[最終更新日]

2019/08/21

 

栃木SC・江藤美帆が語る「スポーツビジネスで求められるマーケター像」とは?

スポーツ選手への憧れから、いまもスポーツビジネスに携わりたいと考えているビジネスパーソンは多いことでしょう。今回お話を聞いた、J2リーグの栃木サッカークラブ(以下、栃木SC)で取締役マーケティング戦略部部長を務める江藤美帆さんも、かつては熱心なサポーターでした。

江藤さんは2018年に栃木SCへ転職しましたが、前職は写真販売アプリ「Snapmart」を開発・運営するスナップマート株式会社の代表取締役CEOであり、ITスタートアップの創業社長によるJ2クラブへの転身は大きな話題を呼びました。この約1年間でさまざまな改善施策を打ち出している江藤さんに、スポーツビジネスが持つ魅力と現在の課題点、スポーツビジネスで求められるマーケターになるための方法についてお聞きしました。

(文:椎原よしき 取材・構成:Marketing Native編集部・岩崎 多、撮影:深澤政貴)

    

目次

スポーツビジネスにはコントロール不能な部分が多い

――現在、江藤さんは栃木SCの取締役マーケティング戦略部部長ということですが、具体的な仕事内容を教えて下さい。

弊社のマーケティング戦略部は、大きく対法人部門と対個人部門とにわかれています。私は、後者の個人向け部門を担当しています。具体的には、チケット販売をはじめ、グッズ販売、ファンクラブ運営やスタジアムの飲食販売など、個人向けの収益事業におけるマーケティング施策全体と収益の責任者です。

――江藤さんは、アプリ「Snapmart」を開発し、社長として経営もなさっていました。以前携わっていたIT業界のビジネスと現在のスポーツ業界でのビジネスとでは、どのような違いを感じますか?

以前の仕事と比べて一番大きな違いを感じるのは、「スポーツでは、ビジネスサイドからのコントロールがきかない部分がかなりある」ということです。

とくに、それを一番痛感するのは「チームが勝つか、負けるか」の部分です。たとえば、シーズンシートとかチケットの売り上げは、やはりチームの勝敗や順位の動きにある程度連動していて、勝って順位が上がれば収益も増えますし、逆なら落ちます。ところが、その勝敗自体をビジネスサイドからコントロールすることはできません。

また、勝敗以外にもコントロールできない部分があります。弊社の場合、ホームスタジアムは自治体が所有するスタジアムを借りています。すると、芝や設備などの環境面を良くしたいと思っても実現には制約があります。また、スタジアムには屋根がないため、集客は天候の影響も受けます。そういう部分も含めて、自分たちでコントロールできないジレンマは感じます。

――順位の変動は、収益に直接反映するのですか?

クラブにもよると思いますが、ほとんどのクラブは反映しているはずです。とくに、リーグの上位にいてプレーオフや優勝が見えてくると間違いなく収益増になります。栃木の場合、昨年は順位が真ん中より下の17位くらいが多かったのですが、2年ぶりにJ2リーグに返り咲いたということもあり、過去最高の動員になりました。ただ、今年はリーグ戦で苦戦しており、それが集客やグッズ等の売り上げにも多少は影響しています。

――では、たとえば事業計画を立てる際に、チームの勝敗のようなコントロール不能な要素をどのように織り込むのでしょうか?

ある程度の範囲内で予想をするしかありません。まず、基本的に同じディビジョン(J1、J2などのカテゴリ)に残留するという前提で考えます。そして、今年の強化費の金額から戦力がどの程度上がるのか予想し、去年の実績と照らし合わせてJ2内で何位から何位の範囲内におさまるかという想定をしていくのです。もちろん、J1へ昇格、あるいはJ3へ降格した場合のシミュレーションもしています。

ただ、現在はJ3リーグができたこともあって、J2リーグは各チームの実力がかなり伯仲しており、勝ち点の差も昔と比べると小さくなっています。そのため、1勝しただけでいくつか順位が上がることがありますし、逆に我々が負けて、順位の近い他の数チームが勝つと、我々の順位が一気に下がって降格圏に落ちることもあり、読めない部分が増えてより難しくなってきています。

――逆に、IT業界と比べて、スポーツ業界だからこそマーケティングを行いやすいと感じる点はありますか?

ファンのエンゲージメント率が非常に高いという点は、スポーツ業界の特徴でしょう。たとえば、一般的なECビジネスでは、顧客に送付するメルマガの開封率は、良くても3~5%程度だと思います。しかし、私たちが送るメルマガの開封率は40〜60%前後と、桁が違います。この数字は、普通のビジネスでは考えにくいものです。

また、私はクラブ公式アカウントのSNS運用も一部担当しています。普通の企業ですと事業の公式アカウントを設けても初期のフォロワー集めが大変で、フォロワー数を増やすのに時間がかかります。ところが、我々のクラブに限りませんが、スポーツチームの場合、公式アカウントを開設すると、いきなり数万単位のフォロワーがつきます。

――SNSでの投稿内容や運用の方法論などにも、違いはありますか?

以前にスナップマートでやっていたSNSのマーケティングでは、いかに既存ユーザーに拡散してもらって、新規のフォロワーを増やしたりスナップマートを認知してもらったりするかという部分が重要でした。一方、いまのクラブのアカウントではそこはあまり重視しておらず、すでにエンゲージメント率が高いファンやサポーターの人たちに、さらに喜んでもらい、関係性をより強化していく施策が主眼になっています。

その裏には、Jリーグクラブが投稿の拡散などで新規のお客さんを獲得することが難しいという現実があります。なぜなら、たとえばTwitterの場合、サッカーのファンやサポーターはサッカーの話題専用に開設したアカウントで活動していることが多く、フォローしあっている人同士で強固なコミュニティがすでにできあがっている状態にあるからです。その人たちはコミュニティの外には出て行きませんし、外からコミュニティに入るハードルも高いと感じやすい状況です。

ですから、Jリーグクラブの話はファンやサポーターの間でしか拡散しません。サッカーに興味のない人、たとえば学校の友達などに広がっていくことが生じにくいのです。コミュニティの外にも強い影響を与えられるインフルエンサーがいれば良いのかもしれませんが、地方の場合それもなかなか厳しいですね。

メディアがネタとして採り上げたくなる施策を打つ

――Jリーグのマーケティングでは、名古屋グランパスさんの集客への取り組みの成功は有名です。

名古屋グランパスさんは、デジタルマーケティングをがんばっていて、3~4年くらい前からCRM(顧客関係管理)専門の担当者を入れて、来場履歴データを集め、ターゲットセグメントごとに施策を打ち、PDCAを回しながらマーケティング改善を進めていると伺っています。昨年は、来場者数で過去最高を更新しました。

このようにマーケティング面で先行しているJ1のクラブと、我々のように2016~17年にJ3だったクラブとでは、同じJリーグクラブといっても相当な開きがあることは確かです。

――先進的な取り組みができるクラブとできないクラブの差は、どこから出るのでしょうか?

単刀直入にいえば、やはり資金力の差があります。マーケティングを実施するにはそのための人材が必要ですが、人材を確保するにも資金が必要です。デジタルマーケティングの専門人材は、IT業界やWebマーケティング業界などにいるわけですが、スポーツ業界はそれらの業界と比べて平均的な給与レンジが低いので、フルコミットで来てもらうことは、なかなか困難です。責任企業(親会社)がIT企業であるクラブの話を聞くと、親会社さんから専門人材の出向という形のサポートが行われる場合もあるようです。

――Webサイトやメルマガでも、名古屋グランパスさんのクリエイティブは一歩抜きん出ている印象を受けます。

戦略として、デザイナーをインハウスで雇っていると聞きました。これも、以前は、Jリーグクラブでは珍しい話だったのです。ここ2~3年で、「クリエイティブはやっぱり大事」「インハウスデザイナーをいれたほうがスピード感を出せる」という意識が浸透して、インハウスで雇うクラブが増えてきました。

――江藤さんが、現在のクラブで取り組んだマーケティング施策の成功例にはどのようなものがありますか?

今シーズン反応が良かったのは「平成令和 新元号招待キャンペーン」です。これは、お名前に「平」「成」「令」「和」のいずれかの文字が入っていたら、スタジアムに無料招待するという内容です。また、双子の人がペアルックやツインズコーデの服装で来てくれたら1人分の入場料を無料にする企画や、スタジアムで地元の大学生と一緒に夏休みの宿題をやるイベントも良い反応がありました。

そういう、メディアがネタとして採り上げたくなるような、ちょっと話題性がありそうな企画を仕掛けて、プレスリリースをたくさん送って「取材してください」と電話をかけるということも重要です。とくに地方の場合はデジタルよりアナログが効くことも多く、ローカルメディアやスポーツメディアが採り上げて記事にしてくれると、けっこう効果があります。

実際、「平成令和 新元号招待キャンペーン」のときは、新聞やタウン誌などに掲載していただいて、2試合で300人くらい新規のお客さんに来場いただきました。そのほとんどが、それまではまったくサッカーに興味がなかった人たちで、マスメディアの威力は大きいと実感しました。

また、若年層ターゲットではSNSも使いますが、すでに述べたように自然な拡散は期待できないので、広告を打ちます。具体的には、Twitter、Facebook、Instagramのそれぞれに広告を出しています。これも、ちゃんとターゲティングをすれば、効果があることはわかったので、デジタルはSNS広告、アナログはプレスリリースという風に振り切っています。

▲新元号記念キャンペーンは平成最後と令和最初のホームゲームで行った。

他の業界の成功施策を採り入れる

――「クラブ乗り換えキャンペーン」も話題になったそうですが、どのような背景があって、クラブ乗り換えという発想が生まれたのでしょうか?

この企画は、サッカーに限らずどこのチームでもいいので、プロスポーツチームのグッズやシーズンパスをスタジアムで提示してくれたお客さんに、ワンコイン(500円)でゴール裏の観戦席を提供するというものでした。

企画が生まれた背景ですが、Jリーグには、共通で買い物やチケット購入に利用できるJリーグIDという仕組みがあります。利用者がそのIDを取得するときには自分が応援している「お気に入りクラブ」を登録してもらいます。それで、宇都宮市在住のJリーグID利用者のうち、栃木SCをお気に入りクラブにしている人を調べたら、40数%しかいなかったのです。たとえば、これが他クラブの場合、多いところだと95%近い利用者が地元のクラブをお気に入りに登録しています。それと比べて非常に少なかったので驚きました。

その理由を分析してみると、栃木県の場合はJリーグ発足当時地元にJリーグクラブがなく、その頃に浦和レッズや鹿島アントラーズなどのファンになった人が多いということがわかりました。

それで、せっかく近くに住んでいてJリーグに興味のある人たちがいるのにもったいないと思って、J1とJ2とでは試合日程がずれていることもあり応援しやすくなっていますから、「それならば栃木SCも応援してもらおうよ」ということで、「乗り換えキャンペーン」企画を考えた次第です。「乗り換え」というタイトルが刺激的なので、一瞬躊躇したのですが「栃木SCも応援しよう!」みたいなありきたりなタイトルだと話題にはならないだろうと思って、思い切って刺激的なタイトルの方を採用しました。実際はただグッズを見せるだけなので、乗り換えなくてもぜんぜんいいのですが(笑)

実際にスタジアムに来られたお客さんは、浦和レッズや川崎フロンターレ、鹿島アントラーズなど、J1人気クラブのサポーターが多かったのですが、Bリーグ(バスケットボール)の宇都宮ブレックスやアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスなど、地元で違うスポーツのファンの人もいらっしゃいました。サッカーはまったく見たことがないという人にもいらしていただけたので、一定の成果を上げることができたのかなと思います。

また、このような企画をする際に、以前は個人データをとっておらず、いわば「タダ券」「割引券」をばら撒くだけという形でした。しかしそれではただチケットの価値を下げるだけなので、現在では、招待企画、割引企画の場合は必ず個人情報をいただくことにしています。そして、たとえば、その日の試合が勝っていたら、「あなたは勝利の女神です!ぜひまた来てください」という内容のクーポンを女性来場者に発行したり、あるいは雨で集客がきつそうな日には、入場料が割引になる「雨の日クーポン」を配ったりすることで、再来場をうながしています。

――さまざまな施策を実施なさっていますが、マーケティング戦略の点でベンチマークにしている企業はあるのでしょうか?

明確なベンチマークというのはありません。名古屋グランパスさんの施策はよく見ていますが、やはり予算が違うのでなかなか真似することはできません。ビッグクラブの話は、それはそれとして聞いておきつつ、栃木SCと同程度の規模で運営しているクラブのマーケティング担当者との情報交換は頻繁に行っています。ベンチマークとは違いますが、「私たちはこういうことをやって効果がありました」と経験を共有したり、協力しあったりなどはしています。

――他のスポーツリーグ、あるいは他の業界の施策を参考にしたり、採り入れたりすることはありますか?

それはよくあります。先ほど話した「乗り換えキャンペーン」は、携帯キャリアからヒントを得ていますし、現在実施している「早得」という、チケットを7日以上前に買ったら割引く制度も航空会社の戦略を採り入れたものです。

また、他のスポーツリーグでは、Bリーグやプロ野球のセ・リーグ、パ・リーグが全体的に女性向けのマーケティングに力を入れているので、参考にしています。ただ、プロ野球とは予算面での違いがあるので、そのまま採り入れるのは難しいのですが、考え方自体はとても参考になります。

サポーターはスタジアムに来る意義を求めている

――以前、江藤さんはnote で「ファン」や「お客さん」と「サポーター」をわけて、サポーターがいることがサッカービジネスの強みだという主旨の記事を書かれていました。サッカーにとってのサポーターの意味や、サポーターを増やす方法などについてあらためて教えてください。

サポーターの存在は、サッカー特有のものだと思います。個人のサポーターだけではなくて、スポンサー企業だってサポーターといえるし、自治体もサポーターといえます。そういう多方面からの支援や地域に対する貢献を少しずつ集めて成り立っているのがサッカービジネスです。だから、ビジネスといっても純粋な営利目的とは少し違います。とくに栃木SCのように責任企業のない市民クラブの場合、サポーターを増やすことは今後クラブが大きくなっていくための必須条件です。

サポーターが「ファン」や「お客さん」とどう違うかというと、ファンやお客さんは、純粋に楽しみにきている受動的な立場であるのに対して、サポーターは、文字通りチームをサポートする立場であるということです。つまり、娯楽として受動的に楽しむ面ももちろんお持ちですが、それにプラスしてクラブに貢献しようという能動的な意識があるのがサポーターです。言い換えると、ファンやお客さんはクラブと対面しているのに対して、サポーターはクラブと並走している、一緒に走っている存在です。

では、サポーターをどのように増やすかというと、良い方法があれば私が教えてほしいくらいですが、いま私が考えているのは、「自分の役割を見つけてもらう」ということです。これは、私のツイートへのリプライでファンコミュニケーションズの柳澤安慶社長が「お客さんが自分の役割を発見して、それをたのしめる場所の提供が大切」とツイートされたことがあり、本当にそうだなと思いました。

スタジアムに来る人たちは、自分がそこで何かをして「楽しいな」「充実しているな」と感じられるような役割があると、続けて来場してくれます。それはたとえば、普通にメインスタンドで見ているだけでも、みんなと一緒に手拍子をするとか、ユニフォームを着てスタンドを黄色に染めるとか、声をあげて応援することかもしれません。また、ゲーフラ(ゲートフラッグ)を職人のように毎回作って持ってくることや、一番高いシーズンパスを買って金銭的に支援することもあると思います。SNSに試合を楽しんでいる様子を投稿することだって立派なサポートです。とにかく「スタジアムに来る意義」を自分で見つけてもらい、それを楽しんでもらうこと、その環境作りを手助けすることがサポーターの獲得につながるのではないかと思っています。

マーケティングで良い人材が集まり、チームは強くなる

――もうひとつ江藤さんのnoteに、アルゼンチン在住のサッカー指導者・河内一馬さんのnoteを参照しながら、「チームがかっこいいから強いのか、ダサいから弱くなるのか」というテーマの記事もありました。やはり、かっこよさを演出する部分も含めたマーケティング的な取り組みが、チームの強さにも関わってくるとお考えでしょうか?

私はそう思っています。たとえば、テック系のスタートアップが資金調達に成功すると、その多くの企業が早い段階でCIやブランディングをきっちりやります。それはなぜかといえば、優秀な若者を採用するためには「かっこいい」ことが重要になるからです。一見、IT業界はスタイリッシュやおしゃれとは無縁のように思えますが、そんなことはありません。オフィスもデザインされていておしゃれですし、会社のロゴやノベルティもお金をかけて作っているところが多いです。これらはすべて「優秀な若者」を採用するための戦略です。

サッカークラブにしても、優秀な選手やスタッフを揃えようと思ったら確実にダサいよりカッコいいほうがいいと思うのですが、実際はなかなかそうストレートにはいきません。その理由はいろいろあるのですが、1つあるのは優先順位の問題だと思います。たとえば、フランスのパリ・サンジェルマンFCのように、CIやブランディングを徹底的に行おうと思ったら、最低でも数千万円の予算が必要になるでしょう。ところがサッカークラブの場合「3000万円あるなら、計算できるストライカーを取ろう!」という強化の話がどうしても先になってしまいます。

――クラブの予算の中では、強化費などと比べて、マーケティング関連の予算は優先順位が低いことが一般的なのでしょうか?

一般的には、そうだと思います。他のクラブやJリーグの方にいろいろお話を聞いていると、投資の優先順位は、一番が強化、二番がスポンサー営業という考え方がいまだ根強いようです。名古屋グランパスさんなどの集客の成功事例が出てきたことから、Jリーグ側からも、「集客が大事」という話は出てきていますが、そこに優先的にお金を投じられているクラブはまだ少数だと思います。

栃木SCの場合は、社長の橋本(大輔氏)が「“とにかく勝ちさえすればお客さんが来る”という発想はやめよう」「勝ち負けに関わらず地元の人に愛されるクラブになろう」とずっと言っています。何も考えずに強化にお金を使うのではなくて、まずビジネスに投資し、人気を得たり収益を上げたり、地域に貢献するような施策を打つことから始めて、そこで稼いだお金でチームを強化していこうという考え方です。Bリーグがこの方針を打ち出してうまく行き始めていますが、サッカークラブの中でこの理想を体現できているところはまだ少ないのではないかと思います。うちもまだまだ、試行錯誤しているところです。

――どうしても強化が優先されがちな環境の中で、マーケティングへの投資を重視すべきだという話を、どう周囲に訴えているのでしょうか?また、訴えるときに、何かポイントはありますか?

シンプルに、チーム状況に関わらず「確実にクラブのためになるとわかっていることはやるべきだ」と言い続けることが大事かなと思います。スポーツチームの場合、どうしてもチームの戦績が悪いと「今はそんなことをしている場合じゃない」「強化にお金を使え」という声があがってきます。ですが、それで解決すべき課題を先延ばしにしても、お金が儲かるようになるわけではありません。むしろ、対策が後手に回って状況が悪化することがほとんどです。

我々ビジネス側は、現在のチームの戦績をコントロールすることはできませんが、未来のチームの戦績には貢献することができます。稼げばその分チーム強化に回せるようになるからです。だから「こちらのほうがより収益が上がる」と思うことは、あえて外の声に耳を傾けず、粛々と実行していくべきだと思います。

スポーツビジネスのマーケターになるには?

――マーケターで、スポーツビジネスの世界での仕事に憧れている人もいると思います。しかし、地方のクラブに行くとしても場所や給料面などをいろいろ考えると、「よし、行こう」と簡単には決断できません。江藤さんがこちらのクラブに移られたのは、橋本社長の影響などもあったと思いますが、一般的に、どういうタイミングでの転身を考えれば良いと思われますか?

受け入れるクラブ側のタイミングと、その人のライフステージでのタイミングの2つがあると思います。たとえば、私はスタートアップをやっていた人間なので、組織があまり大きくない段階から関わりたいという気持ちはありました。

最初に応募したのが、あの岡田武史さんがいるFC今治です。いまはJFL(日本フットボールリーグ)で、これからJ3を目指そうというクラブです。残念ながらご縁がありませんでしたが、FC今治のようなまだ小さくてこれから昇格していくクラブで、広く浅くいろんなことをやりながら組織を大きくしていくのが、自分の中では理想でした。そういう意味では、私の感覚では、すでにJ2リーグで戦っている栃木SCは自分の想定よりは大きな組織でした。

一方では、もともと大企業で働いていた人の場合、小さなクラブに入っても肌が合わなくて辞めてしまう人がけっこういます。それまで大企業で、特定業務の専門家だった人が地方クラブに入ると、いろんなことを手広くやらないといけなくなるため、強みが活かせなくなってしまうからだと思います。そういう人は、逆に大きなクラブのほうが、その人の得意とする部分をピンポイントでほしいという需要があるかもしれません。

――クラブのそのときの成長段階と、その人の志向性やそれまでのキャリアとの合致を考えておくべきだということですね。

そうですね。一方では、その人のライフステージやライフスタイルも考えなければならないでしょう。私はいまの栃木での暮らしを楽しんでいますが、それは、前職でけっこう自分がやりたいことはやり尽くしたし、ある程度お金も稼いだので、いまから大きく稼ぎたいという欲がないからでもあります。もし私が、住宅ローンや子どもの教育費を今から稼がなければならないとしたら、ちょっとしんどくなるかもしれません。

だから、若いときからある程度のところまで、早回しでキャリアを作って、セミリタイアとかセカンドキャリアに近い感覚で地方クラブに関わるというのもおすすめですね。いま大分トリニータでクラブ経営改革本部長をされている神村昌志さんも、社長をやって会社を上場させて、それからJHC(Jリーグヒューマンキャピタル ※1)1期生になったわけですから、完全にセカンドキャリアですよね。異業種でやり切った経験があると、本人とクラブ双方にとって良い形になりやすい気がします。

※1:現SHC(スポーツヒューマンキャピタル) https://shc-japan.or.jp/

――江藤さんのようにスポーツ業界で活躍するマーケターになるためには、どのようなキャリアを形成すべきでしょうか?

ある程度小さな市民クラブやJ2以下のクラブに行きたいのであれば、ひとりですべてをこなさなければならないので、スタートアップや起業を行った経験がある人は良いと思います。何にでも対応できる柔軟性が必要になるからです。

たとえば私の場合、これまでデジタルマーケティングを中心に行ってきましたが、「今の環境ではデジタルがあまり効かない」とわかったときに、アナログな地上戦の手法を打つことができました。それは起業した経験があり、デジタル以外の施策も経験してきたからです。マーケティング調査しかできないとか、CRMしかできない、SNSマーケティングしかできない、という人では小さいクラブは少し厳しいかもしれません。

あとは、やはりPL(損益計算書)、つまり収益に絶対の責任を持って仕事をする意識でしょうか。起業が一番良いのは、自分の身銭を切るので収支への責任意識ができることです。これが雇われの身ですと、どうしても机上の空論になるところがあります。起業ができないとしても、なるべく事業の上流に近いところに関わる経験はあったほうが良いですね。

――ありがとうございました。

 

Interview Points
・スポーツビジネスの難しさは、読めない数字が多く、計画が立てにくいこと
・スポーツビジネスはファンのエンゲージメントが高いが、新規獲得が難しい。SNS運用だけでなく、SNS広告運用の知識もあると良い
・地方はデジタルよりアナログが効くことも多い。メディアを巻き込む企画力も重要
・スタジアムに来てもらう意義を見つけてもらえればサポーターは増えていく
・「かっこいい」チームでいると優秀な若者を引きつけられるため、結果的に強くなる
・スポーツビジネスに関わるには、クラブの規模の大きさと自分の志向性が合致するかの見極めが重要

Profile
江藤美帆(えとう・みほ)
株式会社栃木サッカークラブ 取締役マーケティング戦略部部長。1994年、米国留学中からマイクロソフト社でソフトウェアの日本語化などに携わる。1996年に帰国後、フリーのテクニカルライターに転身。2004年、英国企業のコンテンツライセンス管理会社を設立し、日本における「禁煙セラピー」の普及活動に従事(2010年に事業譲渡)。2015年10月「スマホの写真が売れちゃうアプリ Snapmart(スナップマート)」を企画開発。2018年3月スナップマート株式会社代表取締役CEOを退任し非常勤顧問に就任。2018年5月より現職。

栃木サッカークラブ(栃木SC)公式サイト https://www.tochigisc.jp/

記事執筆者

岩崎多

岩崎多

いわさき・まさる 出版社2社でビジネス誌やモノ・グッズ誌の編集、週刊誌の編集記者を経験し、2019年1月CINCにジョイン。編集長として文房具ムックシリーズを立ち上げ、累計30万部以上を記録。

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