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今こそ導入したい!デジタルマーケティング限定でも活用可能なMMMとは?【小川貴史寄稿】

最終更新日:2024.02.21

マーケティング施策の複雑化、GoogleのサードパーティCookieの段階的廃止などの影響から、マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)があらためて注目されています。MMMは個別のユーザーに関するデータではなく、集計データを用いてマーケティング施策の投資対効果を定量的に分析する手法です。

企業のマーケティング・アナリスト支援を行う傍ら、書籍やnote、オンライン講座などを通じてMMMに関する情報を発信している株式会社秤 代表取締役社長 小川貴史さんは、「分析というとアナリストが行うもののように思われるかもしれないが、マーケティング・コミュニケーションの前提知識があるマーケターこそ、MMMの活用にチャレンジしてほしい」と言います。そこで今回は、小川貴史さんにMMMに取り組む上で必要な知識について寄稿していただきました。

目次

MMMとは?

株式会社秤の小川と申します。総合広告代理店やデジタルマーケティング支援で20年近く従事したのちに独立し、今は業務委託のマーケティング・アナリストとして複数の企業で活動しています。

このコラムでは、マーケティング投資判断を確かなものとして、ブランドを成長させていくために、「マーケティング従事者の誰もが使える」効果検証法の「マーケティング・ミックス・モデリング(以下『MMM』)」を紹介します。MMMは商品購買などへの影響を、同時に複数実施されているマーケティング施策やその他の要因のデータ(主に時系列データ)を用いた数理モデルから説明(推定または予測)することで、施策ごとの影響を推定し、最適化試算まで落とし込む分析法です。私がMMMをはじめたのは2013年、それから5年後の2018年に書籍『Excelでできるデータドリブン・マーケティング』を出版し、MMMの分析を身近なExcelで実装する方法と統計など必要な知識をまとめました。

当時「マーケティング・ミックス・モデリング」と検索しても出てくるコンテンツは限られたものでしたが、2022年から、筆者のもとにはMMMに関する寄稿や講演の依頼が増え、検索すると対応するコンテンツが沢山ヒットする様になってきました。

2020年1月にコロナが発生した当時のことは記憶に新しいと思います。先が読めない状況の中、緊急事態宣言の発令など、かつて皆が経験したことのない事態が頻発し、特に実店舗の影響が大きいビジネスは大打撃を受けました。当時、私はGoogleトレンドから得られる「コロナ」の検索トレンドの時系列データをMMMに取り入れて分析していました。そうすることでコロナによるマイナス分を数値として把握することができるからです。

これは仮想の数字ですが、2019年に実店舗で100億円あった売上が2020年に50億円になったとします。MMMを行っていない場合は、コロナによるマイナス分が50億円と考えると思いますが、実際には広告や各種プロモーションによって増えていた売上が10億円分あり、コロナの影響はマイナス60億円で、その結果50億円になっていたことが分かります。

では、2020年の売上ダウンを把握した上で、100億円に売上を戻すための2021年の売上予測およびマーケティング予算計画を立てるにはどうしたらよいでしょうか?感染症疫学に適した時系列分析モデルは筆者の専門外ですが、MMMでは、前述した方法でコロナや季節性、曜日の周期性などのマーケティング施策以外の要因とTVCMやデジタル広告などの施策による影響をモデル化することで、施策の投資による売上予測を行うことができます。当時発表されていた感染症疫学の予測のニュースを見つつ、2021年におけるコロナの影響が仮に2020年の50%だったとして係数を仮置きし、予測を立てることができます。2020年の分析からマーケ予算5億円で10億円の実店舗売上をリフトすることが分かっているため、2021年に売上を100億円にする場合のマーケティング予算の目安(15億円)が算出できるわけです。

MMMに関する大いなる誤解

私はMMMや関連する各種分析を駆使するアナリストとして、企業の中に入って分析を担当したり、戦略を意思決定するための分析ノウハウをレクチャーするプロジェクトを支援したり、レクチャー技術を鍛えるために不定期で個人向けの研修もストリートアカデミーで開催しています。

足掛け10年以上やってきたので、MMMにまつわるご相談を多数お聞きしてきました。

MMMにはひとつ大きな誤解があると思っています。MMMは全国規模でTVCMを投下している企業だけのものではありません。「弊社はまだTVCMを投下していないのですが」この言葉をお聞きした回数は数知れずです。

かつてはMMMを行うための専門ツールも有料ツールに限られていました。分析を外注するにも本質的な知識や経験をもって対応できる分析者は少なく、マーケティング・コミュニケーション施策に関する全般的な知識と統計知識の双方から支援できるプレーヤーは限られており、大手の支援会社にショットで委託した場合の分析フィーは大変高額なものでした。結果、潤沢な予算がある(≒TVCMを投下している)企業のものに近くなっていたことも事実です。私も以前、海外製のMMM分析ソフトを数年使っており、ドル建てでしたが、当時の為替の日本円換算で1ユーザーの年間ライセンス料は900万円かかっていました。今の為替だと1,200万~1,300万円くらいです。

今、状況は大きく変わりました。当時、筆者が使用していたツールを上回る高機能なツールをMeta社やGoogle社がオープンソース、無料で公開してくれているのです。どなたでも高機能なMMMツールを使うことができるのです。後述しますが、その背景にはクッキー規制の影響があります。

ここでは、筆者が愛用する「Robyn(ロビン)」を紹介します。

Robynとは?

RobynはMeta社が開発しオープンソースとして公開されている高機能なMMMツールです。以下画像はRobynの実装をアシストする講義用に作成したダミーデータで、ゲームアプリのインストール最適化を目的とした分析結果のひとつです。

筆者作成のRobyn実装をレクチャーするYouTube講義より、ゲームアプリデモデータの分析例(スペンドシェアとエフェクトシェアとCPAのグラフ)

SNS(SNS広告)、SEM(サーチエンジンマーケティング=リスティング)、DOUGA(動画広告)、AFF(アフィリエイト)ADNW(アドネットワーク)1と2と3のぞれぞれの施策が売上にどれだけ影響しているか効果を把握するグラフで、これらの施策の費用(Spend)のシェアと効果(Effect)シェアと、CPA(費用÷効果数)をプロットしたものです。

施策ごとに、投下量が増えるほど効果が減衰する非線形な影響や、一定の投下量までは指数関数的に効果が増大し、ある段階から減衰するS字カーブがあてはまる場合があります。

Robynはこうした非線形な影響や残存効果を考慮し、分析者が指定したアルゴリズムとパラメーターの範囲でチャネルごとの残存効果を自動で探索してくれます。

Robynが残存効果を探索する3つのアルゴリズムの図(画像出典:Robyn「Getting Started」のうち「An Analyst’s Guide to MMM」より)

Robynでは、各施策におけるレスポンスカーブの画像がアウトプットされ、効果の減衰や投資対効果が最大になる投下量を把握することが可能です。以下の画像もYouTube講義のゲームアプリデモデータの分析例です。

筆者作成のRobyn実装をレクチャーするYouTube講義より、ゲームアプリデモデータの分析例(レスポンスカーブ)

Robynは残存効果(Adstock)と非線形な影響の適切なパラメーターを探索する複雑な計算を、FacebookのAIライブラリ「Nevergrad」による進化的アルゴリズムで、短時間で何千回も繰り返してモデルを進化させます。また、過去データに極端にあてはまることで未知のデータの説明(または予測)精度を下げてしまうオーバーフィッティング(過学習)を回避する処理も行います。非常に高度なモデリングを短時間で行うことができます。

MMMで用いられることが多い回帰分析は、相関が強い説明変数を複数入れると推定結果の信頼度が下がる多重共線性というエラーを考慮する必要がありますが、Robynはリッジ回帰という手法を用いてそのエラーを回避しやすくしています。ただし、基本となるアルゴリズムは「回帰分析」です。

「回帰分析」とは?

MMMに用いられるアルゴリズムのうち、もっともオーソドックスな回帰分析について簡単にご説明します。

説明変数x(例えば広告)によって、目的変数y(例えば売上)をどれだけ説明できるか分析する方法です。説明変数xは複数あっても構いませんが、ここでは説明変数xひとつの例で説明します。春と秋に売れる家具や家電などの月次の費用(広告費)と販売個数のデータをイメージしています。

月ごとの広告費用と販売個数

上記のデータを用いて目的変数yを売上、説明変数xを広告費として、yを説明する式を作ります。以下のグラフは上記のデータをプロットしたものです。横軸がxの広告費、縦軸のyが売上金額です。一番右上にある点が、3月のデータです(費用1.2億円/販売個数9.6万個)。

ぱっと見で、広告費xが多くなるほど、売上yも多くなる関係に見えます。回帰分析は、xによってyを説明または予測する式を作るものです。xでyを予測する式に対応する直線を1本引っ張ります。

この直線が回帰分析によって導いた予測式です。予測式はxが増えると、yも増える関係を示しています。

青い文字の数字の「0.0003」が直線の傾きを示す数値で、Xが1円増えるとYが0.0003個増える関係です。つまり、10,000円で30個の商品が増える関係です。

これが回帰分析の係数(正確には「偏回帰係数」)です。直線をY軸に向かって延長するとぶつかる点のYの販売個数は、赤い文字の数字の「54,290」です。これを切片といい、Xと係数では説明できない数字です。切片は、仮にこの商品が広告xによってのみ増えるという前提の場合に、「もし、広告費が0円だったら売上は何個か?」の参考にもなります。緑の文字の数字はR2(決定係数 ※)といい、この式によって「Yの変動がどれだけ説明できているか?」という精度の目安となります。

※編集部註:決定係数は0から1までの値になり、数字が1に近いほど精度が高いといえる。

回帰式の直線は、予測線と実際の値のズレ(「残差」)を最小化する計算で行われます。残差はプラスのものとマイナスのものがあります。これをすべて足すと0になってしまうので、残差を2乗して(すべてプラスの値にして)合計値を最小化する計算から導きます。これが回帰分析です。

実際は複数の説明変数を使うことがほとんどです。この商品がマーケティング予算年間10億円で100万個売れたとして、TVCMに限らず、複数の説明変数でYの販売個数を回帰分析で予測します。以下のような数式によりx1(TVCM)~x4(WEB広告)までの説明変数ごとの係数(a)を求める回帰分析で、それぞれの施策の効果を把握することができます。

y(100万個)=
x1 (TVCM5億円)×0.0003=15万個

x2(紙媒体1億円)×0.0002=2万個

x3(OOH1億円)×0.0003=3万個

x4(WEB広告3億円)×0.0004=12万個

切片&予測誤差(68万個)

MMMはデジタルマーケティング限定でも有用

クッキー規制によって、今までのインターネット広告計測法による効果計測の目減りが加速しています。それによって、今までと同じ効果が出ていても計測上のCPAが上がる、またはROASが下がる状況になってしまっていますが、この流れは不可避です。Meta社のFacebook広告のコンバージョンAPIなど、各アドプラットフォームベンダーが広告効果を計測するための仕組みを用意していますが、導入はシステムリソースの投入が前提となります。

MMMは時系列データを分析するだけで、すぐ実行できます。欧米では、デジタルマーケティングの効果計測にMMMを活用するケースが増えています。

私がアナリストを務めるD2Cブランドでは、売上全量を目的変数とした MMMでデジタルマーケティングの新たな効果指標として「全CPA」や「全ROAS」を把握しています。

以下は、YouTube講義のゲームアプリデモデータの分析例からイメージしたものですが、月額広告費300万円でコンバージョン(ここではインストール)を既存の計測では1500件と評価していたとします。インストール全量の時系列に対して広告の影響を推定するMMMで評価すると、広告が貢献していた件数は3,000件だとわかります。さらに、広告が指名検索を増やし、指名検索によって件数が増える分は1,500件だとわかります。これによって、今まで見てきたCPAは、計測できていたごく一部のコンバージョンによる評価で、いわば「部分CPA」のようなものだと認識し、MMMで認識できるのが貢献の全量に近いものではないか?と考え、私は関係者と「全CPA」という言葉を使っています。ROASでも同じ考えで「全ROAS」が分かります。「全ROAS」という言葉は、急成長中のD2Cブランドの経営者が使っていたものです。私はそのブランドのアナリストとして全CPAを把握するMMMを毎週行いながら、マーケティング投資の最適化を支援しています。

当該ブランドの急成長を支えているのは認知施策です。いくつかの施策に投資してMMMでの検証を重ねた結果、既存のインターネット広告評価のCPAとMMMによって導いたCPAで圧倒的な評価の差がついていることから、おそらくMMMをやっていない競合ブランドは適切な活用ができないと思われるレベルで我々は重要な施策をみつけています。

数値を導くアプローチを重要視し、本気で取り組めば(意思決定者も覚悟をもって)ブランドを急成長させることはできる!

毎週MMMを回しつつ、日々デジタルマーケティングレポートの数値も見ながら、このことを実感しています。

私がMMMに取り組みだした、海外製の高価なツールの導入しか選択肢になかった当時と比べたら、今、MMMに取り組むことに躊躇する理由はないはずです。

後ほど紹介するRobynの使い方のYouTube講義を見ていただければ、雰囲気はつかめると思います。プログラム開発(ソースコード)の知識がなくても、私の解説にそって演習データを用いてチャレンジすることで、Robynの分析を行う際は大まかにどのような手順で使うのかが分かります。「データ収集⇒データ加工⇒Robynでモデリング⇒最適化計算(Robynの機能外の応用計算までExcelで行う)」という手順で、時系列データを集めるだけで何が分かるのか?イメージしていただけるでしょう。

繰り返しになりますが、MMMは全国規模でTVCMを投下している企業だけのものではありません。

また、かつて調査分析を専門としつつもプロモーションの実行経験がない方が「MMMを学びたい」とおっしゃったので、一緒に取り組もうとしたことがあるのですが、あまりうまくいきませんでした。その時に改めて、MMMを活用するにはマーケティングの現場の土地勘みたいなものが大事なのだと分かりました。TVCMのプランニングや検証時に扱うデータ、(新規獲得とCRM双方の)デジタルマーケティングで扱うデータなど、私は10年を超える総合代理店の経験でそれら全般にかかわってきたので、これまで私には当たり前と思っていた前提知識がMMMを進める下支えになっていたことに今更ながら気づきました。

マーケティング・コミュニケーションの実務に必要な前提知識がない分析の専門家が手を動かすより、土地勘をもつマーケターがまずRobynを触ってみることです。「習うより慣れろ」でデータを触ったほうが、圧倒的に生産性が高くなります。

手元のデータにあてはめて実装してみることが最大の近道です。デジタルマーケティングの数値だけでもMMMの活用によって、「全CPA」や「全ROAS」の数値を見いだすチャレンジを後押しできればと思っています。以下YouTubeで「Robyn」の機能を拡張した突っ込んだノウハウ(デジタル広告→検索リフト→コンバージョン増加の「階層型モデル」の実装法)を解説していますので、気になる方はぜひご覧ください。

Profile
小川 貴史(おがわ・たかし)
株式会社秤 代表取締役社長。
DAサーチ&リンクと電通ダイレクトフォース(当時※2024年2月時点は電通ダイレクト)でマスとデジタルの最適化をテーマにした分析と改善に注力。デジタルマーケティング支援会社のネットイヤーグループでコンサルティング経験を積み、2019年12月に法人設立。著書に『Excelでできるデータドリブン・マーケティング』。次回作『マーケティング投資最適化の教科書(仮題)』は2024年発売予定(いずれもマイナビ出版)。宣伝会議「マーケティング分析講座」、Schoo特別講師、マーケティング業界向けイベントでの講演多数(2020年から2024年1月までのべ4,000人以上に講義または講演)。

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