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AI時代にECの売り上げを最大化する、顧客データ分析のポイントとは――石川森生×河野貴伸対談

最終更新日:2024.10.17

大手企業から個人まで、活用の幅が広がり続けるEC。しかし、売り上げ向上にECをうまく活用できている企業は意外と多くなく、特にコロナ禍を機に本格的にECを立ち上げたところでは、いかにリピーターを増やし、LTVを最大化させられるかが課題になっているのではないでしょうか。また、中国ではAIにより生成されたインフルエンサーがライブコマースを行うなど、ECにおける生成AIの活用も進んでおり、最新技術に関する情報のキャッチアップも欠かせません。

競合がまさに世界とも言うべき厳しいビジネス環境にあって、自社ECの売り上げをさらに向上させるには、どうすれば良いのでしょうか。「Marketing Native Fes 2023」のセッション2では、DINOS CORPORATIONをはじめ、多数の企業のEC事業で成果を上げ続ける石川森生さんと、ジャパンEコマースコンサルタント協会講師でもあるフラクタ代表の河野貴伸さんが「コロナ後のEC」をテーマに対談。その中から、「リピーター増につなげるための顧客データ分析のポイント」「ライブコマースに向いているプロダクトの特徴」「ECにおけるAI活用のイメージ」などの対談模様をお届けします。

(文:工藤 麻里子、構成:Marketing Native編集長・佐藤綾美)

※本記事は、Marketing Native Fes 2023 セッション2の内容について、登壇者の方々の許可を得たうえで読みやすく編集したものです。

目次

緊急避難的にECを始めた企業が直面している課題

河野 コロナ禍が落ち着き、実店舗へ買い物に出かける方も増えてきました。そうしたなかで、企業が直面しているECの課題には何がありますか。

石川 ECへの集客や顧客とのコミュニケーションにおいて、コロナ禍という特殊なタイミングと平常に戻りつつあるタイミングとでは前提条件に違いがあり、その違いに苦しんでいる企業が多く見られます。細かな課題は企業によって多種多様ですが、「ユニットエコノミクス=LTV(限界利益)/CAC」という指標に集約されるように感じています。

企業がECを運営する利点は「顧客データを取得できること」です。顧客の獲得コスト(CAC)が多少かかったとしても、その後のリテンション施策で顧客とコミュニケーションを取り、きちんと売上利益が出るならば、ある程度は許容できるでしょう。しかし、コロナ禍で緊急避難的にECを始めた企業にはCRMの知見があまりなく、仕組みも運用もできていないところがあります。そうすると、LTVをなかなか増加させられず、顧客の獲得コストの回収が難しい状況に陥ってしまうわけです。

河野 LTVをカッコ書きで「限界利益」としているのはなぜですか。一般的なLTVとは違う考え方なのでしょうか。

石川 LTVの算出方法は諸説ありますが、私は「利益まで回収できる」ことを重視しており、売上高から変動費を差し引いた限界利益で見るのが妥当という考えです。

河野 確かに、LTVを利益ではなく売り上げで見てしまい、ビジネス全体で考えると実は赤字だったということもありがちです。

石川 キャッシュフローに余裕のある大手企業であれば2年LTV、3年LTVと長いスパンで見ることができますが、余裕のないベンチャー企業ではそういうわけにもいきません。1年の限界利益で見るのが良いと思います。

河野 コロナ後の世界において、顧客体験を向上するにはどのような点を意識すれば良いでしょうか。

石川 どこに価値を設けるか意識し、逆算してECサイトを作る必要があると思います。ECが普及し始めた当初は、サイトを作って購入できる状態にしておけば、商品をある程度売ることができたかもしれませんが、今はただ商品を載せておくだけでコンバージョンを発生させるのは難しいでしょう。重要なのは、ECならではの強みを理解したうえで、「既存の自分たちのアセットとどう組み合わせたら新しい価値が生まれるか」という視点で考えることです。例えば「購入体験自体が楽しくなるEC」「店舗と一緒に利用されることを前提としたEC」「カタログと連動するEC」などと考えて作ります。

河野 コロナ禍で緊急避難的にECを始めた企業も、コロナが落ち着いてきたこのタイミングで自社ECの役割や要件を見直すのは重要なポイントかもしれないですね。

石川 「ECは何をする場所なのか」「何のための機能なのか」を最初に定義しておくと良いと思います。この部分を決めないまま始めると、その後の運用も含めてなかなかうまくいかないケースが多い傾向にあります。

リピーター増加につなげるための顧客データ分析のポイント

河野 石川さんがおっしゃるように、顧客データを得られることはECの大きな強みだと思います。そこで伺いたいのですが、顧客データをどう分析すれば、リピーターの増加につなげられますか。

石川 基本的な事柄ではありますが、顧客データを分析する際は、セグメントをきちんと分けることが重要です。ただし、細かく分けすぎるのはあまり良くないと思っています。例えば顧客の趣味嗜好に応じてセグメントを分類し、セグメント1つあたりの人数が1,000人程度の場合、メルマガの開封率を30%とすると、1,000人に送信したとしても開封するのは300人です。CVRが10%なら、そこからクリックするのは30人となり、「1通のメルマガを送る作業に対してCV数が見合っているのか」という議論が生じます。

ではどうしているかというと、私はRFM(※)に基づきセグメントを分けて考えるようにしています。そうすることで、それぞれのセグメントに対して実施すべき施策や見るべき指標がわかりやすくなります。

※RFM:Recency(最近の購入日)、Frequency(来店頻度)、Monetary(購入金額ボリューム)

基本的な分類は以下の4つです。

  • ロイヤルユーザーと呼ばれる顧客
  • ロイヤルユーザーではないが、過去に1回以上ご購入いただいて、データがある顧客
  • 休眠している顧客
  • 新規顧客

例えば、ロイヤルユーザーは4つのなかでも売上利益を最も獲得できるセグメントで、KPIは「稼働率」を見ます。稼働率は、1,000人のロイヤルユーザーがいるとしたら、そのうち何人が稼働するかという割合です。稼働率がわかると、ロイヤルユーザーのセグメントから得られる売り上げや利益について、ある程度予測を立てられるようになります。ロイヤルユーザーに対しては、稼働率を増やし、売上利益を最大化させるための施策を検討します。

一方で、「ロイヤルユーザーではないが、過去に1回以上ご購入いただいて、データがある顧客」のKPIは例えば「F2転換率」などであり、ロイヤルユーザーになってもらうための施策を考える必要があります。

このように顧客のセグメントを4つに分けるだけでも、それぞれに対してやるべき施策や売り上げに与えるインパクトを可視化できるようになります。セグメントごとにKPIを設定し、施策によってそれぞれのKPIがどう動くのか監視しています。

河野 ありがとうございます。テクノロジーが進歩し、細かいところまでセグメントを分けられるようになりましたが、細かく分けすぎてKPIを追いきれない…という状態に陥っているところは多いかもしれません。重要なのは分けたセグメントをしっかりとモニタリングすることであり、それが異常値になったり欠けたりしていないかを見極めることだと思います。石川さんが分けられているように、既存顧客の3パターン+新規顧客くらいのほうが最初はとっつきやすいかもしれないですね。

石川 戦略は実行すると大抵ズレが生じるので、戦略の段階で細かくセグメントを分けても、運用上耐えられなくなるおそれがあります。最初のうちはある程度修正していくことを前提にシンプルに分けて、まずはクイックに施策を打ち出し、精度が上がってきたらセグメントを増やしていくのが良いと思います。

河野 近年はECが普及し、競合がひしめくようになってきました。顧客から選ばれるために意識すべきことはありますか。

石川 顧客とのコミュニケーションの前に、大前提として重要なのが「商品」です。商品をしっかりと設計できているかどうかで、勝負の半分は決まると思います。「その商品がほしい」という顧客側の思いが強ければ、多少サイトが使いづらくても売れるものです。

物が良いのは当然として、それ以上に「ECサイトで購入する意味」を商品に持たせることが重要です。例えば、店舗ではなかなか手に入れられないほど人気で、在庫を潤沢に確保できていない商品があり、顧客が店舗に毎日通って「今日もない」となるようではストレスを感じさせてしまうでしょう。そうした商品が入荷した際に、その情報をEC側からメールなどで送るのも1つのサービスになると思います。

あとは、店舗では入手しづらい商品の横に、ECに最適化した専売商品を載せるのも有効です。顧客にとって「店舗に行っても買えない商品がある」ということは、送料がかかってもECで商品を購入する理由になります。このとき「あと○○円で送料無料」と表示されるように設定しておけば、普段は店舗で購入している商品も、顧客の目当ての商品と一緒にカートに入れてもらえる可能性が出てきます。

このように商品側の戦略設計を行うのが先で、SNSやWeb広告、インフルエンサーを起用したPRといったプロモーションをどうするかはあとから決まることだと思います。

河野 ありがとうございます。競合がひしめく今だからこそ、ECが提供できる価値を見つめ直す必要がありますね。

ライブコマースに向いているプロダクトの特徴と、中国との違い

河野 続いて、ライブコマースについて伺います。特に中国市場ではAIが生成したインフルエンサーがライブコマースを行うなど急成長していますが、日本ではまだそれほど普及していないように感じます。ライブコマースが向いているプロダクトの特徴には何がありますか。

石川 ライブコマースに向いているのは、商品自体にコンテンツ性があるものです。例えば、身長が低い方向けの洋服を扱うあるブランドでは、毎日のようにInstagramライブで配信を行っていました。このようにセグメントがしっかりと定まっており、顧客のニーズを理解している企業は向いていると思います。自分と同じくらいの身長の方が商品のコーディネートを見せてくれるのはリアリティがありますし、非常にコアなコンテンツになり得ます。

河野 私もTikTokを見て商品を購入することが多々あり、そのきっかけとなる動画の多くが商品の使い方を説明するハウツー系です。スキンケアやヘアワックス、石川さんがおっしゃった洋服の着こなしなど、使い方を調べようにもわかりづらい商品がライブコマースに向いているのかもしれません。

ライブコマースに向いているプロダクトがある一方で、日本ではまだあまり普及していないと感じるのはなぜでしょうか。

石川 日本で普及しない理由よりも、ライブコマースが流行している中国がうまくいっている理由を探ると良いと思います。日本と中国とでは売り方に違いがあり、ライブコマースに期待している機能もズレがあると感じています。

中国の企業のライブコマースでは原価を割るような低価格で商品を販売していることがあります。なぜこれができるのかというと、中国の企業は「そのライブコマースで収益を上げる必要がない」と考えているからでしょう。どこに予算を投下するか考えた場合に、広告コストを増やすのと、商品の利益を減らして無料同然で販売するのとでは、後者のほうが集客性やコンバージョン率が高く、効率が良いわけです。そう考えると、中国の企業が行っているライブコマースは理想的といえます。元々のCPA(顧客獲得単価)にもよりますが、例えばGoogleやYahoo!などの広告媒体でCPC(クリック単価)を1,000円多く許容して出稿したとしても、セッション数とともに見込み客も増えるため、コンバージョン率はおそらく減少します。一方、新規顧客に対して割引やプレゼントなどの形でプラス1,000円分サービスした場合、コンバージョン率は劇的に上がるでしょう。

特に中国はEC化率が伸びる一方で、タオバオ(淘宝)など大手プラットフォームの手数料が高い傾向にあり、日本よりも新規顧客の獲得コストが上がっている状況だと思います。LTVの観点から見ても、モールに出店していない独自ドメインのサイトで新規顧客を獲得するコストは割に合わなくなっているのではないでしょうか。そう考えると、商品を無料に近い価格で販売するほうが集客性は高く、コンバージョンも得られます。その後CRMをきちんと行って利益を回収できるのであれば、投げ銭のような中国のライブコマースは非常に合理的だと考えています。

一方、日本は中国に比べるとCRMがまだあまり発達しておらず、そもそもCRMの概念を持っていない企業も少なくありません。新規顧客獲得のためのマーケティングとCRMが適切につながっていないので、中国の企業のライブコマースと似たようなことをやってもうまくいかないのでしょう。

河野 中国のばらまきのようなお祭り騒ぎをつくるのは、日本では少しネガティブなイメージを持たれるように思います。しかし、広告媒体への出稿だけがECサイトへの集客手段とは限らないので、まずはそうしたお祭り騒ぎでブランドや商品を知ってもらい、その後で商品を好きになってもらうのも1つの選択肢として十分あり得ますし、そこにコストをかけたほうが顧客もハッピーになるかもしれません。

石川 海外のライブコマースを見ていると、CRMがきちんと出来上がっていて、新規顧客から一定以上の利益を獲得できる見込みが立っていれば、集客するための入り口の広げ方は無数にあると感じています。

河野 あと、無料に近い価格で商品をばらまくのは、ブランディングの観点で問題ないのか気になりましたが、お祭り騒ぎをきっかけにブランドを認知されたとしても、その後のフォローがしっかりとしていれば、それがブランド毀損につながるとは限らないのかもしれません。顧客がそのブランドに価値を感じるのは購入後も含めた体験すべてだと思います。

音楽の話になりますが、単体で十分に集客できるようなアーティストでも、多くのアーティストが参加するフェスに出演することがあります。なぜなのか話を聞いたところ、「フェスにはフェスのお客さまがいて、そこから新規のお客さまになってくれる人がいる」とのことでした。入り口を広げるという意味では、ECでも同じことがいえると思いました。

石川 まさに同じ発想だと思います。やはりお祭りは集客力がありますよね。

ECにおけるAI活用への期待

河野 続いて、今まさに活用が広がっているAIについて伺いたいと思います。今後のEC運営でAIがどう活用されていくか、石川さんの見立てを教えてください。

石川 AIに関しては私も期待を込めて試しているところで、ポジティブとネガティブの両方の面があると感じています。

ECはクリエイティブな仕事ばかりではなく、数々のオペレーティブな仕事が存在しており、こうした仕事の多くは、AIに任せられる可能性があります。例えば、銀行振り込みの確認作業もその1つです。どの注文と振り込みがリンクしているのか、確認作業にAIを活用したところ、人間が作業するよりも大幅に時間を短縮できた例があります。「絶対にやらなければいけないけれど、誰も携わりたくない作業」は、AIが得意だと思います。

一方でネガティブな面でいうと、お題を投げるだけでAIが最適解を教えてくれたり、コンテンツも全部作ってくれたりするような、私が当初期待していた世界観はまだ難しいようです。AIでテキストのベースは作れますが、それを人間がチェックせずにそのまま出してしまうのは危険です。そういう意味では、現段階でAIにクリエイティブな業務を完全に任せることはできませんし、特に情緒的なところはまだ厳しいと思います。

河野 AIに置き換えられる作業が増えるのは嬉しい半面、生成系AIは汎用性が高いゆえにうまく使いこなせている人はまだ少ないように感じます。「今後AIを使ってこういうことができるようになる」という期待は何かありますか。

石川 オペレーティブな業務は全部AIに任せたいですし、クリエイティブ領域も使い方によっては活かせるだろうと期待しています。例えば、ECを運営しているとわずかな情報で商品の説明文を何種類も考えなければならないときがあります。そうした際に、商品の特徴を伝えるだけでAIが多様なボキャブラリーで複数パターンの説明文を作ってくれるようになると嬉しいです。

クリエイティブのもとになる部分を短時間で数多く生み出すような使い方はできそうなので、よりクリエイティブな領域まで活用を広げるべくテストしているところです。

河野 AIだけで完成させるのは難しくても、たたき台を作るという面では大いに役立つと思います。商品説明や広告のコピーで大量のパターンを作っていると、どうしてもワンパターン化してくるので、そういうときにAIをうまく活用できると良いですね。

最後に一言、本日の感想をいただけますか。

石川 ECを取り巻く環境が目まぐるしく変化するなかで、AIのような新しい技術はどんどん試していくべきだと思います。一方で、「顧客にどのような価値を提案するか」といったビジネスの基盤となるような普遍性の高いテーマは、流行に流されず、やらなければならないことを見極めてきちんとやるべきであると、話しながらあらためて感じました。

河野 日々登場する新しい技術を追いかけなければならないプレッシャーはありますが、「変わらないもの」もあるわけですよね。自分たちの事業においても、「変わるもの」と「変わらないもの」をしっかりと定義したうえで活動していくことが大切だと学びました。本日はありがとうございました。

 

Profile
石川 森生(いしかわ・もりう)
株式会社DINOS CORPORATION CECO(Chief e-Commerce Officer)。
新卒でSBIホールディングス入社。SBIナビ(現・ナビプラス)を創業、多くのマーチャントのECサイトグロースに携わる。その後、ファッション通販サイト マガシークのマーケティング部門責任者、製菓製パンECサイトcottaを運営する株式会社TUKURU代表取締役社長を歴任。現在は株式会社DINOS CORPORATION CECOの他、RESORT株式会社Co-Founder & Chairman、トレンダーズ株式会社 社外取締役、ルームクリップ 株式会社 KANADEMONOカンパニー長&EC事業部責任者、オルビス株式会社CDO(Chief Digital Officer)等を兼任する傍ら、複数の成長ベンチャーにハンズオンによるエンジェル投資を実施する。

河野 貴伸(こうの・たかのぶ)
株式会社フラクタ 代表取締役。
Shopify 日本初代エバンジェリスト、フィードフォース株式会社取締役、ジャパンEコマースコンサルタント協会講師、元株式会社土屋鞄製造所デジタル戦略担当取締役(~2020/3/31)。
1982年、東京の下町生まれ、下町育ち。2000年からフリーランスのCGクリエイター、作曲家、デザイナーとして活動。美容室やアパレルを専門にデジタルコミュニケーション設計、ブランディングを手がける。現在はブランドビジネス全体とD2Cブランドへの支援活動、およびコマース業界全体の発展とShopifyの普及をメインに全国でセミナーや執筆活動を行う。

 

記事執筆者

佐藤綾美

株式会社CINC社員、Marketing Native 編集長。大学卒業後、出版社にて教養カルチャー誌などの雑誌編集者を経験し、2016年より株式会社CINCにジョイン。
X:@sleepy_as
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