1986年の発売以来、30年以上にわたって人気を得ている江崎グリコ株式会社の「アイスの実」。これまでに発売されたフレーバーの種類は、限定品も含めると約76種類にのぼります。順風満帆に売れ続けているイメージのある「アイスの実」ですが、実は売り上げを増やすために2000年代に入って2度の大幅なリニューアルを敢行していました。
「アイスの実」のマーケティング戦略について、江崎グリコ株式会社 マーケティング本部 アイスクリームマーケティング部の若生(わこう)みず穂さんに話を伺いました。
(取材・文:Marketing Native編集部・岩崎 多)
目次
かつてはサブタイトルだった「アイスの実」
――「アイスの実」の商品の歴史自体についてお聞きしたいのですが、発売開始当初、どのようなターゲット層を想定して開発されたのですか?
発売時の1986年時点では、一口で食べられるサイズのアイス自体がまだありませんでした。でも、飴やチョコなどは一口サイズのものがあったので、同じようにアイスも手軽に食べられたら面白いのでないかというところから開発がスタートしたそうです。そのため、家族や友達がみんなで一緒にワイワイつまみながら食べるというシーンを想定して作られたと聞いています。
▲1986年発売の「Candy Ball アイスの実」。発売当初は「アイスの実」がメインの商品名ではなかった!
――発売第1号のパッケージを見ると「Candy Ball アイスの実」となっていて、「アイスの実」はまだサブタイトルみたいな扱いなのですね。
1989年の春から「アイスの実」の名前のほうが大きく表記されるようになって、「Candy Ball」は小さくなり、1994年頃には「Candy Ball」の表記もなくなりました。推察ではありますが、一口サイズの「アイス」であるという新しい価値を知ってもらうためには、飴のイメージがある「Candy Ball」よりも、「アイスの実」のほうがわかりやすいという判断になったのではないかと思います。
――そのようにして発売された「アイスの実」がヒット商品となり、現在まで定番商品として定着するに至った要因はどこにあると思いますか?
確かに発売以来、売れ続けているロングセラーブランドではあるのですが、幾度か大きなリニューアルを繰り返しており、お客様の意識に合わせて商品自体を変化させてきたことが良かったのではないかと考えています。
これまでに大きく変更したターニングポイントは2回あります。1つ目は2009年で、包装を箱型からパウチの袋詰めに変更しました。
箱型の頃は、箱の中に袋で包装された「アイスの実」が入っているという状態でした。ゴミが出る上に手間もかかるため、「一口でポイポイ手軽に食べられる」という機能的価値があまり活かせていない面があったのです。そのためもう少し、スタイリッシュに持ち運びやすくポイポイ食べられるようにとパウチの袋詰めに変えました。パウチに変えたタイミングで売り上げは伸び、販売数も大幅に増えました。
パウチに変更後、「1回開けると食べきらないといけない」「冷蔵庫の中で中身がバラバラ出てきてしまう」という声があったので、翌2010年からは開封方法を工夫しました。現在では1個ずつ取り出せる「プチOPEN」と、複数の「アイスの実」を取り出しやすい「ワイドOPEN」の2通りが選べるように改良しています。
▲パウチに変更し、開封方法も改良した「アイスの実」(2010年)。まだこの頃は味を選ぶことはできず、1袋に4種類入ったアソート形式だった。
――箱からパウチへの移行は商品にとって大きな変更ですが、決断できた要因は何でしょうか?
お客様の利便性という視点に立った時、「アイスの実」の「一粒」という他社商品にはない形状を活かしていこうと考え、パウチへの変更はプラスにしか働かないと当時の会社は判断したようです。
実際に変更にいたるまでの検証には大きく時間をかけたそうです。というのも、これまでは袋に包装された上で箱詰めされていたので、商品が比較的守られるような包装だったのですが、包材がパウチだけに変更となると、中身が潰れてしまったり溶けやすくなったりしないか、保存に支障が出ないかなど確認すべき事項が多数判明したのです。結果的には製法を変えなくても、問題がないということを確認でき、発売に踏み切りました。
――もう一つのターニングポイントも教えてください。
これも最近ですが、2013年に現在の1袋1味に変えたというのも大きな転換点です。それまでの「アイスの実」は、1袋に4つの味が入っているというアソートタイプでした。「1袋でいろんな味が楽しめる」という点が「アイスの実」の良いところとしてお客様に支持されていると考えていたため、何年もそのままの状態で来ていました。
しかし、細かくお客様の声を聞いてみると、アソートの場合、あまり好きではない味も入っているけれど仕方なく食べているという少しネガティブな声も出てきました。「4種類のうち3種類は好きな味だけど、残りの1つがあまり好きではないから買わなくなった」という意見を聞くようになったのです。
また、発売当初から20年以上経ってアイス市場にも変化があり、大人が子どもにアイスを買ってあげるだけでなく、自分用にアイスを買うという傾向が増えてきました。
以上を踏まえて、自分が好きな味だけを1袋で思う存分食べられるように変更したほうが時代に合っていると考え、アソート形式をやめて1袋1味に変更しました。
この変更に合わせてテレビCMなどコミュニケーションの訴求も変えました。それまでは、「アイスの実」は楽しくポップでキラキラ可愛いという訴求をすることが多かったのですが、1袋1味に変更後は、「一粒にフルーツの味がぎゅっと詰まった濃厚なもの」「大人でも満足できるもの」という風に訴求を変えていきました。
こうした施策の結果、子どもだけを対象にしたイメージから、大人も満足できるアイスへと消費者の認識を変えることができ、翌2014年には売り上げが飛躍的な伸びを見せました。
――「アイスの実」は、夏季限定で「梨」味を出したり、秋冬限定で「白いカフェオレ」味を出したりなど、季節に合わせてフレーバーの種類を変えていますが、その狙いは何ですか?
「アイスの実」のブランドイメージを調査すると、フルーツのイメージが強くついていることがわかりました。フルーツを突き詰めると、「旬」「季節」というキーワードが重要になってきます。スーパーでもお店に入った時に季節のフルーツが並んでいると、「ああ春が来たな」「夏が来たな」と感じるきっかけになります。「アイスの実」もアイスとはいえ、そうしたフルーツの持つ季節感や旬を出していくほうが、本物のフルーツを食べているような満足感を感じてもらえるのではないかと考えました。
▲写真左から春、夏、秋冬の「アイスの実」。同じぶどうの味でも季節で味わいやパッケージが変わっている。
――同じ味でも、季節によって味を変えているのは、一年中「アイスの実」を楽しんでもらうことに意味を持たせるためでしょうか?
そうです。季節によってお客様に求められる味の濃さに違いがあるためです。暑い夏はスッキリとした味、気温が下がり始める冬は濃厚な味のものが好まれる傾向にあります。例えばぶどうの場合、年間通して販売していますが、同じぶどうでも春と夏と秋冬で果汁の量や品種を変えたりしています。
わかりやすいところでいうと、夏は味をスッキリさせるために果汁量を若干下げ、また、夏の旬である「巨峰」だけを使った味に仕上げることで、季節の素材をその時にあった味わいが楽しめるという工夫を行っています。逆に、秋冬は濃い味のものが求められる傾向にあるので、ねっとりとした食感で、ぶどうの中でも熟れた甘い味がする品種だけを使っています。同様に、春も品種などを変更しており、季節ごとに同じぶどうでも毎回購入する意味を持ってもらえるようにしています。
失敗した施策でわかった「アイスの実」の本当の良さ
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