[最終更新日]

2020/03/05

 

熱い!クラフトチョコ「Minimal」の山下貴嗣が語る、マーケティング戦略としての「2階建て理論」と「ターゲット設定」(前編)

信念と情熱の男でした。クラフトチョコレート「Minimal– Bean to Bar Chocolate –」(ミニマル)を展開する株式会社βace代表取締役の山下貴嗣さんです。

日本の現状と未来に対する問題意識の高まりからコンサル会社を飛び出し、「Bean to Bar」との出合いを経て起業。カカオ豆への徹底したこだわりと反省、そこから導き出した2階建ての考え方、男女両方の顧客を取り込む戦略、フェイス・トゥ・フェイスで行うコミュニケーションの重要性など、マーケターに役立つヒントをエネルギッシュに語っていただきました。

今回はMinimal-Bean to Bar Chocolate-代表(βace代表取締役)山下貴嗣さんのインタビューをお届けします。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)

    

目次

広告費ほぼゼロで、1500媒体に出演できた理由

――山下さんの記事は検索すると大量に見つかります。それもそのはずで、これまで1500媒体くらいに出演していて、しかも広告費は少数のプレスリリース以外、ほとんどかかっていないとのこと。なぜそんなにたくさんの露出が可能になったのでしょうか。

1つはラッキーな要素がありました。最初のプレスリリースは創業直後の2014年12月に配信したのですが、「Bean to Bar」(※)というスタイルが欧米で注目され始めたタイミングだったため、いきなり200~300媒体に掲載されたんです。当時は東京でしっかりと工房を構えているところがほとんどなく、私たちに取材が殺到したのだと思います。

※カカオ豆から板チョコレートができるまでの全工程を自社工房で一貫管理して製造する手法。

もう1つは切り口の工夫です。まずはチョコレートの世界で新しいポジションを取りたいと考え、Minimalの独自性を強調しました。例えば、正しいかどうかは別として、横軸に「日常」と「非日常」、縦軸に「モノ消費」と「コト消費」を設定し、「世の中にはこれまで2種類のチョコレートしかありませんでした。モノ消費の日常がコンビニなどで買える普通のお菓子、モノ消費の非日常が高級ブランドで、選択肢はモノ消費に限られていました。Minimalはモノではなくコト消費にポジションを置いていて、産地や作り手のストーリーで選ばれる新しい形のチョコレートを目指しています」と訴えたのです。その結果、「Bean to Bar」で第一想起のポジションを獲得できました。

創業4年目からはチョコレートだけに限定せず、ビジネスとしての側面をアピールする方向に戦略を移し、それまで控えていたビジネス、マーケティング、IT系のメディアへ露出するようにしました。結果的にチョコレート業界の枠を超えていろいろなチャネルからMinimalの存在が認知され、「面白そうだから取材しよう」という流れにつながったのだと思います。

――戦略的ですね。

2020年は「エシカル」という文脈で、すでにプレスリリースを配信しました。我々は今年を「エシカル元年」と位置づけています。日本ではこれまで「エシカル」「フェアトレード」という概念はあまり重視されてこなかったのですが、欧米ではミレニアム世代の人たちを中心に活発な動きがあります。日本でも「エシカルジュエリー」の経営者に話を聞くと、20代の人たちが「エシカル」という言葉を検索して来店する流れがこの1年ほど高まっているそうです。そのため、我々もチョコレートの世界で「エシカル」認知の1番目を取っておこうと考えました。すでに大手メディアに取り上げられるなど、反応も上々です。

Minimal訴求のポイントは「2階建て」

――創業からの5年間を振り返ってみると、いかがでしょうか。

「Bean to Bar」ブームやチョコレート市場全体の伸びというバブルにうまく乗れたことが、お店を5年間継続できた理由の1つだと思います。

ただし、市場の伸びも少し落ち着いてきています。我々はコアなファンに支えられているブランドですから、トレンドをトレンドのまま終わらせるのではなく、カルチャーとして根づかせることが大切です。今はその岐路に立たされていると感じます。

その一環として、日本だけでなく海外の「Bean to Bar」チョコレートも参加する「CRAFT CHOCOLATE FESTIVAL」(クラフトチョコレートフェスティバル)というお祭りを開催し、我々のような小規模事業者をたくさん集めて、業界全体のパイを大きくしていく取り組みを始めました。そうした積み重ねを経て、現在、カルチャーとして少しずつ定着している実感があります。

――プレスリリースの書き方で工夫した点はありますか。

いろいろな人に教えを受けながら、たくさん書くことで慣れていったのが正直なところです。ただ、我々はカカオのプロフェッショナルであるという軸足だけはずらさないようにしました。「Minimalはショコラティエでもパティシエでも、大手の製菓メーカーでもありません」「マス商品ではなく、こだわりの商品を作っています」「こだわりのポイントは、カカオという素材にあります」と一貫して言い続けています。

――一方で、最初にカカオを訴求しすぎたらうまくいかなかったと聞きました。そこで現在では訴求ポイントを「2階建て」にしているとのことですが、詳しく教えてください。

新商品のPRでよく見られるのが、「ここが新しいんです」「ここを変えました」と差別化要素ばかりを強調する手法です。これは建物に例えると2階に当たると考えています。もちろん2階も大事ですが、あくまでもベーシックな機能である1階が土台として安定しているからこそ、2階が活きてくるわけです。2階の差別化要素だけに注力しすぎて、1階がおろそかなままでは、カルチャーとして根づく前にトレンドで終わってしまいます。

図解作成:Marketing Native編集長・佐藤綾美

「食」の場合、1階は美味しさだと思います。美味しくない食べ物について、すごさをどれだけ語られても説得力がありません。1階の美味しさがあって、初めて差別化要素の2階が活きてくるんです。

Minimalで言うと、甘さやまろやかさのようなチョコレート本来のベーシックな美味しさが1階。2階にはカカオや産地のストーリー、油を少し控えめにしたザクザクした食感、香りなどを置いています。1階と2階が相乗効果を発揮しながら両立してこそ、ブランドは長続きすると思います。

「最初にカカオを訴求しすぎた」という話に戻すと、1年目は「我々はカカオラボです」とカカオの魅力を前面に立てて訴求していました。ところが、メディアは興味を持ってくれるものの、実際に購入していただけるのは、カカオ濃度80~90%のハイカカオタイプではなく、70%に抑えた商品が多かったんです。それであるとき「これが現実なんだ。みんなは美味しいカカオが食べたいのではなく、美味しいチョコレートが食べたいんだ」と気づきまして、タグラインを全てカカオからチョコレートに変えました。振り返ってみると、貴重な経験だったと捉えています。

Minimal-Bean to Bar Chocolate-提供

セールスターゲットとブランディングターゲットの違い

――Minimalのセールスターゲットは30~40代女性で、ブランディングターゲットは30~40代男性だと聞きました。このズレによるマイナスの影響はないんでしょうか。

そこは賛否あると思います。創業メンバーで何度も議論をしました。

ブランディングターゲットを核とすると、セールスターゲットはその周りの広い領域というイメージです。確かにチョコレートは女性がメインターゲットで、一般のショコラトリでは9割以上が女性のお客さまと言われます。

Minimalのお客さまも6割以上が女性ですが、女性はもちろん大切にしつつ、そこに加えてマニアックな食通を獲得したいと考えました。注目したのはスペシャルティコーヒーやワイン、クラフトビールなどの愛好家で、その方々にこだわりの延長線上でMinimalを気に入ってもらえれば、他業界と横のつながりが生まれて新たなポジションを取れると思ったんです。そうした愛好家には男性が多いだろうと考え、ブランディングターゲットとして設定しました。

――セールスターゲット、ブランディングターゲット、それぞれどのような訴求をしたのでしょうか。

セールスターゲットである女性のお客さまに対しては、ストレートに「味」を訴求しました。カカオ濃度は70~80%をメインにして、Minimalらしい甘さと香りのバランスを実現し、「美味しさ」を徹底的に追求しました。

一方、ブランディングターゲットについては、帽子・ひげ・眼鏡・Tシャツ・短パン姿のオシャレな30~40代男性を設定しました。そういう男性のマニアックな心理をくすぐりたいと考え、店内のデザインをコーヒーショップのようにしたり、チョコレートのパッケージにもこだわったりしました。

図解作成:Marketing Native編集長・佐藤綾美

例えば、シンプルなパッケージの中に、「カカオ豆の産地はニカラグアのリオ・サン・フォワン」「ニカラグアのホワイトカカオを使用」「焼き方は中煎り」「日本酒と合う」などのデータを載せています。こういう情報がブランディングターゲットの知的好奇心を刺激して、「日本酒と合わせてみようかな」と興味を持ってもらえれば、男性と女性、両方のお客さまを獲得できます。

その結果、Minimalのチョコレートはバレンタインデーによく売れるだけでなく、ホワイトデーまで勢いが続くようになりました。男性のお客さまがバレンタインデーのお返しとしてMinimalを想起していただけるのはとてもありがたいことです。

Minimal富ヶ谷本店

――確かにオシャレなお客さまが好みそうな店舗ですね。パッケージのデザインも素敵だと思います。

ありがとうございます。ただ、オシャレといっても、時代や世代によって捉え方が異なるものです。ですから、見た目のデザインだけをオシャレにするのではなく、興味の動線をデザインすることを意識しています。それは先ほど申し上げたカカオや産地、店舗、パッケージへのこだわりなどがそうです。

例えばMinimalのロゴは丸と四角で、これは「Bean to Bar」、つまり「豆から板チョコ」という概念を表しています。なぜロゴの下半分が3本線なのかといえば、「生産者とお客さまと我々が三位一体となって新しい未来を作ります」という意味です。フォント(書体)は「Futura」(フツラ)というドイツ語で、英語の「Future」(未来)です。もしパッケージのデザインについて尋ねられたら、「未来のチョコレートを作っているからFuturaを使っています」とこだわりのポイントを語れます。

そういうことを1つずつ丁寧に設計することで、興味の動線への入り口が多方面に広がり、いろいろなチャネルから興味を持った人たちがMinimalに来てくれると思うんです。それが我々にとってのデザインだと捉えています。

※後編「起業への原動力と再現性のポイント、一流のマーケターへの条件」はこちら

Profile
山下 貴嗣(やました・たかつぐ)
株式会社βace 代表取締役。
1984年、岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業後、リンクアンドモチベーションに新卒入社。在職中に東証一部上場を経験したほか、新規事業立ち上げにも参画。Bean to Barとの出合いを機に起業し、クラフトチョコレートブランド「Minimal-Bean to Bar Chocolate-」を展開。年に4カ月間は、赤道直下のカカオ産地を訪れる。世界最高峰のチョコレート品評会「International Chocolate Awards」および「Academy of Chocolate」の出品部門で受賞。2016~2019年の4年連続、合計61賞を受賞。

株式会社βace
https://mini-mal.tokyo/

[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして30年のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN

 

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