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インタビュー

「大事なのは『ターゲット』と『指標』を変えていくこと」 アドテクノロジーの第一人者・菅原健一氏が語る BtoBマーケティングに必要な思考法

最終更新日:2023.05.30

The Marketing Native #08

株式会社ムーンショット 代表取締役CEO

菅原 健一

「#20代マーケピザ」という若手マーケター向けのイベントが話題を呼んでいます。不定期に開催されているこのイベントを主宰しているのが、アドバイザリー会社・ムーンショット代表取締役CEOの菅原健一さんです。

菅原さんは31歳でエンジニアからアドテクノロジーの世界に入り、ブランド広告責任者やCMOなどを歴任してきました。現在では、BtoB、BtoCを問わず、多くの企業のアドバイザーを務めています。

消費者と向き合い自社商品を選んでもらうために多様な施策を繰り出すBtoCと、企業同士の取引を通じて取引先企業の事業価値の最大化を目指すBtoB。菅原さんはいずれのマーケティングについても経験が豊富ですが、「BtoCよりもBtoBのほうが簡単に感じる」と言います。それはなぜでしょうか。今回は菅原さんに、BtoCに比べて語られることが比較的少ないBtoBマーケティングで成果を上げる方法について話を聞きました。

(聞き手:駒宮直樹、構成:Marketing Native編集部・岩崎多、人物撮影:花井智子)

目次

BtoBマーケティングで重要な2つのポイント

――菅原さんは現在、企業の「10倍成長」を支援するムーンショットの代表として、BtoB、BtoCを問わず、ベンチャーから大手まで多くの企業アドバイザーを担当されています。BtoB、BtoCの両方に携わるマーケターの中には、どちらかというと、BtoBのほうに苦手意識を感じる人が多いようですが、菅原さんはどのように感じていらっしゃいますか?

私は個人的にはBtoBのほうが簡単に思います。数千万人の消費者を相手にすることもあるBtoCと違って、BtoBの場合、例えば広告業界なら対象者は数千人から数万人です。この人数であれば、お客様全員と直接お会いしてヒアリングすることができ、対策を立てやすいためです。

――そのように考えていらっしゃる菅原さんに、BtoBマーケティングを行うマーケターに役立つお話を詳しくお聞きできればと思います。いきなりで恐縮なのですが、BtoBマーケティングで重要なことは一体何でしょうか?

大きく2つあると思います。1点目はBtoCマーケティングと同じように、「ターゲットを決めること」です。言い換えると「誰がいくらで買ってくれそうかを見極めること」になるでしょう。

例えば売上目標を100億円と設定した場合、1億円の商品であれば100個売れば良いわけです。ところが、1000万円の商品であれば1000個、100万円であれば1万個売らないと100億円には到達しません。マーケターの中には、難易度が低いと考えて「安い値段で多く売る」作戦を選ぶ人も多いですが、そうなると会社は多くの商品を売るために営業の人材を多数確保しなければならず、人件費がかさみ、結果的に利益率は上がりにくくなります。

そう考えると、「いかに高額で価値に見合うプロダクトを開発して、お客様に買っていただけるか」が重要だということです。これはBtoB だけでなくBtoCにも当てはまります。

――菅原さんの経験談から、より具体的に教えていただいてもよろしいですか?

当初100万円の単価で販売していたネット広告のプロダクトがありましたが、受注率は5%くらいでした。1つ売るために20回提案しないと売れないわけですから、100億円への道のりは遠く感じます。

100億円を到達すべき「距離」と考えるならば、案件単価は、いわば「歩幅」です。ネット広告において歩幅を上げる必要性を感じたので、単価を100万円から10倍の1000万円に設計し直しました。このときに2倍の200万円の設計に変更したのでは、それまでと同じ担当者の方に「2倍の予算で買ってください」とお願いすることになるのが一般的です。それでは、担当者が動かせる金額を上回ってしまうから、難易度が上がるだけです。

ところが、単価を1000万円にすると、多くの場合、提案先がそれまでの担当者から担当者の上司に変わります。この上司の方に1000万円を上回る額の決裁権限があれば、意思決定に対する難易度はかえって低くなるかもしれません。相手がどれくらいの予算を決裁できるかによって難易度は変わるからです。

しかし、実際にはお客様の予算が1000万円を超えていることは少なかったため、難易度は低くなりませんでした。次に単価が100倍となる1億円のプロダクトに挑戦したのですが、この価格帯ではテレビCMとの比較になるため、ネット広告が対抗するには金額が高く、難易度も上がりました。

最終的に1000倍の10億円のプロダクトを設計しましたが、これが一番売れました。ターゲットは複数のブランドを持っている大企業の経営者です。各ブランドにはすでに広告代理店が付いており、各々が独自の広告展開を行っていましたが、全ブランドのネット広告のみ一括して管理したいという、経営者のニーズが高かったのです。当時はGoogleでさえ広告を見ているターゲットの男女別を確定できなかった頃でしたが、私の所属していたアドテク企業は広告を見ている人の男女をはっきりと区別できるプラットフォームを持ち、ネット広告の配信システムにおけるターゲティングの正確性を強みとしていました。そこで、ネット広告のみ切り替えていただくというご提案をお客様に行ったところ、最終的に受注率は30%に到達しました。100万円のプロダクトを販売していたときの受注率5%を大幅に上回る結果となったわけです。

BtoBの場合、プライス戦略がとても大事です。なぜなら、プライスを変えることは、「売り場が変わる」=「売る相手が変わる」ことに直結するからです。売る相手が担当者の上位者や、より大きな予算を持つ部署や企業になるほど、高額な商品を提案しやすくなっていきます。高額商品を提案できれば、目標金額を早く達成できる可能性が高まります。自分たちの目標に対して、歩幅をできるだけ広くとり、より早く目標に近づくようターゲットを変えていくことが重要なのです。

――もう1点は何でしょうか?

2点目は「市場で習慣化している指標を疑うこと」です。マーケティングの基本は、それまでの指標やプロセスを疑うことだと思います。お客様のビジネスがうまくいっていない場合、設定したゴールや数値目標に関する指標選びが間違っている可能性があります。会社は指標に向かって努力していくものですが、間違った方向に努力しても成果は出ませんので、採用している指標が本当に適切なのかを疑うことから始めたほうが良いでしょう。

10億円のプロダクトを販売したときの例で言えば、それほどの高額案件を契約できるのは基本的に大企業の経営者や上場企業の役員です。その方たちの感じている課題は「株価を上げたい」「人を育てたい」「広告は掛け捨てでもったいないと思っている」の3つに大体集約されます。したがって、プロダクトを売るBtoBマーケターは、お客様企業の経営者や役員の課題をどうすれば解決できるようになるかを考えて、その課題を解決できる「指標」を新たに導き出すことが重要なのです。既存の指標を疑ってみる姿勢は常に持っておきましょう。

10億円のプロダクトを売るときに私の中で新たに決めた指標は2つです。

  • お客様の意識が広告の効果を算出する方向に変わること
  • 「次のキャンペーンに過去のナレッジが活かせる」とお客様に理解していただくこと

当時私のいた会社には、データを活用できる広告配信システムがありました。そこで、まずお客様に、広告は掛け捨てではなく「次のキャンペーンのためにデータを貯める行為」であると説明しました。お客様が広告を掛け捨てでもったいないと思っているままでは、効果を算出できないと考えていたからです。したがって、データが貯まれば次回以降の広告戦略に活かせるという、データドリブンの重要性を理解してもらう必要がありました。データドリブンで会社の変革が進めば、社内にデータ分析のできる有能な人材も育ちますし、効果的な広告運用が実現すれば、会社の業績を向上させることも可能です。そうすれば株価も自然と上昇していきます。このように3つの課題をカバーする提案をした結果、10億円のプロダクトを売ることができました。

――BtoBでは、現場から決済者、経営者へと、ターゲットをより上位レイヤーの方へと変えていくことが重要なのですね。

そうですね。そのためには、経営者の課題を常に意識することが重要です。例えば、広告というプロダクトだけの話にしてしまうと、経営者は「それは広告の話なのでCMOが決済します」と、交渉の場から降りてしまいます。それを防ぐためには、経営者の悩みを解決するものを提案しなければなりません。これは忘れがちですが重要ポイントだと思います。私たちが売りたいものを売りたい文脈で売るという方向性では限界があります。相手が欲しい文脈で相手が欲しいものを見つけて、「それは私たちの商品です」とする提案の仕方が大切です。

指標を変えることで市場のリーダーになる

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・お客様がリスクを持ちすぎない設計が重要
・自分の価値は「相手の変化量」
・「私のKPIはあなたの出世です」
・お金を使うべきは、新規顧客ではなく既存顧客
・自分の時間を経営することがCMOへの第一歩

記事執筆者

岩崎多

いわさき・まさる
出版社2社でビジネス誌やモノ・グッズ誌の編集、週刊誌の編集記者を経験し、2019年1月CINCにジョイン。編集長として文房具ムックシリーズを立ち上げ、累計30万部以上を記録。
X:@iwasaki_mn
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