DAZNは、ネット経由で視聴者にスポーツコンテンツを直接配信するストリーミングサービスで、OTT(オーバー・ザ・トップ)とも呼ばれます。
サッカー、野球、F1、テニス、格闘技など圧倒的な種類のスポーツコンテンツを年間10,000試合以上、ライブ中継&見逃し配信で楽しめるのが特徴で、料金プランは月間、または年間のサブスクリプションサービスのほか、無料コンテンツも充実しています。
2024年2月には、Twitter Japan(現X Corp. Japan)で代表取締役を務めた笹本裕さんがDAZN JapanのCEOに就任しました。
笹本さんはDAZNをどのように成長させようとしているのでしょうか。今回はDAZN Japan CEO 笹本裕さんに話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)
目次
一緒に働いて気づいた、イーロン・マスクの「光と影」
――笹本さんは新卒でリクルートに入社し、MTVジャパン、マイクロソフト、Twitter Japanなどを経てDAZN Japanへ。MTV、Twitter、DAZNでは代表を務めるという凄い経歴です。最も大きな実績の1つは、日本のTwitterを世界第2位の事業規模へと成長させたことでしょうか。
そうですね。“希望的な”という意味では、Twitter Japanという組織をうまく運営できていたと思います。事業成長だけでなく、世の中に会話を促し、ムーブメントを起こすという創業者ジャック・ドーシーの思想をある程度、体現できたのではないでしょうか。
――Twitterはイーロン・マスクに買収され、笹本さんも最後は代表の座を退くというショッキングな展開になりました。イーロン・マスクから学んだことや、笹本さんから見た人物像の光と影を教えてください。
学んだことは、時間軸の考え方や価値観です。それまでに私が関わってきたあらゆる経営者とは比べものになりません。例えば、経営の3カ年計画があるとすると、イーロンはその達成段階を3時間後にできているためにはどうすればいいかを考え、社員に指示をするのです。時間に対する価値観が尋常ではなく、極端でした。
――3年を3時間(笑)
当然、最初は「そんなの無理ですよ」と答えます。すると、イーロンは「今やっていることを壊してでも行けないのか」「ゼロの状態のところに新たに何かを生み出すことなのに、なぜできないと言えるんだ」と究極的な問題提起をしてきますので、こちらも思考を急回転させるしかありません。
全く実績のない人が言うなら、「何を言ってるんだ」と一蹴するところですが、イーロンはテスラにスペースXと、人類史の中でも抜きんでた猛烈なスピードをもって新しい産業を生み出し、大きな実績を作ってきた人物ですから、そういうわけにもいきません。私自身、イーロンの持つ時間軸に対する価値観を少しでも学びにしようと考えました。
その経験をDAZNにも活かそうとしています。DAZNはOTTで動画配信のビジネスです。OTT自体、おそらくメディアの中では1つのディスラプション(破壊)を起こした産業だと思いますが、仮に私が今から新たなDAZNを生み出そうとして、“3年後、5年後にはこうなっていたい”とのんびり考えているとしたら、おそらく成功はないでしょう。そこがイーロンから学んだ時間軸に対する価値観であり、私の中で大きく変わったことです。
――人物像の光と影のようなところはありますか。
光の部分では、妄想する力のすごさです。“こんなことが起きたら素晴らしいよね”と妄想して実現しようとする行動力は、光の部分としてとても輝いて見えました。一方、リストラという人が傷つくようなことを顧みないまま強引に行動を進めていくところについては、もしかしたら影の部分かもしれません。
――笹本さんの以前のインタビューを拝見すると、イーロンは人に興味がないという趣旨のことを話しています。人に興味がない人が、なぜ大きな会社をまとめていけるのでしょうか。
そこがまたすごいのですが、イーロンは「人類を救う」ことを1つのミッションにしています。実際、テスラが人類にとってプラスになる側面はたくさんあると思います。スペースXも、人類を救うべく、宇宙に移住する時代が来るかもしれません。でもイーロンは「人を救う」とは言っていません。個々の人を救うのではなく、人類を救うわけです。だから、人に興味がないイーロンが人類を救うことは可能なのかもしれないと思います。もちろん、彼が直接そう言っているわけではなく、私なりに読み解くとそう解釈できるという意味です。
事業成長を加速させる3つの柱とエコシステム
――個々の人に興味はないけど、人類は救う…視座が高いというか、突き抜けていますね(笑)。わかりました。次にDAZNの話に移ります。ジョインしたのは2024年2月。なぜDAZNに移ろうと思ったのですか。
Twitter Japanを2023年5月末に辞めた際、私ももう60歳になるので、人生をゆっくり過ごそうかなと考えていたのですが、生成AIの動きが世界的に活発になってきたのを見て、もともとテクノロジーに興味関心の強い自分の起業家精神にあらためて火をつけられました。
当時はDAZNを含めて2社からお声がけを頂いていたのですが、人間の感情を揺さぶり、動かすスポーツとAIを組み合わせたら、どんな新しい体験を世の中に提供できるだろうかと胸が高鳴り、DAZNへの参画を決断しました。
――就任から1年以上経過しました。主な実績を教えてください。
一番大きなところでは、単純なOTTから脱却してハイブリッドなDAZNを作る動きです。その動きを支える3つの柱があります。
1)
ONLY ON DAZN
独占で試合やリーグの権利を持つのはもちろん、DAZNならではのスポーツの見方を作り、DAZNでしか視聴できないコンテンツおよび視聴体験の構築に取り組みます。
2)
INNOVATION(イノベーション)
AIとスポーツを組み合わせ、DAZN独自のテクノロジーを使った革新的なライブスポーツ視聴体験を提供します。最近、おそらくOTT史上初めて、AIを活用した熱狂連動広告「Moment Booster」(モーメント・ブースター ※)という新商品を出しました。
※スポーツ観戦において生まれるゴールシーンなどファンが熱狂した瞬間=熱狂モーメントを、AIが自動でピックアップし、DAZN視聴者が観戦しながら自由にXに共有拡散できる「モーメント動画」を作成。そこに、ブランドインテグレーションを施すことで、オーディエンスの熱狂や喜怒哀楽といった感情に触れつつ、ブランドへの共感を喚起できる広告手法。
3)
CONNECT WITH FANS’ EMOTION
ファンの感情とコネクトします。ファンの感情が露出しないようなスポーツの見せ方は失格だと考えています。感激するファンの気持ちを最大化できるようなプレミアムなコンテンツを提案し、同時に商品化もしていきます。
以上、3つの柱を新生DAZNとして推進すると決めました。結果として、1つ形になったのは「読売新聞社さん、読売巨人軍さんとの包括提携10年間更新」です。こうしたパートナーシップを水面下でいくつか準備しています。
また、今後は海外展開にも本格的に注力します。現在は台湾と日本だけですが、今年はそれ以外のアジア諸国でも日本発のビジネスモデルを作る取り組みを展開するほか、オーストラリアでもケーブル放送とOTTを始めています。
――事業成長を加速させるためのマーケティング戦略はいかがでしょうか。
基本的には3つの柱をどのように体現化するかという文脈で考えています。大切にしているのはエコシステムです。自社投資、もしくは自社開発だけで全てを作ろうとすると、大きな規模の金額や時間の投資が必要になります。一方、パートナーシップを組むことで、DAZNとパートナー企業の得意分野の力が融合し、化学反応が起きやすくなると思います。その化学反応を活かして事業の成長につなげるわけです。
「ハイブリッドDAZN」推進で、持続性のある収益モデルを
――いろんな企業と組むことで、パートナー企業の力を借りつつ効率的に事業を進める、と。次に料金について教えてください。DAZNは「スポーツで日本を元気に!」と掲げています。特に若い世代がDAZNをもっと利用するためには、料金負担が高額になると手を出しにくくなります。
料金については、おっしゃるとおりです。そこで今年、半額で視聴可能な学生向けプラン「ABEMA de DAZN 学割プラン」を始めました。
究極は無料で視聴いただけるDAZNをどう作るかだと思います。その前段階として「フリーミアム」サービスを昨年始め、収益モデルと照らし合わせて検証しながら、よりアクセスしやすいDAZNの創出に向けて踏み出そうとしています。
――ファネル上部にあたる無料視聴のファンを増やさないと、ファネル下部のコアな有料視聴のファンも増えにくいということですね。
スポーツに限りませんが、初心者やライトユーザーのファンもいらっしゃいます。例えばMLBも大谷翔平選手が出場するドジャースの試合は見ても、他のMLBの試合まで見たい人は、そこまで多くないかもしれません。そういうライトなファンの方々でも気軽に来ていただける場所を作りたいですし、スポーツの見方には試合結果だけでなく、特定の選手だけを見たいという推し活的な視聴スタイルもあります。
そういう方々にファネルの一番下の有料コンテンツを提示して、試合開始からゲームセットまで試合をフルで見ていただく必要があるかと考えると、必ずしも最適ではないと思います。リーチを広げることを考えた場合、もっと気軽なコンテンツの提供も含めてファネルを作っていく必要があります。
――気軽なコンテンツとは何ですか。
例えばショート動画が1つの候補としてあります。今の時代、いろんなエンターテインメントが存在する中で、1~3時間、ずっと視聴し続けることを苦手に感じる人もいると思います。そこで、ショート動画を活用してスポーツの感動をどのように体験していただくか、切り口はさまざまあると思いますので、今トライアル・アンド・エラーで始めています。
画像はイメージ(PIXTA)
――AIなどテクノロジーの進化でスポーツの観戦体験は変わりますか。
変わりますね。スポーツには試合結果というスタッツ(stats=statistics[統計]の略)がありますが、試合途中にもたくさんのスタッツが存在します。打者が何割バッターで、ピッチャーにはどんな球種や癖があり、次にどういう球を投げるか。それだけでもAIの活用でテレビとは違う多様な見せ方ができると思います。ボクシングの試合でもチャンピオンの右フックが何発入ったかなど、目の前で繰り広げられる試合のいろんなデータや情報を試合中に手軽に見られるようになれば、スポーツの見方はもっと複合的で豊かな形にしていけるでしょう。
――とはいえ、フリーのコンテンツを増やすとすると、収益はどこから得る形になりますか。やはり広告ですか。
広告はもちろん大きいですが、加えて先ほど申し上げたエコシステムの活用です。DAZNと提携することで収益を作っていただけるパートナーさんがたくさんいらっしゃるはずなので、そういうパートナーさんとの協業の仕方によっては、無料コンテンツの提供ができるようになるかもしれません。だからこそ一層、我々が企業努力をして、いかに気軽にスポーツと接していただける環境を作れるかということが課題になると思います。
――なるほど、値上げをするとユーザーの離脱は一定程度避けられませんし、値上げする中で同時にロイヤルティの高いファンを増やしてLTVを最大化していくのは難度が高そうだと思っていました。
おっしゃるとおりです。その課題解決策の1つが、「ハイブリッドDAZN」の創出なのです。確かにOTTのサブスクリプションサービスとして、連続して値上げをしています。これは持続性のあるモデルではないと私も思います。
一方、「ハイブリッドDAZN」は、先ほど申し上げたような広告やパートナーシップとのエコシステムによる協業の収益モデルです。このモデルの部分が50%以上にもなれば、利用者にもかなり還元していける環境が整ってくると思います。まずはそういう収益モデルをしっかりと構築したい。
昔のスポーツ中継は、プロ野球にしても地上波を無料で試合観戦できました。当時の時代背景もありますが、そんな視聴体験ができるからこそファンが老若男女、全国にいて、プロ野球が日本を元気にしていると言ってもおかしくないくらいに人気でした。
今はプロ野球だけでなく、他のスポーツ業界も盛んになってきています。OTTがスポーツビジネスのエコシステムとして貢献しているところもあると思います。そこにさらにもう1つ違う収益源のモデルが入ってハイブリッド化したときに、化学反応がうまくいけば、昔、気軽にテレビをつけたら無料で見られていた地上波のスポーツ中継が、DAZNでも可能になるかもしれません。そういうことを将来的に、技術的にも経済条件的にも可能にしていくことが「ハイブリッドDAZN」のモデルであり、確立していきたいと考えています。
リーダーシップに求めたい「適時適材適所」
――それは楽しみですね。ワクワクする話、ありがとうございます。次に、話をガラリと変えて、リーダーシップの話をお聞きします。Marketing Nativeの読者はそれなりのレイヤーの方が多く、リーダーシップに興味があるようです。日本側の代表として、ジャック・ドーシー、イーロン・マスクという強烈なリーダーシップを経験してきた笹本さんだからわかるリーダー論や、ご自身が取っているリーダーシップのスタンスを教えてください。
幸いなことにいろんなリーダーの方々と関わらせていただきました。振り返ると本当に恵まれていると感じます。良くも悪くも、私は自分自身をそんなに仕事のできる人間だと思っていません。でも吸収力はあります。だから、イーロンからは時間軸に対する考え方を学びましたし、パーパスドリブンなリーダーのジャック・ドーシーからは、世の中に健全な会話を流通させることがTwitterのパーパスであり、それをどう事業に落とし込むかという思考プロセスを学びました。優秀なリーダーと直接コミュニケーションして、それぞれのメリットを取り入れられていると思います。
その上で、私自身のリーダーシップの基本は、適材適所に“適時”を加えた「適時適材適所」です。モノでもサービスでも早く市場に出せばいいわけではなく、逆に遅くてもダメ。タイミングよくローンチするには、プロダクトに対する「時」という軸を敏感に捉える必要があります。
私の中にはマトリクスがあります。例えば30日・60日・90日という「時」のマトリクス。ヒト・モノ・カネという経営資源に対して、人ならば30日という単位で何をするべきか、60日ならどう動いているべきか、90日ならどうなっているべきかと考えていきます。モノやカネについても同様です。もちろん、1年・3年・5年という「時」のマトリクスも持っています。例えばイーロンが組織をリストラして半分にすると言ったときも、ヒト・モノ・カネをどのように動かしていくつもりなのかと、イーロンの発言を自分なりに解釈して時間軸のマトリクスに当てはめていくことで、事態を大局的に捉えることができ、パニックにならずに行動を起こせるようになりました。この「適時適材適所」のフレームワークを持っているからこそ、世界的なリーダーと自分が向き合うことができているのだと思います。
――適材適所に「適時」という時間軸を持つことが笹本さんのリーダーシップであり、ヒト・モノ・カネの経営資源もそのフレームワークを基に考えて動かしている、と。
私はそう考えています。ただ、この「時」については、いつならタイミングがいいのか、説明するのが難しいという特徴があります。適切なタイミングでアクションに落とし込むといっても、感度の部分も含めいろんな変数があります。早ければいいわけではないと先ほど申し上げましたが、私は2回、起業して失敗しています。2回とも早過ぎました。例えば「レストランガイド」という今でいう食べログのようなサービスを1998年に立ち上げましたが、インターネットバブルの崩壊で弾けました。マイクロソフトを辞めて立ち上げたのが、クラウドファンディング。「おお、クラウドファンディングか!」と言ってくれる人が皆、当時頭に描いていたのはAWSのような「cloud」で、大勢が集まる「crowd」サービスはまだ知られていませんでした。
私は、起業は得意ではないのだと思います。一方、どなたかが作った会社を再生させたり成長させたりするのは得意だと感じます。それは全て「適時適材適所」のフレームワークで、時間軸を基に「この会社はすぐにも心臓移植が必要な厳しい状況にある」「この会社はちょっとケガをして走れなくなっているだけ。まず筋力から鍛えよう」と、会社の健康診断をしてから、タイミングを見極め、適材を適所に配置して時間の経過とともに事業成長を設計するやり方がうまくいっているからです。だからリーダーは「適時適材適所」のフレームワークを持つべきだと思います。
ムーブメントを起こして、価値創出と社会貢献を
――そんな笹本さんでも、イーロン・ショックのような壁に当たると、行き詰まって気持ちが落ち込むこともあると思います。でもリーダーとしては部下に落ち込んだ姿を見せにくい。そういうときはどう対処していたのですか。
イーロンはよく「俺にもできるんだからお前にもできるだろう」という言い方をします。そのたびに「いやいや、私にはテスラもスペースXもつくれません」と思うのですが、彼は真剣に「俺がやれているのに、なぜお前にできないんだ?」と言ってきます。真顔であそこまで言われると、確かにそうかもしれないという気になってくるから不思議です。
冷静に考えれば、できることとできないことがあるのは当然ですが、それでも知らないうちに自分で自分にブレーキをかけていたのではないかと思う瞬間があります。
そんなときは“帽子をかぶっていたのではないか”“自分で自分の可能性にフタをしていたのではないか”と感じて、ハッとします。だから実際に帽子を取る真似をしてみるんです。壁にぶつかったときに鏡を見たり、イメージしたりしながら「帽子をかぶっていないか」と自分に問いかけ、本当に帽子を取ってみる仕草をします。すると、不思議なことに心が軽くなることがあります。自己否定ばかりでも良くないし、根拠のない肯定感を持ちすぎてもダメ。でも、帽子を取るだけで、自己否定に囚われた視野が少しでも広がるのなら、十分に価値があります。皆さんも行き詰まってメンタルが落ち込んだときに、「帽子を取る」のように簡単にできる対処法を1つ持っていると良いと思います。
――最後に笹本さんがこれからのキャリアで達成したいことを教えてください。
今までも、そしてこれからもですが、やはり何らかのムーブメントを起こしたいと思います。ディスラプション(破壊)もあれば、新しい価値の創出もあるでしょう。事業を通じて何かしら社会に貢献できることをしたいと常に考えています。
もう1つは次世代への継承です。私も年齢的にはキャリアの締めくくりに入りました。経済状況や人口問題など日本を取り巻くさまざまな課題がありますが、若い人たちが自信を持って元気に、そして胸を張って世界と競い合えるように、我々の世代は環境を整えていく責任があると思います。そういう環境づくりに力を発揮していきたいです。
――本日はありがとうございました。
Profile
笹本 裕(ささもと・ゆう)
DAZN Japan CEO兼アジア事業開発。
1964年タイ・バンコク生まれ。1988年リクルート入社。2000年MTVジャパン取締役COO、2002年MTVジャパン代表取締役社長兼CEO。2007年マイクロソフト入社、2009年マイクロソフト常務執行役員。2014年Twitter Japan代表取締役就任、9年間で米国に次ぐ世界No.2の事業規模を築く。2024年2月DAZN Japan CEO兼アジア事業開発に就任。現在に至る。著書は『イーロン・ショック』(文藝春秋)。