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インタビュー

栃木SC・江藤美帆が語る「スポーツビジネスで求められるマーケター像」とは?

最終更新日:2023.05.25

The Marketing Native #11

株式会社栃木サッカークラブ 取締役マーケティング戦略部部長

江藤 美帆

スポーツ選手への憧れから、いまもスポーツビジネスに携わりたいと考えているビジネスパーソンは多いことでしょう。今回お話を聞いた、J2リーグの栃木サッカークラブ(以下、栃木SC)で取締役マーケティング戦略部部長を務める江藤美帆さんも、かつては熱心なサポーターでした。

江藤さんは2018年に栃木SCへ転職しましたが、前職は写真販売アプリ「Snapmart」を開発・運営するスナップマート株式会社の代表取締役CEOであり、ITスタートアップの創業社長によるJ2クラブへの転身は大きな話題を呼びました。この約1年間でさまざまな改善施策を打ち出している江藤さんに、スポーツビジネスが持つ魅力と現在の課題点、スポーツビジネスで求められるマーケターになるための方法についてお聞きしました。

(文:椎原よしき、取材・構成:Marketing Native編集部・岩崎 多、撮影:深澤政貴)

※肩書、内容などは記事公開時点のものです。

目次

スポーツビジネスにはコントロール不能な部分が多い

――現在、江藤さんは栃木SCの取締役マーケティング戦略部部長ということですが、具体的な仕事内容を教えて下さい。

弊社のマーケティング戦略部は、大きく対法人部門と対個人部門とにわかれています。私は、後者の個人向け部門を担当しています。具体的には、チケット販売をはじめ、グッズ販売、ファンクラブ運営やスタジアムの飲食販売など、個人向けの収益事業におけるマーケティング施策全体と収益の責任者です。

――江藤さんは、アプリ「Snapmart」を開発し、社長として経営もなさっていました。以前携わっていたIT業界のビジネスと現在のスポーツ業界でのビジネスとでは、どのような違いを感じますか?

以前の仕事と比べて一番大きな違いを感じるのは、「スポーツでは、ビジネスサイドからのコントロールがきかない部分がかなりある」ということです。

とくに、それを一番痛感するのは「チームが勝つか、負けるか」の部分です。たとえば、シーズンシートとかチケットの売り上げは、やはりチームの勝敗や順位の動きにある程度連動していて、勝って順位が上がれば収益も増えますし、逆なら落ちます。ところが、その勝敗自体をビジネスサイドからコントロールすることはできません。

また、勝敗以外にもコントロールできない部分があります。弊社の場合、ホームスタジアムは自治体が所有するスタジアムを借りています。すると、芝や設備などの環境面を良くしたいと思っても実現には制約があります。また、スタジアムには屋根がないため、集客は天候の影響も受けます。そういう部分も含めて、自分たちでコントロールできないジレンマは感じます。

――順位の変動は、収益に直接反映するのですか?

クラブにもよると思いますが、ほとんどのクラブは反映しているはずです。とくに、リーグの上位にいてプレーオフや優勝が見えてくると間違いなく収益増になります。栃木の場合、昨年は順位が真ん中より下の17位くらいが多かったのですが、2年ぶりにJ2リーグに返り咲いたということもあり、過去最高の動員になりました。ただ、今年はリーグ戦で苦戦しており、それが集客やグッズ等の売り上げにも多少は影響しています。

――では、たとえば事業計画を立てる際に、チームの勝敗のようなコントロール不能な要素をどのように織り込むのでしょうか?

ある程度の範囲内で予想をするしかありません。まず、基本的に同じディビジョン(J1、J2などのカテゴリ)に残留するという前提で考えます。そして、今年の強化費の金額から戦力がどの程度上がるのか予想し、去年の実績と照らし合わせてJ2内で何位から何位の範囲内におさまるかという想定をしていくのです。もちろん、J1へ昇格、あるいはJ3へ降格した場合のシミュレーションもしています。

ただ、現在はJ3リーグができたこともあって、J2リーグは各チームの実力がかなり伯仲しており、勝ち点の差も昔と比べると小さくなっています。そのため、1勝しただけでいくつか順位が上がることがありますし、逆に我々が負けて、順位の近い他の数チームが勝つと、我々の順位が一気に下がって降格圏に落ちることもあり、読めない部分が増えてより難しくなってきています。

――逆に、IT業界と比べて、スポーツ業界だからこそマーケティングを行いやすいと感じる点はありますか?

ファンのエンゲージメント率が非常に高いという点は、スポーツ業界の特徴でしょう。たとえば、一般的なECビジネスでは、顧客に送付するメルマガの開封率は、良くても3~5%程度だと思います。しかし、私たちが送るメルマガの開封率は40〜60%前後と、桁が違います。この数字は、普通のビジネスでは考えにくいものです。

また、私はクラブ公式アカウントのSNS運用も一部担当しています。普通の企業ですと事業の公式アカウントを設けても初期のフォロワー集めが大変で、フォロワー数を増やすのに時間がかかります。ところが、我々のクラブに限りませんが、スポーツチームの場合、公式アカウントを開設すると、いきなり数万単位のフォロワーがつきます。

――SNSでの投稿内容や運用の方法論などにも、違いはありますか?

以前にスナップマートでやっていたSNSのマーケティングでは、いかに既存ユーザーに拡散してもらって、新規のフォロワーを増やしたりスナップマートを認知してもらったりするかという部分が重要でした。一方、いまのクラブのアカウントではそこはあまり重視しておらず、すでにエンゲージメント率が高いファンやサポーターの人たちに、さらに喜んでもらい、関係性をより強化していく施策が主眼になっています。

その裏には、Jリーグクラブが投稿の拡散などで新規のお客さんを獲得することが難しいという現実があります。なぜなら、たとえばTwitterの場合、サッカーのファンやサポーターはサッカーの話題専用に開設したアカウントで活動していることが多く、フォローしあっている人同士で強固なコミュニティがすでにできあがっている状態にあるからです。その人たちはコミュニティの外には出て行きませんし、外からコミュニティに入るハードルも高いと感じやすい状況です。

ですから、Jリーグクラブの話はファンやサポーターの間でしか拡散しません。サッカーに興味のない人、たとえば学校の友達などに広がっていくことが生じにくいのです。コミュニティの外にも強い影響を与えられるインフルエンサーがいれば良いのかもしれませんが、地方の場合それもなかなか厳しいですね。

メディアがネタとして採り上げたくなる施策を打つ

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・他の業界の成功施策を採り入れる
・サポーターはスタジアムに来る意義を求めている
・マーケティングで良い人材が集まり、チームは強くなる
・スポーツビジネスのマーケターになるには?

記事執筆者

岩崎多

いわさき・まさる
出版社2社でビジネス誌やモノ・グッズ誌の編集、週刊誌の編集記者を経験し、2019年1月CINCにジョイン。編集長として文房具ムックシリーズを立ち上げ、累計30万部以上を記録。
X:@iwasaki_mn
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