、マーケティングの取材を通じて足立光さん、山口義宏さん、徳力基彦さん、黒澤友貴さん、田端信太郎さんとお会いできました。
突き詰めて言えば、何歳になっても学び続ける情熱を持っているから、疑問や野次馬根性を持てるのだと思います。学ぶ意欲が無ければ疑問を持たないし、日々平穏に過ごしたいので野次馬根性も抱きようがありません。
「学び続ける情熱を持て」とは、私の恩師である松谷徳八(元龍谷大学准教授)から約10年前に授かった言葉です。松谷先生は大阪芸術大学時代に「自主制作の映画を撮りたい」と相談に来た学生に「悩む前に手を動かせ!」と泣かすほど叱咤するような”変わった先生”で、私もその薫陶を受けました。何度泣かされたか。ちなみにその学生は後にアニメや特撮の分野で大活躍、映画「シン・ゴジラ」の総監督を務めた庵野秀明さんだそうです。
話を戻します。私を突き動かす源泉は「情熱」であり、それが燃料となってインプット&アウトプットのサイクルがグルグル回っています。言い換えれば、お金になるかとか、アウトプットの目的は何だとかは一切考えていません。
これまで書籍を11冊刊行して、既に12冊目と13冊目の執筆を始めています。もし真剣に印税生活を狙いたいなら、冊数を減らして販売活動に重点を置き、もっと講演活動に勤しむでしょう。それをしないのは、私にとって出版とは「自分の考えを体系立てて10万字で言語化し整理する機会」だからです。しかもプロフェッショナルの編集が添削してくれるのですから、こんなに有難い話はありません。
ちなみに次の書籍も野次馬根性丸出しで、辻元清美衆院議員や池上彰さん、DeNAの南場智子さんにお会いしたいなと画策しております。ある競合企業の人からTwitterを通じて「自己顕示欲の塊」と罵倒されましたが、ちょっとした機会を見つけては自己欲求を満たそうと考えるのが僕の悪い癖ですね。
学びは「3年周期」で次に挑戦
ここからは私のインプット&アウトプットのノウハウについて共有できればと思います。まずはインプットについてお話ししましょう。
20代半ばになって決めたのは「学びの3年周期」です。あるテーマを3年間徹底的に学んでコツを掴み、ボウリングのセンターピンを倒せる程度には本質に触れ理解できることを目標にします。3年周期なら、80歳まで残り45年間ありますから、まだ15テーマ学べます。
その領域のスペシャリストになりたいのではなく、本質に触れたいだけなので、3年〜最大5年で良いと考えています。ちなみに、これまでドラッカー、ゴールドラット(『ザ・ゴール』『クリティカルチェーン』等で有名)、データサイエンス、インサイトについて学び、去年からは行動経済学を学び始めました。
独学で勉強できれば良いのですが、知識不足が原因で効率的な学びを得られない場面がほとんどでした。そうした場合はお金の力を使います。ガチャで課金してカードを強くする心境と同じです。書籍を購入したり、ゴールドラット博士の提唱するTOC理論やCCPM(クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント)を理解するためにセミナーへ参加したり、データサイエンスを理解するために多摩大学大学院に2年間通いました。
ちなみにガチャ課金の証が「書棚」だと私は思っているのですが、手元に紙の書籍は300冊も残っていません。書棚をスマホのカメラで撮影しました。汚くてすいません…。今は、だいたい電子書籍を買うようにしています。本棚を置くスペースがもう無いからです。引っ越しのたびに売ってしまいました。ただ、延べ冊数でも3000冊は超えていないと思います。この量では読書が趣味とは言えませんね。
3年と時間を区切っているのに、明確な根拠はありません。だいたいそれぐらいの時間をかければ「そうそう、そういうことだ!」という本質に触れられると肌感でわかるからです。それに、私の目標は専門家になることでもありません。そういう意味では、志は低いかもしれませんね。
ちなみに、たった3年しかないのに何から勉強すれば良いのか疑問に思われる方もおられるかもしれません。私なら「本質を学ぶのに近道も遠回りも無い」と答えるでしょう。
1年目は初級編の書籍を片っ端から購入し、登山で言えば1合目〜2合目あたりをグルグル回ります。同時に、3合目より上に何が待ち構えているのか下調べをします。残り2年間は「これを学べば良さそうだ」と分かった領域をひたすら繰り返します。
このパターンで挫折をした学問は「財務」と「デザイン」です。いずれも1年目で挫折しました。未だに何が本質なのか、サッパリ分かりません…。
毎週アウトプットを出す工夫とは?
続いてアウトプットについてお話ししましょう。冒頭で2020年はすでに約70本寄稿したと紹介しましたが、1本の記事を書くのにどれくらいの準備と時間を要しているか振り返ります。
まず、A4の紙に言いたい内容をまとめます。マインドマップのように、タイトルを中心に置き、章項目を記載し、さらに枝葉を書いていきます。文字数にすると、だいたい500字程度ですが、これで大まかな粗筋が完成します。あとは、粗筋に沿って原稿を仕上げるだけです。今回の原稿に関しては、以下のようにまとめました。
一番大事なのはテーマ設定であり、何について書くかです。書いては消しゴムで消し、紙がダメになって真っ新な紙を再び用意することは珍しくありません。今回はものすごく苦戦して8回書き直しました。
ちなみに、紙に落とし込む前にテーマを決めている場合が大半です。通勤中にネタが思い浮かび、それを脳内で膨らませておく場合もあれば、お風呂で本を読んでいる最中に思い浮かぶ場合もあります。身近なネタに対する疑問が最初の切り口なのは間違いありません。
かつ、今学びたいと思っているテーマに絞ります。インプットをするからアウトプットをするのではありません。アウトプットをするためにインプットする内容を選ぶのです。私から見れば、皆さんの順番が逆です。「学び」を目的ではなく、アウトプットの手段に置き換えてみましょう。自然と学ばざるを得ない環境に自らを置くことになります。
ちなみに時間配分については、平日は犬の散歩から帰ってきた21時〜24時ぐらい、休日はだいたい夕方〜ご飯を挟んで気が済むまでやっています。こうした時間の割き方を許してくれるのも嫁のおかげであり、家庭内の理解が無ければ成立しません。この場を借りて感謝を申し上げます。
以前は、午前2時〜3時までやっていたのですが、次の日に頭が痛くなってしまうので徹夜も止めてしまいました。今は午前1時には熟睡しています。この枠組みで、週1〜2本の原稿、書籍の書き下ろしに挑んでいます。
『人は悪魔に熱狂する』誕生秘話
書籍と原稿では、かかるスパンが異なります。原稿は長くても3日間で全てを終えますが、書籍の場合は短くても半年、長いと1年以上かかります。そこで、最近刊行した『人は悪魔に熱狂する』を例に、どのような段取りで勉強したかをご紹介します。
そもそも、私が行動経済学に興味を持ったのは、消費者のインサイト〜バリュープロポジションを考えるにあたって「人って全然、合理的じゃない」と感じたからです。その理由を考えるために、当時勤めていた株式会社デコム代表の大松孝弘と相談する過程で登場したのが「行動経済学」です。最初に注目したのは行動経済学の中でもナッジです。ナッジは消費者が自ら動きたくなるバリュープロポジションと言えるのではないかと考えて、OECDが発刊したナッジ事例を読み漁りました。
同時期に、仕事とは別で「108個の煩悩って言うけど、具体的には何?」と気になってしまい、煩悩について調べ始めました。『阿毘達磨倶舎論』という難解な書籍を購入し、根本煩悩(貪・瞋・癡・慢・疑・悪見)の存在を知ります。さらには、根本煩悩に対応するように波羅蜜(仏様になるために菩薩が行う修行)があると知りました。その時にまとめた紙がこちらです。
悪(煩悩)と善(波羅蜜)は実は表裏一体なのではないかと考えた時、当時調べていたナッジや商品のバリュープロポジションに、根本煩悩が見事に当てはまると気付いたのです。将棋の羽生善治さんは対局中に勝ち筋が見えると手が震えるそうですが、それと同じぐらいに私も興奮で震えて文字が書けませんでした。煩悩ーインサイトー行動経済学が綺麗に直線で繋がった瞬間でした。スティーブ・ジョブズ風に表現すると「Connecting The Dots」でしょうか。
それから縁あって毎日新聞出版の編集Nさんに「それを書籍化しましょう」と2019年9月くらいにお声がけいただいて、5月刊行を目指して原稿にする作業が始まりました。それが無ければnoteにて20本ぐらいの連載にしていたと思います。コロナの影響で刊行時期が5月から7月に延びましたが…。
以前から行動経済学の書籍は読んでいたので、関連する論文を読み漁り、必要な情報を集約化していきました。章立てを構成したのは2月半ば、原稿が完成したのは5月半ばなので実質3カ月で10万字を描き切った計算です。書くのは簡単で、結局は何がまとめるに値する内容なのか、ということでしょう。
やるのは簡単、続けるのは難しい
以上が私のインプット&アウトプットのノウハウになります。何か参考になる点があれば良いなぁ、と感じています。ただ私自身が何かを成し遂げた人間ではありませんので、この通りにやったとしても大きなリターンがあるかと問われれば「知らんがな」としか言えません。
Twitterのフォロワーは1万を超えていないし、バカ売れしている作家とは言えないし、道を歩いて顔を指された経験は1度しかありません(三田の焼肉屋で友人とご飯を食べてたら横に座った人に「松本さんですか?」と声をかけられて慄きました)。
皆さんがもし高速でインプット&アウトプットのサイクルを回したいなら、ぜひ真似をされると良いかと思います。ただ、短期間の真似は出来ても1カ月となると多くの人は難しいのではないでしょうか。
光文社新書からインサイトを体系的に発見する『なぜ「つい買ってしまう」のか?』を刊行させていただいた際、こんな体系立った内容を刊行して良いのかと驚かれました。大松とも相談したのですが「ノウハウを公開して10000人の目に留まっても、やってみようと考えるのは100人、やり続けるのは1人だ」という結論になりました。
半沢直樹の大和田常務風に言えば「やれるもんならやってみな!」という言葉で、この記事を締めさせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。