北欧雑貨のECメディアを運営するクラシコムが2022年8月5日に東京証券取引所グロース市場へ上場を果たし、大きなニュースとなりました。同社が運営する「北欧、暮らしの道具店」は、優れたビジネスモデルの展開やファンからの支持の高さなどで、以前より注目を集める機会の多かったECメディアです。
みる兄さんが話題のプロダクトを考察する連載・第8回は、「北欧、暮らしの道具店」を取り上げ、顧客を惹きつける「カルチャー」の秘密について考察します。
目次
「北欧、暮らしの道具店」。このECメディアをご存じでしょうか?マーケティングに携わる人なら一度は聞いたことがある名前かと思います。
最近では、今年8月5日の上場がニュースになり、注目を集めました。
画像出典:北欧、暮らしの道具店
僕が初めて「北欧、暮らしの道具店」を知ったのが2016年頃。当時、オウンドメディアの立ち上げを検討し、事例を探していた際、「メディア×ネットショップ」の成功事例として取り上げられていた記事を読んだ記憶があります。PV数もさることながら、実際に購入してみて、リトルプレスが同封されていたり、メルマガでエッセイが届いたり、一つひとつの顧客接点がステキな体験になっていました。
「北欧、暮らしの道具店」はますますそのコンテンツの幅を広げ、顧客に提供する魅力を高め、「ライフカルチャープラットフォーム」として進化しています。
今回は、「北欧、暮らしの道具店」の歩みをひもときながら、「人を惹きつけるカルチャーはどうやって生まれるのか?」を考察していきたいと思います。
「北欧、暮らしの道具店」の歩み
創業は2006年。兄の青木耕平氏と、妹の佐藤友子氏がクラシコムという会社を設立しました。創業当初に行っていたのはCtoCの不動産事業です。その後、不動産事業の傍らで“せどり”を行う中、社員旅行で訪れたストックホルムで北欧のヴィンテージアイテムを買い付け、ネットショップで販売したのが現在の「北欧、暮らしの道具店」が生まれたきっかけでした。
テーマを北欧に決めた理由について、代表の青木氏は下記のように語っています。
『北欧』が定期的にリテンションされるワードだからこそ、波には乗れると思ったんです。おそらく、インテリアの大きなテーマとして、フレンチ、ブリティッシュ、アジアに続く定番として『スカンジナビア』が今後入ってくるとしても、日本発で多店舗展開しているような企業は存在していませんでした。つまり、ビジネス構造的には継続的な成長が見込めるのに、まだ『勝ち』が決まってない。これは参入するポイントだなと。
出典:クラシコム『「北欧、暮らしの道具店」が生まれるまで──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(1) 2006年〜2010年社史』
ネットショップといえど、訪れて楽しい場所にしたいとの思いから、ブログ記事などの読みものコンテンツも用意し、数年は実店舗を持ったり、モールに出店したりしています。2011年にはモールへの出店を取りやめ、自社サイトでの販売に集中。そして、広告で集客するモデルから自前のコンテンツで集客するモデルへと転換しています。
さらに、2012年にフェイスブック、2014年にはインスタグラムの本格運用を開始して集客が大きく伸び、サイト自体も成長しました。
画像出典:
https://www.facebook.com/hokuohkurashi/
https://www.instagram.com/hokuoh_kurashi/?hl=ja
サイトの月間PV数は2015年3月時点で1000万PVを超えており、2017年5月時点で約1600万PVとなっています。
INDUSTRY CO-CREATIONで2016年に公開されている記事によると、ネットショップへのアクセスの40%以上はソーシャルメディア経由です。2015年当時で、フェイスブックは約31万人、インスタグラムは約24万人のフォロワーを抱えています。なお、現在ではフェイスブックが約42万人、インスタグラムは約123万人のフォロワー数となっており、特にインスタグラムがネットショップへの大きな接点です(2022年8月4日時点)。
その後、オリジナル商品を展開するなど順調に成長していく中、「北欧、暮らしの道具店」は新たなチャレンジとして2018年にWebドラマ『青葉家のテーブル』を制作します。
画像出典:クラシコム『「北欧、暮らしの道具店」がオリジナル短編ドラマ「青葉家のテーブル」の配信をスタート!』
僕は当時、オウンドメディアや企業のブランドムービーの企画に携わっていたので、このニュースには衝撃を受けました。
ブランドがドラマをつくる!?予算は?採算は?目的は?
コンテンツを重視した、「メディア×ネットショップ」のビジネスモデルは、アパレルなどでも取り組んでいるブランドがあります。また、SNSで人気のアカウントを持つブランドもあります。しかし、YouTubeでドラマをつくり、ヒットコンテンツを生み出し、映画化し、採算を合わせて継続しているようなブランドは見たことがありません。
画像出典:北欧、暮らしの道具店『インターネットラジオ「チャポンと行こう!」』
その後、同じく2018年にインターネットラジオ「チャポンと行こう!」をスタートするなど、「北欧、暮らしの道具店」は顧客のライフスタイルのありとあらゆる接点でアカウントを持ち、関係を構築しています。
ここまでの歩みを振り返ると、数々の顧客接点のコンテンツを鮮やかに成功させているように見えます。しかし、ECサイトに愛用コメントを載せることも、公式インスタグラムを始めることも、ポッドキャストでラジオを始めることも、「はじめはあまり乗り気でなかった」と青木氏は答えています。初期は大きく投資するのではなく、経営に影響のない範囲でテストをしながら一つずつ取り組んでいることがわかります。
現在の「北欧、暮らしの道具店」の売り上げは2021年度で45億円。そのビジネスモデルの顧客接点を分解すると以下の通りです。
画像出典:株式会社クラシコム「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」
「北欧、暮らしの道具店」は、SNSやYouTubeを「情報を伝える場」ではなく、「顧客がその価値観に浸り、時間を楽しむ場」と捉えています。多様な顧客接点とオリジナル商品の展開により、「カートボタンがついた雑誌」(さまざまなインタビューで青木さんが自社のビジネスモデルを表現するワード)をつくり上げています。
企業が「カルチャー」をつくるには?
青木氏は、自社のビジネスである「北欧、暮らしの道具店」を「ライフカルチャープラットフォーム」と表現しています。
僕らが提供するコンテンツ、ブランドイメージ、データからなる『カルチャーアセット』が上層にあり、これらとお客様はSNS、ウェブ、アプリといった『エンゲージメントチャネル』で結ばれています。このつながりのある状態が『ライフカルチャープラットフォーム』という土台になる。この上で行うビジネスならば、成長も運用も効率よくできるのです
出典:クラシコム『「ライフカルチャープラットフォーム」としての進化──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(5)2021年版社史』
画像出典:クラシコム「事業紹介」
「北欧、暮らしの道具店」がつくりだす「カルチャー」は、取締役の佐藤氏の商品の目利き力、そして、そこから生まれるコンテンツが原点だと感じています。しかし、それはあくまでも原点であって、現在の「北欧、暮らしの道具店」の「カルチャー」はクラシコムで働いている人たちがつくり上げており、これを持続的に行ってきた、採用と組織(チーム)づくりが素晴らしいと感じています。
以下は中途採用応募時の提出書類に関する必要事項です。
1)ご自身のお写真(PDF形式)ファイル名:「お名前_写真.pdf」
ご自身の普段の様子がわかるような写真をお願いします。(証明写真不可)2)エッセイ(PDF形式)ファイル名:「お名前_エッセイ.pdf」
クラシコムとの出会い、応募理由、これまでの仕事で忘れられないエピソードを盛り込んで作成してください。3)「好きなもの・こと」がわかる資料(PDF形式)ファイル名:「お名前_好きなもの・こと.pdf」
インスタグラムやピンタレストの写真、最近気に入っている写真をコラージュしたものなど、ご自身が好き・興味があるものが伝わるものであればなんでも構いません。
出典:北欧、暮らしの道具店「キャリア採用募集終了【2022春の定期採用】新卒採用がスタート!キャリア採用は全12職種を募集します(中途採用のみ:3/11 9:00 応募締切)」
このような採用活動を行うことで、「北欧、暮らしの道具店」の世界観が好きな人でなおかつ、自分が欲しい世界観を表現できる人たちが集まり、実際に活躍してもらうことで、人が惹かれる「カルチャー」を生み出しています。
また、採用された人たちが良いチームとして働くことも重要です。クラシコムが組織形成で大切にしていることは、ダニエル・コイル著の書籍『THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法』に記載されている、成功しているチームの共通スキル、「安全な環境」「弱さの開示」「共通の目標」と非常に近いと感じます。
「安全な環境」
安心は、ただの気持ちの問題ではない。むしろ強固なチームの文化を築く基盤である。
出典:『THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法』(かんき出版、ダニエル・コイル著、楠木建監訳、桜田直美訳)
ダニエル・コイルによると、安心は強固なチームの文化を築く基盤であり、安全な環境であることや、メンバー同士が互いにつながっていると感じられることは、チームのパフォーマンスに影響すると言います。
「弱さの開示」
「弱さの開示」とは、リーダーが弱さを見せることです。リーダーが自らの弱さを開示することにより、メンバーは安心し、信頼関係を構築しやすくなると言います。
すでに見たように、弱さを見せる小さな瞬間を何度も積み重ねることで、チーム内に協力関係が生まれる。なかでもいちばん影響力が大きいのは、リーダーが弱さを見せる瞬間だ。
出典:『THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法』(かんき出版、ダニエル・コイル著、楠木建監訳、桜田直美訳)
「共通の目標」
最後に大切なのが、「共通の目標」を持つことです。
成功しているチームを取材してわかったのは、どのチームも共通の価値観や目的がはっきりしているということだ。たしかにどんなチームも、部屋の飾りなどで価値観を表現することはある。しかし、成功しているチームは、並外れてそれを徹底しているのだ。
出典:『THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法』(かんき出版、ダニエル・コイル著、楠木建監訳、桜田直美訳)
クラシコムは、「残業を当たり前にしない働き方」を心掛けており、全従業員の1カ月あたりの平均残業時間は4.3時間だそうです(2021年7月期)。働き方にも2つのコース(Regularコース、Shortコース)を設けるなど、安心して働ける環境をつくっています。
また、青木氏はインタビューで過去の失敗を包み隠さず語っています。過去にインスタグラムアカウントへの取り組みやそのほかの施策へも乗り気でなかったと公の場で話し、代表自らが弱さを開示しています。
そして、採用時点で「北欧、暮らしの道具店」のカルチャーが好きな人を採用しているので、応募してくる以上は、「共通の価値観や目標を強く認識している人材」とみなされた人たちが集まっているのではないかと思います。
筆者は一時期、企業のブランド力強化のために、いわゆるインナーブランディングの取り組みについてさまざまな事例を調べていた時期がありました。その際に、下記のような考察をしたことがあります。
「企業文化」をつくり出すには大きく分けて二つのパターンが存在しています。一つはトヨタ自動車やコマツ(小松製作所)、無印良品(良品計画)のように「企業文化」より生まれる価値観から行動規範に至るまでを「トヨタウェイ」や「コマツウェイ」、「ムジグラム」と詳細に明文化し、行動規範自体を徹底して仕組み化する方法です(「ムジグラム」はマニュアルの要素も強い) 。
もう一つのパターンは、ホンダ(本田技研工業)やソニー(近年は異なりますが)、外資系のGE(ゼネラル・エレクトリック)のように、細かな行動規範というより、考え方を共有する「場」(ワークショップ)をつくり、継承すべき「企業遺伝子」を伝承している企業です。しかし、行動規範の明文化や、ワークショップを実施しながら、どうもしっくりこない感覚を持っていました。企業文化は何から生まれるのか?ミッション、バリュー、プロダクト、ワークショップ、トップのメッセージ。どれも重要なのですが、働き手に半ば強制的にインプットすることでしか感じられない「企業文化」にどこまで意味があるのでしょうか。
青木氏は「(ミッションやバリューなどを)社員に多くを語らない」とインタビューで話していました。代表が「我々のミッションはこうだ」と直接従業員に説明するよりも、社員が発信するコンテンツに他の社員が触れることで、その企業が大切にしている文化が醸成されていると感じます。コンテンツの役割はその世界観で「顧客を惹きつけるため」だけでなく、組織内のカルチャー(企業文化)創造に大きく寄与しているのです
多くの企業が企業文化をつくり出すために取り組むパターンとは異なり、クラシコムが実践している「共通の価値観、目的を強く持って働いている人が生み出すコンテンツ」こそが、今回のテーマである「カルチャー」をつくるための解だと思います。
まとめると、次のようになります。
- コアとなる商品と記事コンテンツで世界観を表現する
(青木氏、佐藤氏が初期に実践)
↓ - そのコンテンツに惹かれた人が採用に応募する
↓ - 採用された人がコンテンツのつくり手になり、コンテンツが生み出される
→「2」につながり「3」と「2」がグルグルとスパイラルのように成長し、カルチャーが生まれる
(図で表すとこのような感じです)
「北欧、暮らしの道具店」から学んだこと
初めてその名前を知り、実際に商品購入してから何度も、「『北欧、暮らしの道具店』のコンテンツが生み出すカルチャーが人を惹きつけるのはなぜか?」を考えていました。青木氏のビジョンが生み出しているのか。佐藤氏のクリエイティブディレクションが良いのか。社員にエキスパートがいるのか…など。しかし、知れば知るほど、論理的に分解できず、モヤモヤしていました。組織文化としての「カルチャー」のつくり方はいくつかの良書がありますが、顧客に提供する世界観としての「カルチャー」のつくり方に関して参考になる図書は見当たりませんでした。
青木氏は、「北欧、暮らしの道具店」の成長戦略を「カテゴリの花束戦略」と表現しています。
当社が運営する「北欧、暮らしの道具店」は創業当時はビンテージの北欧食器を専門に販売するECサイトとして始まりました。そこからビンテージ北欧食器を買ってくださるお客様に、現行品の北欧雑貨をご提供するようになり、北欧の雑貨が好きなお客様に世界中の雑貨を、コンテンツを、食品を、アパレルを、コスメ、そして映画や音楽をというように、既存顧客の価値観、美意識を深く共有して、その人たちが暮らしの中で触れる可能性があるカテゴリを順次事業に加えていくことによって成長を続けてきました。この成長戦略を私たちは「カテゴリの花束戦略」と呼んでいます。おなじ価値観や美意識というリボンで様々なカテゴリを束ねることによってブランドがカバレッジできる範囲を広げ既存顧客の可処分所得に占める当社サービスの比率を高めていくことを目指しています。
出典:クラシコム「経営方針というものを初めて文章にしてみた」
上記を読んでモヤモヤが晴れました。カルチャーは「AをやればBの成果がでる」と直線的に生まれるモノではなく、幾重にも重なり、積み上げて、それらのコンテンツを束ねることでしか生まれないと学びました。そのため、「北欧、暮らしの道具店」のビジネスモデルは商品軸や人軸ではなく、カルチャーで顧客とのつながりを生み出しており、模倣困難と言えます。
今回、記事を書いてみて、世界観としての「カルチャー」を体現できる1人がいること(「北欧、暮らしの道具店」における佐藤氏)、そして、その「カルチャー」に惹かれる顧客の中から「カルチャー」を体現する側の人を採用することもポイントだと感じました。このサイクルが回ることで、青木氏がクラシコムのジャーナルで触れていた『「みんな(=一般の人)」が「一流のクリエイター」に近い成果を安定的にあげる事が可能』な状態が成し遂げられていました。
コンテンツやSNS、YouTubeは見えている部分だけであり、その土台では採用、働く環境、人事制度などの要素をリボンで束ねていく、青木氏がつくった仕組み化が強みとなっています。これは到底まねができない、長期的に積み重ねてできた独自の資産だと思います。「北欧、暮らしの道具店」の積み上げてきた16年間の歴史と青木氏と佐藤氏の役割の関係性を見て、「『北欧、暮らしの道具店』みたいなコンテンツやSNSを発信できるECをつくりたい…なんて歩み始めたら、迷宮に入ってしまうぞ」と感じます。
「カルチャー」への道は果てしなく遠く、地道な積み重ねから生まれます。その覚悟を持つ者だけが体現できるものだと実感しました。
あとがき
「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムは8月5日に上場しました。資料を見ると資金調達もなく、青木氏がクラシコムのジャーナルに経営方針として書いていた「自由」を担保するために「資本関係に縛られないために高いオーナー比率を維持」していると思います。また、保有する現金が約20億円もあり、追加の資金調達も不要なのではとの声も見かけました。考察で書いたように、採用とコンテンツがスパイラルのようにつながって持続的成長の基盤が整っており、営業利益率も17.2%と高い状況です。
なぜこれほどまでにキャッシュリッチな状態をつくれているのか。青木氏が自社のビジネスドメインをECやメディアではなく、プラットフォーム、レーベル、パブリッシャーと表現をされているところにヒントがある気がしています。
「クラシコムは価値観が近い企業をM&Aして、さらに提供しているカルチャーの束を広げていくのではないか?」と筆者は推測しています。例えば、ホテル事業、旅行業など、「北欧、暮らしの道具店」の顧客が生活の中でその「カルチャー」に接する可処分時間(体験)に広げる。今後も、ドラッカー著『イノベーションと企業家精神』の中に書かれていた「予期せぬ成功から生まれるイノベーション」を起こしていってくれると思います。そして、クラシコムで働く人たち、その顧客が増えることで「フィットする暮らし、つくろう。」に関わる人を広げていってほしいと願っています。