アンケートや統計情報などの調査データを基にアウトプットを作成したのに、なぜか提出した相手の反応が今ひとつだったことはありませんか。同じデータでも、アウトプットの仕方次第で、相手に与える印象は異なります。では具体的にどうすれば、相手の心を動かし、ネクストアクションへとつなげられるアウトプットにすることができるのでしょうか。
国内通信最大手のグループ企業に勤め、年間1,000ページ超の資料を作成するリサーチャー・菅原大介さんに、「データからの示唆」で人を動かすアウトプットの方法について寄稿していただきました。
目次
【寄稿】
「データを使って企画を立てたい」「データを使って顧客に提案したい」―市場調査を主務とする私のもとには、日々社内からこんな相談が寄せられます。「こんなデータを出せるか?」ではなく、「このビジネス課題を突破したい!」というところがポイントです。
データを揃えたりサマリを整える作業は、新人期間を越えればある程度一人でもできるようになります。しかし、作成した資料で社内や顧客を動かすハードルは高く、どんなにデータが正確でも、論理関係が正しくても、”気づき”が無ければ人は動いてくれません。
私は調査会社で学んだ技術をベースに、事業会社で戦略を練る仕事を担当しています。調査範囲は、小売・サービスの代表的なカテゴリをはじめ、サイト・アプリ、商業施設・店舗、ポイント、決済、広告など多岐に渡り、未だに初めて取り組むテーマも出てきます。
これだけ広い調査範囲を受け持ちながらも、日々各方面からデータ活用のアドバイスや資料監修の依頼が入るのは、ひとえに「示唆のあるデータ」を提供しているからにほかなりません。この寄稿では、「気づき」を意味する「示唆」とは何なのかを明かしていきます。
1.「事実情報はある、だが意見は無い」の壁
「事実と意見を書き分ける」―この資料作成ルールは、リサーチャーが調査レポートを書く仕事をするうえで、先輩から初期に教わる最も大事な教えのひとつです。そもそも事実情報が正確でないと、次のような資料を基にした議論が行われてしまうからです。
【A】フィットネスジムの店長会議用資料 <調査結果(まとめ)> ・私たちの店はあまり知られておらず、利用する会員さんからも苦情が多い。 <考察・対策> →お店のことをもっと知ってもらって、今の会員さんにも喜んでもらいたい! |
上図の【A】では、箇条書きの事実情報部分は、報告者の個人体験が主であり、どれくらいの切実さなのかよくわかりません。「知られていない状況」と「苦情が多い状況」も文を分けた方が良さそうです。さらに、矢印に続く意見も抽象的で漠然としています。
そこで、アンケートや社会統計情報などのデータを基にして、まず事実情報を正確にまとめることになります。職業としてリサーチャーをしていなくても、皆さんも企画・営業などそれぞれの立場から次のような資料を用意して会議の場に臨んでいることでしょう。
【B】フィットネスジムの店長会議用資料 <調査結果(まとめ)> ・当店の認知度は、同一商圏内のフィットネスジムのうち2番目に低い(20%) ・会員の満足度は、「不満」(合計60%)が「満足」(合計40%)を上回っている。 <考察・対策> →認知度を上げて新規の集客を強化するのと同時に、利用者の満足度を高めて継続率を引き上げていく必要がある。 |
今度は認知度・満足度のデータから事実情報が正確にわかるようになりました。この形式であれば、箇条書き部分を通じて報告を聴く相手と共通認識を持つことができ、かつ、矢印以降の部分でも自分の意見も展開できています。事実と意見を書き分けた効果です。
しかし、もう一度【B】の矢印以降の部分を見てください。指標の話が入ったことによって【A】よりかは具体的ですが、何か意見らしい意見があるかと言えば…無いですよね。「認知度を上げて満足度を高める」結論が、果たして現場でどれだけ有効でしょうか。
【A】 →お店のことをもっと知ってもらって、今の会員さんにも喜んでもらいたい! 【B】 →認知度を上げて新規の集客を強化するのと同時に、利用者の満足度を高めて継続率を引き上げていく必要がある。 |
実際、調査レポートには【B】のような「事実と意見を書き分けただけ」のものが多く、ベテランのリサーチャーでさえ、「事実情報はある、だが意見は無い」という壁に阻まれるケースもあります。当然、この資料が人を動かす成果をもたらすことはありません。
2. 人を動かす資料には「示唆」がある
人を動かす資料には「示唆」が必要です。ここで言う「示唆」とは、データを見た人が「ああ、そういうことだよな」と自ずと納得するような、事実情報から得られる気づきのことを指します。それを自分の意見に置き換えて提示するのです。例を見てみましょう。
【C】フィットネスジムの店長会議用資料 <調査結果(まとめ)> ・当店の女性会員は、提供しているサービスの「内容理解度」が低い(8%) ・当店の女性会員は、満足度で「どちらともいえない」の値が極めて高い(35%) <考察・対策> →「女性優先マシン」や「初心者レッスン」の存在を店の内外で案内していく必要がある。 |
上図の【C】では、事実情報から具体的な課題(内容や長所が伝わっていないこと)が特定され、意見提案からも具体的に取り組むべきこと(対応するサービスの理解促進)がわかります。この資料は読み手を動かします。データから高い気づきを得られるからです。
データ分析が得意じゃないとこの結論を導けないのではないか?と思った方、安心してください。もちろん統計スキルはあった方が有利ですが、データが正確に整っているだけなら【B】でもさほど変わりはなく、実際に上記の例文は同じローデータから作っています。
そろそろ【C】と【B】の資料としての差を決める「示唆」の正体を明かしましょう。「示唆」の正体―それは、調査の対象となる物事の「主語と述語の解像度」の高さです。換言すると、「誰が、どういう状態にあるのか」がクリアになっている状態を指します。
【C】の資料は、主語を女性会員にし(「誰が」の要素)、店舗への印象が薄い状態(「どういう状態か」の要素)をまとめています。主語と述語がクリアな状態なので、彼女たちの安心感や向上心にどう働きかけると良いか、気づきを導き出せています。
もしこれが、個々の調査結果をなぞって、(データとしては必要であるものの)「世帯年収別ではこうでした」「地域ブロック別ではこうでした」と本編のデータを焼き直していたら、【B】のように主語と述語の解像度が低い報告になっていたことでしょう。
3. 主語と述語の解像度を上げる方法
主語と述語の解像度を高めるためには、日頃から物事の定義・背景・ステータスへの理解を深めていくことがポイントです。少しだけリサーチャーの習慣をお伝えしましょう。
私たちはアンケートの調査票を書く際に、設問で尋ねる調査対象物(商品・事象・用語など)が、回答者の性別・年代・地域が変わっても意味が通じるかを常に検討しています。たとえば、「EC」という用語は「ネットショッピングサイト・アプリ」と言い換えます。
作業としては「名称チェック」に過ぎませんが、この工程は、「一般の人には『EC』よりも『ネットショッピング』の方が通じやすい」「サイトだけでなくアプリに親しんでいる人が増えている」という、レポート内で主語となる調査対象者への理解を含んでいます。
また、調査報告時によく課題として上がる「価格が高い」というデータも注視して見ています。というのも、データの順位や数値を真に受けると、「じゃあセールをやろう!」「高所得者にアプローチできないか?」みたいな短絡的な意見を導いてしまうからです。
「価格が高い」とは、誰が、どのように感じた結果なのかを考察し、「ポイント重視のユーザーでも商品価格の値引き幅が小さいと高く感じられてしまう」、「主要品目の取扱い点数が少なくてたまたま在庫品の商品単価が高いものだった」などの状況を突き止めます。
このように物事の定義・背景・ステータスの理解への積み上げがあると、レポートでも示唆を出せるようになっていきます。ありもののデータを分析する力に依存していると、包括的にデータを出して総論を導き出す【B】のような報告になりやすいので注意が必要です。
ここまでの話を一度まとめると次のようになります。
- 人を動かす資料には「示唆」が必要
- 「示唆」とは、データから得られる気づきを指す
- 「示唆」は主語と述語の解像度の高い時に現れる
もちろん、理屈がわかったらすぐに示唆のある資料をつくれるかといえばそうではありません。日頃の積み上げが効果を発揮するまでには少し時間がかかるのも事実です。
そこで次項では、商品・サービスの「企画書」づくりを題材にして、データ環境が未整備でもすぐに取り組めて即効性のある「主語と述語の解像度の上げ方」を紹介します。
4. 人を動かす資料のつくり方―「企画書」編
企画会議・商品開発のシーンでは、商品や顧客の特徴をもとに市場のトレンドを企画書にまとめ、自分のアイデアを提出するシーンがよくあります。ここでは仮に「夏の果物」を題材に考えてみましょう。皆さんは次のような企画書を見かけたことはありませんか?
【D】夏の果物の販売企画書 <調査結果(まとめ)> ・購入商品の上位は、①もも(63.8%)②ぶどう・マスカット(52.9%)③さくらんぼ(52.7%)④すいか(48.3%)⑤メロン(38.5%)となっている。 ・購入理由の上位は、①季節のものだから(38.0%)②安くなっていたから(30.1%)③質の良い商品だったから(18.5%)となっている。 ・座談会で複数人から挙がった意見としては、「味が好きだから」「スーパーでよく見かけるから」「昔からよく食べているから」などがある。 <考察・対策> →季節の人気商品をたくさん仕入れて品揃えを充実させる。 →電子クーポンを発行して他店より安く買えるようにする。 |
事実情報は整理されていますが…会議参加者からは意見提案も含めて「うん、それは知ってる」という声が聞こえてきそうです。データで状況を再認識する機会にはなるかもしれませんが、相手を動かす取り組みには至りません。示唆がまったく無いからです。
こういう時に私たちがやるべきことと言えば―そう、話の中に出てくる「主語と述語の解像度を高くする」ことでした。企画書の場合、「好みのパターンからリアリティを出す」という箇条書きロジックを使うと、主語と述語の解像度を上げることができます。
手順としては、人が物事を比較検討・選択判断する時の基準を使って、「○○派・○○志向・○○ユーザー」などに分類し、その好みや志向性に応じて2~8程度のパターンに分類して、特徴を箇条書きでまとめていきます。たとえば次のようなイメージです。
【E】夏の果物の販売企画書
*もも派 *マスカット・ぶどう派 *さくらんぼ派 |
※菅原さんの著書『新箇条書き思考』の内容に、ご自身が一部加筆して再構成しています。
上図の【E】では、「食の用途・保存耐性・品種や産地への思い入れ」などを通じて、それぞれの果物を好きな人が、なぜ・どのように好きなのかわかります。つまり、主語と述語の解像度が高い状態にあります。
また、データから自ずと何をすべきかも明らかです。矢印に続く意見の通り、「お中元ギフトの企画」「美味しい食べ方動画の企画」「産地直送品の契約」など、それぞれの実務担当者を動かすことにつながる示唆が入っています。
このように、人が持つ好みや志向性に応じてグループ分けし、支持要因を箇条書きでまとめると、主語となる「人」がどんな選択基準を持っているのか、また「物」がなぜ評価されるのか、読み取りやすくなります。
もちろん【D】のような全体傾向を示すデータは必要ですが、まとめのページでそれを焼き直して再掲するのが適切なのかどうかは上の例を見ていただいた通りです。大切なのは主語と述語の解像度が高いことなのです。
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この記事では、人を動かす資料づくりの最重要ポイントをお伝えしました。データは揃っているんだけど、どうも発表や報告が上手くいかない…!という課題を抱える方に、少しでも気づきとなる要素があれば嬉しいです。
企画書づくりの項目でお伝えした「好みのパターンからリアリティを出す方法」は、主語と述語の解像度を上げる方策のほんのひとつです。また、主語・述語そのものに対する理解を深める日々のトレーニングも欠かせません。
新刊『新・箇条書き思考』(明日香出版社)では、文章を箇条書きでまとめるスタイルを通じて、人を動かす資料の理論と実践についてまとめています。記事と併せてぜひご覧ください。
Profile
菅原大介(すがわら・だいすけ)
リサーチャー。上智大学文学部新聞学科卒業。出版社の学研(現・株式会社学研ホールディングス)を経た後、株式会社マクロミルで月次500点以上のファクトデータを収集するリサーチ業務に従事。現在は国内通信最大手のグループ企業で中期経営計画・ブランド策定などの会社の意思決定に関わるロジックデータを手掛ける。個人で一般の人にもリサーチを普及させる活動に取り組み、リサーチのノウハウを伝えるnoteや講習会が好評を得ている。主な著書に『新・箇条書き思考』『売れるしくみをつくる マーケットリサーチ大全』(ともに、明日香出版社)がある。
Twitter:@diisuket
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