オーディオ文化の発展を使命に、創立から70年以上の歴史を持つ日本オーディオ協会。同協会の発足とともに毎年開催されている展示会「OTOTEN(オトテン。前身はオーディオフェア)」は、オーディオやホームシアターなどの音響・映像機器を臨場感たっぷりに楽しめる音の祭典です。
ただ、例年4,000〜5,000人程度の来場者数を誇るものの、40歳未満の来場者の割合が少ない点が課題となっており、ここ数年は若年層の集客に力を入れています。
2024年6月に開催されたOTOTENでは、新たな試みとしてVTuberを起用したマーケティングを実施。その結果、来場者数が前年比142%の6,179人、なかでも40歳未満の来場者数が前年比231%の2,124人と大きく伸長し、全来場者の3人に1人が40歳未満という割合になりました。
VTuberというバーチャルな施策からリアルなオフラインイベントの来場につなげるにあたり、どのような点を工夫したのでしょうか。 一般社団法人 日本オーディオ協会 専務理事の末永信一さんと、施策を支援した株式会社FinT SNSソリューション事業部 アカウントコンサルタント 三船陸さんに詳細を聞きました。
(取材・構成:Marketing Native編集部、文:和泉 ゆかり、撮影:矢島 宏樹)
目次
歴史あるイベントOTOTENの課題
――日本オーディオ協会は創立から70年以上の歴史があります。まずは日本オーディオ協会およびOTOTENの概要について教えてください。
日本オーディオ協会 末永(以下、末永) 日本オーディオ協会は1952年、フランス文学者の中島健蔵氏やソニーの創業者の1人である井深大(いぶか・まさる)氏らにより、日本のオーディオ文化発展のための組織として発足しました。同年12月には「第1回全日本オーディオフェア」を開催し、NHKの協力のもとでラジオ第1、第2放送の2波を用いたステレオ再生実験を実施。OTOTENは、このオーディオフェアを引き継いだイベントです。
CDが初めて発売された1982年には、会場に入るために100メートル以上の長い行列ができるほど、人気がありました。
現在のOTOTENは、オーディオの多様化に合わせて、オーソドックスな視聴スタイルも含め、来場者の方々にさまざまなカテゴリーの製品との出合いを楽しんでいただける「多角的総合オーディオイベント」として開催されています。
日本オーディオ協会 専務理事 末永信一さん
――歴史あるイベントOTOTENには、どのような課題があるのでしょうか。
末永 かつてに比べ、来場者の年代に偏りがあることが課題として挙げられます。特に60歳以上の男性が多く、40歳未満の若年層はかなり少ない状況です。
ヘッドホンやイヤホンを使用したカジュアルな音楽鑑賞は、若年層にも広く親しまれている一方、ただ「聴く」のではなく、一歩踏み込み、趣味として「より良い音で音楽を楽しむ」となると、「年齢層の高い男性の趣味」というイメージが付いているようです。これはOTOTENに限らずオーディオ業界全体の課題でもありますが、私たちは「オーディオの楽しさをあらゆる世代に体験していただきたい」と考えています。業界のシンボリックなイベントであるOTOTENだからこそ、率先して若年層の来場者を増やす必要性があると感じていました。
――若年層の集客のため、これまではどのような取り組みをしてきましたか。
末永 例えば過去には、アニソン(アニメソング)歌手の方にミニライブを依頼させていただいたことがあります。その方の人気のおかげもあって若年層の集客はできたものの、イベントそのものに滞在してもらうような設計ができておらず、ミニライブ終了後にほとんどのお客さまが帰ってしまいました。
また、日本オーディオ協会主催の「学生の制作する音楽録音作品コンテスト(ReC♪ST:レックスタ)」でつながった学生さんや学校の先生方に「仲間や後輩の方をOTOTENにお誘いください」「オーディオ業界に興味がある方の勉強にもなります」と声をかけていますが、まだそれほど大幅な増加にはつながっていません。
音をテーマにしたイベントとVTuberの相性の良さが決め手に
――2024年6月に東京国際フォーラムで開催した「OTOTEN2024」では、VTuberとのコラボレーション企画を実施したとのこと。どのような背景があったのでしょうか。
末永 若年層の集客に苦戦する中で、「VTuberマーケティング」という言葉をFacebook広告で見かけ、FinTさんとミツカンさんのウェビナーを視聴したのがきっかけです。VTuberは知っていましたが、VTuberを起用したマーケティングとはどのようなものか、興味を持ちました。
ウェビナーでミツカンさんが「若い人たちに鍋文化を楽しんでほしい」との思いからVTuberマーケティングを実施したことを知り、鍋文化をオーディオ文化と捉え直したときに、私たちも同じような施策が展開できないかと考えました。
ウェビナー後すぐに連絡を入れて、三船さんに相談したところ、「VTuberは声が魅力的な方が多いので、品質の良いマイクやスピーカーを通してファンの方に聞いてもらえれば、それがVTuber自身の価値の向上にもつながりそうです」と言っていただき、OTOTENとの相性も良いだろうと確信したのが決め手でした。
関連記事:ミツカン「味ぽん」が初のVTuberマーケティングに成功!ライブ配信を通じて限定セットが2時間で完売した理由とは?
FinT三船(以下、三船) 末永さんにご相談いただいた後、日本オーディオ協会さんのオフィスでオーディオ機器を体験し、普段自分が聴いている音との明らかな違いに感動しました。「この驚きやワクワク感を、OTOTENを通じてより多くの方に知ってもらいたい」と私自身も強く感じたのを覚えています。
FinT SNSソリューション事業部 アカウントコンサルタント 三船陸さん
末永 取り組むにあたって、協会内では「キャラクターを起用して若年層を集客するという単純な考えではうまくいかないのでは」などの懐疑的な声ももちろんありました。しかし、ミツカンさんの成功事例や、VTuber自身が共感したことが多くのファンにも伝わり、同様に共感してもらえ、理解が広まることなどを説明したところ、「VTuberを通じて協会の考えがきちんと伝えられるのであれば」とチャレンジすることになりました。
――オフラインイベントの集客やプロモーションにバーチャルのVTuberを起用するメリットはどのような点にありますか。
三船 ファンの方々のコミュニティ内で一気に話題化を期待できる点です。
VTuberを起用したマーケティングは、いわゆるインフルエンサーマーケティングの一種と考えています。FinTでは、インフルエンサーの発信力を「信仰度」という独自の指標を用いて表現しており、VTuberは特に信仰度が高い傾向にあります。というのも、VTuberにはYouTubeなどでライブ配信を行う「ライブ配信文化」があり、配信中はチャット欄でリアルタイムかつ双方向のコミュニケーションが行われることから、ファンが一体感を感じやすいという特徴があるためです。
加えて、ライブ配信を通じてコミュニティ内で一気に話題化するだけでなく、設計の工夫次第でその後の集客やプロモーションにつなげやすい点もVTuberマーケティングのメリットとして挙げられます。
XとYouTubeライブ配信で行った来場につなげるための工夫
――今回の施策で、音楽系VTuberのAZKi(あずき)さんを起用した背景を教えてください。
三船 AZKiさんが歌手でもあることが大きなポイントでした。どの方を起用するか決める段階では、ホロライブプロダクションの女性VTuberタレントグループの中から「声に需要があるVTuber」であることを重視して選びました。
末永 AZKiさんには男性ファンが多いことも決め手でした。女性の来場者も増やしたいのですが、現状の主な来場者は60歳以上の男性が多いことから、まずは40歳未満の若い男性から増やすことにしました。
――具体的にはどのように施策を展開していったのでしょうか。
三船 Xでのコラボレーション告知により初期の認知を図った後、AZKiさんのYouTube公式チャンネル「AZKi Channel」にてライブ配信を実施して興味を促し、イベント当日まではXでの継続的な投稿により、来場につなげることを意識しました。
▼施策の流れのイメージ
認知 ⇒ 興味 ⇒ 検討 ⇒ 入場登録 ⇒ 来場 ⇒ 拡散(UGCの創出)
まず、ファンコミュニティ内でざわめきが起こるよう、AZKiさんに「日本オーディオ協会さんとのコラボが決定しました!」とXで投稿していただきました。
Xの各投稿に専用のハッシュタグを設定することで、発話を促すよう工夫。
画像出典:https://x.com/AZKi_VDiVA/status/1791302623179526332
ライブ配信ではOTOTENの紹介のほか、オーディオの基礎知識に関するクイズも行われ、ファンの方々に「オーディオは気軽に楽しめるもの」と感じていただけたのではないかと思います。AZKiさんからは「自分の好きな音を見つけてほしい。見つけたオーディオで好きな音楽を楽しむと、もっと音楽生活が楽しくなるよ」というメッセージも伝えていただきました。
画像出典:https://www.youtube.com/live/P1RLJITgUaM?si=hvyyMlySqruWcE88
繰り返しにはなりますが、VTuberマーケティングの特徴は、ライブ配信を通じたリアルタイムなコミュニケーションにあります。VTuberとファンだけでなく、ファン同士の交流も生まれやすい双方向的なコミュニケーションの場であるライブ配信の特性を活かし、AZKiさんを通じてOTOTENやオーディオの魅力を伝えられたと思います。
――オフラインイベントの最終目標は来場してもらうことだと思います。ライブ配信後もAZKiさんにXで継続的に投稿してもらったとのことですが、バーチャルな施策にとどまらず、AZKiさんのファンに会場まで足を運んでもらえるよう工夫した点を教えてください。
三船 AZKiさんには、Xを通じて実際に会場へ足を運ぶ魅力を伝えてもらうようにしました。
また、AZKiさんのボイスをノベルティとして配布したことも来場促進につながったと思います。実際に体験したくなるよう、単なる来場特典ではなく「良い音で聴いてみたい」と思っていただけるようなボイスを候補として挙げました。
ライブ配信でシチュエーションボイスの配布について告知した後、Xでアンケートを実施。
画像出典:https://x.com/AZKi_VDiVA/status/1793978001069387782
末永 イベント会場内には「VTuber AZKi特別試聴コーナー」を設置しました。ライブ配信などバーチャルで仕掛けを用意したとしても、リアルな場での体験に納得感がなければ、お客さまに盛り上がっていただくことは期待できないと考えたためです。ファンの方々に喜んでもらえる空間を作るべく、ホロライブさんにご協力いただいて各種グッズを展示したり、ポスターで装飾したりしました。
画像提供:日本オーディオ協会
特別試聴コーナーでは、AZKiさんがリリースしているCDを4種類のヘッドホンで試聴し、機器による聴こえ方の違いを体験できるようにしました。気になったヘッドホンがあれば、出展社のブースに足を運べるよう、展示場所を明示したのも工夫した点の1つです。
加えて、これまでは音を集中して聴いていただくために閉じていた個室ブースのドアも開け放ち、中の様子がわかるようにして初めて来場した方も気軽に入りやすい雰囲気を作りました。
AZKiさんの特別試聴コーナーは、1人あたり10分の整理券制としていましたが、開幕直後からAZKiさんのファンの方々による長蛇の列ができました。また、上記のような工夫により、来場者の方々がオーディオへの理解を深めるだけでなく、会場内の別の出展社にも足を運びたくなるような流れを作れたと思います。
三船 VTuberを起用すれば必ず集客できるわけではありません。今回はAZKiさんの声や歌とOTOTENの相性が良かったことがポイントとして挙げられます。
また、ライブ配信で盛り上がったファンの中には、「推し(AZKiさん)とOTOTENに行く約束をした」という感覚を抱いた方もいらっしゃったのではないかと考えています。そのため、イベント当日もAZKiさんの部屋を訪れてすぐ退出するのではなく、「ライブ配信でAZKiさんとオーディオの話題であんなに盛り上がったのだから、実際に体験してみよう」という気持ちで会場内の別のブースにも足を運んでいただけたのではないでしょうか。
VTuber効果で40歳未満の若年層が前年比で1,205人増加
――施策を実施して、具体的にどのような成果が得られましたか。
末永 コロナ禍を経て再開した2022年以降、OTOTENは順調に来場者数を伸ばしていますが、「OTOTEN2024」の来場者は前年比142%、1,842人増の6,179人を記録しました。目標としていた40歳未満の若年層の来場者数は前年比231%、1,205人増の2,124人で全体の34%を占めています。
さらに、今年は約半数の方が初来場でした。特にAZKiさん効果によって、40歳未満の方の初来場が大きく伸びたことがわかっています。
画像提供:日本オーディオ協会
もう1つ注目したいのが、SNS上でOTOTENに関する話題が活発に展開されていたことです。ファンの間での盛り上がりが起点となって「OTOTENって何?」「面白そう」という反応が波及し、全体的な来場者数の増加にもつながったのでしょう。若年層の男性だけでなく、女性にも当初の想定より多くご来場いただき、バランスの取れた来場者層を実現できたと思います。
三船 X上ではOTOTENに関して10,000件以上のUGCを創出できたことを確認しました。しかも、OTOTENでの体験にとどまらず、「OTOTENで体験したイヤホンを購入した」「スピーカーを買ってみた」などの熱量の高いUGCも数多く生まれています。こうした点でもオーディオ文化への理解が浸透し始めていることを確認できたのは、本施策の1つの成果だと思います。
末永 イベント後にXやnoteの投稿を見たところ、「私たちを招いてくれたAZKiさんとオーディオ協会に感謝します」といった感想が多く寄せられていました。長文で投稿している方も多く、ご満足いただけたことを感じています。
画像提供:日本オーディオ協会
――今回の施策を通して得られた気づきや、今後の展望を教えてください。
末永 若年層を引きつけるためには、イベント当日の体験だけでなく、事前段階から「参加したい」と思っていただける期待感を醸成できる工夫をすることが重要と学びました。
お伝えした通り、私たち日本オーディオ協会は、あらゆる世代にオーディオの楽しさを知っていただくことで、オーディオ文化を浸透させることを目指しています。その実現のため、OTOTENの来場者の方々にはオーディオ機器を実際に体験し、より良い音で音楽を楽しんでいただくことの幸せとオーディオは気軽に楽しめる存在であると知ってもらうことが大切です。
VTuberマーケティング自体は若年層の方に興味を持っていただく良いきっかけなのですが、協会全体におけるマーケティング戦略のストーリーと施策がマッチしていなければ、OTOTENにご来場いただいた方々のリピートやオーディオ文化の浸透にはつながりません。今回学んだことや来場者の方々からいただいた声を基盤としながら、今後もストーリーに合った仕掛けを考え、実行していきたいと思います。
――本日はありがとうございました。
一般社団法人 日本オーディオ協会
オーディオなどに関するソフト・ハード・視聴環境の調査研究、普及啓発、人材育成などの推進によりオーディオ文化の向上と関係分野の発展を図る一般社団法人。「OTOTEN」や音の日イベントの開催、JASジャーナル発行を三大事業に、運営を行う。
設立:1952年10月4日
所在地:東京都港区
代表者:会長 小川 理子
協会サイト:https://www.jas-audio.or.jp/
株式会社FinT
InstagramやTikTok、XなどのSNSを基軸としたプロモーション支援事業を展開する企業。大手企業を含む累計300社以上のSNSを活用したマーケティング支援を行う。
設立:2017年3月
本社:東京都目黒区
代表者:代表取締役 大槻 祐依
企業サイト:https://fint.co.jp/