事業や施策の多くは、実施当初こそ成果が勢いよく伸びるものの、次第に伸びが逓減していくのが一般的です。そのときマネジメントも担当者も「以前より伸びなくなったのは努力が足りないからだ」「何かが間違っているに違いない」と考えて、そのまま継続しがちですが、それでは鈍化した伸びを復活させるのは難しいでしょう。
そんなときはどうすれば良いのか。「コマースプロデューサー」「Eコマース先生」こと川添隆さんにお話しいただきました。マーケティングやECだけでなく、多くの仕事に通じる内容です。
(構成:Marketing Native編集部・早川 巧)
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目標までの乖離をどう埋めるのか
今年(2022年)1月19日にSNSに投稿した内容が想像以上に反響が大きかったので、あらためて解説します。この考え方自体はこれまでもECに関するセミナーやアドバイザー先の企業などで何度かお話しする機会があり、驚かれることが度々ありました。先日、同じ話をある打ち合わせのときにしたのですが、ずっと一緒に働いているマネジメントのメンバーからも「どういう意味ですか?」と質問されて、私自身が驚きました。意外と知らない人が多いのかもしれないと思い、今回お伝えする次第です。
それは簡単に言うと「成果が伸びないときは努力が足りないのではなく、新しい打ち手や考え方を必要としていることが多い。それをマネジメントが気づいてアドバイスしてあげることが大事」というものです。
目標の数値と現状が乖離していると、社内やクライアント、あるいは株主らから「この成果(結果数値)のギャップをどう埋めるのか?」と聞かれると思います。その際、「頑張って努力しているのですが、なかなか目標に届かなくて…」としか答えられないのでは、「どう埋めるのか?」の問いに対する回答になっておらず、相手も納得してくれません。
そもそも、そのまま同じような努力を工夫もなく繰り返したところで、多くの場合、図「2」のように伸びは逓減していきます。特に私の得意領域である小売りやECサイトは余程のことがない限り、流入数は劇的に変化しません。同じような改善をしても前週や前月からのプラスはあるかもしれませんが、事業全体へのインパクトとしては変化量が小さく見えてしまうと捉えています。あらためてそのことを指摘されるとほとんどの人は同意するのに、指摘されるまではなぜか「努力が足りないから伸びないのだ」「もっと改善する余地があるのではないか」と考えて、成果の限界が来ている施策に対して、マインドシェアと実務の時間を多くしてしまう人が少なくありません。これは問題です。
そんなとき、私が「伸びが逓減するのはあらかじめわかっていたこと。現状の施策は取捨選択しつつも、現状と目標のギャップを埋めるためには新しい打ち手をいくつか積み上げることが必要です」「『逓減と新しい打ち手のサイクル』は続くからこそ、日頃から顧客の声や社外の情報を収集してストックしておきましょう」と伝えると、「え、なぜですか!?」と驚きの反応が返ってくることがあります。
もともと「目標は現状の延長線上にあり、今やっている施策を磨けば到達できる」と捉える人と、「そもそも現状とはたくさんの施策を地層のように積み上げてできているので、定期的に新たな地層を増やす必要がある」と考える人とでは物事に対する思考のアプローチが違います。私は小売りやEC事業の経験を積んでいく過程において、実務としてやっている施策の増減と事業全体の増減を見るようになった段階で、「本当にインパクトがあるのは何だろう?」と考えるようになりました。特に経験の中心にあるEC事業にはホームランがありません。着実に改善を生める部分と捨てる部分を吟味した上で、今できる新しい打ち手を足して差分を埋めていくか、もしくは次のメジャーな施策になるための種まきをする。そういう考え方を身に付けてきたのですが、その話をするたびに多くの人から驚かれますし、共感してくださるのは経営者や事業変革を起こしてきた方が大半です。そうした現状を見ると、私と同様の思考をする人はマネジメントにも担当者にも意外と少ないのではないかと思います。
壁にぶつかっている担当者に頭と時間の使い方を教える
これは1つの施策だから理解しやすいかもしれませんが、実際はたくさんの施策や業務が並行して動くので、担当者は「今の仕事で手いっぱいなのに、新しい打ち手を立案する余裕がない」と考えがちです。そこでマネジメントが「だからダメなんだ」「努力が足りない」と指摘すると改善にしか目が向きませんよね。マネジメントは担当者の「思考×時間の使い方」まで理解した上で何をすべきか方針を示したり、時には具体策をアドバイスしたりすることが求められます。
私が最初にマネジメントを経験したアパレル勤務時代は、図「4」の左のように売り上げを構成する要素をなるべく分解して、売り上げ全体への割合と変化量、それぞれのインパクトを見えるようにしました。また、並行して各担当者がどんな業務にどれだけ時間をかけているかを定期的に共有してもらうようにしました。その上で、数字と担当者の思考を聞きながら、「その施策はそれ以上注力しなくてもそれなりの売り上げは上がるから、むしろ時間を減らす方法を一緒に考えよう。その減らした時間で、新しくこちらの施策の時間を確保してみてください」とリソース確保と次の一手に関する具体的な指示を行い、頭と時間の使い方もアドバイスしています。具体的な実施方法に落とし込むところまでマネジメントが考える必要があるかどうかは、担当者のマインドセット、理解力、業務スキル次第です。
なぜそこまで行う必要があるかというと、いくつか理由があります。私の場合、企業再生の最中に事業責任者に抜擢してもらった背景もあるので、既存のメンバーも採用のメンバーも「今あるチカラ」で何とかやりくりする必要があったからです。よくよく考えれば、チームの人をすぐに入れ替えられないのはどんな企業も同じですよね。また、担当者になっているときは、マネジメントやチームが合意したことをなるべく守ろうとするチカラが働くようです。そのため、目の前の業務に一生懸命になりすぎるあまり、状況を俯瞰して見られなくなるケースが多くなりがちです。そうではなく、自分がメルマガ担当なら、今週の注力施策との連動をとったり、日頃から何が上手くいっているのか、あるいは失敗したのかを突き詰めて再現性を模索したりしないと、壁にぶつかったらそこで進捗が滞ります。
リソースは有限です。リソースをマネジメントする立場であれば、リソースが10個なら10個をどう配分するかについても頭を使うべき。担当者が壁にぶつかっているなら、注力すべきところ、あまりしなくていいところを見極めて配分の仕方を具体的に指導し、優先順位をつけることでどうすれば再び成果が上がるようになるかをアドバイスしてあげるのがマネジメントの役割でもあると思います。
その際、注意が必要なのは伝え方です。勇気はいりますが、私は「これを続けていったとして何かしらの意味がありそう?」「目標はわかるけど、どう考えてもその改善策では到達するのはしんどくない?」と正直に言うようにしています。ただし、私の場合、強面かつ平坦な口調なのを前提として、なるべく叱るような口調にしないことを気をつけています。やはり熱心に取り組んでいた施策を通り一辺倒でダメだと言われると、存在まで否定された気分になるおそれがあります。ですから、取り組み自体を否定するのではなく、「この施策自体はいい。だけど、目標に行くためにはほかの手段も見つけなくてはならないし、それだけにあなたの時間を全てつぎ込むのはもったいない。わからない部分はサポートするから、この新しい打ち手をやってみよう」というレベルまでフォローするときもあります。
それに、「正直なところ今の施策、どう思う?」「改善を繰り返したら今の2~3倍になりそう?」と聞いてみると、「実はちょっと意味がなく、効率が悪いと思っていました」「多少伸びるかもしれませんが、2~3倍にはいかないと思います」と答えてくれる担当者のほうが多いと実感しています。施策に向き合ってきたのは担当者本人ですから。
また、私がアドバイザーで入る場合はそこで「ではなぜその施策を続けているのですか?」と聞きます。すると、「上長や幹部に言われたから」「過去から継続している施策なので」「施策に対する工数を減らしたり、やめたりする選択肢を考えたことがなかった」といった声が聞かれます。この背景にはなかなか排除しがたい組織の論理が働いていると見ています。これは良くないことですが、当たり前に起こり得ることです。私は「現状を打開する方法は、今の施策の延長にはなさそうですよね?だからこそ新しいチャレンジをしましょう。そのためにはリソースをあける必要があるので、成果の出ていない施策を一旦やめたり、工数を減らしても売り上げ維持できる施策は手を抜いたりしてリソースを生み出していきましょう」と話して、安心してもらうようにしています。もしそう言えない雰囲気があるとしたら、手段が目的化している状況なので注意しましょう。
担当者ができる3つのこと
一方、マネジメントだけでなく担当者ができることも大きく3つあります。1つめは、そもそも施策の効果の伸びに限界があるのは当然なのだから、自分自身に「現時点の伸びしろと改善ポイントはどの程度あるか?」「現状のまま続けて意味(事業や顧客におけるリターン)があるか?」と問い続けること。
2つめは、伸びの逓減が見え始める、すなわちこれ以上改善しても抜本的な伸びが期待できないタイミングを見極めるために、マネジメントや社外の取引先、知人に相談すること。
3つめは、新しいチャレンジを発想しやすくするための材料を用意して、実行が必要になったらすぐ取り組めるよう準備しておくこと。その際、他社事例は「課題と解決策」をセットにしてネタ帳としてストックしておくと良いでしょう。
新しいチャレンジには失敗も付きものですが、それも手を動かして初めてわかることですし、失敗も成功への材料となります。ダメならまた別の施策を積み上げられないかチャレンジするのが壁を破る良い方法だと思います。
私は今、直接EC事業部門のマネジメントをしているわけではないですが、これはECを含めたセールスサイドの仕事だけでなく、例えば管理部門であっても同様だと捉えています。「これは意味ありますか?」「この施策や仕事に発展性がありますか?」と何度も掘り返しますし、掘り返すのが私の役割の一つだと考えています。
まずは背中を見せて一歩踏み出そう
セミナーで登壇する際に気になるのは、B2BやB2C、業界、会社、プロダクト・サービスを問わず、「唯一の正解がある」と思い込んでいる人が大半なのではないかということです。そういう人は例えば、メールマガジンには開封率、SNSならエンゲージメントなどをそれぞれ高められるような唯一の方法があると思っていて、「我々はその唯一の正解にたどり着けていないから、低い成果しか出ていないのだ」と考えがちです。顧客、カテゴリ、プロダクト・サービスなど、汎用性や具体的なアクションといった観点では、正解や失敗の共通点は大なり小なり異なりますし、そもそも自社にピッタリはまり、具体的なアクションに反映できる唯一の正解はないと考えたほうが良いと思います。むしろ失敗のほうはまだ多くの共通点があります。それにもかかわらず、他社事例と比較して「自分たちはまだ努力が足りないのだ」と考えると、さらに深みにはまるおそれがあります。だからこそ別の方法に切り替えたり、新しい施策を始めたりするなどさまざまなチャレンジをおすすめしているのです。
新しい施策のネタは、お客さまの直接的な声やサイト内の動き、データの分析結果、競合他社をはじめとする世の中の動向やトレンド、さらに社内の意見もお客さまの声を代弁している場合があるので、その辺りをヒントに考えるのが良いと思います。どうしても新しい施策が見つからない場合は、既存施策の改善に注力するしかないのですが、そのときも日頃からアンテナを張っておいて、顧客の声や競合他社の動きの中に改善策を打ち出すヒントがないか探しておくのが大切です。
新しいチャレンジといっても、大がかりな施策やサービスを企画する必要はありません。初めはできる小さな部分からで良いのです。例えばメルマガ担当者であれば「メルマガで先行的な情報を配信してみよう」「購入後のシナリオを1本追加してみよう」「メルマガの配信を1回プラスしてみよう」でもいいでしょう。まずは過去の延長ではなく、異なる切り口を試してみるのです。ただし、担当者からは「もう1回分、追加する工数がない」という答えがよく返ってくるものです。「工数が足りないなら、30分くらいでできる内容で配信してみましょう。最初の型は私が書きますよ」と言うと、今度は「ブロック数が増えるので避けたほうが良いと思います」と返されます。そこで「目標とのギャップがある中では、売り上げにつながる施策が1つでも必要です。ブロック数は多少増えたとしても、どれくらい増えるか検証する余地はあるでしょう。メルマガの回数を1回増やして週の売り上げが上がるかどうか見てみましょう」と伝えて、ようやく実行に移るという感じです。
このメルマガの話が典型ですが、現状を変えて新しい一歩を踏み出すのを面倒がる人は大勢います。「人間はもともと変わりたくないという心理がある」と聞いたことがありますが、私の実感も同意です。そこでマネジメントの人たちに私からアドバイスがあるとすれば、まずマネジメントが率先して手を動かして“お手本”を示せば、担当者の心理的なリスクを下げられる可能性が高いということです。もちろん、マネジメントだけでなく担当者でも良いですが、案を出した本人から「ぜひやってみたいが、工数が不足しているので仕事の優先順位を変えても良いですか?ヘルプしていただけませんか?」と言って動くと受け入れられやすいでしょう。例えば、私が長年仕事をしているメガネスーパー(ビジョナリーホールディングス)の星﨑(尚彦)社長が「ポスティングをやろう」と言い出したとき、誰が先にポスティングをやり出したかというと、星﨑社長です。何となく良いとわかっていながら、踏み出しにくかったことも、社長が先陣を切るとスタッフも付いていきやすくなります。私も過去、前職でLINE@(現LINE公式アカウント)が世の中に初めて登場したときに、役職は部長でしたが、まず自分で管理画面を触りまくって配信をしました。自ら手触り感を確認しておきたかったのもありますが、成果が出てから担当者に引き継ごうと考えていたからです。
新しい施策にチャレンジする際のポイントは、大きく構えすぎずに、小さくていいから一歩を踏み出してみることと、継続できる方法を考えることです。何事も継続するのが大事であると同時に非常に難しいわけです。「始業後、朝のすっきりした頭の状態でコンテンツを作成する」「退勤の1時間前にSNSを投稿するようGoogleカレンダーに予約しておく」など仕組み化したり、「相談は会議の中でする」「SNSの画像を撮影したら、メルマガやブログにも使ってみる」と、ついでに一緒にやってしまうのが継続しやすいと捉えています。新しいことを踏み出す方法論に慣れてくると、アイデアの実行の仕方がだんだんわかるようになってくるので習慣化してみましょう。
以上の話をまとめると、こうなります。
- 同じような改善を繰り返しても成果の伸びは逓減する。現状と目標にギャップがあるなら新しい施策は必要
- 削れるタスクや工程は必ずある!「本当に必要な仕事なのか?」俯瞰した視点で自他に問う、相談する
- マネジメントは施策の優先順位に関する頭と時間の使い方をアドバイスする。担当者は仕事の優先順位を明示しておく
- アイデアを出した本人がまず自分でやってみる。同時に周りに協力を求める
- 最初は小さく始めて、コツコツ継続して習慣化する
マネジメントや担当者はこの5つを意識してみてください。一歩踏み出したり、やってきたことを変えたりするのは勇気がいりますが、マネジメントは担当者にアドバイスしつつ、成果の伸びや顧客、スタッフの反響など得られるリターンにコミットすることを考えて、「今何をするか?」を組み立てると良いと思います。
Profile
川添 隆(かわぞえ・たかし)
コマースプロデューサー/Eコマース先生。
1982年生まれ。オンライン・オフラインのコマースに関わる事業設計・仕組みづくり・システムを伴うサービス開発のプロデューサー。また、全国のEコマース担当者を応援し、Eコマースビジネスの可能性を伝えるEコマース業界の先生として活動。企業再生を2社経験し、独自のメソッドと実践を通じてEコマース売り上げ2倍以上に携わったのは6社。
ビジョナリーホールディングス 取締役 CDO 兼 CIO(現任)として、Eコマース事業・オムニチャネル推進などの領域、IT・情報システム、新規事業を統括。
2017年より代表を務めるエバンでは小売企業、大手メディア、B2Bスタートアップ、D2CブランドへECやDX領域のアドバイザーに従事。