インタビュー
2020.10.06

アサヒ飲料 常務マーケティング本部長・相生宏之が語る「顧客に生涯愛される、『カルピス』の世紀を超えるマーケティングとは?」

The Marketing Native #24

アサヒ飲料 常務マーケティング本部長

相生 宏之

誕生から101年を迎えた「カルピス」。多くの人が一度は「青春」や「初恋」などの言葉で形容される、あの甘酸っぱい味わいを口にした経験があるのではないでしょうか。

圧倒的な認知度を誇るロングセラー商品とあって、新規顧客の開拓、既存顧客の維持、ロイヤルティの強化には、長年受け継がれてきた戦略があり、時代の変化に合わせて新たな施策を取り入れながら独自のマーケティングを展開しているようです。

世紀を超えて、今なお飲まれ続ける「カルピス」は、一体どのようなマーケティングを行っているのでしょうか。

今回は30年以上にわたり、「カルピス」のマーケティングや販売に携わってきた、アサヒ飲料株式会社 常務執行役員マーケティング本部長の相生宏之さんに話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:矢島 宏樹)

目次

マーケターの視野狭窄を防ぐ、各部門との密な連携

――「カルピス」は2020年で誕生から101年。マーケティングについては、世紀を超えるロングセラー商品ならではの強みや難しさがあると思います。アサヒ飲料の中でマーケティング本部はどのような役割を担い、本部長の相生さんはどんな仕事をしているのですか。

マーケティング本部は、ブランドの育成や強化を目的としたマーケティング活動全般を担う部署です。本部長としての私の役割は、主に短期・中長期の戦略立案と進捗管理、年次計画の実行ですが、特にこだわっているのが部門間の連携です。各部門の意思疎通が互いに腹落ちできるレベルでスムーズに行われないと十分な成果につながりませんので、マーケティング本部と営業部門の連携だけでなく、生産、研究、物流、企画などの各部門が個別最適ではなく全体最適になるよう調整するのが私の役目です。

――マーケティングと営業は一般的に何かと意見が衝突しやすいと聞きます。相生さんはアサヒ飲料販売の社長を務められた経験もありますので、双方の意見を理解できる適任者ですね。

議論が生じることは当然あります。営業現場の目線のほうがお客さまに近い上、お客さまに最も近い存在である小売さんからの情報も持っています。

一方、マーケターはこだわりが強すぎるが故に、視野が狭くなるケースがたまに見られると感じます。個々の施策がお客さまにどのような価値を提供しているのか、お客さまの意識との間にギャップが生じていないか、営業だけでなく各部門の意見を参考にしながら常に注意を払っています。

特に今はSNSの浸透によって、お客さま同士のコミュニケーションが活発になり、新しく発売した商品や企画、テレビCMに対する反応スピードが速くなっています。そのため、各部門の連携を密にして素早く対応することが求められます。

Twitterで話題を呼んだ夏限定パッケージ。3種類あり、いずれも飲む前は左のイラストのように1人だが、飲み切ると右のイラストのように2人が出会える仕掛けになっている。凹凸を極力除いて白い液色が見える面積を増やした「カルピスウォーター」独自のペットボトルだからこそ、より精巧な仕掛けが実現した。(画像提供:アサヒ飲料株式会社)

大成功した夏限定パッケージの背景とポイント

――お客さまの反応といえば、夏限定のパッケージデザインがTwitterでかなり話題になりました。ペットボトルのパッケージに高校生のイラストがプリントされていて、飲み終えるとボトルの向こう側にいる友達と出会えるからくりです。立案の背景や反響、効果を教えてください。

「放課後『カルピス』」という中高生の学校生活を応援するプロジェクトの一環で行った施策です。夏季限定でボトルをデザインする試みは2004年に始めたのですが、今回のような仕掛けは初めてでした。担当したのはマーケティング部門の社員です。私もこんなに大きな反響を頂けるとは思わず、とても驚きました。

コロナ禍において、学校に行きたくても行けない、友達とリアルで会うことも難しいという特殊な環境の反動から一気に拡散した可能性が大きいと考えています。

また、我々からボトルの仕掛けを積極的に情報発信せず、UGCの発生に期待する形にしたことも良かったと思います。結果的に、お客さま同士がSNSで語り合うコミュニケーションが自然と発生し、期待通りに情報が拡散していきました。

――売り上げへのインパクトはどうでしたか。

売り上げへの貢献も含めて、プロジェクトは大成功だったと捉えています。メーカーからの一方通行な情報発信は、お客さまのインサイトと合致すればいいですが、外すケースも少なくありません。コロナ禍による外出自粛、消費低迷の影響で「カルピスウォーター」は少し苦戦していましたので、プロジェクトによって良い流れをつくることができました。

――コロナの影響で「カルピス」は苦戦しているのですか。

外出自粛に伴う消費低迷で、「カルピスウォーター」は少し影響が見られます。一方、希釈用の「カルピス」は好調です。家にいる時間が長くなったことで、家族みんなで飲んだり、料理に使っていただいたりする方が増えたのが好調さの理由だと思います。

水で薄めて飲む希釈用の「カルピス」は今も贈り物などで人気。(画像提供:アサヒ飲料株式会社)

――希釈用というのは、私が子供の頃によく飲んだ、水で薄めて飲む商品ですか。失礼ながら希釈用はしばらく飲んでいないのですが、「カルピス」ブランド全体の中で今、何%くらいを占めているのでしょうか。やはりお中元やお歳暮の時期に贈られることが多いのですか。

販売容量(希釈換算)として希釈用が「カルピス」ブランド全体に占める割合は約2割です。お中元はさすがに習慣自体が少し厳しくなってきていますが、お客さまとのタッチポイントとして我々は今も大切にしています。私が子供の頃、箱に入った「カルピス」のセットを頂くとうれしくて、家族みんなで喜んだものです。いわゆるコト消費として表現される、体験の素晴らしさ、物語性についてはある意味、売り上げ以上にこだわっています。

生涯飲みたくなるような短期と中長期の強力な取り組み

――カルピスは2020年で101年。世紀を超えて愛されてきた理由は何でしょうか。

変えてはいけない本質的な価値を大切に守りながら、時代の変化に合わせて少しずつ新しいことに挑戦してきたからだと思います。本質的な価値とは「カルピス」の生みの親である「三島海雲」が唱えた4つの価値、「おいしいこと」「滋養になること」「安心感のあること」「経済的であること」です。

中でも私は「安心感」という言葉にこだわりがあります。「安心」ではなく「安心感」です。私個人の考えですが、「安心」だけでは、メーカー側が「この飲み物は安心です」と一方通行で伝えているだけのような気がします。そうではなく、大事なのはお客さまに「安心」だと「感」じていただくことです。そのため「安心感」には、よりお客さまに寄り添った商品であるという意味が込められていると考えています。

――逆に、変えてきたことは何ですか。

商品展開です。水で薄めて飲む「カルピス」だけでなく、そのまま飲めるストレートタイプの「カルピスウォーター」を発売したり、フルーツと組み合わせた新しい味や「カルピスソーダ」「濃いめのカルピス」「カラダカルピス」などの派生商品を出したり、他社の有力ブランドとコラボレーションした商品を作ったりしてきました。コラボレーション先との共創はブランドを「守り」「高め」「創る」ことを意識しながら、常に新しい価値、話題を提供するようにしています。

――「カルピス」は認知率が非常に高い商品です。そのため新規顧客を開拓するのは大変なご苦労があると思うのですが、いかがですか。

他のブランドにはおそらくあまり存在しないであろう「カルピス」ブランド独特の特徴は、ライフステージに合わせた商品展開です。子供の頃は家族みんなで楽しめる希釈用の「カルピス」、中高生くらいで「カルピスウォーター」や「カルピスソーダ」を飲むようになり、結婚して家庭を持ったら再び希釈用、さらに大人になると「子供の頃、もっと濃いカルピスを飲みたかった」という願いをかなえるべく大人の自飲用として「濃いめのカルピス」、健康を気遣う年齢になったら「カラダカルピス」と、ライフステージに合わせて常に「カルピス」ブランドがそばにあるような商品展開をしています。

――魅力的な清涼飲料水がたくさん並んでいるコンビニやスーパーの棚の中から、「カルピス」を選んでもらうために、どんな工夫をしていますか。

季節に応じてフレーバーを変えたり、地域限定商品を出したり、新しい機能を追加したりして、お客さまのところへ常に情報発信していくことが大切です。その際、「カルピスウォーター」だけでなく、「カルピスソーダ」「カラダカルピス」「濃いめのカルピス」と情報発信を複合的に行って飽きさせないことを心掛けています。そうすることで、昨日は濃いめ、今日はフルーツ味、明日は「カルピスソーダ」などと回遊させることも可能です。もちろん、そうした展開の前提として、常にメイン商品のコンディションに気を配ることが重要だと思います。

――ヘビーユーザー向けにはどのような工夫をしていますか。

ヘビーユーザーの方はいろいろな味を楽しみたいという思いが強いので、基本はメイン商品に置きつつも、年間を通してさまざまな味の商品展開を行い、継続して飲んでいただけるように工夫しています。

――春夏秋冬、季節に応じていろんな味を出していますね。

冬も含めてフルシーズン出しています。「カルピス」は夏だけでなく、ハレの日やイベントでもよく飲まれます。例えば、クリスマスやハロウィン、帰省の時期など、親子や友人たちと楽しく過ごすときに飲まれて、売り上げが伸びます。

まず、お客さまに手に取っていただけるきっかけを作ることがとても重要ですので、今後もテレビCMやSNSなどを活用して、新しい味や機能性だけでなく、季節ごとのイベントでの商品展開を打ち出していきたいと考えています。

――つまり大まかにまとめると、まずCMやSNSでお客さまを引き寄せた上で、短期的には季節ごと、あるいは地域限定のフレーバー展開、中長期的にはライフステージに合わせた商品展開で訴求しているということですね。

※インタビューを基に編集部で作成。

CMとSNSの相乗効果で成功した「かき氷」施策

――夏にはCMをよく見ますが、冬はどのようなマーケティングを?

以前から「カルピス」をお湯で割った、ほっと「カルピス」の飲み方提案があり、私も入社当時、初詣のサンプリングをした経験があります。現在でも「ホットカルピス」の提案はしていますが、今は冬でも暖房の効いたインドアで冷たい「カルピス」がよく飲まれますから、大きく変わるところはない認識です。とはいえ、CMはやはり夏を中心に展開しますので、冬は主に品質訴求に努めています。

――「カルピスウォーター」のCMはずっと初恋や青春、空、海といった甘酸っぱいイメージで展開しています。もう中高生の若い世代はそんなにテレビを見ないと思うのですが、いかがですか。

CMのコンセプトは、まさに変えてはいけないポイントの一つだと考えています。CMとSNSとの投資配分については、SNSを増やす方向で動いてはいますが、やはりCMのリーチは今も強力で、例えば今年の「かき氷」も成功を収めました。

――かき氷のCMは初めてですか。

以前5回くらいあったと思います。かき氷CMの狙いは夏場の需要喚起で、飲むだけでなく、かき氷にかける楽しみ方を推奨することで、販促につながると考えました。

そもそも「カルピス」の売り上げを伸ばすには、

・お客さまの数を増やす
・購入していただく頻度を増やす
・購入していただける量を増やす

の3つが主なポイントです。その点で言うと、かき氷施策は、お客さまの数ではなく、ヘビーユーザーの方に対して頻度と量の増加を訴求する目的で行いました。

――かき氷施策は成功だった、と。

はい、おかげさまで当たりました。例年は7月20日過ぎに暑くなりますので、そのタイミングに合わせてキャンペーンを行います。ところが今年の7月は長梅雨でまだ肌寒く、空振りのスタートだったのですが、8月は非常に暑くなり、CMとSNSの相乗効果で売り上げを伸ばすことができました。

失敗から学んだ、顧客との「共創」の大切さ

――逆に、うまくいかなかった話を教えてください。

古い話になってしまうのですが、「カルピス」にはこれまで何度か厳しい時代がありました。そのうちの一つは「カルピスウォーター」が発売される少し前の1980年代後半のことです。「カルピス」は家の中で飲む商品ですが、コンビニエンスストアや自動販売機の数が増加する中で、外出先でも手軽に飲みたいというお客さまの需要に対応できずに、業績が右肩下がりで落ちていました。

その後、技術開発の結果、そのまま飲めるストレートタイプの「カルピス」である「カルピスウォーター」を発売し、空前の大ヒットを記録するわけですが、そのときに痛感したのは「我々はお客さまの声を聞いていなかった」ということです。「カルピス」を屋外で飲みたいというニーズ自体はあるのに、「ストレートタイプを出したらカニバりを起こして、『カルピス』の売り上げが落ちるのではないか」などと心配して、守りにばかり意識が向いていたのではないかと思います。

――何を守ろうとしていたのですか。自分たちが築いてきた歴史やメンツ、あるいは変化することへの恐れでしょうか。

そうかもしれないですね。当時私自身も営業の最前線にいましたが、お客さまのことではなく、売り優先的な考えのほうに意識が向いていたと、今振り返ると思います。

そこから我々は多くのことを学びました。今では「カルピス」はメーカーのブランドであるとともに、お客さまのものであるとの意識が強くなり、「お客さまとの共創」という点に強くこだわっています。

――今日も「メーカーからの一方通行ではなく、お客さまの視点を大切に」という話が多いと感じます。

熱心なファンの方も多いので、少し変なことすると叱咤激励がたくさん届きますし、逆にうまくいくと、お褒めの言葉を頂きます。お客さま相談室に寄せられる声は毎日、全社に共有されますが、ブランドの中では「カルピス」が一番多いと思います。これが我々の力になるんです。営業現場ももちろん見ていて、商品を売る際の自信につながります。

ほかにも、今年はコロナの影響で実施できなかったのですが、ファンミーティングも開催しています。ただ売ればいいという時代はもうとっくに終わっていて、小売の方やお客さまと一緒に「カルピス」ブランドを作り上げていくことが大切です。そうしてブランドを育てていくうちに、社員も自然と育っていきます。それも大事なことです。

――最後の質問です。さらにもう1世紀、「カルピス」が愛され続けるために必要なことは何でしょうか。

大事なのは本質的な4つの価値をきちんと伝えていくことです。おいしくて、滋養になり、安心感があるだけでなく、お酒に入れて割ったり、ゼリーなどのお菓子を作ったりと汎用性があって、経済的。そんな条件がそろっているから、家族団らんだけでなく、人が大勢いるシーンに「カルピス」が1本あれば、みんなで楽しめる。そういう強みを持った飲み物は「カルピス」のほかにあまりないのではないでしょうか。

その上で、常にお客さまの立場で思考しながら、手に取ってもらいやすいファーストエントリーを強く意識するとともに、ライフステージに合わせた商品開発や商品展開、企画を行っていきたいと考えています。

コロナの影響なのか、アサヒ飲料全体を見ても、「カルピス」だけでなく、「三ツ矢サイダー」など昔から馴染みのある定番ブランドが好調です。ブランドの持つ安心感、付随するさまざまな物語性がこういうときに効果を発揮するのだと感じます。

101年続いてきた「カルピス」の本質的な価値をこれからも伝えながら、社員とお客さまが一体となってブランドを作っていく。それが我々の使命です。

――本日はありがとうございました。

Profile
相生 宏之(あいおい・ひろゆき)
アサヒ飲料株式会社 常務執行役員 マーケティング本部長。
1984年、カルピス食品工業入社。アサヒ飲料執行役員、アサヒ飲料販売代表取締役社長などを経て、2020年アサヒ飲料常務執行役員マーケティング本部長に就任、現在に至る。

早川巧

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
Twitter:@hayakawaMN
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