インタビュー
2020.10.20

Preferred Networks CMO・富永朋信が語る、素晴らしき趣味の世界。「マーケターとしての自分を育ててくれた、読書と音楽の魅力と楽しみ方」

マーケターのオフタイム #02

株式会社Preferred Networks 執行役員 最高マーケティング責任者(CMO)

富永 朋信

トップマーケターの素顔に迫る好評連載「マーケターのオフタイム」。第2回は、ディープラーニングの実用化研究で知られる株式会社Preferred Networks執行役員 最高マーケティング責任者(CMO)の富永朋信さんにお話を伺いました。

富永さんの趣味は「読書」と「音楽」です。この2つが趣味になったきっかけから、魅力と共通点、さらにはマーケティングの仕事に役立つ意外な側面まで、幅広く語っていただきました。

(取材・文:Marketing Native編集部・岩崎 多、撮影:矢島 宏樹)

目次

小説に惹かれたきっかけと理由

――富永さんは趣味が「読書」と「音楽」の2つと伺いました。まず、読書からお話を聞ければと思います。中でも小説がお好きということですが、きっかけは何ですか。

小学生の頃に母親が、眉村卓さんのSF小説を買ってくれたことが直接のきっかけで、小説の面白さに気づきました。その後、多くの本に触れていく中で、筒井康隆さんを知りました。筒井さんは『残像に口紅を』(中央公論新社)や『朝のガスパール』(新潮社)など仕掛けのある小説をいくつも発表されており、特にこの2冊は今も大好きな作品です。表現の限界に挑戦しながらも、作品として成立させているところに圧倒的な才能を感じて、ハマっていくきっかけになりました。

まず、『残像に口紅を』から紹介すると、世の中から50音が1個ずつ消えていく話です。最初に「あ」がなくなるため、「愛」「あなた」「朝」「あれ」など、「あ」の付いた言葉が全部なくなっていきます。実際に小説の文章内でも「あ」の付く言葉は小説内で一切使われません。そうして小説に使える文字がどんどんなくなっていき、文章も制約されてきて、最後のほうは「が」と「た」と「ん」だけが使える状況になり、「がたがた」「がたん」という擬音しか残らなくなります。最後にすべての文字が消えて、世界から何もなくなったという形で終わります。

この本を好きな理由は、「言葉こそが世界である」ということを寓話的かつ腹落ちする形で描き切っているからです。例えば、この部屋を見回すとハンガーがあります。しかし、洋服などの概念がなかったら、ハンガーが何をする道具なのかわからず、単なる景色になりますよね。人間は何か見えていても、それを表す概念が言葉としてまとまっていないと、意味を持ちません。つまり、人が世界を知覚するためには言葉というフィルターを通す必要があるのです。

このように、「言葉こそが世界である」ことを誰にでもわかりやすく描き切っているところにしびれます。同じようなことを論証しようとすると、言語哲学という分野でウィトゲンシュタインが行ったように、すごく緻密な論証をしなければ説明できません。

次に『朝のガスパール』はどんな小説かというと、主人公がゲームを楽しむ話なので、小説の中に「主人公が住んでいる社会」と、「主人公が楽しんでいるゲーム内」の2つの世界が描かれます。読み進めると突然、「作者のいる現実世界」が新たに現れ、また、「もうひとつ別の世界」も出てくるようになります。合計4つの世界が並行して描かれていき、それぞれ混じりあっていく小説です。

小説の世界が複層的になっていて入り乱れながらも、読者は混乱せずに読み進めることができる工夫がされており、最後に物語として調和的に終わらせることに成功しています。

この2冊のように、表現の限界に挑戦したり、驚くべき仕組みがあったりする小説が好きです。小説は基本的に何をどう書いてもいい表現のフォーマットだからこそ、こうした実験が可能で、そこに自分は大きく惹かれるのだと思います。

――映画なども実験可能な表現だと思いますが、とりわけ小説に惹かれるのはなぜですか。

文字だけで表現する小説のほうが映像要素を確定しない分、より自由だから惹かれるのだろうと思います。例えば、会話体の文章が主体となる小説で「想定していない人が一人交じっていた」など意図的に誤読させるような叙述トリックは、文字でないとできません。このような仕組みを駆使して、読者の期待や想定を欺くと、かえって読者は「なるほど、そう来るか!」とカタルシスを得られるものです。

また、これほど大きな仕掛けでなくても、小説の中では、しばしば文脈の中で常識や日常言語と表現を使用することにより、読者の驚きと気づきを励起させ、表現の対象に対する本質への接近を迫ります。これはロシア・フォルマリズムという文芸評論の分野で「異化」と呼ばれる手法です。

自分にとって小説を読むことは趣味ですが、「異化」はマーケティングコミュニケーションにとって大事な要素なので、結果的に仕事にも役立っていると感じています。

▲富永さんが特にお気に入りの『残像に口紅を』と『朝のガスパール』。

――「異化」がどのようにして仕事に役立っているのでしょうか。

例えばテレビCMを制作する際も、15~30秒の中で驚きを作った上で、納得を盛り込む必要があります。初めに驚きが必要な理由は、何千本もあるテレビCMの中でヒントなしで思い出してもらえる非助成想起に入れるのはせいぜい10%だからです。驚きと納得のギャップを作り、視聴者の記憶に残りやすくするためには、「異化」がとても良い手法になります。

自分のマーケティングの定義は、お客さんに働きかけることで、認知や態度、行動の変容を促すことです。小説に親しむと、さまざまな表現や概念が身に付き、次第にインパクトのある言葉の組み合わせを見つけられるようになってきます。小説を通じて、言葉の達人になることで人の心を動かす表現の幅が広がり、ひいてはマーケティングのスキルを上げられると思います。

小説で得意になった言語化と感情移入

――忙しい中で、どのように読書の時間を捻出しているのですか。

読書用に時間をまとめて取っているわけではなくて、電車に乗るときや会議の合間など隙間時間に読んでいます。月に何冊と決めていませんが、平均して3~4冊くらいです。隙間時間に読みかけの本を読むことが多いので、直感的に自分が読みたいところをすぐパッと広げられる紙の本を好んで読んでいます。

――小説をはじめとする読書が趣味で良かったことはありますか。

自分の考えを論理的な言語で表現することが得意になったことです。例えば広告代理店が複数の案を持ってきたとします。その場合、各アイデアのどこが良くてどこが悪いかを言語化してフィードバックするのですが、この作業が得意になりました。

四コマ漫画のように表現されている絵コンテなどを、言語だけでフィードバックすることは通常難しいとされています。しかし、本に親しむことで「映像も基本的には言語である」という世界観を確立していることもあり、難しく感じることはほとんどありません。これは読書のメリットだと思います。

また、小説に親しんで、多様な人物の心の内面に触れていくことで、感情移入する技術を得ました。これは、仕事であるマーケティングにも役立っていて、例えば女子高生がターゲットの商品を開発するときでも、自分は50代のおじさんですが、読書を通じて多様な人の心に入り込むトレーニングを積んでいるので、すぐに感情移入して考えることができます。

仕事に行き詰まったときの本の選び方

――仕事に行き詰まったときなどつらい時期に、救ってくれた本はありましたか。

小説では、有川浩の『ストーリー・セラー』(新潮社)と、浅田次郎の『椿山課長の七日間』(朝日新聞出版)です。前者は不治の病に侵された女性作家とそのパートナーの物語です。自分の言葉を紡ぎ出すことを続けると死が近づくとわかっていながら、書くことをやめられない作家とそれを理解し支えるご主人。二人の愛情の美しさと共に、作者の有川さんの言葉に対する深い慈しみが文面から感じられ、言葉を大切に考える私はページを開くたびに涙するのを禁じ得ません。後者は笑いあり涙ありのエンターテインメントです。3人の死者、これは若くして倒れたデパートマン、身に覚えのない暗殺をされた極道、我が子を失った悲しみに打ちひしがれる両親を慰めた子供という取り合わせなのですが、彼らがそれぞれ別々に1週間限定で現世に戻ることを許可されます。そこでは親子、男女など色々な関係性の中で繰り広げられる深い愛や思いやりの美しさが描かれ、やがて3人の物語は交差していきます。物語の中に色々な愛の形が描かれますので、どなたが読んでも深く感情移入され、涙が誘われること必至です。

この二冊は自分の心がささくれたときや、何かあったときに読み直すとカタルシスを得られます。「もっと人に優しくしなければいけない」と思わせてくれる本です。

仕事で行き詰まった話に絞ると、関連分野の本を読んで打開するのが良いと思います。今の自分の仕事の基礎になっている本で、読者のマーケターの方におすすめできるのは、ポール・レヴィンソンの『デジタル・マクルーハン』(NTT出版)と、ドナルド・ノーマンの『誰のためのデザイン?』(新曜社)です。前者はメディアの理解に役立ち、後者はデザインやメンタルモデルの大切さに気付かせてくれました。2冊ともゲームクリエイターの飯野賢治さんから勧められた本です。飯野さんは、才能にあふれたマーケターで、自分がコカ・コーラ在籍時に関わったプロジェクトで、方向性の共有や課題の整理などで多くのアイデアを出していただきました。故人の方ですが、今も尊敬しています。

また、「マーケティング」というタイトルがついたテキストを学ぶと経済学や心理学、社会学など多様な分野を横断的に触れるため、広範な知識を得られて賢くなったように錯覚しがちですが、半面、表層的な知識にとどまり、それぞれの分野を深く掘り下げきれていない傾向があります。

マーケターがマーケティングの本を読むのは当たり前なので、それと別軸で何かを掘り下げる読書をすべきです。どんなマーケターでも、専門分野を一つ作るT型人材を目指すと良いと思います。アルファベットのTの横棒を視野の広さ、縦棒を専門性の深さに見立てた言葉です。

自分の場合は行動経済学や心理学、社会心理学が好きで、それなりに掘り下げて学んでいるつもりですが、特に行動経済学は自分の柱になっています。行動経済学とは、人間は必ずしも合理的ではなく、その不具合や非合理性を体系化することで意思決定の質的向上を目指す学問です。自分がおすすめしたいのはダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』(早川書房)です。これは行動経済学の本の中でもとりわけ学問的かつ包括的な本だと思います。これを読んで理論的な理解を獲得したら、ダン・アリエリーやリチャード・セイラーらのエンターテインメントに満ちた方向に行くと良いでしょう。

音楽を通して異なる価値観を知る

――次に音楽のことをお聞きします。音楽が好きになったきっかけから教えてください。

自分は4歳から中学3年生までエレクトーンを学んでいました。そのおかげで、大人になる頃には、音楽は基本的に、ベースとメロディー、ハーモニーの3つで構成されているものと理解するようになりました。そのように音楽を構造的に認識できるようになってから、魅力を感じ始めました。

――好きな音楽の傾向はありますか。

ジャズやラテン、ポップスなどジャンルを問わずよく聴きます。特に好きなアーティストはアメリカのジャズピアニストのビル・エヴァンス、ブラジルのミュージシャンのイヴァン・リンス、そして、日本のポップスで好きなのは東京事変、サザンオールスターズ、小沢健二、SPANK HAPPYなどです。

――挙げていただいたアーティストに共通点はありますか。

どのアーティストも「凝っている」作品を作っているところが共通しています。

音楽では、ドから高いドまでの13音の組み合わせがスケールやコードといった形で大まかに決まっていて、音同士の調和や位置づけ・意味づけの基礎になっており、基本的にはそれらをベースに組み立てられます。しかし、ビル・エヴァンスら非常に複雑に曲を作る人たちは、あと一つ何か違えたら不協和になる、というレベルの組み合わせを平気で使いながら、美を成立させているところにすごさを感じています。

――音楽が仕事に役立った経験はありますか。

自分は音楽を通して、自らと異なる価値観があることを自然に受け入れられるようになりました。このことが、間接的に仕事に役立っていると思います。

エレクトーンを習い始めの幼少の頃は、テキストに載っているのは長調の(明るい)曲ばかりでした。しかしテレビなどで音楽に触れると、いつも習っている曲想とは違う、暗い音の響きがあることに気づきます。この時は知らなかった言葉でしたが「短調」の楽曲です。自分が習っていた音楽の外側には私が学んでいない別の半球があったのです。ちなみに現代音楽には長調でも単調でもない、無調性のものもあります。ともあれこのとき短調の存在に気づくことで、自分の知らない別の世界があることを知りました。

この原体験は、自分が知らない価値観や世界があり得る、という気づきの端緒となり、その後の学びもあって、仕事においても自らの立ち位置や課題などを捉え直す癖がついてきます。結果的に物事を見るときに、全体と部分の両視座をもち、その関係に注目することが自然とできるようになりました。

音楽は、言葉を用いないストーリーテリング

――お聞きしていたら、音楽も小説と同じような構造の話になるんですね。

はい、そうです。同じCというコードでも、ハ長調の中ではトニック(安定感があり曲の終わりを感じさせるコード)ですが、ヘ長調の中だとドミナント(継続感のあるコード)になります。どの文脈で使うかによって、コードは全く異なる意味を持つのです。同じ音や言葉を使っても、文脈で大きく変わってしまう点が小説に類似していると思います。音楽は、言語を使わないある種のストーリーテリングだと思います。

――小説と音楽の共通点は何ですか。

時間の経過があることです。小説の場合は読み始めから読み終わりまで、音楽も曲の始まりから終わりまでの間に時間の経過があります。その中で盛り上がったり、静かな感じが続いたりなどの起伏があって、ラストへ向かっていくところが似ています。自分は物語性や意外性などを、小説と音楽の2つの表現形態から感じ取っています。

もちろん、両者の差異もあります。小説で用いる言葉のほうが意味や解釈が確定的で、音楽は個人の感じ取り方に触れ幅があります。したがって、伝えたいメッセージを伝えるという目的においては言葉のほうがパワフルと言えますが、その分、音楽のほうがさまざまな情感も伴ってものを伝えることができて記憶に残りやすい側面があります。

これはマーケティングコミュニケーションの世界にも応用できます。言葉と音楽を上手にコンビネーションさせ、表現の引き出しを増やすことで、よりユーザーに伝わりやすい手段を取れるようになると思います。例えば、ブランドに情緒的なイメージを付与するコミュニケーション開発が目的であれば、獲得したいイメージに合致した雰囲気の楽曲とともにメッセージを構築します。競合との差異を打ち出してポジショニングを強化したい場合は、「異化」の効いた言語表現を使うと良いでしょう。

――本日はありがとうございました。

PROFILE
富永 朋信(とみなが・とものぶ)

株式会社Preferred Networks執行役員CMO。コダック、日本コカ・コーラ、ソラーレ ホテルズ アンド リゾーツ、西友、ドミノ・ピザ ジャパン、イトーヨーカ堂などでマーケティング関連の職務を経験。一般社団法人マーケターキャリア協会で理事を務めている。行動経済学の権威であるデューク大学のダン・アリエリー教授との対談を収めた『「幸せ」をつかむ戦略』(日経BP)が発売中。

岩崎多

記事執筆者

岩崎多

いわさき・まさる 出版社2社でビジネス誌やモノ・グッズ誌の編集、週刊誌の編集記者を経験し、2019年1月CINCにジョイン。編集長として文房具ムックシリーズを立ち上げ、累計30万部以上を記録。 Twitter:@iwasaki_mn
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