インタビュー
2020.05.07

コルク代表・佐渡島庸平が語る、デジタル時代のヒットの法則とコロナ後に激変する世界

CEO Interview #02

株式会社コルク 代表取締役

佐渡島 庸平

編集者として『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』などのメガヒット作を世に送り出してきた佐渡島庸平さん。現在はクリエイターのエージェント会社である株式会社コルクで代表取締役を務め、インターネット時代における新たなエンターテインメント市場の創造に取り組んでいます。

人々の価値観、趣味嗜好が多様化した現代にあっても、テレビ、映画、音楽、小説、漫画などの各ジャンルで大ヒット作が誕生しないことはありません。最近では『100日後に死ぬワニ』が記憶に新しいところです。

では、この時代にヒットを生みだすポイントはどこにあるのでしょうか。

今回は佐渡島庸平さんに話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、画像提供:株式会社コルク)

目次

『100日後に死ぬワニ』が大ヒットした2つの理由

――漫画家のきくちゆうきさんがTwitterで連載していた4コマ漫画『100日後に死ぬワニ』が最終回の100日目に220万いいねと74万リツイートを記録するなど大ヒットしました。その直後、死の余韻に浸る間もなく、すぐマネタイズに走ったとして一部で批判の声が上がりましたが、それも瞬間風速的で、あっという間に話題に上らなくなりました。このワニをめぐる一連のトピックをどうご覧になりましたか。

まず、『100日後に死ぬワニ』をただ「漫画」と呼んでいいのかということです。漫画として捉えると、「なぜ当たったんだろう?」と疑問が湧くと思います。いまスマホ上の漫画は「ウェブトゥーン」と呼ばれていて、もはや漫画ではなく、スマホコンテンツだという認識が一般的です。

Twitterのタイムラインには、検索しなくても大量の情報が流れてきます。中にはたくさんの「いいね」が付いている投稿もありますが、だからといってすべてを読みたくなるわけではありません。なぜなら興味の対象ではないからです。では、なぜ『100日後に死ぬワニ』は興味の対象ではないのにこれだけ多くの注目を集めることができたのか。それはコンテンツの量や長さがリツイートされてタイムラインで流れてきたときに圧倒的に読みやすいからだと思います。きくちさんが作り出したのは漫画というよりも、Twitterで読むのに最適化されたコンテンツだったということです。

――『100日後に死ぬワニ』はTwitterに最適化されたコンテンツだった、と。これがもし週刊の漫画誌に載っていたら、ここまでヒットしなかっただろうということでしょうか。

漫画誌に1週間分まとめて載っていても、面白いとは思われず、ヒットはしなかったでしょう。

例えば、もし『宇宙兄弟』を絵巻物で渡されたらどうでしょうか。どれだけ面白いと評判を聞いていても、今ほど読まれることはないと思います。内容が面白くても、絵巻物のフォーマットでは読みにくいからです。

今デジタルテレビのリモコンは、チャンネルが変わるまでに1秒ほどタイムラグがあります。その1秒にイライラして、テレビの中のコンテンツまで快適に感じられなくなる人もいるんです。「1秒も待てないの?」と思うかもしれませんが、それくらい見やすさはコンテンツへの好き嫌いにおいて大事な要素になっています。

もうひとつのポイントはタイミングです。メディアに最適なコンテンツが誕生して話題になるまでには、メディア自体が認知されて流行してからタイムラグがあります。

テレビを例に挙げると、『笑っていいとも!』が始まったとき、「こんなにゆるい番組が成立するのか」と冷ややかに見ている人たちが大勢いました。しかし、結果的には生放送で雑談したり、友達同士が毎日つないでいったりするスタイルが最もテレビ的だったわけです。だから他の番組が最終回を迎えても、『笑っていいとも!』は長く続き、テレビの歴史と一緒に発展していきました。

YouTubeも同様で、新しいメディアとして登場した頃はどんなコンテンツが最適なのか、なかなか見つかりませんでしたが、いまでは多数のYouTuberが活躍しています。

つまり、見やすさとタイミングの両面において、これまで相性の良いコンテンツを見つけられていなかったTwitterというメディアに、『100日後に死ぬワニ』がぴったりとはまったのだと思います。

マネタイズ批判の背景と課題

――連載が終わった瞬間にマネタイズに走ったとして、批判の声がかなり上がったことについてはどうご覧になりましたか。

まず、本当にきくちさんが大打撃を受けたのか、ですよね。もちろん精神的にはショックで、簡単に忘れられる出来事ではないでしょう。ただ、Twitterの影響力は拡大しているとはいえ、やはりまだ一部の人しか使っていなくて、社会の大きな流れを決めるまでには至っていないと思います。実際、売り出したグッズは整理券を配布するくらい行列ができて賑わっていたと報じられました。

問題は、Twitterにぴったりの文脈で連載していたのに、その後の発表の仕方がTwitterにぴったりではなかったことです。

――レガシーなやり方をしてしまったということでしょうか。

レガシーというか、例えばYouTuberがYouTubeに出て話題になったからといって、「YouTubeに出るのは当分控えます。しばらくテレビの世界で頑張るので、これまで通り応援よろしく」と言ったら、YouTubeを見ていた人たちから反感を買いますよね。

それと同じで、限りなくTwitter文脈に乗っていたのに、結果的にTwitterよりも映画や書籍のほうが上だという印象を与えてしまったことで、応援していた人たちが自分のいる場を軽視されたと感じたのではないでしょうか。

マネタイズが悪いと言われがちですが、本当はお金の面で応援したかった人も多いと思います。そうではなく、「いままでTwitter上で一生懸命に楽しんできた自分たちのリアクションが否定された気がした」「本当は出版社で連載したかったけど、できなかったからTwitterに投稿していたのか」と受け止められてしまったのが課題として残りました。

――このヒットぶりは『電車男』にも少し似ていると感じたのですが、『100日後に死ぬワニ』は、あっという間に話題が終わった印象を受けています。そのあたりはいかがでしょうか。

『電車男』はその後、ドラマ化も映画化もうまくいきましたよね。ただ、あの時と比べると、情報を消費するスピードが違います。だから書籍化やグッズ販売、映像化などを同時に出したことで、情報が一瞬で消費されてしまいました。書籍化→グッズ化→映像化と、順番にやったほうが良かったかもしれないですね。

結末を知っている読者だけに可能な「二次創作」の面白さ

――佐渡島さん自身は、どの段階で『100日後に死ぬワニ』が大ヒットすると思いましたか。

Twitterのフォロワー数が200万人(※1)を超えるというところまでは予想していませんでしたが、連載2日目くらいで、「終わりが決まっているこういうフォーマットって、すごくいいよね」と漫画家仲間と話していました。

※1
現在は約180.3万人(2020年5月7日時点)

――それはご自身のYouTubeチャンネル(※2)でおっしゃっていたように、ワニ自身は100日目に自分が死ぬことを知らないけど、読者はそのことを知っているので、二次創作でいろいろと考えられるのが面白いという意味ですか。

そうです。Twitterコンテンツですから、みんなでメンションをしたりして、「これが伏線になって、最終回につながるんじゃない?」「このシーンはこういう意味だよね?」などと会話ができます。

人は繰り返しではない会話がしたいんです。繰り返しの会話の典型は「今日は天気がいいですね」のような形式的な挨拶です。でも、会話のネタを探すのは意外と難しくて、例えば昨日の出来事を「昨日こんなことがあってね」と話したときに相手が興味を持ってくれないと、しんどい気持ちになりますよね。『100日後に死ぬワニ』は毎日更新されるので、新しい会話のネタを提供し続けられました。それも多くの人に注目された要因のひとつですね。

※2
編集者 佐渡島チャンネル【ドラゴン桜】
https://www.youtube.com/channel/UC3mm_8VUTwXyHXFkGV_GbYA

接触回数の量とスピードを上げるSNSの力

――先ほどもお話しいただきましたが、SNSの力はまだ社会を動かすところまでは至っていないと言われる一方で、SNSは第五の権力という評価もあります。実際にSNSでどこまで態度変容を促されるのか、現段階の評価はいかがですか。

SNSというくくりが雑すぎるように感じます。それは「物を購入させる力が本にありますか?」と同じで、「買わせる本もあれば買わせない本もあります」としか答えようがありません。本は誰が何を書くかが重要です。SNSも誰が何を発信するか次第です。

人も同様で、物を売る能力の高低は店員によります。人という肉体もメディアです。コミュニケーション能力の高い人が店舗にいると売れるし、低い人は売れません。

そういう捉え方ではなく、SNSのポイントは接点や接触回数の多さにあると思います。毎日会う人のほうが、たまにしか顔を見ない人より記憶に残って、影響を与えやすいものです。SNSを活用していると、接触回数は毎日かなりの数に上りますから、その点では変化を与えられる可能性は高いと言えます。

――SNS時代のヒットのポイントとして、「憧れの存在」や「圧倒的なクオリティの高さ」ではなく、「真似のしやすさ」や「参加しやすさ」「ちょうどいいハードルの高さ」を挙げていますが、これはどういうところでそのように考えられたのでしょうか。

SNS時代ということではなく、すべてのコンテンツは話題になることが大切です。昔のテレビにしても、「昨日あの番組見た?」と会話が生まれるところからブームが始まりました。子供なら『仮面ライダー』や『ウルトラマン』の変身ポーズ、大人ならプロ野球の試合をテレビで見て選手の真似をする人がたくさんいました。そういう「真似のしやすさ」「参加しやすさ」が重要なのは昔から同じで、その会話のスピードと量がSNSによって速く、大きくなっているのだと思います。

圧倒的すごさがマウンティングと受け取られる時代

――SNSによって、より参加・真似をしやすくなり、プロとアマの境界線が薄らいでいくと、圧倒的な存在が生まれにくくなるのでしょうか。

これまでの時代が、圧倒的ではなくてもプロになれていただけだと思うんです。素人に毛が生えたレベルでもプロのように振る舞えていたのが、今は本当に圧倒的でない限り、プロとは呼べない時代になってきていると考えています。

――どういう意味でしょうか。昔は王(貞治)さん、長嶋(茂雄)さん、イチローさんら圧倒的な存在がいて、プロの実力がなくてもプロになれていたとは思わないのですが。

王さん、長嶋さん、イチローさんと言いますけど、ほかにもプロ野球選手はたくさんいましたよね。でも、記憶にあるのは代表的な選手だけではないでしょうか。記憶に残らないその他大勢の選手たちもこれまではプロと呼ばれて、アマとの線引きがなされていました。ところがネット時代になって、多くの場合、はっきりと線引きするほどの差はないと可視化されてきていると思います。

――YouTuberはどうですか。タレント顔負けのYouTuberが出てきて人気になっている現象は、プロとアマの境界線が崩れてきた典型例だと思っているのですが、なぜYouTuberはこんなに人気になったとお考えですか。

接触回数の話と同様に、常時接続ということに尽きると考えています。テレビにはないYouTubeのメリットはコンテンツの種類が豊富な上に時間の制限もなく、見やすいことです。好きなタレントがテレビに出ていても、番組の時間は限られていますし、好きではない人が一緒に出ていることもあります。その点、YouTubeは枠の制限はないし、自由度が高く、より自分に合ったコンテンツを選択できて便利です。

例えば、僕はテニスをするのですが、NHKのEテレ(教育テレビ)を見ても、自分の実力にぴったりの番組はなかなか見つけられません。しかしYouTubeなら、サーブの仕方、足のステップ、スピンのかけ方などたくさんのコンテンツを視聴できます。常時接続でいつでも視聴できて、テレビよりも繊細に気が利いているのが人気の理由でしょうね。

――自分は圧倒的な存在を目指すのが良いと思い込んでいたのですが、それは古い価値観で、TwitterやYouTubeで人気なのは見やすさ、親しみやすさ、真似のしやすさだという話を伺って衝撃を受けました。

テレビがもっと人気だった時代に出ていた方々は、「自分はあなたたちとは違う」と差別化を図りたい人だったと思うのですが、今はそういう感覚ではなく、フラットにつながっている人が人気になっています。だからプロとアマの差を特別に意識している人は、成功していないと思います。

例えば、圧倒的にすごい絵を描ける画家がいたとします。でもその絵はおそらく、将来的にはAIで描けてしまうでしょう。今まではコンテンツが少なかったから「すごいね」となっていたかもしれませんが、今はコンテンツがあふれています。そんな時代にAIのほうが優れていることで圧倒的すごさを自慢されても、マウンティングと受け取られてしまうだけだと思います。今はすごい作品を普通に「すごいです」と発表することが、マウンティングとして受け取られるおそれがあるんです。

――憧れではなく、ですか。

憧れではなく、ですね。だから「親しみやすさを持つのが重要」なんて言っていたフェーズはもはや終わって、すごいコンテンツがマウンティングと取られる可能性があるという、そのリスクまで意識しなければならない時代になりました。

もちろん、AIに真似のできないレベルのすごさなら話は別です。宮崎駿さんや大友克洋さんなら「10年かけて新作を出しました」と言われても、「すごい!」という反応を得られるでしょう。しかし、そこまで達していないレベルの人が同じように「すごいだろう」と出してきても、首をかしげる人が多いと思います。

――リスクばかりを気にしていても、その他大勢に埋もれてしまいますよね。その中で抜け出すにはどうすれば…。

そこが接触回数であり、コミュニケーション量の多さ、きめ細やかさですね。例えば「HIKAKIN(ヒカキン)」さんは、ほぼ毎日動画をアップしているし、視聴者をはじめいろんな人とフラットに接していて、コミュニケーション量が多いですよね。

例えるなら、絶世の美男美女ならともかく、顔画像が簡単に補正できる時代に、補正した顔で自慢されても納得感など得られないという話です。誰もが「これは真似できない」と納得できるレベルでないなら、コミュニケーションのきめ細やかさで勝負するしかないと思います。

――それは芸の細やかさも含まれるんでしょうか。

そうですね。芸の細やかさは相手を思っているからこそできることですから。コミュニケーションを通して相手の感情への配慮をしない限り、クオリティが高くてもAIに取って代わられるだけです。ですから、圧倒的存在でファンを引きつけるのではなく、常にコミュニケーションを取ってきめ細やかな対応を続けることが、ヒットを生みだすひとつのポイントになると思います。

常識や習慣が大きく変わるコロナ後の世界

――わかりました。話は変わりますが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う社会の変化について、ご意見をお聞きしたいと思います。やはりこれを機に世の中が大きく変わっていくとお考えですか。

これはもう根本的に変わると思います。これまで習慣で売れていたさまざまな物が売れなくなって、ビジネスは大きな変革を余儀なくされるでしょう。

例えば、ランドセルの製造・販売をしている業者は、これまで日本でランドセルが使われなくなることなど心配する必要はほとんどなかったでしょう。しかし、学校へ行く習慣がなくなって、全部オンラインで授業をするようになったら、ランドセルを買う人はいなくなるわけです。それくらいこれまでの常識や習慣が変わります。そのレベルでのビジネスの変化が至るところで起きると思います。社会で必要とされていると思われていたことが実はただの習慣に過ぎなかったという話がたくさん明らかになっていくでしょう。ただし、具体的にどう変わっていくかを判断するには、もう少し時間が必要です。

――そんな中で、佐渡島さんが代表を務める「コルク」は、これから事業をどのように展開していくのでしょうか。

コルクはそもそも、デジタルへの特化を目指す方針で事業を始めましたし、スマホで手軽に読めて、SNSでみんなとつながることをテーマに作家と取り組んできました。今後はVRやARを積極的に活用しながら、その動きを加速していきます。

僕は以前から、紙の本や漫画を作って作者と読者がコミュニケーションを取ることは想定していません。全員がデジタルに移行して、SNSで作家とファンがコミュニケーションを取り、そのコミュニケーションに影響を受けながら作品を作っていくことを考えてきました。ところが、社員でさえ、まだ見開きの紙の漫画を売っていくこともありだと考える人がいて、価値観の差を感じることがあります。その差もコロナウイルスの影響をきっかけになくなっていくと思います。

――本日はありがとうございました。

Profile
佐渡島 庸平(さどしま・ようへい)
株式会社コルク代表取締役。
1979年生まれ。東大卒。2002年講談社入社。週刊モーニング編集部で『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当。2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社・コルクを創業。著書は『ぼくらの仮説が世界をつくる』(ダイヤモンド社)、『WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE. 〜現代の孤独と持続可能な経済圏としてのコミュニティ〜』(幻冬舎)。

早川巧

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして四半世紀以上のキャリアあり。
Twitter:@hayakawaMN
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