全国で1,500店舗以上(グループ全体)を展開するサンドラッグ。医薬品はもちろん、食品や日用品の品揃えも充実し、つい毎日立ち寄ってしまう人もいるでしょう。
サンドラッグはEC事業にも注力しています。その先頭に立って事業を推進するのがAmazonJapan出身で、サンドラッグでは執行役員 EC事業部 事業長を務める田丸知加さんです。
入社当時、課題を多く抱えていたという同社のEC事業に、Amazonで培った知見を活かしてDXを推進。顧客満足度の大幅な向上に成功しました。その方法とは?
今回はサンドラッグの田丸知加さんに話を聞きました。
(取材:Marketing Native編集長・佐藤 綾美、文:和泉 ゆかり、撮影:矢島 宏樹、構成:編集部・早川 巧)
目次
Amazon Japanの黎明期に“DX”を推進
――イベントでお話を伺い、とても面白かったので、以前から取材させていただきたいと思っていました。まずは現在までのキャリアを教えてください。
日本の大手通信会社を経て、2003年にAmazon Japanへ入社しました。当時のAmazon Japanは社員数が100人にも満たず、Webサイトの更新も1日1回、商品情報は手作業で入力していたような時代です。在籍中はマーチャンダイジング、発注管理、マーケティング、販促活動、契約業務など小売部門の全カテゴリーにおいて、さまざまな業務効率化やシステム化を推進してきました。
――まさにAmazon Japanの黎明期から参画し、デジタルの基盤を作られたのですね。
まだDXという言葉も知られていないような時代でしたが、プロセスをシステム化し、業務改革を進めていく取り組みは、振り返ると、まさにDXそのものだったと感じます。
Amazon Japanに16年ほど在籍した後、セブン&アイ・ホールディングスにジョイン。デジタル戦略企画部長として、グループ企業全体のデジタル戦略や新規事業の立案を担当しました。その後、当時Walmartの傘下にあった合同会社西友に参画、楽天西友ネットスーパーと西友のオムニチャネル事業に携わりました。
現職のサンドラッグに入社したのは2021年11月です。サンドラッグは、ドラッグストア業界の中でもEC事業に早くから注力してきました。2021年から5カ年の中長期計画においても、EC事業は重要な戦略の柱として位置づけられており、私が事業長を務めるEC事業部は社長直下の組織となっています。
私が入社したのはコロナ禍ということもあり、EC事業推進の重要性が一層高いときでした。医薬品のインターネット販売市場の急拡大も見られた時期です。さらなる成長のためには、これまでの仕組みややり方を変革する必要があり、デジタル化やECにさらに注力すべきだとする機運が高まっていました。そんなサンドラッグに入社を決めたのは、私がそれまでに培ってきた経験を活かせるのではないかと考えたからです。また、ドラッグストアは、医薬品というお客さまの人生に深く関わる重要な商材を提供しています。そのような事業に携わることで、会社とともに私自身も成長できると思いました。
現在は日々の業務と並行して、日本オムニチャネル協会のフェローを務めているほか、セミナーで講演をしたり、インタビュー取材を受けたりする活動も行っています。
――お話を伺っていると、小売企業の中でも特にデジタルやEC領域でキャリアを積んでいますが、どのような点に魅了されているのでしょうか。
大きな改善の余地があると感じるからです。Amazon Japanに在籍していた頃、アメリカで利便性向上や業務改善が次々と実現する様子を目の当たりにし、日本との技術格差を強く実感したことが背景にあります。
DXで直面した、変化に保守的な社員とのコミュニケーション
――サンドラッグ入社後、リテールDXを進めるうえで感じた課題はありましたか。
サンドラッグはEC事業に早くから力を入れて取り組んではいたものの、実際は多くの課題を抱えていました。商品の発注業務や商品登録、お客さまへの対応など、ほぼすべての業務が手作業で行われていたのです。組織やシステム、運用、さらには教育について、改善が必要な課題が山積していました。
――具体的にどこから着手したのですか。
まず行ったのは知識の共有です。当時のサンドラッグ社内にはデジタル専門人材が少ない状況でした。システム部門も主にインフラ寄りの知見は豊富にあっても、マーケティングやEC、顧客データベースといったデジタル領域に精通した人材は限られていました。
そこで1~2カ月程度かけて、EC事業部はもちろん、経営層や主要な関係部署のステークホルダーに対して、わかりやすい言葉で丁寧に説明し、理解を深めてもらう啓蒙活動から始めました。なぜなら実際の業務では物流、商品管理、販促など、さまざまな部署との連携が不可欠であり、共通の知識に基づく共通言語が必要だからです。
――DXを推進するとなると、カタカナ用語が多く、慣れていない方には難しく感じそうです。
カタカナ用語をできるだけわかりやすく日本語で伝えることは、Amazon Japan時代に数多く経験してきました。当時は多くの取引先企業にとってデジタル環境での商品展開は未知の領域であり、例えば商品画像に関して「1,000ピクセル以上のJPEG形式で」と説明しても、そもそも「ピクセル」「JPEG」などの言葉を知らず、伝わらない状態でした
また、当時のAmazon Japanにはデジタル技術に詳しい人材も少なかったため、アメリカ本社からの技術的な指示や要件を「こういうスペックで」などとそのままカタカナ用語で伝えても、理解を得ることは容易ではありませんでした。そのため、できるだけカタカナ用語を避け、わかりやすい日本語に置き換えて説明することを徹底しました。現在の業務で問題なくコミュニケーションができているのは、当時わかりやすく説明することを繰り返した結果、スキルが身に付いたのだと思います。
――田丸さんが入社され約3年が経ちました。リテールDXにおいてメインとなる取り組み内容としては、ECサイト(サンドラッグ Online Store)の全面リニューアルが挙げられると思いますが、どのように進めたのでしょうか。
主要な実績はオンラインストアの全面リニューアルですが、その背後にある業務プロセスに関しても、大がかりな変革を行いました。先ほど申し上げた通り、発注業務、商品登録、お客さま対応など、ほぼすべての業務が手作業で行われている状況でしたので、組織体制の見直しやシステムの刷新、新しいツールの導入、業務プロセスの改革、そしてサイトのリプレースを同時に進めていきました。
また、変化にスピーディーに対応するため、例えばECサイトそのものやクリエイティブなど、外注していた業務の内製化を推進。外部から知識やスキルのある人材を必要に応じて採用しました。
――推進する過程で直面した課題はありますか。
新しいシステムに置き換える必要性を感じない社員に納得してもらうことが課題の1つでした。自分たちが長年続けてきた業務プロセスを疑問に思わない空気を感じました。また、「DXの必要性はわかるが、自分の仕事がなくなるのは困る」という潜在的な拒否感を持つ社員もいたと思います。
そのため、強制的に新しいシステムへ移行するのではなく、業務の中で感じている問題点や課題について一人ひとりから自発的に挙げてもらうことにしました。そうすると、こちらも「その課題であれば自動化で解決できます」と提案できるので、DXを推進しやすいと考えたからです。
――DX推進には、他の社員を巻き込むことが必要です。田丸さんが社員のモチベーションを高めるために実施された施策や工夫があれば教えていただけますか。
教育することと対話の仕方を工夫することです。
単にDXのメリットを説くだけでは協力してもらえません。先ほど申し上げた通り、DXの必要性を感じていない雰囲気もありました。そのため、丁寧なコミュニケーションと対話が不可欠だと考え、私自身、入社したばかりの頃はEC事業部の複数の課ごとに開かれている定例ミーティングのすべてに参加し、意見やアドバイスをしました。その際、自分がいなくなったら誰もやらないのでは困るので、「誰かに言われたからやる」ではなく自立自走でDXを推進できるよう、自分で考える癖をつけてもらうことを意識していました。
――執行役員の立場で全部の会議に参加するのは大変でしたね。
DXは単なる作業のデジタル化ではなく、考え方やプロセスそのものの変革です。「指示を受けたからツールを置き換えた」だけでは真の意味でのトランスフォーメーションにはなりません。「今までExcelで行ってきたこの作業を、RPAを活用することでセルフサービス化できるのではないか」など、一人ひとりが自分で考え、実行することが重要です。
現在は各課のメンバーが自発的に意見を出し合う環境が整ってきたと感じています。
画像出典:サンドラッグ Online Store
サンドラッグ Online Storeの競争優位性
――あらためてサンドラッグ Online Storeの強みはどこにあるとお考えですか。
まず商品取扱数の多さです。医薬品や化粧品以外に日用品、食品なども取り扱うことで、さまざまなお客さまのニーズに応えています。近年はペット用品にも力を入れており、大手ペットフードメーカーであるロイヤルカナンから、ロイヤルカナン食事療法食認定オンラインストアとしての認定を受けました(※)。この認定は日本国内で数社にしか与えられない特別なものです。
※認定オンラインストア:共立製薬とロイヤルカナンジャポンが取り組もうとしているオンライン販売の仕組みに理解・賛同した事業者。
ほかには、即日出荷や日時指定への対応など、商品をお客さまに発送するスピードについても、利便性向上に取り組んできました。
また、Shopifyを導入したことで、コストをかけず、スピード感をもって時代の変化に合わせた機能のアップデートを実現できています。ソーシャルギフトや定期購入の機能を追加したい場合、プラットフォーム上のアプリをダウンロードするだけで即座に実装可能です。従来型のECシステムでは、新機能を追加する際、ベンダーへの見積もり依頼から始まり、調整期間を経て、実装まで半年から1年程度かかることが一般的でしたが、SaaSシステムならではの利点で、現在は自社でスピーディーに行うことが可能です。内製化を進めたことも良かったと思います。
――サンドラッグといえば、一部店舗ではネットで注文した商品を店頭で受け取ることもできますね。
店舗受け取りの場合、送料無料で、店舗の営業時間内であればいつでも受け取っていただくことが可能です。好評をいただいており、最近では店舗受け取りの件数が増えています。店舗に置いていない商品でも、オンラインストアでは取り扱っていることもあるため、便利さを感じてくださるお客さまも多くいらっしゃるようです。
顧客満足度の向上と多言語展開の成果
――リテールDXの取り組みによる主な成果を教えていただけますか。
顧客満足度が向上しました。詳しい数字は申し上げられないのですが、10ポイントの上昇です。システムのリプレースにより、問い合わせをしなくても、お客さま自身がオンラインストア内で疑問を解消できるようになったことが理由の1つだと考えています。お客さまが不満を感じることが減少した結果、リプレース前後の1年間で、お問い合わせ件数が46%減少しました。
加えて、お問い合わせから解決までの所要時間が62%削減されました。新システムによって、お客さまの注文履歴やお問い合わせ履歴などの情報が一元管理され、社員が即座にアクセスできるようになったことが要因です。
また、お問い合わせ対応のフローもシステム化されたことで、より効率的になりました。従来人力に依存していた業務が大幅に効率化され、社員のリソースを他の業務に振り向けることが可能になっています。取扱商品数も1.5倍に増加し、当日発送にも対応できるようになり、そうしたすべてが顧客満足度の向上につながっていると考えています。
――マーケティングに関してはいかがですか。
サンドラッグは、もともとマーケティング活動はほとんど行われていない状況でした。ECに力を入れている割に、メールマガジンの配信すら実施できていなかったのです。HTMLの基礎知識をはじめ、メールマーケティングのスキルを持つ人材が社内に不在でした。
そこでWebデザイナーやマーケティングの知見を持つ人材を外部から採用し、メールマガジンの配信やSNSでの情報発信を始めました。最近ではAIを活用した動画制作まで実現できるようになっており、マーケティングの成果として顧客数は着実に増加しています。
さらに、今はインバウンドのお客さまも結構日本にいらっしゃるので、外部人材を採用して海外事業の専門部隊を新たに作りました。SNSの投稿やメルマガの配信を英語と中国語でできるようにしたほか、サンドラッグ Online Storeの多言語対応も進めています。現在は日本語のほか、6カ国語(英語・韓国語・タイ語・ベトナム語・中国簡体字・中国繁体字)でサイトをご利用いただくことが可能です。
そうした施策の結果、注目すべきことに、サンドラッグのリアル店舗展開がないアメリカからのアクセスが日本に次いで多くなっています。アジア圏ではそれなりの知名度があると思いますが、アメリカとヨーロッパには店舗がないので、SNSでの情報発信を頑張った成果だと思います。
顧客ごとに最適化された情報発信で目指す、ロイヤルティの向上
――顧客データの収集や分析、活用において重視しているポイントはありますか。
リアル店舗とECの両方で、継続的にご利用いただけるロイヤルティの高いお客さまを育てていくことです。サンドラッグを長くご利用いただくべく、お客さまとの長期的な関係構築が最重要課題の1つであると考えています。
しかし、現状ではご利用が月1回程度にとどまっているお客さまも多くいらっしゃいます。この課題に対処するためには、お客さまの購買行動の詳細な分析が不可欠です。価格が要因なのか、リアル店舗であれば立地の問題なのか、ECであれば他社がより魅力的な条件を提供しているのかなどの要因を深く掘り下げて理解する必要があります。
また、特にEC市場においては、価格競争や配送スピードだけでは差別化は難しい状況です。だからこそ、お客さまが何に不満を持ち、何に興味を持っているのか、データを取りに行くことを重視しています。
例えばひと口に「肩こり」といっても、原因や状況は人それぞれです。原因がPCの長時間使用の場合と、スポーツ活動の場合では、提案内容も異なります。そのため、購買履歴から自動的にお客さまのタイプをAIで判定したり、アンケート調査を実施したりすることで、お客さま一人ひとりのニーズをより深く理解し、その方に最適な情報を提供するようにしています。
――顧客理解を深めることに力を入れていることがよくわかりました。ほかに顧客重視の観点で取り組んでいることがありましたら、教えてください。
お客さまの声を勤務時間中、ほぼリアルタイムで確認しています。サイトからのお問い合わせや口コミ、SNSなどすべてです。これらの情報は、社内で開発したダッシュボードを通じて、チームメンバー全員がリアルタイムで確認できます。
多くのお客さまの声を確認する中で、時には低評価やクレームを頂くこともあります。例えば、商品の箱が潰れているというお申し出があった場合、即座に物流担当者に指示を出し、物流倉庫での確認を行います。破損が発生したのは配送過程なのか、梱包時なのか、あるいは入庫時点での問題なのかまで、詳細な調査を行い、改善に努めています。
このようなお客さまからの声はすべて数値化していて、問題の種類や件数、対策、改善状況などを含めて、毎月経営層に報告しています。ポジティブなフィードバックについても同様です。
――顧客の声と向き合い、解決するスピード感は、Amazon Japan時代の「Our Leadership Principles」の精神によって培われたのでしょうか。
おっしゃる通りだと思います。お客さまの声を最優先する「Customer Obsession(※)」を常に大切にしています。
Customer Obsession
リーダーはまずお客様を起点に考え、お客様のニーズに基づき行動します。お客様から信頼を得て、維持していくために全力を尽くします。リーダーは競合にも注意は払いますが、何よりもお客様を中心に考えることにこだわります。
Amazonでは社長から一般社員まで、職位に関係なく、お客さまの声を最優先に考え、動いています。全世界共通で、ある一定のポジション以上の社員は全員、カスタマーサービスセンターで自らお客さま対応の研修を受けることになっています。こうして見えてくるお客さまのお困りごとに対して改善を重ねていけば、満足度向上につながり、結果的にお客さまの継続的なご利用につながっていくというわけです。私も当時、札幌に行ってリアルなお客さまの声を聞き、とても学びになったのを覚えています。
画像提供:株式会社サンドラッグ
「医薬品販売」のイメージから脱却を
――サンドラッグは、2026年3月期に売上高で1兆円、営業利益600億円を目指すとしています。EC事業はその中心にあると思いますが、今後の展望について教えていただけますか。
まずは収益性の向上です。AIの活用や物流のオートメーション化など、まだ多くの実行可能な施策があると考えています。これらのデジタル技術の導入により、業務効率の向上とコスト削減を同時に達成することを目指しています。
さらには、取扱商品の拡大です。従来の医薬品、化粧品、日用品という基本的な商材から、品揃えを大きく拡充中です。現在では冷凍食品やお歳暮ギフト、さらには雪かきスコップや業務用チェーンソーまで、従来のドラッグストアの枠を超えた幅広い商品を取り扱っています。品揃えの多様化により、一般的なスーパーマーケットに近い総合的な品揃えを実現しています。この流れをもっと進めていきたいです。
特にECサイトについては、医薬品販売のイメージが強い現状から脱却し、より総合的な商品を提供するプラットフォームとしての成長を目指しています。お客さまの多様なニーズに応える「より便利なサンドラッグ」となるべく、ECサイトの急拡大を目指します。
――本日はありがとうございました。
Profile
田丸 知加(たまる・ちか)
株式会社サンドラッグ 執行役員 EC事業部 事業長。
大手通信会社を経て、2003年Amazon Japanに入社。16年にわたり小売部門にて全商品の商品登録から販売、販売後の販売促進、マーケティングや広告、運用まで、カテゴリー横断の多数サービス・業務改革・プロダクトの日本責任者に従事。その後、セブン&アイ・ホールディングスにて、デジタル戦略企画部長として、グループ横断のDX・EC推進、新規事業立案を行う。Walmartの子会社であった西友に参画し、OMO施策や楽天西友ネットスーパーの新規事業開発等幅広く従事。2021年11月にサンドラッグへ執行役員として参画し、2022年3月には日本オムニチャネル協会フェローにも就任。
サンドラッグ Online Store:https://sundrug-online.com/