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インタビュー

ミツカン 代表取締役専務 兼 COO槇亮次インタビュー「トップシェアのブランドをさらに伸ばすマーケティング戦略」

最終更新日:2025.03.04

The Marketing Native #71

Mizkan Holdings 執行役員

Mizkan 代表取締役専務 兼 COO

槇 亮次

毎日の食卓に欠かせない商品が並ぶMizkan(以下「ミツカン」)。

すでにトップシェアのブランドも含め、まだ全体的に伸びしろがあるはずと、ネスレ日本で「キットカット オトナの甘さ」シリーズを立案しヒットさせたことなどで知られる槇亮次さんが、ミツカンにジョイン、戦略の見直しを図っています。

具体的にどんな施策を手掛けているのでしょうか。今回はミツカン 代表取締役専務 兼 COOの槇亮次さんに話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)

目次

ネスレ時代、「オトナの甘さ」のヒットでシェア1位に

――槇さんは新卒でネスレマッキントッシュ(現・ネスレ日本)に入社し、2023年3月にミツカンにジョイン。ネスレではマーケティング部長をはじめ、スイスの本社勤務時代にグローバルブランドマネージャーを務め、帰国後は執行役員まで昇進しています。マーケティングで有名なネスレですごいキャリアだと思いますが、具体的にどんな実績を上げられたのですか。

マーケティングマネージャーとしてネスレのマーケティング全般を担当していた2012年頃に、チョコレート菓子の国内シェアでグリコさんのポッキーを抜いてトップブランドになったことがありました。なかなか1位になれない時代が続いていたので、これが1つ大きかったと思います。

具体的な施策としては、売り上げを作る第2の柱の構築です。1つはEC。2009年に自社ECを立ち上げ、新しい需要を作りました。そのECは「チョコラボ キットカット」という名前で、お客さまご自身がアップロードした写真などを使って、パッケージをデコレーションできるサービスです。通常のキットカットと比べると、売価は2倍以上になりますが、ギフト使用として評判になりました。現在も利用されています。

もう1つは、キットカットという大きなブランドの中で、それまで取り切れていなかったお客さまにアプローチする新しいシリーズを作りました。それが大人向けに甘みを抑えた「キットカット オトナの甘さ」というプレミアム商品です。日本独自の取り組みだったのですが、新しい顧客獲得に成功し、ECと合わせてシェア1位獲得につながりました。

実行力の強みと戦略立案力の機会点

――「オトナの甘さ」シリーズの発案者だったとは、すごいですね。その後、2023年3月にミツカンにジョインしたわけですが、ネスレでは執行役員の職にあったのに、なぜ転職を決断したのですか。

自分がどんなときに真の充実を感じるかを考えたとき、やはり対消費者向けの仕事をやりきれたときだと思いました。役職など外見上のカッコよさに満足するのではなく、消費者からの良いフィードバックに充実を感じるのだとすると、当時の社内ポジションのまま満足していていいのか、もっと消費者と直接向き合えるところに特化した会社はないかと探して、出合ったのがミツカンです。ミツカンは企業理念として2つの原点を掲げています。1つが「買う身になって まごころこめて よい品を」で、シンプルに言うと“コンシューマーセントリックなマーケティングをしましょう”というカルチャーが綿々と続いています。

もう1つが「脚下照顧に基づく現状否認の実行」。要は改善点は常にあるので、“PDCAを回しながら、お客さまに常に最良なものを届けていこう”という精神であり、私はその考え方に共感しました。

槇亮次さんが作成したライフチャート

――入社後に感じたミツカンの強み・弱みは何ですか。

実直な人が多いのは強みだと感じます。人事評価に関するサーベイなどを見ても「実行力」が高く出ています。得意分野のカテゴリがいくつもあり、さらにカルチャーとして社員に実行力があるからマーケットシェアも1位に上がっていったのだと思います。

一方、伸びしろだと感じるのは、新規チャネルの開拓やプレミアム商品作りなどマーケティングの戦略立案に関する取り組みです。前職では、ECやブティックを立ち上げたり、外国人観光客を目当てにしたギフトショップへの配荷の強化など新たなビジネスモデル開発や販売先のチャネル開発、販路開拓を行ってシェアを伸ばしたのですが、ミツカンは新規開拓という点でまだ機会があると考えています。もちろん、販売チャネルはスーパーマーケットが多く、ECやドラッグストア、ディスカウントストアも構成比としてはありますが、新規チャネルを積極的に探しているかというと、まだ十分でない気がします。

――日本ではミツカンの商品を知らない人は少ないでしょうし、シェアNo.1ブランドを複数所有しています。ジョインしたはいいものの、ここからさらにシェアを上げ、目覚ましい成長をさせるのは大変だと思います。どうお考えですか。

もちろん容易ではないと思います。ただ、日本の食品市場は数十兆円あります。範囲をどこまでに設定するかにもよりますが、加工食品の市場も20兆円以上です。しかしミツカンの売上高は約1,200億円(日本+アジア事業)。つまり自社目線で見ると、空いている市場、手をつけていない施策は多数あるということです。確かにマーケットとしては厳しい状況が続くかもしれませんが、新しい領域に進出したり、プレミアム商品に限らず仕様を変えてみたりして、新たなお客さまを獲得し、自社ブランドを一緒に育てていく取り組みについては、機会としてまだ十分に設けられそうです。

また、トップシェアの商品については、ミツカンの2つの原点の1つ「脚下照顧」に基づき、隅から隅まで達成できているかを考えます。例えばマーケティングなら基本の4P全てで最高到達点に達しているのか。調べてみると、まだ余地はあるものです。例えば、味ぽんは昨年5月頃からコミュニケーション戦略を変えたところ、最初の3カ月ほどで2桁の伸びがありました。

新しいお客さまを獲得するために因数分解していくと、商品にしてもコミュニケーションにしても、手つかずの打ち手が眠っているのが見えてきます。眠っていないと考えると見えてこないものですが、「絶対に眠っている」と思いながら探っていくと、アイデアが湧いてくるものです。

味ぽんで成果を上げたマーケティング戦略の見直し

――ミツカンにジョインされてからの2年間務められたマーケティング本部長の業務について具体的に教えてください。
※注)2025年1月のインタビュー後、3月から新しいポジション(代表取締役専務兼COO)に就任。

範囲としては日本の国内事業のマーケティングを統括しています。マーケティング本部自体は、今170人くらいで、ブランドを担当する企画チームと広告宣伝チームで半数を占めます。残り半数は開発技術と呼んでいて、いわゆる開発チームです。この両部門を統括しています。そのため、時には開発のメンバーと試作品を評価したり、新たにローンチするロードマップの話をしたりすることもあります。

一方、ブランドのチームとはカテゴリやブランドの戦略を一緒に考えるほか、施策の承認や進捗・成果の確認をするなど統括業務全般を行っています。

――代表的な事例の戦略や成果を教えてください。

先ほども申し上げた味ぽんのコミュニケーションの例がわかりやすいと思います。味ぽんはぽん酢の中でマーケットシェア1位であり、2024年が発売60周年というロングセラー商品です。だからあまりテコ入れする“余白”がないのではと思われるかもしれませんが、新しいコミュニケーション戦略を作って実行した結果、商品は変えていないのに、一定以上の成果が見られました。

――どんなコミュニケーションですか。

味ぽんの使い方がもっと広がるような打ち出し方をしました。従来はどちらかというと「味ぽんは、こんなメニューにも使えます」というメニュー提案が主体でしたが、今は多様性が広がって誰もが同じメニューを作るわけではありません。そこで「こんなメニューにも合いますよ」ではなく、「お客さまが食べるどの料理にも合いますよ」と訴求の仕方を変えました。そうすると、料理の味つけに使われるケースもあれば、単純に料理にかけて味のアクセントとして使っていただくこともあり、使い方の幅が広がります。ちょっとしたことですが、伝え方を変えただけで、実際にいろんな使い方をお客さまにしていただけるようになり、マーケティングの効果としてリフトアップがありました。

――テレビCMのほか、SNSにも注力したとのこと。

味ぽんに関しては定量的にチェックできているのですが、発話量とマーケットシェアに相関があります。つまり、SNSで話題にされれば売り上げも伸びるというわけです。ですから、発話が増えるようにニュースバリューを高めて、メディアなどに取り上げてもらえるような取り組みを行いました。その辺はチームの人たちが頑張ってくれて日清さんとの企画や、同じ60周年つながりでJR東海さんと東海道新幹線を軸にした企画などを行い、メディアに取り上げてもらって話題化をしながら、「味ぽんはいろいろな料理に合いますよ」というバラエティさや安心感を打ち出しました。

ただ、せっかく発話量が増えて興味を持っていただいても、「魚の〇〇の料理に合う」などとメニューに落とし込んでしまうと、その料理を食べない人の興味関心から外れてしまいます。そうではなく、「味ぽんに興味を持ちました」→「味ぽんを使ってみようかな」という消費者に対し、「あなたが今晩作るその料理にも味ぽんはよく合いますよ」というコミュニケーションなら、お客さまの心にスッと入っていきやすいはず。今は極端にそういう構造に変えていこうと取り組んでいます。

実際、味ぽんは大抵の料理に合うと思います。それはやはり醤油を使っているからです。日本人の食は一般的に醤油と相性が合います。さらに揚げ物にも合います。これは柑橘が効いているからで、脂っこい料理にさっぱりとした味わいが加わります。これがぽん酢のすごい力であり、もっと引き出せると思って、トップブランドの味ぽんで取り組んでいます。

もう1つ行っているのが、前職でも手掛けたプレミアム商品です。「日本一周『地元を味わう 味ぽん』で地元を楽しもう」という企画の第1弾として「味ぽんfor宇都宮餃子」という商品を作りまして、宇都宮を中心とした栃木・北関東の自家消費層に加え、手土産で買っていただけるように販路開拓を含めて行いました。栃木のサービスエリア・パーキングエリアに寄っていただいたら、宇都宮餃子用に仕立て直した特別な味ぽんが売っているはずです。

――食べたいですね(笑)

実はこれも先ほど申し上げた大きな戦略に則った施策です。餃子を食べるのに味ぽんを使う人は結構いらっしゃいます。ただ、もう1回リマインドすることで「宇都宮餃子のあの味に合う味ぽんっていいね」という単体の評価に繋げられることに加え、「普段餃子を食べるときにも味ぽんを使おうかな」という需要に繋がるのではないかと考えています。その辺はまだ検証中ですが、そんな相乗効果があると思ったので、まずはご当地味ぽんの第1弾として宇都宮餃子向けに始めました。

https://www.mizkan.co.jp/ajipon/jimoto-ajipon/

15秒では語り尽くせない鍋つゆの魅力

――「第1弾」ということは、これからも続きそうで楽しみです。

ありがとうございます。ほかにも、鍋つゆが今期は好調です。鍋つゆというと、どうしてもSKU数が多くなる特徴がありました。前職の経験から考えると、売り上げが伸びてマーケットが形成される時期、鍋つゆなら15年から20年くらいですが、その間に各社がSKUをどんどん投下します。ところが、成熟期を迎えたときにもそのままの勢いで新商品を出してしまうため、1品当たりの売上高を各社が落としてしまうのです。こうしてジリ貧になっていきます。

そこで今期からはアイテムの絞り込みや優先順位の明確化を行い、コミュニケーションや販促なども、ある程度まとめて実施するように変えました。営業チームとも連携し、主力商品を中心に絞り込んで販売する戦略に変えたのが、現状うまく回っている状態です。

鍋つゆに関してもう1つ挙げると、あるテレビ番組のジャッジ企画で取り上げていただいたのがお客さまの心を捉えたようです。テレビCMも流してはいますが、15秒で語れることと語れないことがあり、調味料の使い方、こだわり、料理したときに出る美味しさの世界観を15秒で表現するのは難しいと思いました。そのため鍋つゆについてもコミュニケーション戦略を変えて、テレビ番組で取り上げていただけるような話題作りをしようと取り組んでいるところです。事例としてあるのは映画『グランメゾン・パリ』とのコラボレーション企画を1つ作って話題化させ、テレビ番組で取り上げていただけるような流れを作りました。

画像提供:株式会社Mizkan

ほかにも全国各地で最低気温15度以下が3日間続いた日を「鍋開き」として宣言し、昨年は全国の鍋開きタイミングを予想した「鍋前線2024」を公開してイベントを行いました。こうした企画も取材いただけるような話題の元を提供して、いろんな番組に取り上げてもらうことを意図したものです。

画像提供:株式会社Mizkan

マーケティング人材の実践的な育成方法

――ありがとうございます。次々と施策を打っている感じですね。次に、マーケティングで成果を上げるのに欠かせない人材育成と組織作りについてお聞きします。ミツカンの人材育成はどんな感じですか。

力を入れています。実は味ぽんや鍋つゆについてのマーケティング戦略の見直しより先に手掛けたのが育成です。申し上げたように、社員の実行力は強い。一方でビジネスモデルやチャネルを作ったり、新しい消費者を開拓したりする点については機会が大きいと感じました。つまり、マーケティング担当者が身につけているべきいくつかのケイパビリティの中で、戦略立案力に伸びしろがあると感じたので、その強化に真っ先に乗り出したというわけです。

考えてみると、私がジュニアスタッフだった20年くらい前と比較して、マーケティング業界では情報量が大きく増え、お客さまの生活スタイルも変わりました。業務に置き換えると、ひと口に消費者を理解しようとしても、私がジュニアスタッフだった時代と比べると、消費者関連のデータが数百~数千倍あると思います。その中で大事なデータは何かを目利きして、現状とのギャップを捉え直した上で「ここに機会がある」と考えながら戦略を策定していくわけですが、情報が多すぎる分、難易度は上がっています。

――選択肢が多くなって複雑化しているのですね。

そうですね。ネスレでは高岡(浩三・前代表取締役社長兼CEO)さんの時代に、「こういうことをやりたいんです」と言っても興味を持って聞いてもらえなくて、「“やりたい”とか“こんなアイデアを持っています”なんて誰でも言える。そうではなく、“実際にやってみたらうまくいったので、もっと投資させてください”と結果報告と一緒にお願いをしに来なさい」とよく言われました。そんなふうに「まずやってみよう」「そこから次の手を考えよう」と仮説思考andアジャイルにやることが重要なのですが、現代の若いマーケティング担当者を見ていると、仮説を作る際の現状分析に使ういろいろなデータの量が途方もなくありすぎて、その中からどれが大事なのかを見極めるところがまず高いハードルになっています。「データドリブン」と言いますが、大事なデータを選定するためにどのようにプライオリティをつけるのか、その辺のHowがあまり語られていなくて、聞いてみると、その人の経験値になっていることがあります。

――そのHowはどのように教えたのですか。

自分だけでは手が回りきらないので、自分と同じ波長だと感じる外部のマーケティングアドバイザリファーム「Bloom&Co.」さんとともに取り組みました。トレーニングになるような共同のプロジェクトを立ち上げて取り組み、味ぽんの新しい戦略についてもその中でお題として出したものです。Bloom&Co.さんにファシリテーションをしていただきながら、時にはアドバイスも頂き、戦略的な思考力を鍛えるよう努めました。

味ぽんチームが中心ですが、周りのメンバーもオンラインで視聴できるようにして、部門のメンバー全員170人のうち多いときは100人くらいが視聴していました。これを一定期間のプログラムで回して、実際に味ぽんの担当チームが戦略を作って動きながら、実践的に育成にも繋げていった形です。

――手厚い育成で素晴らしいです。最後に、ネスレ、ミツカンと活躍する槇さんが、仕事をする上で日頃から意識していることがあれば教えてください。特に、他の人と違うところがあれば知りたいです。

能力についてはほとんどの人は差がないと聞きますし、私も決して高くはありません。一方、考え方は多少周囲とは違うかもしれないと思います。内発的動機として、お客さま=消費者向けの仕事をしたほうが充実感のあるタイプで、基本的に視線は外を向いています。だから自分で自分に課しているのは「個人的には…」と言わないことです。私個人の考えに価値はそんなにないと思っていて、例えばAかBかを判断するときに、「個人的にはAがいいと思います」のようなことが聞こえてきても、私にしてみれば何も感じるところがありません。そうではなく、消費者にとって価値があるのはどちらかを答えるべきです。

こうなった背景としては、昔から自分のセンスに自信が持てないことがあります。主観には自信がないから、常にお客さまにどう思われるかを想像しています。だからいつの間にか「個人的には…」と言えなくなっていました。

もちろん、「個人的には…」を言わないビジネスパーソンがどれくらいいるかというと、ほとんどの人が言います。しかし、「個人的には…」と言い出すと、組織のヒエラルキーで判断されがちだと思いませんか(笑)。それは顧客志向ではないと思います。

――私も意識してみます。本日はありがとうございました。

Profile
槇 亮次(まき・りょうじ)
株式会社Mizkan Holdings 執行役員。株式会社Mizkan 代表取締役専務 兼 COO。
京都府⽴⼤学農学部卒。1999年ネスレマッキントッシュ⼊社。ネスレコンフェクショナリー マーケティング部ブランドマネージャー、ネスレオーストラリア、ソシエテ・デ・プロデュイ ネスレS.A.、ネスレ日本 執⾏役員コンフェクショナリー事業本部⻑、同新規ビジネス開発本部⻑などを経て、2023年3月よりMizkanに取締役マーケティング本部長としてジョイン。2025年3月より現職。

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
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