日本を代表するマーケター・戦略家として知られる森岡毅さんが率いる刀は、独自の手法“刀メソッド”を駆使し、マーケティング力の注入による価値創造を主眼に企業成長の加速、新規事業に取り組んでいます。
そんな刀が2022年10月より協業しているのが、『オーマイプレミアム』などのパスタ商品で知られるニップンです。
協業開始から約1年半が経過した2024年6月20日(木)、成果報告として報道関係者向けに「ニップン×刀 協業発表会」を開催。刀 代表取締役CEOの森岡さんとニップン代表取締役社長の前鶴俊哉さんが出席し、成熟市場かつコモディティ市場で成長するための刀流マーケティング戦略のポイントが明かされました。
(取材・撮影:Marketing Native 編集部、文:和泉ゆかり)
目次
ニップン、刀との協業は「人的投資」
ニップン(旧:日本製粉)は1896年の創立以来、128年にわたって製粉業界をリードし、小麦粉をはじめ、米や大豆などの原材料と、それらを加工したパスタ類、乾麺、冷凍食品などさまざまな商品を展開している総合食品企業です。
刀と協業した経緯について、ニップン 代表取締役社長の前鶴俊哉さんは次のように語りました。
「私たちニップングループは経営理念として『人々のウェルビーイング(幸せ・健康・笑顔)を追求し、持続可能な社会の実現に貢献します』を掲げ、新しい『食』の創造に取り組んでいます。これまでは業務用市場を中心とした事業展開をしてきましたが、今後は家庭用事業も成長の柱にしたいと考えるようになりました。
粉類やパスタ関連市場は、これ以上の拡大が困難とされる成熟市場であり、原材料に近いため他社との差別化が難しいコモディティ市場であるとも言われています。このような状況下で変化を起こし、新たな価値を創出するには、創業以来妥協なく取り組んできた『ものづくり』の力に加え、消費者を深く理解することが大切であり、そのためにはマーケティングの力が必要と考えました。これまでも消費者理解には取り組んできたものの、さらなる改善の余地があると感じており、現場からも『本物の消費者視点の発想を取り入れて会社を変えたい』といった声があがっていました。
刀さんとの協業を決めたのは、実績、そして何よりサポートスタイルが極めて有効と考えたためです。単にアイデアや手法を提供するだけでなく、実践(刀社の資料では『実戦』)を通してノウハウを移植することで、組織力を高めていけるという点が決め手となりました。刀さんとの協業は人的投資と考えています」(前鶴さん)
ニップン 代表取締役社長 前鶴俊哉さん
マーケティングを“本気”で導入すれば、成熟市場も動かせる
具体的な協業内容の紹介では、最初に刀 代表取締役CEOの森岡さんが今回の発表会を通して多くの人に伝えたいことを力強く語りました。
「私たち刀は『マーケティングで日本を元気にする』という社是を掲げています。日本には素晴らしい価値を持つ企業が数多く存在していますが、その価値は必ずしも消費者に届いているわけではありません。しかし、マーケティングに本気で取り組めば、企業の強みや『消費者を幸せにしたい』という願いをマーケットに届けることができ、市場全体を活性化させることが可能です。
ニップンさまが事業を展開されている粉類やパスタ関連市場のような成熟市場かつコモディティ市場であっても、マーケティングを“本気”で導入すれば、市場を動かし、価値を創り出すことができる。今回の発表を通じて、このことを一人でも多くの方に知っていただき、それが皆さんのヒントになることを願っています」(森岡さん)
刀 代表取締役CEO 森岡毅さん
刀と描いたニップンの勝ち筋「重心を射抜くブランド戦略」
ニップンとの協業に限らず、刀は戦略を立案する際「成功する確率の高い戦略を選べているか」を重視し、構造をうまく活用することを考えるといいます。例えば、水は重力の法則にのっとって高いところから低いところへ流れるもの。低いところから高いところへ水を流すには、ポンプや電気などのリソースが必要です。そうした構造に逆らうような戦略を立ててしまうと、事業はうまくいきません。水が高いところから低いところへ自然と流れていくような、構造を活かした戦略を作ることが大切になるそうです。
刀は、ニップンがBtoCの領域で勝つには、同社の強み、市場の特徴、消費者の本能などを精緻に分析し、どの競合よりも構造をうまく活用することが重要と考え、構造的特徴の重なり=「重心」を射抜く戦略を考案しました。具体的には次のような取り組みです。
1. 消費者の本能を衝く!
刀がニップンと共に競合他社の商品やブランドの訴求内容を分析したところ、多くが簡便性に重点を置いていることが判明しました。しかし、消費者が本来求めているのは「おいしさ」であり、簡便性はそれを実現するための付属的な便益に過ぎません。ど真ん中の「おいしさ」が空いていることに気づき、訴求に力を入れていったそうです。
2. 己の強みを活かす!
ニップンがこれまで業務用市場を中心とした事業展開で培ってきた「製品開発力」と、「お客さまの期待に応えたい」との思いで誠実な「ものづくり」を行ってきた点に注目。そうした強みをいかに活かせるかが戦略の肝になると考えました。
3. 競合との違いを活かす!「マスターブランド戦略」
競合との差別化を図るため、相手の弱点を逆手にとった戦略を考案しました。ニップンの競合の中には、さまざまなサブカテゴリーに多数のブランドを持つ企業もあります。競合は優位に立っているように見えますが、多数のブランドを展開しているぶん投資を分散しなければなりません。そのため、サブカテゴリーを横断的に訴求可能な1つの大きなブランドを作ることができれば、その大きなブランドが各サブカテゴリーで優位となり得ます。そこで考えたのが、消費者の本能を衝く「おいしさ」の訴求に集中して投資することでした。
このような「小よく大を制す」という考え方をもとに描かれたのが「マスターブランド戦略」です。具体的には、次のようなステップで進められました。
STEP 1. 冷凍パスタ市場でNo.1争いをしていた『オーマイ プレミアム』について、ニップンの強みである商品開発力を活かした新商品を発売、冷凍パスタの確固たるNo.1に。
STEP 2. 冷凍パスタでの『オーマイ プレミアム』シリーズの成功をもとに、2024年3月、乾燥パスタ市場でもおいしさが実感できる新商品『もちっとおいしいスパゲッティ』を発売。パスタカテゴリー横断で“実感できるおいしさ”を訴求するマスターブランド『オーマイ プレミアム』を構築。
このように一貫して“おいしさ”の価値に集中投資したことで、効率的にブランドを構築できたといいます。
協業の結果、冷凍パスタ・乾燥パスタともにブランドシェアが成長
ニップン 前鶴さんは、協業を開始して約1年半の間、刀のメンバーが同社の現場に入り込み、さまざまなノウハウの移植と実践を行った結果、本社から現場まで消費者起点の組織に生まれ変わった実感があるといいます。
数字としても結果が出ており、マスターブランド戦略を実行した結果、パスタブランド『オーマイプレミアム』の売り上げは前年同期比で冷凍パスタが120%、乾燥パスタが116%と大きく伸長。中でも乾燥パスタは『もちっとおいしいスパゲッティ』の導入で販売数量が1,000万食を超えており、ブランドシェアの成長率も冷凍パスタで29ポイント、乾燥パスタで32ポイント増加しています。
出典:株式会社ニップン・株式会社刀のプレスリリースより
さらに、パスタ市場全体も成長し始めており、冷凍パスタの市場規模は直近2年間のトレンドと比較して6ポイント、乾燥パスタの市場も7ポイント増加しています。この数字をあらためて見た前鶴さんは「市場の拡大は、消費者に幸せと喜びを届けるウェルビーイングの実現に直結している」と語りました。
出典:株式会社ニップン・株式会社刀のプレスリリースより
「本年度は120億円の売り上げを目指しています。引き続き、マーケティングの力を活かして、良いものを届けていきたいと考えています」(前鶴さん)
マーケティングノウハウを移植するために
ニップンと刀の協業は約3年間の予定で、現在も進行中です。協業が終わった後もニップンが成長し続けられるよう、刀は以下の取り組みを行っています。
- ニップン社員一人ひとりにマーケティングノウハウを定着させる。
- マーケティング部門を超えて、ニップンの組織全体を強くする。会社の中でも現場の最前線に立つ営業組織の能力開発にも注力。
- ニップン社内にノウハウを伝えられるトレーナーの育成体制を整える。
森岡さんは「企業にマーケティングノウハウをインストールするには、3年は必要」と語ります。両社の協業が今後どう市場を動かし、新たな価値を生み出していくか注目です。