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インタビュー

Preferred Networks CMO・富永朋信が語る、素晴らしき趣味の世界。「マーケターとしての自分を育ててくれた、読書と音楽の魅力と楽しみ方」

最終更新日:2023.05.22

マーケターのオフタイム #02

株式会社Preferred Networks 執行役員 最高マーケティング責任者(CMO)

富永 朋信

トップマーケターの素顔に迫る好評連載「マーケターのオフタイム」。第2回は、ディープラーニングの実用化研究で知られる株式会社Preferred Networks執行役員 最高マーケティング責任者(CMO)の富永朋信さんにお話を伺いました。

富永さんの趣味は「読書」と「音楽」です。この2つが趣味になったきっかけから、魅力と共通点、さらにはマーケティングの仕事に役立つ意外な側面まで、幅広く語っていただきました。

(取材・文:Marketing Native編集部・岩崎 多、撮影:矢島 宏樹)

目次

小説に惹かれたきっかけと理由

――富永さんは趣味が「読書」と「音楽」の2つと伺いました。まず、読書からお話を聞ければと思います。中でも小説がお好きということですが、きっかけは何ですか。

小学生の頃に母親が、眉村卓さんのSF小説を買ってくれたことが直接のきっかけで、小説の面白さに気づきました。その後、多くの本に触れていく中で、筒井康隆さんを知りました。筒井さんは『残像に口紅を』(中央公論新社)や『朝のガスパール』(新潮社)など仕掛けのある小説をいくつも発表されており、特にこの2冊は今も大好きな作品です。表現の限界に挑戦しながらも、作品として成立させているところに圧倒的な才能を感じて、ハマっていくきっかけになりました。

まず、『残像に口紅を』から紹介すると、世の中から50音が1個ずつ消えていく話です。最初に「あ」がなくなるため、「愛」「あなた」「朝」「あれ」など、「あ」の付いた言葉が全部なくなっていきます。実際に小説の文章内でも「あ」の付く言葉は小説内で一切使われません。そうして小説に使える文字がどんどんなくなっていき、文章も制約されてきて、最後のほうは「が」と「た」と「ん」だけが使える状況になり、「がたがた」「がたん」という擬音しか残らなくなります。最後にすべての文字が消えて、世界から何もなくなったという形で終わります。

この本を好きな理由は、「言葉こそが世界である」ということを寓話的かつ腹落ちする形で描き切っているからです。例えば、この部屋を見回すとハンガーがあります。しかし、洋服などの概念がなかったら、ハンガーが何をする道具なのかわからず、単なる景色になりますよね。人間は何か見えていても、それを表す概念が言葉としてまとまっていないと、意味を持ちません。つまり、人が世界を知覚するためには言葉というフィルターを通す必要があるのです。

このように、「言葉こそが世界である」ことを誰にでもわかりやすく描き切っているところにしびれます。同じようなことを論証しようとすると、言語哲学という分野でウィトゲンシュタインが行ったように、すごく緻密な論証をしなければ説明できません。

次に『朝のガスパール』はどんな小説かというと、主人公がゲームを楽しむ話なので、小説の中に「主人公が住んでいる社会」と、「主人公が楽しんでいるゲーム内」の2つの世界が描かれます。読み進めると突然、「作者のいる現実世界」が新たに現れ、また、「もうひとつ別の世界」も出てくるようになります。合計4つの世界が並行して描かれていき、それぞれ混じりあっていく小説です。

小説の世界が複層的になっていて入り乱れながらも、読者は混乱せずに読み進めることができる工夫がされており、最後に物語として調和的に終わらせることに成功しています。

この2冊のように、表現の限界に挑戦したり、驚くべき仕組みがあったりする小説が好きです。小説は基本的に何をどう書いてもいい表現のフォーマットだからこそ、こうした実験が可能で、そこに自分は大きく惹かれるのだと思います。

――映画なども実験可能な表現だと思いますが、とりわけ小説に惹かれるのはなぜですか。

文字だけで表現する小説のほうが映像要素を確定しない分、より自由だから惹かれるのだろうと思います。例えば、会話体の文章が主体となる小説で「想定していない人が一人交じっていた」など意図的に誤読させるような叙述トリックは、文字でないとできません。このような仕組みを駆使して、読者の期待や想定を欺くと、かえって読者は「なるほど、そう来るか!」とカタルシスを得られるものです。

また、これほど大きな仕掛けでなくても、小説の中では、しばしば文脈の中で常識や日常言語と表現を使用することにより、読者の驚きと気づきを励起させ、表現の対象に対する本質への接近を迫ります。これはロシア・フォルマリズムという文芸評論の分野で「異化」と呼ばれる手法です。

自分にとって小説を読むことは趣味ですが、「異化」はマーケティングコミュニケーションにとって大事な要素なので、結果的に仕事にも役立っていると感じています。

▲富永さんが特にお気に入りの『残像に口紅を』と『朝のガスパール』。

――「異化」がどのようにして仕事に役立っているのでしょうか。

例えばテレビCMを制作する際も、15~30秒の中で驚きを作った上で、納得を盛り込む必要があります。初めに驚きが必要な理由は、何千本もあるテレビCMの中でヒントなしで思い出してもらえる非助成想起に入れるのはせいぜい10%だからです。驚きと納得のギャップを作り、視聴者の記憶に残りやすくするためには、「異化」がとても良い手法になります。

自分のマーケティングの定義は、お客さんに働きかけることで、認知や態度、行動の変容を促すことです。小説に親しむと、さまざまな表現や概念が身に付き、次第にインパクトのある言葉の組み合わせを見つけられるようになってきます。小説を通じて、言葉の達人になることで人の心を動かす表現の幅が広がり、ひいてはマーケティングのスキルを上げられると思います。

小説で得意になった言語化と感情移入

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・仕事に行き詰まったときの本の選び方
・音楽を通して異なる価値観を知る
・音楽は、言葉を用いないストーリーテリング

記事執筆者

岩崎多

いわさき・まさる
出版社2社でビジネス誌やモノ・グッズ誌の編集、週刊誌の編集記者を経験し、2019年1月CINCにジョイン。編集長として文房具ムックシリーズを立ち上げ、累計30万部以上を記録。
X:@iwasaki_mn
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