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2020.06.02

ラクスルCMO田部正樹に学ぶ、スタートアップがテレビCMマーケティングで成果を上げるために大切なこと【ビタミンゼミレポート#03】

近年、テレビCMを打ち出すスタートアップが増えています。スタートアップの経営者やマーケターの中には、検討のタイミングや成果の上げ方について、気になる方も多いのではないでしょうか。

スタートアップのマーケティングを支援するコミュニティ「ビタミンゼミ」(※)の朝ゼミのレポート第3回です。4月28日にオンラインで開催された朝ゼミのテーマは「効果の出るテレビCMマーケティング」。ネット印刷やテレビCMなどのサービスを提供するラクスル株式会社取締役CMO/アドプラ事業本部長の田部正樹さんが講師を務めました。

テレビCMで成果を上げるために大切なマーケティングの考え方と、施策を打ち出す際のポイントをご紹介します。

※ビタミンゼミ:ビタミン株式会社が運営。詳細は【ビタミンゼミレポート#01】をご参照ください。

(取材・文:Marketing Native編集長・佐藤 綾美)

目次

テレビCMで成果を上げるために、押さえておきたいマーケティングの基本

講師の田部さんは当時社員が十数名だったラクスルに2014年に入社し、以来、マーケティング部をけん引し続けてきました。ラクスルが売り上げを7億円から170億円まで伸長できた要因の一つにはテレビCMが挙げられますが、テレビCMで成果を上げるために重要なのは、経営としてマーケティングをいかに捉えるかです。そのため、ゼミではまず田部さんからは忘れられがちなマーケティングのKPIや考え方が紹介されました。

マーケティングのKPI:どれだけ売り上げに還元できるか

「マーケティングは基本的に、売上高に伴う顧客数・購入回数・単価を上げるために行っています。しかし、『その投資は本当に売上高にインパクトを与えますか』と質問すると、『そうではない』と答える人がよくいます。例えば、ブランディングや認知向上のために行っていると話す人がいますが、我々はそうしたコストは無駄だと考えています。資金を使う以上、最終的にどれくらい売り上げに還元できるかが、マーケティングの使命です。中長期的な視点で投資に見合った効果が説明できなければ、マーケティング活動としては失敗だと思います。もちろん、リピーター売り上げや、中期的に売り上げに貢献するブランディング事例も多数ありますので、最終的に全く売り上げに寄与しない、説明できない施策は止めたほうが良いという考え方です」

ラクスルが上場前に調達した累計約79億円のうち、マーケティングに投下された費用は50億円以上です。初めは売り上げに占める広告宣伝費の割合が50%を超える時期もありましたが、近年は平均で10%を切っています。いつごろ回収できて売り上げが上がるか、勝ち筋が見えていたからこそ投資できたと言います。

マーケティングは「商品を売るのではなく、売れるようにする仕事」

もう一つ押さえておきたいのが、マーケティングの基本的な考え方です。田部さんは、マーケティング活動において重要なのは「作ったものを売るのではなく、売れるものを作ること」と、「顧客に選ばれて当たり前の理由を作ること」と説きました。

「ベンチャー企業で語られるマーケティングは、プロモーションのみを指していることがよくあります。しかし私は、マーケティング活動は経営そのものだと思っています。『作られた事業や商品をどれだけ売るか』という発想ではなく、ビジネスが成功するための戦略立案や実行から入るのです。

競合に対してプロダクトの便益が劣っていたり、劣っているのに価格が高かったりする状態でプロモーションを打っても、再現性のある状態で成功することはほとんどないと思います。また、いいものを作れば売れるわけでもないので、顧客に選ばれる必然があるか否かが重要です」

ほかにも、重要なポイントとして田部さんからは以下が挙げられました。

▼戦略(What)の設定方法
・重要なのは、その会社が売る価値の設定
(ラクスルの売っている価値は、「誰でも簡単に印刷でき、本来やるべき業務に集中できること」)
・市場や競合の中で、どのようにポジショニングし、どんなブランドイメージを築くか

▼戦術(How)の設定方法
・プロモーションだけでなく、4P(Product、Price、Place、Promotion)すべての費用を掛け合わせて価値を創出する
・むしろプロモーションが最後の打ち手であり、プロダクトとベネフィットを磨くことが重要

▼投資回収の概念
・施策の効果はデジタル上でなるべく見える化し、投資効果を説明できないものは止めていく

成功確率を左右する、重要な3つの問い

田部さんには、大切にしている「重要な3つの問い」があると言います。田部さんがマーケティングを支援する企業の経営者にいつも尋ねている質問で、この3つの質問に答えられるか否かが、テレビCMも含めたマーケティングの成功確率を変えるそうです。

Q1.貴社のサービスが顧客に選ばれる理由を理解していますか。

この質問の答えは、経営者だけでなく社員全員が理解しておく必要があります。顧客に選ばれる理由が何か、仮説ではなくきちんと検証された状態で、1つの明確な答えにします。

経営者の想いが強く、自身が選ばれる理由だと思っていることが消費者の考えとずれている場合も稀にあるので、注意が必要です。

Q2.貴社が狙える市場規模を明確に理解していますか。

「顧客に選ばれる理由=その会社の武器」であり、2つ目は「その武器を持って戦う場所」を明確にするための質問です。自分たちが選ばれる理由を受け入れてくれる人が、世の中にどれくらいいるのか、定量的に算出することが大切です。

「ターゲットが誰なのか問うと『20代~50代の女性』と返ってくることがたまにありますが、それは女性のほぼすべてであって、ターゲットにはなっていません。インサイトを捉えられていないので、選ばれる理由もつくれないと思います」(田部さん)

Q3.マーケティングをプロモーションだけだと思っていませんか。

3つ目は、マーケティングの根本を問う質問です。田部さんは「プロモーションは売れるものを作ったうえで行う最後の手段だと思っています」と話しました。

ラクスルの成果とテレビCMを始めた理由

スタートアップがテレビCMを打つとどのような効果が得られるのでしょうか。ラクスルの場合は、次の通りです。

「2013年から2019年で、売上高は24倍に伸びました。2013年当初は2億円だったマーケティング費を翌2014年から一気に増やし、合計約50億円を4年で投下しました。Webマーケティングのみにマーケティング費の投下先を絞っていたのを、テレビCMを打つなど、一気にドライブをかけたことがポイントです。もちろん、ドライブをかけて一気にマーケティング費を増やすことができたのは、トライアルの施策が成功したことと、資金調達ができたおかげでもあります。2014年7月にテレビCMを開始し、それがうまくいくと、ラクスルのターゲット認知率は60%まで向上しました。お金をかけたら売り上げが上がるのは当然のように思われがちですが、CPAも5年で半分以下に改善しています」(田部さん)

ラクスルがテレビCMを打った理由について、田部さんは「サービス名の検索数を伸ばすためにテレビCMを始めた」と言います。

▼ラクスルがテレビCMを始めた理由
・社名の検索クエリ数が、業界最大手の企業と約16倍の差があった
・「ネット印刷」の検索ボリュームは2万程度
・Webマーケティングのみでは競合企業に勝てない

「テレビCMの効果もあって『ラクスル』の検索数は右肩上がりで成長したのに対し、『印刷 通販』『ネット印刷』などの検索ワードは検索数がほとんど変わっていません。皆さんも、『印刷 通販』『ネット印刷』のように該当するカテゴリの検索ワードがあると思います。5年後、そのカテゴリが伸びるかどうかを考えてみてください。もし伸びそうであれば、そのカテゴリにかけると良いのですが、それは誰にもわからないのですから他責なマーケティングです。

ただし、ほとんどのカテゴリは検索ワードが伸びる機会がそうないでしょうし、例えば『○○クラウド』のように、そもそも検索されることさえないカテゴリも多くあります。我々のようなスタートアップはカテゴリで勝負するのが難しいので、自分たちが何者であるかをプレゼンテーションし、自らカテゴリをつくっていくことが重要です。『ネット印刷』ではなく、『ネット印刷ならラクスル』という純粋想起を取っていく。だからこそ、早期にテレビCMを打つ戦略を取りました。

これは、我々が考えたというより、リクルートさんが上手に行っている手法です。リクルートさんは、『結婚式場』と検索する人より『ゼクシィ』と検索する人が多い状態をつくっています」(田部さん)

▲テレビCM開始以降、『ラクスル』の検索数が増加。2017年にその検索クエリ数は競合企業を超えた。画像提供:ラクスル

なお、ラクスルはテレビCMを打つにあたり、以下の効果検証を行ったと言います。

▼主な実施内容
・リスティング広告でCTRの高かったワードをキャッチコピーにし、2種類のテレビCMを制作
・ローカルエリアで訴求軸のA/Bテストを実施
・ローカルエリアで検証した結果をもとに、関東・関西で放映するテレビCMを制作し放映

効果検証の詳細については下記の記事でも取り上げていますので、ご参考ください。

印刷から物流、広告へ。ラクスルCMO田部正樹が語る「5年間で売り上げ20倍成長を達成した秘訣」

ラクスルが抱えていた3つの課題とそれぞれの原因

テレビCMの効果もあって、順調に成長し続けているように見えるラクスルですが、過去には課題もあったそうです。

事業が立ち上がらない

ラクスルでは、事業の売り上げが計画通りに伸びなかったことがあったと言います。その理由について、田部さんは次のように説明しました。

「売り上げが伸びなかったのは、簡単に言えば、選ばれる理由がなかったのだと思います。当時はネット印刷について、『印刷の幕の内弁当』のようにうたっていました。『ネット印刷は、早くて安くて簡単で、何でもある』と、便利さだけを伝えていたので、それでは選ばれる理由にならなかったのです。

売り上げを伸ばすきっかけとなり、事業の成長角度を変えたのは、『ワンコイン名刺』という施策でした。両面フルカラーの名刺を1セット100枚、500円で販売するサービスです。もともとは600円~700円で販売していた名刺の価格を下げました。多方面でメディアに取り上げてもらえたこともあり、『ワンコインなら、ラクスルを試してみよう』と選ばれる理由を1つつくれたと思います。

すでに持っている武器も、見せ方や表現を変えるだけで、非連続の成長をつくれるポイントになる可能性があるのです」

新規の伸びが止まる

次に紹介された課題は、新規会員獲得数の伸び悩みです。

「新規会員の獲得数が伸び悩んだのは、狙う市場が見えていなかったからだと思います。やみくもに戦っていたのが問題でした。そこで我々は、狙うべき市場を定めるために調査を行いました。1つはネット印刷の認知に関するアンケート調査で、もう1つは顧客の分析です。

アンケート調査では、3つの質問を聞きました。『ネット印刷を知っているか』『利用したことがあるか』『検討したことがあるか』です。その結果、『ネット印刷は知っているが利用したことはない、もしくは検討したことがある』層が印刷市場全体の半分はいることがわかり、『知っているけれど利用したことがない人』の背中を押せばいいと判明しました。

また、ネット印刷を利用している理由と、利用していない理由も調査しました。調査の結果、利用している人はネット印刷が『簡単で早くて安い』とわかっているのに対し、利用していない人は、『高くて面倒くさい』と思っていることが明らかになりました。つまり、ネット印刷を利用していない人たちには、利便性が伝わっていなかったのです。

選ばれる理由とそうでない理由は、逆相関の関係にあることが多いので、変化球を投げずに自分たちの魅力をしっかりと伝えれば、ひっくり返る可能性があります。認知未利用の層はどの会社にも一定数存在するので、この層を動かすことが市場においても重要です」(田部さん)

画像提供:ラクスル

上記のようにファクトを持って顧客を分析できていると、テレビCMもうまくいくそうです。ラクスルの場合、ターゲットは法人の決裁者で、平均年齢は40代くらいが想定され、ネットよりもテレビの視聴時間が多い世代です。そのため、効率良くターゲットに訴求できるテレビCMが手段として選ばれました。

バケツの穴がふさがらない

顧客のリピート率が下がったこともあると話し、田部さんは次のように振り返りました。

「その当時、プロモーションしか行っていなかったことが自分の反省点です。CPAを安くコントロールして新規会員を獲得できていたので、プロモーションでできることに注力し、プロダクトを磨き込むといった顧客価値への向き合いをおろそかにしていたのです。

リピート率を上げるため、課題の観察やヒアリングを行い、課題設定に時間をかけるようにしました。また、お客さまのWeb体験だけでなくサービス全体での体験を改善するべく、システムやビジネス構造を本質的に変えることに時間をかけ、難しくも価値があることに着手しました。例えば、納期を1日縮める、エンジニアと一緒に短期でのUI改善ではなく長期でのプロダクト作りを行い、オンラインで誰でもデザインできるサービスをローンチするなどです。そうして時間をかけて、リピート率を改善することができました」(田部さん)

ラクスルが過去に抱えていた課題の例を通じてわかるのは、田部さんが先に紹介した「重要な3つの問い」に答えられるか否かの重要性でしょう。

勝ち筋を見つけたら、投資を恐れないことが大切

テレビCMを活用したマーケティングは、スタートアップに難しいようにも感じられますが、シリーズAからでも準備できることがあり、小さい規模でWebマーケティングのように運用することが可能です。講義の最後、田部さんは以下のようにまとめました。

画像提供:ラクスル

「ネットビジネスにおけるブランディングのKPIは指名検索数とリピート売上だと考えています。認知されたり、興味を持たれたりしても、検索されていないなら『買いたい』と思われていません。バズっていたり、シェアされていたりする商品が、実際に売れている商品とは異なる話と似ています。またブランディングはリピート売上にも貢献します。どちらにせよしっかり投資対効果を極めないと無駄な投資になります。

知ってもらえれば勝てる領域まで来たときに、テレビCMやWebマーケティングで戦っていく。それまでは繰り返しプロダクトを磨いていくことがマーケティングの基礎です。マーケティングとは、顧客に選ばれる理由をつくることであり、狙う市場を理解しコントロールしていくことだと思います」

【今回の講師Profile】
田部正樹(たべ・まさき)@tabemasaki1
ラクスル株式会社取締役CMO兼アドプラ事業本部長
2004年、丸井グループに入社し、広報・宣伝活動に従事した後、2007年に株式会社テイクアンドギヴ・ニーズに入社。同社で事業戦略室長、マーケティング戦略部長などを歴任し、2014年にラクスル株式会社に入社。マーケティング部長を経て、2016年10月より現職。

【ビタミン株式会社】
高梨大輔(たかなし・だいすけ)@dtakanashi
高松裕美(たかまつ・ひろみ)@_romihee_
株式会社リジョブ(現株式会社じげんグループ)の創業役員の2人が2015年に創業し、エクイティファイナンス型のスタートアップを専門に、インハウスマーケティング支援やエンジェル投資活動を行う。100名を超える紹介制ビタミンゼミでは、信頼できる専門家から「一次情報」をスタートアップに届ける活動をしている。

 

佐藤綾美

記事執筆者

佐藤綾美

株式会社CINC社員、Marketing Native 編集長。大学卒業後、出版社にて教養カルチャー誌などの雑誌編集者を経験し、2016年より株式会社CINCにジョイン。
Twitter:@sleepy_as
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