和佐高志さんは、P&Gジャパンでは「マックスファクター」「SK-Ⅱ」「ジョイ」「置き型ファブリーズ」などをヒットさせて、日本法人に5人しかいないジェネラルマネージャーに就任。日本コカ・コーラでは「綾鷹」「檸檬堂」などをメガヒットさせて、最高マーケティング責任者として活躍しました。
優秀な人材が集まるP&Gや日本コカ・コーラで、なぜ和佐さんは突出した成果を上げ続けることができたのでしょうか。
今回はP&Gや日本コカ・コーラで大活躍し、現在は独立してJukebox Dreams(ジュークボックスドリームズ)代表取締役CEOを務める和佐高志さんに話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)
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P&Gマーケターの優秀さは「WHO・WHAT・HOW」の徹底から
――マーケターとして華々しい成果を上げられていますが、このたび初のご著書『殻を破る思考法』(ダイヤモンド社)を出版されたとのこと。そこで、本にも書かれている和佐さんのキャリアからお聞きします。新卒でP&Gに入社して、「マックスファクター」「SK-Ⅱ」で成功。その後は途中で何度か足踏みをしつつも、日本コカ・コーラに転職後もメガヒットを連発という華麗な経歴の印象です。P&Gのように優秀な人がたくさん入社する会社にあって、和佐さんは最初から抜きんでた存在だったのですか。
ブランドマネージャーに昇進するまでの最初の5~6年は厳しい時代でした。入社後は便秘薬「コーラック」と生理用品「ウィスパー」を担当したのですが、特に「ウィスパー」を担当した2年くらいはブランドマネージャーになれるかどうかの瀬戸際だったこともあり、体重が10キロほど痩せてしまったのを覚えています。それまでマーケティングの勉強をしたことがないままP&Gに入ったものの、生理用品という男性には慣れない商品に少し苦戦し、当時の上司にも厳しくご指導いただいたこともあって、ブランドマネージャーになれないままP&Gを去らなければならないのだろうか…という不安とプレッシャーに追われる毎日でした。
その後、入社6年目、同期11人の中で3番目にブランドマネージャーに昇進すると、「マックスファクター」を担当。当時、大ブレイク寸前で大手企業から声がかかっていた松嶋菜々子さんをブランドキャラクターに据えるため、ほとんど可能性がなかったにもかかわらず、「30分でいいから話をさせてほしい」と頼み込んで時間をもらい、P&Gの社長に直談判してもらって口説き落とすことができました。さらに「SK-Ⅱ」ではファンデーションをパフで塗るのではなく、「ガンプラ」に着想を得た「SK-Ⅱ エアータッチファンデーション」という新しい発想の製品を発売したところ、その年の化粧品新製品の賞レースを総なめにできました。自分の中に少し自信がついてきたのは、ブランドマネージャーとして自分が責任を持って判断できるようになってからだと思います。
――本には第7章に「ビジネスを必ず成功に導いてくれる8つの信念」「私が大切にしている心の持ち方」として、「パッション・情熱とたゆまぬ努力」「誰もが考えないことを考える力」とあります。松嶋さんの例や「SK-Ⅱ」の話を伺うと、その2つが大きかったことが成果を上げることに役立ったという感じですか。
最初はその2つが大きかったかもしれません。しかし、マーケターとしてさらにヒットを連発するには、部下との良好なコミュニケーションの確立など8つの信念を全て備えている必要があります。
まず基本は、マーケティングの基礎を徹底的に身に付けていることです。P&G出身で退職後も他の会社で成功しているマーケターは、有名無名を問わず大勢います。それはP&Gでマーケティングの基礎をしっかりと勉強し、身に付けているからだと思います。
スポーツの世界でも基礎の重要性が指摘されますが、P&Gのマーケティングで基礎といえば「WHO・WHAT・HOW」の型を意味します。「WHO」とは消費者のことで、製品を使ってもらう人のことを誰よりも知らなければならないという考え方からスタートします。さらにその人が満足しているところ、不満を感じているところ、困っているところなど、どんな感情を持っているのかを担当者が一番知ることが大事です。そこがわかると今度はその人に何を提供しなければいけないのかという「WHAT」が大事になり、それは製品やエモーショナルなベネフィットなどマーケティングのテクニックになります。「WHO」と「WHAT」が決まると、それを伝える方法として「HOW」が来ます。そうした基礎の流れを徹底的に学ぶからP&Gの出身者はどのカテゴリー、どの商材においても、マーケティングや製品のイノベーションで成果を上げられる人が多いのだと思います。
ほかにも、自分1人で何でもできるわけではないので、チームを育成しつつ引っ張っていくことも重要です。P&Gではリーダーシップを「5E」として表現し、いかにポジティブなインフルエンスを周囲に与えて動いてもらうかを大切に考えていました。
★P&Gの「5E」
Envision:ビジョンを描く
Engage:巻き込む
Energize:やる気を出させる
Enable:パフォーマンスを向上させる
Execute:成果につなげる
日本コカ・コーラの「檸檬堂」にしても、私が代表で複数の賞を頂きましたが、ブランド名を考えたりパッケージのグラフィックを考えたりしたのは私ではありません。賞をもらったのはチームの業績です。
「檸檬堂」を成功させた妥協なき取り組みと考え方
――和佐さんのことを「檸檬堂」の成功で知った人も多いと思います。「檸檬堂」がうまくいった理由をひと言で言うと何ですか。
ひと言で言うと、おいしさが圧倒的に違いました。当時の缶酎ハイを見ると、グレープフルーツ味には果汁がたくさん入っておいしいのがありましたが、レモン酎ハイは私の味覚に合うものがありませんでした。おいしさは「WHAT」です。私は本で紹介している42の便益のうち「本物に近い」という便益を持つ製品を作ろうとしました。しかし、本当においしいものはできるものの、原価が合いません。価格を高めに設定しすぎると、消費者が限定されてしまいます。原価を一定に抑えつつ、居酒屋で飲むレモン酎ハイのようなおいしさを担保して利益を出すにはどうすればいいか。さらに「HOW」では、ちょっと和モダンでレトロな感じのパッケージでおいしさをどう伝えるかなど、さまざまな議論と試行錯誤を経つつ、結局は中身がおいしいから、売れるべくして売れたのだと思います。
――やはりプロダクトの良さですか。
そうですね。コカ・コーラはもともとおいしいレモネードを作る世界一のテクニックを持っていましたので、あとはそこにアルコールを足すだけでした。コカ・コーラとしてアルコールを扱うのは初めての試みでしたが、それほど特別なことだったわけではありません。
ところが、居酒屋で飲めるようなおいしいレモン酎ハイをそのまま缶に詰め、6カ月くらい持つように熱処理しようとすると、今度は膨張して缶が爆発する可能性が出てきました。だから炭酸のガス圧を少し下げたものでラインテストをしたいというのです。でも、プロトタイプを飲んだ瞬間、「なぜこんなにガス圧が低いの?」と言いました。「これでは出せません」と。すると「〇月〇日に発売しなければいけない」「出すこと自体は決まっている」と明らかに妥協しようとするのです。しかし私にとっては出すのが目的ではありません。出してお客さまに喜んでもらうことが目的なので、「いや、これでは出せないので、ガス圧を戻してください。果汁はそれで少し調整するなら調整してもいいけど、お客さまにおいしくないと思われる味ではダメ。そこは妥協せず、ガス圧を下げずに、居酒屋のレモン酎ハイの味を再現してください」ともう1回振りました。私のひと言で大騒ぎになったそうです。
そこからそれぞれのチームのメンバーが頑張って、味とガス圧を守ってくれたから成功したのであって、私が厳しい目でストップをしなかったら、発売したけど「ガス圧が低いね」で失敗していたと思います。今までの長い経験値から考えて、妥協した製品は絶対に成功しません。
――そんな百戦錬磨の和佐さんから見た「優秀なマーケター」とはどんな人ですか。
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