おやつカンパニー取締役専務執行役員/マーケティング本部長・髙口裕之さんのインタビュー後編をお届けします。
後編では、組織をプロダクトアウトからマーケットインの思考方法に変えることの重要性と難しさ、さらにはこれから伸びる可能性の少ない市場環境にいるマーケターが生き残るためにすべきことをお聞きしました。
ぜひご一読をお願いします。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、写真:矢島 宏樹)
※前編はこちら。
目次
全ての戦略をマーケティング・ファーストで
――組織作りの話をお聞きします。髙口さんがジョインするまでマーケティングの部署はなかったとのことですが、その後マーケティングの考え方は社内に浸透していますか。
正直、まだイメージには遠いのが現状です。しかし、「マーケティングとは何か?」「マーケティングの価値とは何か?」を少しずつ理解している社員が増えてきていると思います。
ただ、私としては全ての戦略をマーケティング・ファーストで考える組織にしたいのですが、どうしてもまだプロダクトアウトの考え方が残っています。
もちろん、そこにも良い点はあるのですが、中途半端な形で進めても、おそらくあまり変わらないと思います。変えるのであれば一気に、根本から変えたいのが率直なところです。それで一時期は混乱しますが、前職での経験上、その後は大きく伸びると確信しています。
グローバルで成功している多くのFMCG企業同様、マーケティングの下に技術セクションをつける形にしたいのですが、出来上がった商品を正当化する作業がやはりまだ何割か存在します。私はそれをゼロにしたい。ロジックのつながらない、曖昧なことはなくして、全部マーケットインで説明のつく商品にし、そこに全てのリソースを投入して勝負をかける方法を描いていきたいというのが経験を通じて過去から変わらない私の考え方です。
――今はゆっくりと組織を理想の形へと変えている感じですか。
ゆっくりですが、「BODY STAR」は全社的なコンセンサスを取り、いよいよアクセルを踏んで商品が出ていくわけですから、大きな進歩です。これが数字になれば一気にモーメントが動きだすと思います。やはり成功体験、実績を作って証明しないと人は容易に動きません。
基本習得の大切さとメタ認知の重要性
――大きな勝負になりますね。次に、マーケターの育成という点で髙口さんが実行していることを教えてください。
実務でいうと、マーケティングのフレームワークなどの基本的な技法は絶対的な方程式ではないものの、これまでのさまざまなビジネスのトライアル&エラーから最大公約数的に得られた「型」だと思います。何事もそうですが、基本の型が身に付いていないときちんと育たないので、レクチャーや各案件でのOJTでしつこく教え続けています。
また、個人的なマーケター人脈で、トップマーケターの友人の協力を得てワークショップを行っています。先日はフェラーリジャパンのマーケティングディレクターに来ていただきました。30円のベビースターラーメンも3000万円のフェラーリもマーケティングやブランディングの基本的な考え方は同じであることが理解できたと思います。
イノベーションは一見距離が遠い業界やカテゴリーで行われている内容との組み合わせで生まれることがあります。マーケティングはポータブルスキルですから自社以外でも機能するように鍛錬することも大切です。業界の異なる人との交流やそこからの学びによって、業界の外から自分たちを見るメタ認知の重要性を感じてもらいたいと考えています。
――部下に「マーケティングとは何ですか」「ブランディングの意味を教えてください」と言われたら、何と答えていますか。
「マーケティングとはニーズに応えて利益を上げること、セリングをなくすことであり、相手を知り尽くすことで戦わずして勝つこと」といつも言っています。また、「ブランディングとは他とは異なる意味のある主観的ストーリーを顧客の頭の中に構築すること」と伝えています。その上で「つまり、マーケティングで大切なことはターゲット顧客との“知覚の勝負”である」と常々言っています。
――「ニーズに応えて利益を上げること」のほかに、ウォークマンやiPhoneを例に挙げて「ニーズを作ること」とも言われます。その辺はいかがですか。
肯定します。ただ、ウォークマンにしても実は「こういうのがあったらいいな」と感じている人が最低1人はいたと思います。それはもうニーズですよね。だから全くのニーズゼロではないはずです。ただし、大事なのはニーズがその先拡大するかどうか。ニーズが少しずつ定量化してきたときに素早くキャッチするのがマーケターの役割です。
市場縮小への危機感と新規事業創出への挑戦
――育成上で苦労している点は何ですか。
先ほど申し上げたように、プロダクトアウトからマーケットイン、コンシューマーセントリックに発想を転換させることです。話を聞いていると想いだけで「これがいいと思います」「これをやりたいです」と言う人がいます。そうではなく、相手が欲しいかどうかが先に来るべきです。そのため「ターゲットは誰か」「何に困っているのか」「何を解決したがっているのか」を踏まえた上で、「だからこれがいいと思います」という順番で話すように伝えています。これがなかなか難しいようですが、それでも以前と比べるとかなり進歩しました。
――最後ですが、御社がこれから大きく飛躍するために必要なことをどう考えていますか。
市場が大きく伸びることはおそらくないので、会社としては新しい事業をどれだけ創出し、成功させられるかがポイントになると思います。
――それが「BODY STAR」というわけですね。
「BODY STAR」もそうですし、いずれはもっと距離が遠いことにも挑戦すべきではないかと考えています。例えば、私が以前いたミツカンは調味料の枠を超えて納豆事業を買収しました。そのケースでは「醸造」「発酵」「健康」などの共通項を基に多角化に踏み出したわけです。
大股で一歩踏み出すには勇気がいりますが、感情論ではなくロジックをつなぐことでそのきっかけを作るのはマーケティングの役割です。ですから、会社全体がステージを上げてマーケティングマインドを持った集団に変われば、慣れ親しんだ世界でぐるぐる回るのではなく、今までの業種にこだわらない発想で、殻を破って出ていける会社に変わると信じています。
――全然違う方向へ大股で飛び出して失敗したら大変ですよね。
市場が伸びていれば多角化する必要はありません。しかし、客観的に考えて市場が伸びないのであれば、やったことがないなどと言っている場合ではなく、やらなければ船は沈んでいきます。そこはドライに考えて、頭を切り替えられるかどうかが勝負です。例えば、富士フイルムさんも写真にこだわらず、技術を応用して化粧品やサプリメントなどの事業参入に踏み切ったから現在の状態があるのだと思います。
ですから部下にはいつも「視座を上げろ、近視眼になるな」と言っています。つまり、「自分が常識だと思っていたことを疑え」ということです。
――良いものを作っていれば売れるという発想ではダメだと。
ものが良いことは重要で素晴らしいですが、それだけではダメです。市場が伸びるかどうかは比較的明確で、例えば食なら人口が増えれば市場は伸びます。しかし、日本の人口はどんどん減っています。一日3食が5食になることもありません。むしろ成熟している国の人たちは、節制しようとしています。そんな状況を考えれば、食品業界も安泰とは考えられず、大なり小なり厳しくなっていくのは避けられないでしょう。ではどうすれば生き残れるかといえば、環境変化を受け入れ、対応し、ポートフォリオを増やすのが1つの方法だと思います。
――髙口さん個人はどうでしょう。これからの目標などはございますか。
結局、振り返ってみれば、マーケティングという仕事で生かせてもらっていますので、これからもマーケティングを軸にして自分なりのバリューを発揮し続け、自分が携わった企業や組織が息を吹き返したり、ひと回り大きくなったりする経験にまだ何本かチャレンジしたいですね。そんなふうに自分がほんの少しでも誰かの役に立つことができたら、マーケティングの仕事を続けて良かったなと感じる日が来るのではないかと思います。
――本日はありがとうございました。
Profile
髙口 裕之(たかぐち・ひろゆき)
株式会社おやつカンパニー取締役専務執行役員/マーケティング本部長。
1969年、神奈川県生まれ。大学卒業後、中埜酢店(現Mizkan HD)に入社。営業からマーケティングの部署へ移り、さまざまなグループのブランドマネジャーを歴任、多くの新商品を開発する。MBAを取得後、規格外農産物流通会社の起業や食品マーケティングコンサルタントを経て、日系PEファンド投資先食品メーカー代表取締役就任。バイアウト後の2017年、米系PEファンド投資先のおやつカンパニーに参画、現在に至る。