インタビュー
2020.05.26

インサイトフォース山口義宏が語る「モトクロスの魅力とマーケティングとの共通点」

マーケターのオフタイム #01

インサイトフォース株式会社代表取締役

山口義宏

仕事で圧倒的な成果を出すビジネスパーソンは、趣味にも全力投球しているもの。そこでMarketing Nativeでは「マーケターのオフタイム」と題した新連載をスタートし、ビジネスシーンでは見られないトップマーケターたちの横顔に迫ります。

第1回は、企業のブランド・マーケティング領域に特化した戦略コンサルティングファーム、インサイトフォース株式会社代表取締役の山口義宏さんにお話を伺いました。

山口さんの趣味は「モトクロス」です。モトクロスにハマったきっかけからマーケティングとの意外な共通点、さらにはマーケターとしてのモトクロス業界への提言まで、いろいろとお話をしていただきました。

 

(取材・文:Marketing Native編集部・岩崎 多 巻頭写真撮影:B (@brownsugar_t))

目次

がんを乗り越えて再開した趣味

――まず、山口さんとモトクロスの出会いについて教えてください。

5歳の頃、バイク好きの父親に私有地でオフロードバイクに無理やり乗せられたのがきっかけです。公道を走らないから免許もいらず、子供でも乗れるんです。

最初は気が進まず泣きわめいていたのですが、うまく乗れるようになると楽しくなり、9歳のときにモトクロスのコースに通うようになり、追ってレースにも参戦するようになりました。

本気でハマり始めたのは10~11歳のときで、たまに大人に勝てると自信が付いてきて、ますますのめり込んでいったのを覚えています。日頃の生活で小学生が大人に勝てることはあまりないですよね?なので「大人ってたいしたことないな」と妙に生意気になったきっかけでもありました。今思うとレベルの高くないローカルなサーキットなので、完全に「井の中の蛙大海を知らず」そのものですが(笑)

また、モトクロスはジャンプなど縦の動きが多く、空中を飛ぶ時間にアドレナリンが出て爽快感があったこともハマった理由のひとつです。そのまま15歳頃までモトクロスは続けたものの、徐々に思春期で週末に友達と遊ぶ時間も欲しくなり、他にハマるものも出てきてやめてしまいました。

▲モトクロスに夢中だった中学生の頃の山口さん。表彰台で飲み干したシャンパンを握りしめて記念撮影。写真:本人提供

――15歳でモトクロスからいったん離れた後、いつ再開されたのですか。

インサイトフォースを設立して3年後の35歳のときです。4歳になった息子を自転車に乗せてみたところ、初日から補助輪なしで乗れたので、息子にモトクロスをやらせてみようと思いつき、同じタイミングで自分も20年ぶりに再開しました。

自分も再び乗りだしたのは、35歳でがんが発覚して手術を経験したことが大きかったと思います。たまたま早期発見で摘出手術し、後遺症も再発もないのですが、発見が遅かったら手遅れで死んでいたかもしれません。「人間はいつ死ぬかわからない」と思い、「いつか仕事が落ち着いたら、趣味や好きなことをやりたい」と漠然と思っていましたが、「生きていて元気なうちに、今すぐやりたいことは全てやろう」と考えが切り替わりました。

結果的に、親子でモトクロスを始めることができて良かったと思います。共通の話題ができますし、レースの成績を上げる努力をするため戦友のような絆も生まれます。それに、まだ私のほうが速いので、息子から多少尊敬され、父としてのガバナンスを利かせやすくなりました(笑)

▲親子でモトクロスを楽しむ山口さん(*ヘルメットをかぶっていないのは走行中ではないため)。撮影:肘爆Photo

他のモータースポーツにはない、モトクロス特有の魅力

――山口さんはクルマなどエンジン付きの乗り物全般がお好きだそうですが、なぜ特にモトクロスに惹かれるのでしょうか。

独特の魅力があるからです。大きくは3つ。1つ目はテクニックの比重の高さです。

他のモータースポーツでもテクニックは重要ですが、使用するクルマやバイクのマシンの性能差がレースに大きく影響します。

一方、モトクロスは土の上でのレースとなり、「滑りやすい路面でいかにタイヤをグリップさせるか」の技術差が大きく、馬力の差がそのままタイムの差とはならない。そのため、他のモータースポーツよりもライダーのテクニックの比重が高く、車両の性能や馬力差の影響は少ないと言われています。要するに、お金で成績を買えません(笑)

2つ目はウェアやヘルメットなどが派手で、非日常なファッションが楽しめることです。モトクロスは欧州と米国が大きな市場で、特に米国では1990年代に西海岸のストリートカルチャーの影響を受け、ドクロ、ゼブラ、ヒョウのような派手な柄のデザインも多くあります。また、adidasやSupremeのようなメジャーブランドとコラボしたウェアもあり、それぞれのブランドの世界観も楽しめます。平日はコンサバなスーツを着ている反動で、モトクロスのウェアはド派手なものも着ます(笑)

▲全身ドクロマークとヒョウ柄のヘルメットとウェアを着て走る山口さん。撮影:Kaneko Naoto

3つ目はエンジン付きのモータースポーツの中では、相対的にコストが安く済む点です。例えば4輪のアマチュアレースの場合、参加者には企業の社長や医者など金銭的に余裕のある人が多くなりがちです。本格的な車のレースならば、頻繁に発生するタイヤ4本の交換だけで20万円かかることは珍しくなく、普通のビジネスパーソンには現実的な趣味のコストではありません。

それに比べるとモトクロスはリーズナブルで、20~30万円あれば、私がいま乗っている大人用のフルスペックの本格的なレーサーが中古で購入できます。コースの走行料は1日4千円くらいですし、タイヤ交換も前後1万円ちょっとの範囲で済みます。安いとは言えませんが、モトクロスを趣味で楽しんでいる人の中には一般の会社員の方も多いですし、富裕層だけしか関われない趣味ではありません。ざっくり言えばゴルフくらいの趣味の費用感です。

撮影:肘爆Photo

モトクロスとマーケティングに共通する思考法

――モトクロスを通じて得られた「学び」があれば教えてください。

抽象的に考えると、モトクロスとマーケティングの上達の思考法は同じです。

共通点は大きく3つあります。1つ目は定性面と定量面の両方から課題を特定し改善する点です。

息子の走りを観察し、走った後に感触を聞くのは、定性インタビュー調査みたいなもので、課題を感覚的にとらえる機会です。同時に、ヘルメットに取り付ける機器でラップタイムやGPSのデータが取れるため、定量的にコーナーごとの区間タイム、ライン取り、タイムの安定性を把握できます。それらの分析から、一つずつ潰して改善していくわけです。たまに「週末も平日とやってることが変わらないな」と思います(笑)

▲プロライダーのコーチから走りのフィードバックを受ける息子さん。写真:本人提供

――残り2つの共通点も教えてください。

2つ目は、ラップタイムを縮めるために限界まで攻めつつ、同時に転ばないようにリスクマネジメントするという矛盾したことの両立です。モトクロスでは、失敗したら怪我してしまうような飛距離の大きなジャンプを飛ばないと、レースの順位を上げられない局面もあります。

ビジネスの成長でも攻めの姿勢は大切ですが、雑に投資額を増やして攻めれば失敗するリスクが上がります。でも、勝負どころでは攻めないと勝てない。モトクロスに必要な大胆さと転倒を避ける慎重さのバランス感覚や、なかなか思い通りの結果が出ないのを乗り越えて成果が出たときの気持ちよさは、事業経営やマーケティングと似ています。

▲大きなジャンプを飛ぶ浮遊感に中毒性があると話す山口さん。撮影:Kaneko Naoto

3つ目は、腕を上げるには論理だけでは不十分で、実践の積み重ねが必要になるところです。マーケティングは理論書を読んだからといって、すぐ明日からプロマーケターになれるわけではありません。マーケティングは静的なものではなく、環境要素が動的に変化しつづける反射神経が求められる仕事で、スポーツの上達と極めて似ていると思います。理論と場数の両方がないと成果が出ない感覚は非常に似ていますね。

撮影:ENDLESS DIRT

マイナースポーツとしての良し悪し

――山口さんは過去のツイートで「モトクロスはマイナースポーツ」とおっしゃっていますが、マイナースポーツを趣味に持つことの良し悪しについて教えてください。

良い面は連帯感が生まれやすいことです。初対面の人同士が、同じマイナーなアーティストを好きだと知ったら、いきなり盛り上がるじゃないですか? モトクロスのコースで出会う人々は、まさにそういう連帯感です。仕事の利害関係なくフラットに付き合えて、私と息子にとって心を許せる大切なコミュニティになっています。

また、競技人口が減っていて、選手の層が薄くなっているため、うちの息子みたいなトップクラスのキッズライダーとは大きなタイム差があるライダーでも、全日本選手権で数千人の観客の前で走れるチャンスがあります。せこい話ですが、親ばかな気持ちとしては、息子の走りを全日本選手権の晴れ舞台で観戦できる機会は嬉しいものです。

▲コロナで開催延期になってしまったが、今年5月の全日本モトクロス選手権に出場予定だった息子さん。撮影:本人提供

一方の悪い面は、産業としてお金がうまく回っていないことに尽きます。モトクロスのプロレーサーやメカニックの方々など、それで食べていくことを目指す人たちにとっては良くない状況です。日本はバイク市場全体が縮小傾向にある中で、20~30年前と比べて、モトクロスの競技ライセンスの保有者もレースの観客も減っていますし、今年はコロナによってレースイベントの多くが延期・中止になっているので、さらにシビアです。

もしモトクロス業界にマーケティングの力を活かすなら…

――厳しいですね。もし山口さんがモトクロス業界の立て直しを依頼されたとしたら、どう対処しますか。

まず大前提として、マクロの市場規模が縮んでいる市場なので、私がやればうまく立て直せますなんて口が裂けても言えないですし、ひとつの取り組みやお金を使うだけでは簡単には改善しないシビアな市場というのが本音です。

モトクロス業界にはいくつか課題があるのですが、それぞれ「マイナスをゼロにするテコ入れ」と「付加価値による魅力づくり」の2つに分けて捉え直す必要があります。

「マイナスをゼロにするテコ入れ」は、お客様のストレス要因を取り除く施策です。例えば飲食店であればQSC(Quality:品質、Service:接客、Cleanliness:清潔さ)が重要です。スタッフが無愛想だったり、店内の清掃レベルが悪かったり、注文した料理を待たされたりしたら、お客様はお店に来てくれなくなります。要するに、これらの要素をモトクロスに置き換えて考えると、集客のためのテコ入れというよりも、エントリーしてきたライダーや観客の離脱を防ぎ、リピート率を高める地盤固めの施策となります。

モトクロスの場合、ストレス要因として2つの点が指摘できます。

1点目は会場のトイレが汚いことです。コースは水道インフラが引かれていない場所ということも多く、水洗トイレの設備がほとんどないため、音楽フェス会場で用いられるような簡易トイレが使用されているコースが大半です。そもそも下水道インフラの有無が原因なので、業界関係者も理解していながら手が打ちにくい状況だと推察しています。ただ、初めてコースにやってきた女性は一様にトイレにストレスを感じている様子なので、なんとかなったらいいなと思うインフラ改善のひとつです。

2点目は初心者を対象にした「情報の見える化」が不十分なことです。どの販売店で、どういうバイクやウェアを購入すべきか、メンテナンスはどこに委託すればいいのかなど、初心者の知りたい情報が一元化されてなく、探しにくいと感じます。もちろん、専門誌やニュースサイトもありますが、基本的に市場で多数派なモトクロス中級者以上向けのコンテンツになりやすいため、超初心者向けの網羅的なガイドは見当たりません。

もちろん業界内の人が不親切ということではありません。人間関係ができて質問すれば、親切に教えてくれます。でも、初心者はその最初の人間関係をつくるハードルが高いのも事実です。

これはモトクロスに限らず、多くの業界でよく目にする課題で、企業側は「(消費者は)わかっているだろう」と思っていても、消費者には「わからない」ことは数多くあります。意図的に基礎的な内容を平易な言葉で伝えるよう、ハードルを下げていくことは重要です。こちらは多額の投資がかかるトイレ問題と違って、情報コンテンツなので、ある程度は努力で改善できると思います。最近ではすでにその問題解決に取り組まれている方もいらっしゃるので、時間と共に改善していきそうです。

――もうひとつの「付加価値による魅力づくり」としては、どういう施策が考えられますか。

業界が縮小しているとはいえ、ライダーの走りや性格を知るにつれてどっぷりハマるコアなファンは沢山いるので、楽しめるだけのリテラシーに到達すれば、モトクロスは非常に魅力的な体験やコンテンツと自信をもって言えます。あと、カメラ好きの人には、F1みたいな車とはまた違った動きをするので、被写体としても魅力があるようです。

しかし、リテラシーの低い初心者には、特に観戦の楽しみ方のハードルが高いのも事実です。初心者にも魅力がわかるように、モトクロスの興行イベントで「魅せる演出」を行うことに尽きると思います。アメリカでは「スーパークロス」というモトクロスの競技があり、初心者にもわかりやすい演出にこだわることで興行的に成功し、モンスターエナジーなど多くのスポンサーがついています。

スーパークロスは、通常のモトクロスと異なり、アメフトや野球の試合を行う都市部のスタジアムに人工的に土を敷いて作ったコースを使用します。例えば、MLBのロサンゼルス・エンゼルスのホーム球場であるエンゼル・スタジアムなどがよく使われ、スタジアムに数万人の観客を集めています。ロサンゼルスの中心部で行うため交通の便が良いですし、整備されたスタジアムで観客席も完備されているため、気軽に人を連れて行きやすい競技になっています。

さらに、初心者でも視覚的に楽しめるように、20~30m跳ぶような大きなジャンプ台が設置されていたり、選手の紹介映像やスポットライトの当て方、BGMなどがコンサートのようにショーアップされています。

昔は日本でもスーパークロスは行われていました。1980~90年代のバブル期でスポンサーもついて、神宮球場や東京ドーム、西宮球場などに土を入れてコースを造成して開催しており、世界中からトップライダーを呼んでいたほどです。

もちろん、日本のモトクロス業界でも、再びスーパークロスを開催できたら良いと考えている人は沢山います。ただスーパークロスを実現するには、多額な初期投資が必要で、多くのスポンサーマネーが必要です。そのためには「市場が縮小しているからお金が集まらない」→「お金がないから演出ができない」→「演出できないから初心者のお客様がすぐに楽しみにくい」というネガティブスパイラルから抜け出す道を、業界全体で模索している最中だと思います。

また、エンデューロと呼ばれるモトクロスと同じようなオフロードバイクをつかった、より大きな大自然コースのスキー場などで開催される耐久レースカテゴリは、競技人口が伸びています。モトクロスのライダーやファンを増やすという意味では、このように数字が伸びている隣接カテゴリをベンチマークして、良いところは取り入れていく余地はまだ沢山ありそうです。

しかし、縮小しているスポーツ業界の競技人口と観客人口を増やすのは、「言うは易く行うは難し」の典型です。個人として思い入れある趣味なので、自分の業界の発展に貢献することに関心はあるものの、中途半端な意識や片手間な労力でやっても成果はまったく出ないですし、現在すでに真剣に取り組まれている業界で奮闘されている当事者の方々に大変失礼な行為となってしまいます。

当面は、インサイトフォースの経営が最優先なので、モトクロスにはライダーとしての参加するのが精一杯ですが、現在業界内で頑張っている方々に感謝と敬意を持ちながら、いつか自分も何かしら大きく貢献できたらという気持ちを持っていることは確かです。

撮影:肘爆Photo

――読者のマーケターの多くはモトクロス未経験だと思います。初心者はどこから始めればよいか教えてください。

首都圏在住の読者の方であれば、埼玉県川越市の「モトクロスごっこ」(http://www.motocrossgokko.com/)という体験スクールをおすすめします。東京から電車で1時間ほどですし、専用コースのため免許証が不要で手ぶらで行けます。レンタルのバイクとウェア、ヘルメットなど全部込みで、1万数千円ほどで済むので初めての方でも気軽に楽しめます。

モトクロスに興味を持った方がいれば、ぜひツイッターでDMをください。4~5人以上のまとまった人数が集まって参加できるのであれば、私も頑張ってスケジュール調整し、週末に「モトクロスごっこ」スクール参加の軽いアテンド程度はできる可能性があります。

これが現在、私が唯一できるモトクロス業界への貢献です。自分が多少は影響力を持っているマーケティング業界から、エントリーユーザーを増やすことで恩返しできたらと考えています。

マーケティングの仕事は楽しいものですが、成果に対するプレッシャーの負荷も強い世界でストレスも溜め込みがちです。そんなときに、モトクロスはストレスを解消する週末の運動の趣味としておすすめできます。

2年ほど前、田端信太郎さんとトライバルメディアハウスの池田紀行社長や社員の方々をお連れして「モトクロスごっこ」にアテンドさせていただいたことがありますが、皆さん一日中楽しんで走っていました。バイクの免許は不要ですし、読者の皆様もきっと気に入るはずです!

▲モトクロスごっこに参加したときのトライバルメディアハウスの社員の方々と田端信太郎さん。写真:本人提供

――ありがとうございました。

 

撮影:Kaneko Naoto

Profile
山口 義宏(やまぐち・よしひろ)
インサイトフォース株式会社代表取締役。チョコレートブランドMinimalの社外取締役も務める。東証一部上場メーカーの子会社で戦略コンサルティング事業の事業部長を務め、その後東証一部上場コンサルティング会社でブランドコンサルティングのデリバリー統括などを経て、2010年にインサイトフォースを設立。著書は『マーケティングの仕事と年収のリアル』(ダイヤモンド社)、『デジタル時代の基礎知識『ブランディング』 「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール』(翔泳社)。
http://insightforce.jp/

 

岩崎多

記事執筆者

岩崎多

いわさき・まさる 出版社2社でビジネス誌やモノ・グッズ誌の編集、週刊誌の編集記者を経験し、2019年1月CINCにジョイン。編集長として文房具ムックシリーズを立ち上げ、累計30万部以上を記録。 Twitter:@iwasaki_mn
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