ネスレ日本やWeWork Japan、リチカで約10年にわたりマーケティングに携わってきたsuswork(サスワーク)代表・田岡凌さん。
ネスレで顧客理解に基づくマーケティングを学んだのをはじめ、日本に上陸して間もないWeWorkではブランドマーケティングの責任者として、認知度や拠点数、稼働率の向上で成果を上げました。
田岡さんにはこのほど、弊社CINCの事業「エキスパートソーシング」のパートナーに加わっていただきました。
そこで今回は田岡さんに、これまでのキャリアで学んだマーケティング成功のポイントと、suswork代表として目指す今後の取り組みについて話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:永山 昌克)
目次
顧客の自宅訪問で得られる圧倒的な情報量
――最近SNSなどでお顔を拝見する機会がたまにあります。どんな方なのか、簡単に経歴から教えてください。
suswork株式会社で代表をしております田岡と申します。新卒でネスレ日本(以下ネスレ)に入社し、ネスカフェやミロのブランド担当のほか、新しいビジネスを作る「新規事業部」に所属していました。
その後、日本に上陸して間もない頃のWeWork Japan(以下WeWork)に転職し、ブランドマーケティングの責任者のようなポジションで、いかにブランドの認知を上げて、お客さまを獲得していくかを任され、グロース期の2年半ほどをリードしました。入社時3、4拠点ほどしかなかったWeWorkも、今では40拠点くらいあるそうです。
次にリチカという動画クリエイティブで評価の高いクリエイティブテックに入り、CMOに就任、広報マーケティング責任者を務めました。自分のマーケティングのナレッジをプロダクトにしてSaaSとして世の中に浸透させていくことに興味があり、クライアントやプラットフォームの方々とどんな動画クリエイティブなら成果が出やすいのか、分析や研究をしっかりと行うことができました。加えて、大手企業のデジタル広告に関する戦略策定支援をクリエイティブ起点で行っていました。
――マーケティングで有名なネスレですが、在職中に最も学んだことは何でしょうか。
当時のネスレでは、営業担当を5年から 10年くらい経験してからマーケティングの部署に異動するのが一般的でした。マーケティングといっても、「ビジネスグループ」という名前で、コミュニケーション領域というより、ファイナンスやサプライチェーンなど各部署のプロフェッショナルの力を借りながらブランドを成長をさせる責任を担う部署です。私は、その部署の「ビバレッジ・ビジネスグループ」に新卒1年目としては当時初めて配属となりまして、先輩のサポートを受けながら1年目からブランドの事業成長をリードするという異例の経験を積むことができました。
4年半ほどその部署で働いた経験から、2つ学んだことがあります。1つは当時社長だった高岡(浩三=元ネスレ日本 代表取締役社長兼CEO)さんがいつもおっしゃっていた「マーケティングとは顧客の問題解決である」ということです。ネスレでは入社前の内定者時代から「顧客は誰なのか」「問題は何か」というシンプルな問いを常に意識させられます。ともすれば複雑に語られがちなマーケティングですが、ネスレ時代の経験から、今も「誰の、どんな問題を解決するのか」が原点であると考え、日々の業務で常に意識しています。
――よく知られた高岡さんの話ですね。
そうです。それなのに、つい忘れがちになっていないでしょうか。「誰の、どの問題を解決するのか?」という視点が抜けたまま、「来月から〇〇のキャンペーンをやります」と企画を持ち出されても、思考がHowに特化したままではプロモーションの成果は十分に上がらないでしょう。
もう1つ学んだのは、お客さまと会うことの重要性です。お客さまの家を訪問したときに得られる情報量、気づきは圧倒的なのに、足を運ぶまでに時間のかかる人がいます。「顧客解像度」という言葉をよく目にしますが、デスクでリサーチや思考を深めるだけでなく、お客さまの顔を見ることで初めてわかることもたくさんあります。BtoCのマーケターの方は一度「ホーム・ビジット」を取り入れてみると良いと思います。
――顧客の家に行くと、やはり違いますか。
ご自宅を訪問するのは本当に効果的だと思います。会社にお客さまをお呼びしてインタビューするのとは違う一面が見えてきます。例えば、世帯年収〇百万円で、お子さんが1人いらっしゃる方のご自宅に伺い、周囲の街並み、門構えと玄関、建物の様子、室内、家具、キッチン、コーヒーメーカーの置かれている場所などを見ながら、コーヒーの淹れ方、飲み方など、会社でお話を聞いたときとは異なる姿を目の当たりにすると、「これが普段着の素顔なのだ」「もっと現場を見ないとダメだ」と痛感させられます。コーヒーの会社に勤めていても、実際にお客さまが家で飲んでいる姿を見たことのない人は意外と多いのではないでしょうか。そんな状態では、顧客解像度を高めるのはなかなか難しい気がします。
成果を上げるにはWho Whatだけでなく、Howも重要
――わかりました。ネスレを辞めてWeWorkに移ったのは、何かきっかけがあったのですか。
コーヒーという商材を私自身、大好きですし、ネスカフェだけで世界で1秒に6,000杯も飲まれているという、そんな素晴らしいブランドに携われる機会があったことは本当にすごい経験になりました。
一方で、消費財メーカーのマーケターなら多くの方がどこかで一度は感じるのではないかと思うのですが、今ある既存のプロダクトではなく、誰かの人生を変えてしまうくらいの革新的なプロダクトに関わる新しい挑戦をしてみたいと思いました。
そんなことを思い悩んでいるとき、東京で満員電車に乗る機会がありました。私はもともと関西出身で勤務先も神戸。当時は徒歩通勤だったため、東京の満員電車に乗った経験はほとんどなかったのですが、朝から表情を失った乗客たちがうつろな目で座席を取り合っている姿を見て、失礼ながら「この人たちは何が楽しくて働いているのだろう」と衝撃を受けたのです。
ちょうどその頃、WeWorkが日本に来るという話を知って、実際に足を運んでみると、入居している皆さまが非常に楽しそうに働いている姿を目にすることができました。そのとき「意外とこういうことが日本に必要な商材なのではないか」「働く人の気持ちを本当に変えられるかもしれない」とひらめいたのが転職のきっかけです。
――熱いですね。WeWorkではどんな仕事をしていましたか。実績面を合わせて教えてください。
ひと言で言うとWeWorkというブランドの認知をいかに上げるかという仕事です。WeWorkには当時“シェアオフィス”“コワーキングスペース”という小さなオフィスのようなイメージが先行していました。そのため「フレキシブルオフィス」というカテゴリーづくりに挑戦し、ベネフィットを伝え、大手企業の誘致を行いました。今では有名企業が入居しています。
また、場所によって集客対象も変わります。東京と大阪はもちろん、池袋と日比谷でも異なりますので、営業やデジタルマーケティングと連携しながらブランド構築やメッセージの設計を行い、認知を高めつつ、拠点数や稼働率を伸ばして、1人でも多くの方にWeWorkで働いていただくことをミッションにしていました。
デジタルではなくリアルな仕事が中心で、しかも毎月拠点がオープンするようなハイスピードで成長していたので、普通のスタートアップ以上にフィジカル的にもハードな経験ができたと思います。基本的には15人くらいのメンバーを束ねて、ブランドマーケティング、コンテンツマーケティング、パートナーシップを担当したり、新しいビジネスモデル作りを行っていました。
――その後、動画クリエイティブのリチカでCMOを務めたとのこと。何か学びはありましたか。
デジタルの重要性を理解できたのが大きいですね。よく「Who Whatが大事」と言われ、私もその通りだと思う一方で、デジタル施策やエグゼキューション(実行)なき戦略もまた多い気がします。実際「戦略はあるけど、実際どのようにエグゼキューションするのか」と感じる案件をよく見ます。デジタルは今、多くの方と接触する機会がある分、正しく設計すれば非常に有益な成果とラーニングを得られるのに、適切な使い方を知らないと、ただ戦略を作ったまま絵に描いた餅で終わってしまいます。今の時代、最上流の戦略からデジタル施策を含めたエグゼキューションの部分まで一気通貫でできてこそ、マーケティング戦略の策定やPDCAを回しながらの検証までがうまくいくとわかったのがリチカでの経験でした。だからHowやデジタルマーケティングを軽視する考え方には賛成できないですね。BtoB、BtoC、マス、デジタルと全てを考慮して初めて、事業成長に全体最適の視点で提案や貢献ができるのだと思います。
成功するマーケティングの2つのポイント
――それから、susworkを起業したわけですね。もともと独立志向だったのですか。
はい、学生時代から少し起業していましたし、早く独立して事業を手掛けたいと考えていました。もう1つはスタートアップ経営者の方々との会話の中で学んだのですが、やはりCMOとCEOは役割が違います。CMOはマーケティングやグロースのスペシャリストですが、会社はそれだけではありません。どういうサイズの、どんな会社にしたいのか、何を達成したいのか、どんなパーパスを目指すのかなど、それぞれに経営者の意思決定が重要で、自分はそこに対する思考がまだ足りていない、もっとオーナーシップを持って学ぶべきだと感じたことが起業を決断するきっかけになりました。
もちろん、皆がそうあるべきとは思いませんが、自分自身はCMOとCEOの間に良い意味での壁と、自分のポテンシャルを感じた次第です。
――ありがとうございます。マーケティングに長く携わってきて、あらためてマーケティングの魅力をどう感じていますか。
本当に世の中を変える力を秘めていることがマーケティングの魅力だと思います。私は、世の中のほぼ全てが良くも悪くもマーケティングに関係していると思っていて、「顧客解像度」「問題解決」という言葉を使わなくても、一般的に何か思いを届けて人の心を動かし、行動を変えることは皆、マーケティングだと捉えています。お店の看板やチラシを作ったり、選挙だってマーケティングです。実際にマーケティングによって商品が売れ、ユーザーが使って価値を感じることで社会が動いています。そういう意味では、どんな時代でもどこでも使えるOSのような存在であり、自分が10年携わってきても、まだまだ考えるべきことは多く、時に失敗して学ぶことや新たな発見を得られることがマーケティングの面白さですね。
――成功するマーケティングの条件を挙げるとしたら何ですか。
2つあると思います。1つは顧客戦略です。よく言われる「誰がお客さまで、どんな価値を届けるのか」、その思考がチームやメンバーにインストールされていることが重要です。なぜなら前提としてその思考、考える仕組みが整っていないと、生産性のある議論が難しくなるからです。susworkはこれが強みで、ご支援するときは企業やチームにインストールできると思います。
もう1つは私がインストールできないことで、量をやりきることです。マーケティングの企画や施策はやりっ放しの前にやりきれていないことが多いと思います。中途半端なんです。最後までやりきる。量をやりきる。その気概さえ持てれば、戦略は後づけでもうまくいくというのが私の考えです。
――顧客戦略と、やりきること。ただ、本人たちはやりきりたくても、途中で成果が出なくていろいろなところから横槍が入り、やりきれなかったというパターンもあると思います。
成果が出ないと捉えるのではなく、全ては仮説なので仮説が外れたと考えるのが重要です。絶対に当たると信じた仮説を本気で実行して外れたときに、初めて良いラーニングが得られます。だから仮説の当たり外れに一喜一憂するのではなく、やりきるまでPDCAを回していこうと最初に合意できていることが大事です。
――わかりました。次に田岡さんが考える「優秀なマーケター像」について教えてください。
ひと言で言うと、力を尽くせる人です。マーケティングは戦略立案や分析、広告、クリエイティブなどが注目されがちですが、それは一部であり、全体像を考えるとPL責任をはじめ、オペレーション、ピープルマネジメント、雑務、その他細かい意思決定を要することがたくさん出てきます。それを全部やりきる心・技・体が優秀なマーケターに共通するOSだと考えます。
――そこもやはり「やりきること」が大事なんですね。
少なくとも私が見てきた優秀なマーケターの皆さんは、とにかく力を尽くせる人であり、最後までやりきるタイプであることが共通していると感じました。「顧客理解が得意」「アイデアの発想が豊か」などスタイルはそれぞれありますが、その前に来るのが「力を尽くせること」「やりきること」だと思います。
この国の成長に貢献できる存在を目指して
――次に、20代の若手マーケターに伝えたいアドバイスなどがあれば教えてください。
私自身がまだ勉強中の身ですから、おこがましいことは申し上げられません。その上であえて言うとしたら、繰り返しになりますが、やはり本気を出して、力を尽くすことです。
――一貫していますね。
例えば、顧客のことを知りたいと考えたとき、デスクでPCとにらめっこをしているよりも、本気で知りたかったらお客さまに会いにいくと思います。子供の頃は全力で走ったり、部活や勉強に全力で取り組んだりと、よくしていたはず。そして、うまくいかなかったこともたくさんあったと思います。人が成長するのはそういうときです。
ところが、大人になり社会人になって、次第に全力の出し方がわからなくなってしまうときがあると思います。「よし、ここで頑張らないと」というときに、自分が納得できるまで「考えきる」「考えたら、すぐ行動する」「最後までやりきる」を貫き通すことができるのか。それができた人だけがさらに欲が出て、「もっとたくさんやりたい」とステージを上げていけるのではないでしょうか。精神論で恐縮ですが、これまで優秀なマーケターの方々の仕事ぶりを見てきた結果、深く考えられるだけでなく、一番早く行動して、最後までやりきるタイプが成果も一番大きく上げられていると感じます。どんな世界でもトップに行く人は、結局そういう人だと思います。
――ありがとうございます。ここで、弊社のエキスパートソーシングについてお話をさせてください。パートナーとしてご登録いただいたきっかけは何でしょうか。
susworkは現在も、婚活、コスメからセールステック、情報セキュリティーまで多種多様な領域の案件をご支援させていただいております。今後さらに幅広い案件を手掛けることで、マーケティングの戦略をはじめ、施策に対する各種考え方を磨き上げ、体系化していきたいと考えています。そうしたときに自分たちのご紹介やお問い合わせから来る案件以外にもお客さまとの接点となるポイントを拡大したいと思い、前職時代に共催イベントなどをご一緒させていただいたCINCさんのエキスパートソーシング事業に問い合わせをいたしました。
――どんな案件を担当したいなど希望はありますか。
事業成長に悩まれていたり、良いプロダクトがあるのに知られていなかったり、あるいは戦略立案からデジタルマーケティングまで高い目標を掲げていたりする企業の案件がいいですね。我々は戦略面の設計から、広告運用などの施策実行まで難易度の高いチャレンジに対応できるエキスパートチームを組んでいます。ですから、できるだけハードで、大きな壁に挑戦していきたいと思います。
――最後にこれからの目標を教えてください。
ありがとうございます。susworkは少し変わった名前ですが、サステナブルワーク(sustainable work)の略で、会社として「我々は50年後、働き続けられるだろうか」という問いを掲げています。会社を立ち上げるときに感じたのは、30年後、50年後の日本はかなり厳しい状況に置かれているのではないかという危機感です。原因の1つは経済の成長力の弱さ、低迷にあり、これまで同様の生活、あるいはウェルビーイングな暮らしの実現を望むなら、産業だけでなく国全体に成長力を取り戻すことが求められると思います。
susworkは戦略グロースファームという位置づけで、企業の成長支援はもちろん、将来的には教育分野、人の成長についても関わっていきたいと考えています。我々はまだまだ些細な存在なので、影響力は小さいのですが、少しでもこの時代に「自分たちは力を尽くした」と感じられることをやっていきたいです。
――この国はまだ成長すると思いますか。
大きな問いなので答えるのが難しいのですが、成長すると信じています。その際、ボトルネックになりそうな要素の1つが、「もう日本は成長しないのでは」というマインドセットではないでしょうか。経済成長だけでなく世の中にネガティブなニュースが続くと悲観的なマインドセットの人がどうしても増えます。そうすると、「万物は流転する」、すなわち自分も含めて全ては変化するという考え方を忘れがちな人も増えてしまう気がします。
自分は常に変われるし、成長できるという感覚を理解するためには、子供の頃から小さな成功体験を積み重ねることが活きてきます。私はありがたいことに、これまでの人生、キャリアで小さな成功体験を積み上げてくることができ、それが今の活動の源泉になっています。だからこそ、susworkで人の成長に関わるような教育事業を将来的にやっていきたいと考えています。
――本日はありがとうございました。
Profile
田岡 凌(たおか・りょう)
suswork株式会社 代表取締役。
京都大学卒業後、2014年ネスレ日本に入社し、ネスカフェやミロのブランド担当に。2018年WeWorkに入社。ブランドマーケティング責任者として、2年で業界認知No.1を獲得。2021年リチカに入社。CMOとして広報&マーケティングを管掌。2022年suswork設立。現在は20社以上のマーケティング戦略・広告支援をリード。スタートアップ複数社にて顧問を務める。
suswork
https://suswork.jp/
田岡 凌 X
@ryotaoka12
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