「人生最高のチーズケーキ」と形容され、今も販売開始からすぐに売り切れるほど大人気のMr. CHEESECAKE。
ほかにもスイーツはたくさんあるのに、なぜMr. CHEESECAKEは多くの人々を惹きつけてやまない魅力をたたえているのでしょうか。
今回はMarketing Native LIVE vol.2「Mr. CHEESECAKEを徹底解剖 最高のプロダクトの作り方」の中からMr. CHEESECAKEの人気の秘密に迫る内容を前後編2回に分けてお届けします。
出演は株式会社Mr. CHEESECAKE代表取締役・田村浩二さん、モデレーターは株式会社Moonshot CEO菅原健一さん。
2人の顔合わせならではの読み応えです。
(構成:Marketing Native編集部・早川 巧)
目次
Mr. CHEESECAKEが話題を呼ぶ、これだけの理由
菅原(以下「すがけん」) Mr. CHEESECAKEのことをマーケティングが得意な会社と認識している人がたくさんいると思います。僕は実際に自分で買ったし、友達からプレゼントされたこともあるのですが、食べてみるとプロダクトの強さに人気の秘密があると感じます。今回のテーマは「最高のプロダクトの作り方」ですので、プロダクト作りを中心にお聞きしたいと思います。まず、Mr. CHEESECAKEを立ち上げた経緯から教えてください。
田村 僕が料理人として修業する過程で師事したシェフたちは皆、レストラン以外に副業として他にもビジネスを手掛けていました。例えば、大手企業の商品開発のお手伝いをしている人もいましたし、レストラン以外にデリカテッセンという惣菜屋さんを別で経営している人もいて、さまざまな方面で活躍する姿を見てきました。
僕がフランスにいたときに働いていたお店も、パリではビストロ、南フランスで三ツ星レストラン、シェフの地元アルゼンチンではハンバーガー屋さんと、皆さんが自分の能力をレストラン以外にも向けていて、僕自身もレストラン以外に何かしないといけないと若い頃から感覚的に考えていました。
その後、フランスから帰国して最初に「L’.Aromatisane」(アロマティザン)というノンアルコールドリンクのブランドを2016年に立ち上げました。
すがけん ビジネスの立ち上げを一度経験しているんですね。
田村 そうなんです。「L’.Aromatisane」はハーブとフルーツとスパイスを組み合わせ、ハーブティーを入れるように沸騰させたお湯を入れたら、ハーブを取り出さずに一晩から二晩浸けて香りを移すというドリンクです。僕はすごく美味しいと思っていたのですが、作るのが少し手間だったり、ノンアルコールドリンクの文化が当時まだ浸透していなかったりして、鳴かず飛ばずのまま終わりました。
ほかには国産の食用の薔薇を使ったアイスクリームのブランドを立ち上げたり、新しいタイプの干物を作ったりしたこともあります。
すがけん 新しい干物ですか。
田村 フライパンで焼いて水と野菜で煮込むとアクアパッツァができるという干物です。そんなふうにいくつか作ってはみたものの、それぞれのプロダクトごとに解決できない課題にぶつかりました。例えば、アイスならハーゲンダッツに勝てないですし、干物の場合は、そもそも骨のついた魚を家で調理したくない人が予想以上に多くて、美味しさだけでは解決できないいくつもの課題が自分の中に溜まっていきました。
その後、過去の失敗を振り返る過程で、誰が食べても美味しくて、みんなに喜んでもらえて、かつ自分が一番好きな商品は何かと考えたときにチーズケーキが浮かんできたのです。さらに「日用品やアパレル用品はネットで購入するのに、なぜ食料品はなかなかネットで買う人が増えないのだろう」という素朴な疑問から、「チーズケーキをネット通販で買えるようにしたい」と考えるに至りました。
ただ、レストランデザートのような儚いチーズケーキを作ろうとすると、通販では「ケーキが柔らかいから冷凍する必要がある」「冷凍すると配送料金が高くなる」などの課題がいくつも浮上します。その課題を順番に1つずつ自分の中で解決していった結果、今のMr. CHEESECAKEが誕生したというわけです。ですからMr. CHEESECAKEが僕の最初のプロダクトでない点は1つのポイントだと思います。
すがけん 面白いですね。では、課題の反省を踏まえた上で、まずはスイーツという「カテゴリ」から考えたのか、それとも一足飛びにチーズケーキという商品までひらめいたのかどちらですか。
田村 カテゴリとしてスイーツを優先順位高く選んだというよりは、純粋に自分が食べたくて作りたいものを選びました。
それまでにうまくいかなかった商品は、「ビジネスとして立ち上げたい」という熱意が強すぎたのではないかと思います。一方、チーズケーキの場合は、レストランでちょっと小難しい料理を作っていた自分が嫌になる部分もある中で、もっとシンプルで、両親が食べてもまっすぐに美味しいと言えるものを作りたいと思ってひらめいた商品です。
料理はもともと調理の仕方だけでなく、食材ごとに季節や産地で味が変わったりして、変数がたくさんあります。その点、スイーツは基本的な原材料にそれほどブレが生じにくく、安定性や再現性の高さも魅力的に感じました。
※撮影:編集部
すがけん いろいろと頭でっかちに考えてやったらうまくいかなかったけど、自分が美味しいと思うものを作ったら、お客さまも美味しいと感じてくれてビジネスもうまくいった、と。
田村 そうですね。結局そういうことなのかなと思います。
すがけん D2Cをやっている起業家の中には、田村さんと違ってやりたくてやるのではなく、まず「D2Cを始めるぞ」からスタートする人がいます。自分のアイデンティティというバックグラウンドがない状態からのものづくりは難しいと僕は思うのですが、いかがですか。
田村 そうですね。何かしら自分の中に感じるものや引っ掛かるものがあったほうがいいとは思います。同時に「自分ではない誰かがきっと喜んでくれるだろうから作りたい」という思いもすごく大切だと感じます。
もっとも、「自分ではない誰かが喜んでくれる」ようなものづくりをできる人はあまり多くない印象があるのと、商品を作った後に商品について語り続ける存在が見えないと、「ブランドを作りました」で終わってしまうと思います。
すがけん 今はやはり作り手が語るべきですか。
田村 作り手が語るべきだとは必ずしも思いませんが、語る人がいないのも少し違うと感じます。
すがけん わかります。買う側の立場からすると「何を信じたらいいのだろう」と思いません?お客さまが投稿してくれているわけでも、シェフが自信あふれるコメントをしてくれるわけでもなく、着飾ったWebサイトにおしゃれな写真だけが存在していて、「はい、限定何個です」と言われても、ショップサイトに掲載されているレビューを信じられない時代に、何を信じて購入すればいいのかと思ってしまいます。
田村 そうですね。今、スイーツを始める方も増えていますが、「スイーツを作る人」「Webサイトを作る人」「宣伝する人」がそれぞれに存在し、結局誰が責任者なのかわからない状態のところも少なくありません。
料理人側からすると、コミュニケーションやSNSでの情報発信を苦手にしている人もいるので、商品を作ったら後はお願いという気持ちもわかるのですが、そこでフロントに立ち続けて、「どのような思いでこの商品を作ったのか」「この商品で何をしたいのか」などを発信し続けるだけでも確実にファンは増えていきますし、商品の良さも伝わります。そこを継続してできる方が少ないのが、これだけいろいろなスイーツが出てきてもなかなか話題になりきらないお店が多い理由ではないかと個人的には思います。
※撮影:編集部
家庭での再現性を追求して生まれたポジショニング
すがけん カテゴリではなく、チーズケーキを作ると決めてから実際に販売するまで、どれくらいの時間がかかりましたか。
田村 多分半年もかかっていないと思います。というのも、僕は以前からチーズケーキが好きで趣味でも作っていましたので、自分の中で美味しいレシピの原型を持っていたからです。
ただ、それをどうMr. CHEESECAKEへとブラッシュアップするかを考えたときに、多くの人はお菓子屋さんとの戦いを想定すると思うのですが、僕はお菓子屋さんと戦いたくありませんでした。
すがけん どういう意味ですか。
田村 お菓子作りの技術だけを切り取ると、料理人の僕よりもお菓子屋さんの方が圧倒的に上ですから勝てません。ですから、お菓子屋さんの作るチーズケーキとバッティングしないチーズケーキを作る必要があります。そこで僕が考えたのが、その場でしか食べられない、瞬間的な価値のあるレストランデザートのようなチーズケーキです。
冷凍でないと届けられないギリギリの柔らかさ、食感をどう再現するかの一点にフォーカスをしてチーズケーキ作りを始め、あとは主に自分の料理のコンセプトである香りをどう組み込むかを考えるのに時間をかけただけなので、多くの試作をする必要もなかったというのが、それほど時間がかからなかった理由です。
すがけん ポイントはレストランデザートと同じような食べ方を家庭で再現できるかどうかで、商品自体は半年くらいで作った、と。一番力を入れたのは食感の滑らかさで、Mr. CHEESECAKEでは食べ方もきちんと伝えていますね。冷凍・半解凍・全解凍と分かれていて、アイスケーキのような味わいからブリュレのような滑らかさまで3タイプありますが、これはどういう気持ちでお作りになったのですか。
田村 料理人は基本的にせっかちです。チーズケーキを焼いて、冷凍して、冷蔵庫に一晩置いておけば、次の日には解凍されているので味見も楽なのですが、せっかちなので、焼いて冷凍したら、まだカチカチの状態でもう味見したくなるのです。常温で置いておいて全然溶けていないのに2~3分たったら食べに行くということを1時間のうちに何回も繰り返していると、半解凍になったときに、「あれ、味が変わったな」と気づきました。途中で飽きて放置して忘れた頃に食べに行ったら、今度は常温くらいになっていて、食べるとまた味が全然違ったのです。
これを正しくお客さまに伝えられると、同じチーズケーキなのに味の感じ方が変わって、自分の好きな状態を選んで食べられると思いました。加えて、冷凍で届くケーキだからこそ、冷凍から解凍までの時間を楽しみながら食べていただけるわけで、その「解凍するのを待つ時間も自分たちのブランドのために使ってもらえる」点がコンビニスイーツとの差別化になると考えました。
さらに、冷凍でないと楽しめないということは冷凍で配送する意味が正しく生まれます。したがって、送料の高さもある程度理解していただけるポイントになると思いました。
すがけん 冷凍するしか仕方がないのではなく、強みとして「冷凍を楽しんでください」になるわけですね。
シェフとしてはもちろんですが、マーケティングとしても上手だなと思うのですが、その辺はご自身で考えたのですか。
田村 通販の形でありながらもお客さまと適切にコミュニケーションを取り、お皿の上にチーズケーキが乗った後まで責任を持つにはどうすれば良いかを自分で考え続けた結果です。
レストランでは最適な状態でサーブした上に説明もできて、食べた後、お客さまの感想を聞いて、それに答えることまでできます。でも、通販ではそれができません。ですからどのように食べるかをWebサイト上できちんと説明することで、僕が作った美味しいと思うチーズケーキを正しく美味しく食べてもらうために、自宅でチーズケーキを食べる体験をワンランク上にする再現性を追求し続けてきたからこそ、こういう発想が生まれてきたのではないかと思います。
※撮影:編集部
デジタルだからこそ伝わるフィードバックのリアル
すがけん 田村さんはD2Cと呼ばれたくないかもしれませんが、それでもD2Cの形で成功したブランドの代表としてお聞きすると、ビジネスとしてのD2Cで成否を分けるのは何だと思いますか。
田村 難しいですが、ものづくりの人間として言うと、ものをつくる上で信念がないとうまくいかないし、その信念が顧客に伝わらないと、信念があってもあまり意味がないと思います。ですから、信念を伝えつつ、自分のやりたいことと顧客が求めていることのギリギリのラインを見極めるのが大切です。
D2Cは基本的にすごく小さなところからスタートしますので、最初の熱量をどれだけ長期間燃やし続けられるかと、その熱量に共感してくれる人を少しでも増やす作業を同時に行い続ける必要があります。どんなに信念が強くても、受け入れられなければビジネスとして成立しませんし、「文化」にもなりません。
シェフの中には自分の思いが強すぎて、「この味がわからないなら、もう食べなくていい」という人がいます。気持ちは理解できますが、一方で自分の料理を美味しいと理解してくれない人に喜んでもらうにはどうすれば良いのかを考えることも大事です。もちろん、歩み寄りすぎずに一線を引いて、自分の矜持を守る部分もあってしかるべきでしょう。その落としどころのセンスは1つの要素としてあると思います。
すがけん その話を聞いて、ある種の美意識というか1人の才能やセンスを信じることの重要性を感じました。少なくとも田村さんが美味しいと思ったものは、田村さんに似た感覚の人たちはきっと買うわけですが、一方でアンケートを取ってさまざまな声を聞いたり、いろんな才能を集めたりしてプロダクトを作ると、世界観がバラバラになって顧客が不在になりがちです。先ほど「誰が責任を取るのか」という話もありましたが、顧客に対する一貫性という点では、もしかすると田村さん1人だからこそやりやすかったのかもしれないですね。
田村 そうですね。味の責任は僕が全て担っていますので、僕の味で失敗したら「みんなごめんなさい」という感じです。もちろん試作はします。
すがけん 1人の美意識というか味覚で作っていると、1回食べて美味しかった人は、別のフレーバーもきっと美味しいに違いないと感じて買ってくれる可能性が高いですが、いろんな人の意見を聞いて作っていると、何が良いのかはっきりしなくて、次に出した商品で顧客に「あれ、何か違う」と思われて逃げられてしまう可能性があります。
田村 顧客からのフィードバックを適切に反映できるのは僕しかいないはずなので、僕がどこまでキャッチアップするかが大事だと認識しています。
そのため、カタカナの「ミスチ」と「ミスターチーズケーキ」、アルファベットの「Mr. CHEESECAKE」の3つを毎日必ずエゴサーチしています。チーズケーキだけでなく、アイスクリームも同様で、特にアイスについては「美味しい」と「美味しくない」がはっきりと分かれていると気づきました。
すがけん もし差し支えなければ、「美味しくない」と思われている理由を教えてください。
田村 はっきりとした理由はわかりませんが、酸味が苦手な人はラズベリーのソースが酸っぱすぎて嫌だったり、チョコのアイスに独特の香りがするといったフィードバックがあります。もともとわかっていたことですが、そういうフィードバックを見つけると、「香りの具合をもう少し考えたほうがいいかな」「酸味には得手不得手があるから、本当に多くの人に届けるなら、もう少し薄くしたほうがいいかも」と思いつつも、「でも薄くすると僕の味を好きな人は気に入らなくなるだろうから、どちらに向けて味を作ればいいのだろうか」とあらためて考えるきっかけになって、学びが多いですね。そういうことを細かくキャッチアップするのが大事だと思います。
すがけん デジタルだけのコミュニケーションでも、ソーシャルメディアを活用すればお客さまとのキャッチボールは十分可能だということですね。
田村 今思うと、レストランの場合、最後にお客さまをお見送りに行ったとき、みんな美味しかったとしか言わないんですよ。
すがけん 確かに。シェフ本人の前で言いにくいですよね。しかも田村さん、結構デカいですし(笑)
田村 だから生身の声だけ聞いていても勘違いしかねなくて、信用できないと僕は思っています。その点、本心の出るTwitterがフィードバックとして一番正しいという認識で受け取っていますので、Twitterで上がる声をどれだけ良い声に変えていけるかを意識しています。
すがけん エゴサでネガティブな意見が出たときは反応するのですか、それとも心に留めて改善を心がける感じですか。
田村 改善できるものに関してはリプライをします。ただ、「美味しくない」と言う人に対しては、僕は美味しいと思って作っていますので、正直コミュニケーションできる言葉がなくて、会話は起こさないです。
すがけん 主観対主観ですもんね。どうすればその人が美味しいと感じてくれるかを想像しつつも、マス向けではなく、自分たちが信じる味を追求する、と。
田村 そうですね。どこでも食べられる味をわざわざ僕たちのような小さなブランドが作る必要はないと思っていますので、僕たちにしか表現できない、ちょっと攻めた、新しい味覚の体験を提供するほうが、僕たちの顧客にとってはより良いアクションだと思います。
※画像提供:Mr. CHEESECAKE
▼後編はこちらから
「美味しさを超えた『感動』を価値として届けたい」――Mr. CHEESECAKEの人気の秘密を徹底解剖!――田村浩二(Mr. CHEESECAKE)×菅原健一(Moonshot)特別対談【後編】
Profile
田村 浩二(たむら・こうじ)
株式会社Mr. CHEESECAKE 代表取締役。
神奈川県三浦市生まれ。新宿調理師専門学校を卒業後、乃木坂「Restaurant FEU(レストラン フウ)」にてキャリアをスタート。ミシュラン二ツ星の六本木「Edition Koji Shimomura (エディション・コウジ シモムラ) 」の立ち上げに携わる。表参道の「L’AS (ラス)」で約3年務めたのち、渡仏。World’s 50 Best Restaurants 2019 の1位を獲得したミシュラン三ツ星のフランス南部マントン「Mirazur (ミラズール) 」、一ツ星のパリ「Restaurant ES (レストラン エス) 」で修業を重ね、2016年に日本へ帰国。2017年には、世界最短でミシュランの星を獲得した「TIRPSE (ティルプス)」のシェフに31歳で就任。World’s 50 Best Restaurants の「Discovery series アジア部門」選出、「ゴーエミヨジャポン2018期待の若手シェフ賞」を受賞。現在は Mr. CHEESECAKE のほか、複数の事業を手掛ける事業家として活動。
Twitter:@Tam30929
菅原 健一(すがわら・けんいち)
株式会社Moonshot 代表取締役社長。
企業の10倍成長のためのアドバイザー業を創業。社会や企業内に存在する「難しい問題を解く」専門家。グローバル企業含めクライアント10社、エンジェル投資先20社の計30社のプロジェクトを並行して進めている。過去に取締役 CMO で参画した企業を KDDI子会社へ売却、そのまま経営を継続して売り上げ数百億円規模へ成長させる。スマートニュースを経て現職。20代のマーケター600人が参加する「#20代マーケピザ」を主催。
Twitter:@xxkenai
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